01-06. この世界の地理と歴史
ひと月前、私は一つ歳を重ねた。
今年の誕生日は、これ以上ないほどに盛大に祝ってもらえた。
家族はもちろん、屋敷の使用人たちまでもが、まるで自分たちのことのように心から祝ってくれた。
一年前は「亜竜病」の症状がかなり進行し、それどころではない状況だったからな。
新たな「ミリアリア」として誕生してから早いもので半年が経過した。
だが、今世の野望である「魔導の伝承」の計画については、遅々として進んでいない。
子供の身であるがゆえ、出来ることに制限がありすぎるのだ。
とはいえ、何もそれだけで一生を終えるつもりはない。
今の生活に慣れてきたこともあり、私はもう一つの野望へと踏み出す決意を固めた。
「お父様、お母様。私、学校に通いたいです」
冬の寒さを肌で感じるようになった時期、私は両親にそう切り出した。
学校――そこは、同年代の子供を一箇所に集めて教育を施す施設であるらしい。
この国では、一定の年齢に達すると学校へ通う義務が生じる。
そこで数年間、勉学に勤しむことになるという。
私の場合、その時期が来る前に病を発症してしまったため、今日まで機会を逸していたのだ。
前世の時代には、そういった制度はなかった気がする。
ゆえに純粋な未知の施設への興味もあるのだが、一番の理由はそれではない。
学校へ通うことは、かつてのミリアリアが抱いていた、幼い頃からの切実な夢だった。
病に侵され、自宅での療養を余儀なくされる中で、その想いは一層強まっていったのだろう。
学校へ行き、友人をたくさん作り、共に切磋琢磨する。
そして、叶うならば素敵な恋をすること。
なんともありふれた、けれど尊い野望である。
だからこそ、今の「私」はその願いを叶えたいのだ。
「ふふ、ミリーがそう言ってくれるなんて……とっても、とっても嬉しいわ」
目に涙を湛えた母が、私をそっと抱きしめた。
普通の夢を語れるほどに回復した娘の姿に、思うところがあるのだろう。
「ああ、そうだな。ミリーの前向きな言葉を聞けて、父さんも嬉しいよ」
父もまた、感極まったように何度も深く頷いていた。
私の決意は、こうして両親に快く受け入れられた。
どのみち国民の義務なのだから、通う時期は早いほうがいい。
だが、もちろん「今すぐに」とはいかなかった。
入学にあたり、両親から三つの条件が提示されたからだ。
一つ目は、体力。
屋敷を離れ、一日の大半を外での活動に充てることになる。
未だ車椅子を併用している身では、到底体が持たない。
まずは同年代の子供たちが当たり前にできることを、自力でこなせるようになる必要がある。
二つ目は、学力。
領主の娘という立場上、相応の学校へ通う必要があるらしく、それに見合った学力が求められるのだ。
さらに途中入学となる私は、空白の数年分を埋め合わせなければならない。
(勉強するための施設に入るために、まずは勉強が必要なのか……)
そして最後は、貴族としての品位だ。
……ん、品位?
「淑女の嗜み、ですか?」
「そうよ。ミリーも貴族の娘なのだから、身についていて当然でしょう?」
なるほど、集団生活における貴族としての礼儀や作法か……。
それ、本当に必要なのか?
ミリアリアの記憶を辿っても、子供同士の交流にそこまで厳格な作法が必要だとは思えないのだが……。
何かの勘違いではないかと両親に確認したが、二人は静かに首を縦に振るだけだった。
そうまで言うなら取り組むしかない。
魔導の極致を求めた日々に比べれば、貴族の何たるかなど、どうにでもなるだろう。
本格的な冬の訪れとともに新しい年を迎え、私の「入学に向けた修行の日々 」が始まった。
体力作りは地道に進めた。
少しずつ歩く時間を増やし、無理のない範囲で継続的に体を動かす。
一朝一夕にはいかないが、時間をかけた分は必ず結果として現れるはずだ。
焦る必要はない。
学力については、家庭教師がつけられた。
(ほう、現代ではそのように解釈するのだな。面白い)
語学、文学、社会学は問題なしだ。
内容も初歩的なものだし、中身が大人である私には容易い。
数学と自然学に至っては、前世が魔導士だった影響もあり、むしろ家庭教師が驚くほどの速度で修得してしまった。
このあたりの知識は、魔術の理論と切っても切り離せないからな。
(ふふん、楽勝だな――)
しかし、歴史と地理には少々苦戦した。
こればかりは暗記するほかなく、中々に骨が折れる。
特に歴史は人物の名前を覚えるのが大変だ。
(歴代の国王の名前なんて、覚えてどうするんだ。しかも似たような名前ばかり……)
一番の苦行は、やはり淑女の嗜みだった。
立ち振る舞いに言葉遣い、食事やお茶のマナー。
さらにはダンスまで。
まあ、ダンスは体力作りを兼ねているからまだいいとして……全部は必要なくないか?
