02-20. 『竜の天翔』
さあ、仕切り直しだ。
地下都市の街区から離れた、建造物の何ひとつない開放的なエリア。
ここなら貴重な遺跡を壊す懸念もなく、存分に戦える。
「KSHA、 KSHAAA!!」
ダメージ自体はさほどなさそうだが、顔面を蹴り飛ばされたのが相当屈辱的だったらしい。竜からは猛烈な憤怒が伝わってくる。
「おっ?」
竜が身を低くして前傾姿勢をとると、バサッと両翼を大きく広げた。
纏っていた魔力が急激に濃縮され、周囲の温度が劇的に下がっていく。
パキパキと音を立て、竜の全身が分厚い氷の鎧に包まれていく。
これは――まずい。
「竜体魔法、二の型――『竜の剛が』い!?」
まるで線を引いたかのような、一切のブレのない突進。
大気を凍結させながら私を貫かんとするその攻撃を、真正面から受ける。
(はっ、やるじゃないか……!)
防御魔法の展開こそ間に合ったものの、その桁外れの衝撃を殺しきれず、私の小さな身体は石ころのように宙へ跳ね上げられた。
「ミリー様!!」
空中で体勢を整え、両足の裏でしっかりと着地する。
しかし、抑えきれなかった勢いに数メートルほど地面を削りながら滑らされた。
なかなかの威力じゃないか――だが、これぐらいで私の鎧は貫けんぞ。
「心配いらないわ」
離れた場所で見守る二人に、無事であることを伝えるため軽く手を振ってアピールしておく。
(さすがに竜体術だけではきついか……)
先ほどのワイバーンや、数か月前に相対した魔導機兵とは一線を画す強さだ。
甘く見ていると……まあ、明日の朝起きる時間が少々遅くなるかもしれないな。
「SHA!」
「くっ!」
空間を縦横無尽に切り裂くかのように、あらゆる角度から突進が襲い掛かる。
魔法だからこそ成せる、物理法則を無視した鋭角な移動の軌跡が描かれていく。
ただの巨体を活かした体当たりではない。分厚い氷の魔力を纏い、全身が氷刃と化した高レベルの魔法攻撃だ。
私の『剛鎧』が、ギィンと鉄を断ち切るような嫌な音を立てて削られていく。
なんとか防ぎきってはいるが、このままではジリ貧だ。
(だったら――)
「そのダンス、付き合ってやるよ!」
スピードにはスピード!
鳥には遠慮したが、相手が竜なら出し惜しみするつもりはない。
両脚に魔力を込め、極限まで圧縮する。
「竜体魔法、四の型――『竜の天翔』!」
脚甲を装着したかのように、私の両脚へ濃密な魔力が纏われる。
さあ、これで対等だ。
「いくぞ――」
地面を軽く蹴り、次の突進へ切り返そうとした竜の懐へ一瞬で躍り出る。
「SHA!?」
「はは、これくらいで驚くな――よ!!」
勢いそのままに『竜の巨撃』を拳に込め、叩き込む。
竜は両翼を盾のように構え、私の撃ち込みを受け止めた。
互いの魔力が反発し、周囲の地面がその余波で凍りつきながら抉れていく。
竜が後ろへ下がりながら両翼を羽ばたかせる。解き放たれた魔力が数多の氷の棘と化し、矢のように一斉に射出された。
竜体術の強化だけなら、すべては捌ききれない――だが、今は違う。
襲い掛かる氷の棘に対し、雷光のごとく不規則な軌跡を描いて地を駆ける。そのすべてをかわしながら、再び竜との距離を詰める。
「たかが人間相手に、遠距離魔法に頼ってどうする!」
そこからは苛烈な応酬だった。
私はひたすら拳や蹴りで『巨撃』を叩き込む。竜も突進をやめ、鋭い爪の連撃や至近距離からの氷のブレスで応戦してきた。
激しい打撃と魔力がぶつかり合い、平らだった地形が見る影もなく変容していく。
「もはや、口にできる言葉がありません……」
「わかる、が。もう少し後の事を考えてだな……」
途中から楽しくなってきたのはやや反省点ではある。
何度目かの攻防の後、さすがにそろそろ決着を付けることを意識し始めた。
だが――。
(思ったより、粘ってくるな)
一番外側に魔力の防御膜、その下に分厚い魔法の氷鎧。それらを突破したとしても、最後に硬質な鱗が控えている。
ただの殴打や蹴りだけでは、どうやら決定打を与えられないようだ。
『竜体術』の出力をさらに上げるべきか?
