01-05-ex. 竜の試練
「だいぶ寒くなってきたな……」
「そうだね。ミリー、ちゃんと暖かくしているかな」
秋も深まり、冬の足音が聞こえ始めた季節。
週の終わり、俺は妹のフェリシアと共に、屋敷からの迎えを待っていた。
俺の名はリヒド・ジルハイム。
ウィンスフェルド王国のジルハイム領主が嫡男だ。
普段は領地の中心、エジー地区にある学園で寮生活を送っている。
大半を学園で過ごす身ではあるが、最近はある事情から、こうして毎週末に双子の妹と帰宅するのが通例となっていた。
迎えが来るまで、まだ少し時間がある。
フェリシアと二人きりになったのを機に、ふと胸にわだかまっていた違和感を口にした。
「なあ、フェリ。……ミリーのこと、どう思う?」
少し漠然としすぎていただろうか。
先日、兄妹三人で購入したお揃いの鞄のチャームをいじっていたフェリシアは、不思議そうに首を傾げた。
「ん? ミリーなら、いつも通り可愛いけど」
「いや、そういうことを聞いたわけじゃないんだが……」
質問の仕方も悪かったが、妹を「可愛い」という尺度でしか測っていないフェリシアに、兄として少し不安になる。
フェリシアはミリーのこととなると、どうも思考が極端になりがちだ。
末の妹、ミリアリア――ミリーは、二年前、不治の病とされる『亜竜病』を発症した。
体に竜の鱗のような痣があらわれ、徐々に蝕まれ、いずれ死に至る病。
なぜミリーが、と何度運命を呪ったことか。
憧れていた学園にも行けず、ただ苦痛に耐え、日に日に衰弱していく妹を、俺たちはただ見守ることしかできなかった。
家族の誰もが最悪の結末を覚悟した……その時だ。
信じられないことに、ミリーは病を克服した。
あの日のことは今も覚えている。
顔の半分が黒い鱗に覆われ、家族でさえ接触が禁止されていたミリーが、まるで何事もなかったかのように元通りになったこと。
そして、俺たちの名前を再び呼んでくれたことを。
寝たきりの生活による体力の衰えはあるようだが、後遺症もなく、今は屋敷で元気に過ごしている。
兄としてこれ以上の喜びはないし、フェリシアも誰よりも快復を喜んでいた。
だが、
「……何か、雰囲気が変わったような気がしてな。いや、ただの気のせいかもしれないが」
うまく説明できないが、病を患う前後で、ミリーから受ける印象が少し違っていた。
過酷な闘病生活が、幼かった妹の心を変えたのだろうか。
あるいは二年という歳月による、俺たち自身の目線の変化も含めた精神的成長なのか。
「何と言ったらいいか……。そう、大人になった、か?」
ミリーはまだ七歳だ。
貴族教育も始まったばかり。
以前のあいつはもっと無邪気で、何に対しても真っ先に俺たちへ疑問を投げかけてくるような、好奇心の塊のような子だった。
それが今のミリーは、何事も一度自分の中で噛み砕き、熟考してから反応を返すようになった。
「うーん、『大人になった』とは少し違うかな」
フェリシアは指先を顎に当てて考え込む。
「どう違うんだ?」
「ミリーはミリーのままなんだけど……なんて言うか、もう一人ミリーがいるみたいな感じかな」
「……どういうことだ?」
「私もよく分からないんだけどね。別のミリーがいて、二人で一人みたいな?」
なるほど、言い得て妙だな。
大人のような落ち着きを見せたかと思えば、子供らしい無邪気さも覗かせる。
フェリシアと言葉を交わしながら、俺の頭の片隅では、別の事を思い出していた。
かつて学友が、祖母の昔話の一つとして語ってくれたアルド教の古い記録。
アルド教とは、この国で公認されている宗教の一つだ。
遥か昔、人と共に暮らし、そして人の裏切りによって怒り、大地を分断したと言われている、真竜アルドを崇める宗教だ。
この伝承ゆえに、亜竜病はアルドの怒りの残滓として『竜の呪い』とも言われるようになった。
だが、一方で敬虔な信徒たちはこう呼ぶという。
――『真竜アルドの試練』と。
曰く、『試練を乗り越えし者は、竜の知恵と力を授かる』。
当然、眉唾な話だと思った。
医療が未発達だった時代、死を待つ子の親への、せめてもの気休めとして広まった言葉だろうと。
(しかし、もしその言い伝えが事実だとしたら……)
フェリシアが直感的に口にした「もう一人のミリー」という違和感と、伝承にある「竜の知恵」という言葉が、今のミリーの姿を介して奇妙に重なっていく。
(今のミリーの変容は、本当に「成長」だけで片付けられるものなのか――)
そこまで考えて、俺は苦笑して思考を振り払った。
お伽話を真に受けてどうする。
妹を案じるあまり、想像が飛躍しすぎたな。
「そんなに深く考える必要ないよ。ミリーがミリーなのは、私が一番分かっているから」
「……はは、それもそうだな」
竜のぬいぐるみに目を輝かせ、好物のドーナツを頬張る姿は、どこからどう見ても年相応の子供だ。
今はただ、彼女がこれからの人生を健やかに、今度こそ不自由なく歩めることだけを願えばいい。




