02-21-ex. 雷の魔法
(ふふっ、いい報告ができそうで何よりね♪)
夜も深まったチェルクリオのダンジョン下層。通路の壁に設置された魔導灯が、仄暗い明かりを落としている。
その静寂の中、私はこれまでの調査成果をひとり振り返っていた。
始まりは数ヶ月前、国の魔導研究所に呼び出されたときのことだ。
見せられたのは、完全に鉄屑と化した魔導機兵の残骸。てっきり、その調達ルートを洗えと命じられるものだと思っていた。
所有者が教会の関係者であったがゆえ、異端審問官である私が動くのは明白だったから。
しかし実際に言い渡されたのは、その魔導機兵を『破壊した人物』の調査だった。
「この少女の実力を調べてほしい」
写真を差し出されたときは半信半疑だったけれど……ふふ、まさかこれほどとはね。
「ミリーちゃん、とんでもなく……可愛い! じゃなくて、あんなに強かったなんて」
先刻、最下層で繰り広げられていた激しい戦闘は、本当に現実だったのだろうか。
Bランクのワイバーンと戦っている時点でも、あの年齢としては十分に規格外だった。
それがまさか、『竜種』を単独で、しかも余裕すら残して倒してしまうなんて。
最初は焦って助けに入ろうかとも思ったけれど、すべては杞憂に終わってしまった。
「それにしても、面白いぐらい計画通りに事が進んじゃったかしら?」
当初の予定では、女学院の教師として、授業を通して彼女の力を探るはずだった。
それがまさか本人から「ダンジョン探索がしたい」なんて、これ以上ないほど都合の良い申請を出してくるとは思ってもみなかった。
引率という形で同行する流れになったのは計画通り。
とはいえ、私やアリサちゃんたちの前で、彼女が『真の実力』を表に出すとは端から思っていなかった。
(まあ、昼間の探索の下層あたりでは、フラストレーションが溜まっている感じがひしひしと伝わってきたけれど)
でも、心配はいらなかった。
ミリーちゃんは、夜中に学院を抜け出して例の教会まで自ら「掃除」しにいくような子だ。
環境さえ整えてあげれば、こちらの期待通りに動いてくれるという確信はあった。
(そのために、ヒューゴくんを連れてきたわけだし)
研究所で見た魔導機兵の残骸――あそこに残されていた攻撃痕の一つが、彼の扱う武器の性質と見事に一致していたのだ。
事前調査の段階でミリーちゃん、ティアナちゃん、ヒューゴくんの三人が『共犯者』であることは把握していた。故に彼さえ巻き込めば、三人で屋敷を抜け出して夜のダンジョンへ潜ってくれると踏んでいた。
そして見事、私の狙い通りに動いてくれたというわけだ。
(でも、昼間はちょっとミリーちゃんにいじわるし過ぎちゃったかしら。嫌われてないよね? ね?)
その後、ミリーちゃんは立ち塞がる迷宮獣を「邪魔だから」と一瞬で蹴散らし、あっという間に最下層へ到着した。
本来なら、そこまで確認できれば調査としては十分だったのだ。ワイバーン戦はおまけのようなもの。
最後の『竜』との戦闘こそ想定外だったけれど、おかげで彼女の実力について揺るぎない『真実』を得ることができた。
「あとは、この調査結果をクライアントへ報告するだけ……」
――とその前に。
私はダンジョン内を足早に移動していた、例の怪しい集団へ静かに追いつく。
本当に、今日はラッキーだ。可愛い女の子が、お友達の可愛い女の子を連れてきてくれた時くらいにね♪
「くそっ! Bランク風情かと思ったが、やけに強ぇじゃねぇか! なんであんなノーマル装備なんだよ? ちっ……せっかくワイバーンの魔石が手に入ると思ったのによ」
集団の先頭を走る男――魔物素材の密輸に加担し、ライセンスを剥奪された元Aランク冒険者のダラスが毒づいていた。
「……ダラス様、別に魔石は必要ないのでは?」
「あるに越したことはねぇだろ。最近は質のいい魔石が市場に流通しづれぇからな」
「高性能な魔導具が増えましたからね」
男女混合の六人組。全員が黒地に赤のラインが入ったローブを纏っている。
せっかくなのでお邪魔させてもらおうかしら。
「とにかく、依頼主には多少なりとも恩を売っておかないとな」
「あら、誰に恩を売りたいのかしら?」
「あん? そんなの組織の――誰だ!?」
集団の動きが一斉に止まり、即座に戦闘態勢へと入る。
ダラスは二本の短剣を構え、部下と思しき残りの五人は……それなりに上質な魔導杖を手にしているようね。
「てめぇ、何者だ……女?」