「KISHASHA!」
いかにしてとどめを刺すか思案していると、竜が両翼を大きく羽ばたかせた。
氷雪を纏った風が吹き荒れ、その巨躯が宙へと舞い上がる。
「なんだ、おまえも空中戦をやる気か?」
そう思った矢先、上空から強烈なブレスが放たれた。
難なく回避した瞬間――その陰に隠れるようにして、竜の突進が目と鼻の先まで迫っていた。
「うおっ!」
ブレスを目くらましにしたか。小癪な真似を……だが、二度も同じ手が通ると思う――ん?
竜は上空から氷の雨や風の弾丸など、多種多様な魔法を怒涛の勢いで降らせてくる。
そしてその陰に紛れ、死角から的確に一撃を叩き込んできた。
個々の魔法の威力もさることながら、底が見えない魔力と無尽蔵のスタミナ。それこそが『竜』という存在の本質だ。
「なるほど、面白い」
だが、いつまでも地上で後手に回っている私ではない。空を飛べるのはおまえだけだと思うなよ――そのための『天翔』だ。
私は足裏で軽く地を蹴り、垂直に跳躍。一気に上空の竜へと距離を詰める。
私が地を離れた瞬間を好機と見たか、竜はすかさず氷風を纏ったブレスを吐き出し、牙を剥いて突っ込んでくる。
(ここ一番の威力……だが、甘いぞ!)
迫りくる氷風の塊。仮に受けきれたとしても、直後に巨躯という破壊の塊に押しつぶされる。
――だが、どちらも私に当たることはない。
私は空中を強く蹴り、ブレスの軌道から真横へと跳んだ。
「KSHA!?」
『竜の天翔』は、空を統べる竜の機動力を再現する魔法だ。
脚に纏う魔力は大地を疾走させるだけでなく、宙をも自由に舞わせる。
その姿、まさに天翔ける竜の如し。
空中を二度蹴り上げ、突進の勢いのまま通り過ぎようとする竜の背中――その両翼の真ん中に狙いを定めた。
「さあ、その身に刻め!」
両手を固く組み合わせ、魔力を極限まで圧縮させる。
「竜体魔法、一の型――『竜の巨撃』!」
体を一回転させた遠心力を上乗せし、鉄槌のごとく竜の背へ叩き込む。
両腕だ、威力も単純計算で二倍!
防御膜も氷の鎧もまとめて破砕し、ついにその鱗を捉える。
圧倒的な破壊の衝撃に耐えきれず、竜は轟音とともに叩きつけられ、その身を再び地へと戻された。
「KI、KSHAA……」
ほう、さすがに一発じゃ沈まないか。
私はちらりと腕の時計に目をやる。
まだ時間に余裕はあるが、これ以上引き延ばすのは無粋というもの。
「楽しかったよ」
だからこそ、最後は全霊の一撃で終わらせる。
竜体術、四十パーセント。
体に相応の負担がかかるが――一瞬なら問題ない。
空中で身体を反転させ、宙を強く蹴りつける。
地へ伏せる竜の首元へ急降下しながら、左腕に膨大な魔力を集めた。
極限まで圧縮した魔力をどこまでも薄く研ぎ澄まし、鋭利な刃へと仕立て上げる。
「竜体魔法、三の型――『竜の烈刃』!」
竜の爪は、万物を切り裂く。
「KI――」
その首筋へ一閃を振り抜き、鮮やかに断ち切った。