領主の娘として将来必要になるのは理解できる。
だが、学校への入学に「カーテシーの角度」や「ティーカップの持ち方」まで関係あるのだろうか。
やる気は十分であったが、体は正直だ。
最初は午前中だけで精一杯。
午後は昼寝をして体力を回復させ、夕食までは一人で本を読み耽る。
また、休日には兄と姉が一緒に勉強を見てくれた。
「ミリー、今日は地理の勉強をしましょう」
「はい、お願いします」
リビングで姉のフェリシアと地図を広げる。
「四つの大陸があるのですね」
「そうだよ。北の大陸は他より小さいけれどね」
この世界には三つの大きな大陸と一つの小大陸。
そして大小さまざまな島が存在する。
遥か昔、世界は一つの巨大な大陸だったが、竜の怒りによって分断されたという伝承がある。
(……いくら竜の力が絶大とはいえ、大陸を割るなんてことが可能なのか?)
眉唾だが、教科書にそう記されている以上、今は覚えるしかない。
「私たちが住んでいるのが、ここ『ウィンスフェルド王国』ね。西大陸で一番大きな国よ」
「見たところ、大陸のほとんどが領土になっていますね」
地図には国境を示す線がほとんど見当たらない。
「小さな国もいくつかあるよ。どこの国もウィンスフェルドとは友好的な国交を結んでいて、お互いの国を尊重しているの」
まぁ、これだけ広ければ、戦争など無意味か。
「で、東には『バルバロード共和国』ですか……」
こちらも東大陸のほぼ全土を領土としている。
「そっ。歴史的にこちらとは折り合いが悪いんだけどね。海を挟んでいるから、大きな争いが起きたことはないのよ」
西と東の両大陸には四季があり 、冬には雪も降る。
両大陸は気候も似ていて過ごしやすいが、政治的な距離は遠いらしい。
南の大陸は複数の国家からなる連邦国が、西と東のバランスを取りながら交流している。
峻険な山岳地帯が占めており、気候は亜熱帯とのこと。
北の小大陸は、氷雪に閉ざされた宗教国家が一つだけ存在している。
これが、今の世界か。
せめて四つの大陸は、すべて赴いてみたいな。
世界の地図が頭に入ったところで、次は歴史の勉強である。
「地下深くで、人が暮らしていた歴史があるのですか?」
「ああ、そうだ。遺跡も発見されているし、文献も残っている」
今日は兄のリヒドが付き合ってくれた。
驚くべきことに、竜の怒りによる大地の分断後、人類は魔物に追いやられて生息域のほとんどを失っていた時期があるという。
今から二千年近くも昔の話だ。
それから数百年をかけて力を蓄えた人類は、再び地上に国を築いていった。
「では、もう魔物はいないのですか?」
「西と東の大陸にはほぼ生息していないな。未開拓の島にはまだ生息しているが、冒険者が素材を求めて定期的に討伐しにいく程度だよ」
魔物を駆逐し、人類が大地の覇者となった。
だが、共通の敵を失えば、次は人同士の戦争が始まる。
多くの国が興っては滅んだという。
西大陸では、三百年前にウィンスフェルド王国が全土を統一。
それに対抗するように東や南でも国家の統合が進んだ。
結果として巨大な勢力圏同士が均衡を保ち、皮肉にもそれが産業の発展と平和をもたらしたのだという。
なるほど、大まかな人類史は把握できた。
そして、気になることが一つ――。
「今の世界には、竜は存在しているのですか?」
「ん……竜? ああ、竜はもう生息していないと言われている」
えっ、いないの!?
「大陸が割れる前には、竜が生息していたことは研究で判明している。地層から巨大な化石が見つかることもあるからな。だが、生きている個体は、この数百年で一度も確認されていない」
兄の言葉に、私は思考を巡らせる。
そもそも「竜」とは、正式な種族名ではない。
様々な種の中から圧倒的な力を得た個体が、己が極限へ至った果てに竜と「成る」。
今の時代に竜がいないのは、おそらくそこまでの強さを必要とする環境が失われたからだろう。
平和なのは良いことだが、やはり物足りなさを感じてしまう。
「正確には竜ではないが、亜竜や、迷宮にいる竜型の獣がいる。特に亜竜は百年以上生きる個体もいて、稀に発見されれば国が討伐部隊を出すこともある」
ほほう、それはいいことを聞いた。
つまりは、竜へと至る進化の途上、といったところか。
私の『竜体魔法』は、人相手には持て余してしまうからな。
本気で戦えそうな相手がいるのなら、是非とも腕試しをしてみたいところだ。