「誰だっていいじゃない。どうせ、二度と会うこともないのだから」
別に彼らに素性がバレたところで何の問題もない。
けれど、何事もイレギュラーは避けておきたいところ。彼ら同様、私もフードを深く被って顔だけは隠している。
「あなたたちの『クライアント』のお話、ぜひ然るべき場所でじっくり聞かせていただきたいものね」
「はっ、ただの魔石買取業者の話なんざ、面白くもなんともねぇぞ」
「ふぅん。ただの業者にしては、最近は物騒な魔導機兵なんて取り扱っているのね」
「……ちっ。話が早くて助かるぜ。お前たち、やるぞ!」
「「「はっ!」」」
穏便に済ませるつもりはこちらにもなかったけれど……ふふ、話が早くて助かるわ。
さて、もう一仕事、手短に片付けるとしましょうか。
「新人研修の最後だ。手ぇ抜くなよ! 一気に畳みかけろ!」
ダラス以外の五人から、容赦のない中級魔法が一斉に放たれる。
避ける必要すらない。威力はそれなりにあるけれど、こちらの防御魔導具がすべて打ち消してくれる。
「なんなんだよ……どうしてこんな低ランクダンジョンに変なのがいるんだ!」
悪態をつくリーダーと、手応えがないことに動揺する部下たち。
集団としての実力はさほど大したことはないと判断できる。
さりとて数が多い分、普通に相手をするのは少し面倒かしら。
「でも、試作品の性能調査には丁度良さそうね」
私はローブの懐から球状の魔導具を取り出す。
そこへ込められるだけの魔力を注ぎ込み、半円状に広がる彼らを目掛けて放り投げた。
魔導具はダラスたちの目の前でピタリと静止すると、青白い光とともに濃密な魔力を一気に解放する。
「なにっ!?」
発動したのは『雷の拘束魔法』。
それも、一挙に展開された六本分。一瞬にして全員が雷の縄で縛り上げられ、苛烈な電撃がその身体を駆け抜ける。
「がぁっ!?」
「ぐ、あぁ……っ!」
拡張魔導具――単一魔法の発動数を増加させ、威力をも増幅してくれる非常に便利な逸品だ。
悲鳴とともに、新人ちゃんたちはバタバタと地へ崩れ落ちていった。
「くっ、こんな低級魔法ごときに……!」
だが一人だけ、強引に雷の縄を引きちぎった男がいた。
さすがは元Aランクといったところかしら。
「あらあら。大人しくしていれば、楽に済んだのに」
「ほざけぇっ!」
ダラスが二本の短剣を交差し、猛然と襲いかかってくる。
「『雷の防盾魔法』」
防御の魔法を正面へ展開する。
狭い洞窟の通路に、激しい魔力の衝突音が響き渡った。
周囲に漂っていた迷宮獣の気配が、一瞬で遠ざかっていく。
「てめぇ……!?」
強力な身体強化魔法に加え、二本の短剣には切れ味を増す魔導具が組み込まれているようね。
けれど、その程度の攻撃で私の盾を破壊することはできはしない。
「元Aランクにしては、魔導具頼みも程があるわね」
「黙れ! 何がわか――」
「『雷の投槍魔法』」
「――!?」
至近距離から、お返しに中級魔法をお見舞いしてあげる。
直撃はしたけれど、はたして……あら?
「ハッ、そんなものでやられるかよ!」
へぇ……見たところ最新型の魔導アーマーかしら。
指名手配中のわりに随分と高性能な道具を所持しているようね。ますます情報を吐き出させるのが楽しみになってきたわ。
「ふふ、『雷の拘束魔法』」
懐から白く角ばった――『竜骨』の杖を取り出し、ダラスを再び拘束する。
(魔導杖は便利だけど、やっぱり古典的なこっちの方がしっくりくる。それに――)
「同じ手が通用するか……な、解けねぇ!?」
「初級魔法でも、使い手次第で性能が跳ね上がるのは知っているわよね?」
「だからって、お前、いったい何者なんだよ!?」
杖に濃密な魔力を込めていく。
さっきミリーちゃんと竜の凄まじい戦いを見ていたせいかしら。なんだか私まで、少し派手に遊びたくなってしまった。
(――精密機械だから、高威力の魔法には対応していないのよね)
「じょ、上級魔法……じゃねぇ!? や、やめろ――!」
「『雷の竜撃魔法』」
まばゆい雷光が爆ぜ、魔導アーマーの強力な防御を瞬時に破砕する。逃げ場のない圧倒的な雷撃が、余波となってダラスの身体を吹き飛ばした。
「が、はぁ……っ!」
ダンジョンの壁へと叩きつけられ、その場で力なく崩れ落ちる。
手加減しておいたから、まあ、死んではいないでしょうけれど。
「さて、終わったわね。全員を引きずっていくのは少し面倒だけど……面白いお話が聞けそうかしら?」




