01-07. 現代の魔法と魔導具
学校への入学準備が始まってから、あっという間に一年が過ぎた。
九歳の誕生日を終え、私の生活は一変した。
ついに車椅子を卒業し、医務室代わりだった部屋を出て、自分専用の個室を割り当てられたのだ。
貴族といえど、侍女や使用人にすべてを任せることなく、自立心を育む。
それがこのジルハイム家、ひいてはこの国の方針だという。
「……ふふっ、これでようやく、夜更かしという名の自由が手に入る」
うきうきな気分で、お気に入りの「デステマ」をはじめとした竜のぬいぐるみコレクションと共に新居へ移る。
ここなら、より複雑な魔術の訓練をこっそり行うことができるぞ。
そう確信していた私だったが、現実は甘くはなかった。
「ミリー、今日は一緒に寝ましょうね」
「え、今日『も』、ですか……?」
「だって、週末にしか一緒にいられないでしょ?」
平日は屋敷の侍女が、私が眠りつくまで傍に控え、休日は姉が枕を抱えて私の部屋へやってくる。
私の正しい生活習慣(という名の早期就寝)を笑顔で強要されるのだ。
これでは夜更かしなど夢のまた夢。
というか、貴族の自立心を説く前に、まずは姉の「妹離れ」をどうにかするべきではないだろうか。
そんな一幕はさておき、もう一つ大きな変化があった。
なんと魔法の訓練を行うことになったのだ。
一年以上前の「魔法の暴発」――いまだに両親はそう信じている――の再発を防ぐため、入学前に徹底した制御訓練を行うことになったのである。
(ついに現代の魔法に触れられるのか!)
内容は基礎的とはいえ、魔術に関することなら何でも興味津々だ。
「よろしく頼むよ、ミリアリア君」
「え、ヒルデ先生がですか……?」
指南役は、意外なことに主治医であった人物だ。
亜竜病を発症した私のことを一年以上も診続けてくれた、あの女医である。
名は、ヒルデリンデ・ファルジオ。
亜麻色の長い髪を後ろで束ねた、長身の女性。
片眼鏡をかけた姿は、ふむ、改めて見ると医者というより研究者の趣が強い。
彼女は魔術教育の専門機関にて教授も務めているという、なかなかの才女らしい。
「ヒルデ先生。魔術と魔法とは何が違うのでしょうか?」
知ってはいるが、前世と現世で認識がズレていては困る。
確認のために尋ねると、彼女は快く応じてくれた。
「魔術というのは広義の言葉で、その中に魔法や魔導のいう狭義の定義がある。魔術という体系化された知識を用いて、魔法を発動させる…って感じだね」
なるほど、そのあたりは前世から変わらないようだ。
私が領主の娘だからか、あるいは彼女の性分なのか。
ヒルデリンデは子供の私に対しても、対等な人間として接してくれる。
「ミリアリア君、君は本当に魔力制御の素質があるね」
訓練中、彼女は事あるごとにそう感心した声を上げる。
「そうでしょうか……。楽しいから、つい夢中になっているだけかもしれません」
期待していた魔法のレッスンだが、神経をすり減らす修行の場となっていた。
教わる内容が私には簡単すぎて、手を抜く加減がとにかく難しいのだ。
なんとなく、この人は信用できそうである。
だが、安易に今の「私」を明らかにすることはしない。
私は前世の記憶に関することを誰にも教えていない。
家族を信じていないわけではないが、その周囲にどんな人物がいるかは未知数だ。
強い力というのは、時として存在自体が危険視される。
少なくとも、自分の身は自分で守れるようになるまでは、この秘密は胸の内に留めておくつもりだ。
さて、肝心の「現代魔法」について。
魔術の理論そのものは前世と大差ないが、実用の形は科学技術と合流し、効率化の方向へ進化していた。
「これが『術式回路』。魔法の術式が組み込まれた媒体だよ」
ヒルデリンデの手の平には、小さくて薄い板状の物体が乗っていた。
「で、この回路が組み込まれたのが、こっちの『魔導具』になる」
彼女が指示した机の上には様々な魔導具が並べられていた。
形状は多岐にわたり、オーソドックスな杖の形から、携帯性に優れた指輪、複雑な術式を内蔵できそうな辞書ほどの厚みがある直方体まで、用途に応じて最適化されているようだ。
これら魔導具に魔力を流すことで、誰でも簡単に魔法を発動できる。
前世にも「魔法板」や「紋章術」といった似た仕組みがあったな。
しかし現代の技術は、指輪サイズであっても複数の術式を共存させることを可能にしている。
これは実に素晴らしい進化だ。
もっとも、この仕組みは細かい調整が効かず、一定の出力しか出せないという欠点もあるのだが。
「術式回路は、大きいものだとどれぐらいのサイズがあるのでしょうか?」
「交易船の防御結界用で、わたしの顔ぐらいかな。大きすぎても効率が悪くなるからね」
「意外と小さいのですね」
「その代わり、複数の回路を連結させて『並列化』する運用が開発されているんだよ」
巨大な一つを管理するより、小回りの利く複数を繋ぐ。
理にかなった現代的な考え方だ。
楽しい時間とは、どうしてこうも短く感じるのか。
私が十分に魔力を制御できるようになったことと、その危険性を正しく理解できたことを判断されたところで、ついに訓練も最終日を迎えてしまった。
「卒業プレゼントといったところかな。ご両親の許可ももらっているよ」
「ありがとうございます!」
手渡されたのは、一つの指輪。
術式回路と一体型の魔導具(別の回路と換装ができない)であり、三つの魔法が登録されているという。
魔力を込め、キーワードを唱えれば発動する仕組みだ。
「ここで使ってみてもいいですか?」
「ああ、君が正しく発動できることを確認したいからね。……まあ、不要だろうけど」
許可は得た。
ふふふ、では現代魔法の一端に触れてみようではないか。
まず一つ、
「『閃光魔法』」
パァッ!と眩い閃光が部屋を満たす――う、まぶしぃ。
二つ、
「『雷流魔法』」
指先を通して微弱な電撃を伝える――お、ビリビリするっ。
三つ、
「『轟音魔法』」。
狭い室内に大音量が放たれる――、む、うるさいな。
うん、どれも殺傷能力は皆無。
完全に変質者対策の護身用アイテムだ。
まあ、九歳の子供にいきなり爆発や落雷の魔法を与えるわけもないか。
「はは、ちょっとがっかりしているね。それでもけっこう値が張るものなんだよ?」
「……そんなことありません。大事にしますね」
体力、学力、貴族の品位。
そして魔術の基礎。
この一年余りで、現代の様々な知識を詰め込んできたな。
そしてついに、その集大成となる「試験」の日を迎えることになった。
……え、ちょっと待って。
入学前に試験なんてあるの!?




