02-19. 生物の頂点
ダンジョンの最下層に、重い地響きが反響する。
揺れが最高潮に達し、闘技場の真ん中に巨大な亀裂が走った。
床が激しく隆起したかと思うと、まるで火山が噴火するかのような勢いで、岩と土煙が空中へと一気に舞い上がる。
その惨状を押し破り、巨大な何かが地下都市へと躍り出た。
「まさ、か……」
鈍色に輝くその体躯は、ワイバーンよりも二回りは大きく。
うねるような長い首、突き出た牙、そして鋼のような鱗が全身を覆う。
両脚が濃い影を踏みつけ、鋭い爪が大地に深く刻まれる。
風を巻き起こしながら翼が畳まれると、魔力の残滓が美しく舞い散った。
「うそ、だろ……」
ヒューゴは眼前の存在が何かを理解していた。
だが現実を受け入れられず、口を開けたまま呆然と立ち尽くしている。
「ミリー様。これが……っ」
ティアナはその存在から目を逸らせず、言葉を失っていた。
額を伝う一滴の汗。微動だにできず、生唾をごくりと飲み込んだ。
「ええ、そうよ」
前世で何度も死闘を繰り広げ、ある時は敗れ、ある時は打ち破った存在。
生物がその肉体を極限にまで進化させた姿。
「KSHAAAAAAAAA!」
『竜』――がそこにいた。
「ははっ……」
なぜだろうか、言葉が出ない。
あれほど待ち望んでいたというのに、いざ相まみれてみると、自分ですら信じがたい心地になる。
この圧迫感、肌を刺す魔力の波動、恐ろしくも美しいその姿。
「……本当に、今日はついているらしいわね。さあ、その実力を見せて――!? 来るぞ!」
何の予兆もなく竜が眼前に迫ると、前脚が振り下ろされ、大地を叩き割る。
翼竜種などとは比べ物にならない質量と破壊力が、地面に大穴を穿ち抜いた。
(はっ! 明らかに私を狙ったか。一番の獲物が誰か、本能で理解しているのか!)
後退し、即座に体勢を整える。だが、追撃は来ない。
まだ身体が馴染んでいないのか、竜は自らの運動性能を確かめるように身をよじり、周囲の瓦礫を無駄に前脚や尻尾で跳ね飛ばしている。
「二人とも大丈夫?」
竜の攻撃を間一髪で回避したティアナとヒューゴが、私の元へ合流する。
幸い、二人とも目立った外傷はない。
「冗談だろ……なんでこんなところに『竜種』が……夢か?」
軽口とは裏腹に、ヒューゴは隙なく長棍を構えている。
「本当に竜なのですか……初めて見ましたが、あのような存在がいるなんて……」
私とて、今世で相まみえるのはこれが初めてだ。しかも迷宮獣。
だが、間違いない。
元の姿形が何であれ、纏う魔力の質が生物の限界を超えている。それこそが、竜と成った証だ。
「そうね。でも、どうして今ここに? 地下で眠っていたのかしら……」
ここは魔素の薄い低ランクダンジョンのはず。
ワイバーンあたりがギリギリの許容範囲であり、竜種のような膨大な魔力の塊を有した存在が発生するなど、あり得ないはずだ。
疑問を深めていた私は、ふと、ティアナとヒューゴの視線に気付く。
なぜか二人の目は、私の左手に注がれていた。
「まさか……ミリー様の?」
「信じられないが、それしかないだろうな」
(あ、なるほど)
先ほど地面へ叩きつけた竜体魔法。
あの魔力の波動が地殻を伝い、地下深くで眠っていたこいつを叩き起こしたのか。
「どうやら私の強さに引き寄せられて目覚めたってわけね」
ははは、最高じゃないか!
強者の運命というやつか。
「KSHAAAAAAAAAAAAAAAA!」
耳をつんざく咆哮。
準備運動が終わったのか、竜が再び明確な殺意をこちらへ向けてくる。
直後――巨躯が予備動作なしに動き出した。
突風を纏った猛烈な突進が、一直線に私へ迫る。
「竜体魔法、一の型――『竜の巨撃』!」
怯むことも、臆することもない。
迫る竜へ向け、私は迷わず拳を撃ち抜く。
両者の譲らぬ魔力が衝突し、強烈な衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした――わずかに、私が上回る。
竜は後方へと吹き飛ぶが、体勢を崩さずふわりと着地する。ダメージはなさそうだ。
(懐かしいな、この感触!)
ワイバーンと同じく全身を覆う魔法の防御膜。
だが、ただ硬いだけではない。生半可な攻撃では突破できず、逆にこちらの拳がダメージを負うほどの攻撃性を帯びた棘の鱗だ。打ち込んだ腕に鈍い痛みが残る。
まさに竜だ、間違いない。
迷宮獣とて、その強さは本物なのだな!
「おい、何やってるんだ! 逃げるぞ!!」
ん?
背後からヒューゴが、大声を上げて逃走を促してきた。
「何言ってるのよ。倒すべき相手が目の前にいて、逃げるなんてありえないでしょ?」
「いや、お前! 『竜』だぞ!? 本物の竜種だぞ!?」
そんなの見れば分かるのだが。
「竜種なんて国軍が出張る危険度だ! 逃げる以外に何の選択肢があるんだ!」
えっ、そうなの?
まあ、ヒューゴの言い分も分からなくはないのだが。
薄暗いダンジョンの最下層に、新たな光源が発生した。
竜の口内に膨大な魔力が収束していく。
その顎が大きく開かれると、冷気と風の刃が混じりあったブレス魔法が放たれた。
「――うおらっああ!」
回避すれば後ろの二人が巻き込まれる。
私は再び拳へ竜体魔法を纏わせ、地面を凍結させながら迫る魔法へ、真っ向から打ち返すように拳を叩き込んだ。
爆音とともに氷のブレスが砕け散り、周囲に白い冷気が立ち込める。
「逃げたって、あいつはおそらく追ってくるわよ? ここから暴れ進まれたら、上の層に被害が出ないかしら?」
「ぐ、ぬぅ……それはそうだが……!」
下手をしたら地上まで出てくる。
そうなれば被害など尋常ではないはずだ。
「KSHARA!」
冷気が晴れると、再び竜の姿があらわになる。
私の強さを認識したのか、纏う魔力の量が一段と跳ね上がっていた。
「ミリー様、ですが……倒せるのですか、あれを……」
両手で剣を構えるティアナだが、その身体は微妙に震えている。
無理もない。魔力のこもった強烈な威圧は、一定以上の実力がなければ対峙することすら許されないのだから。
「大丈夫よ。あれくらいなら、どうにでもなるから」
竜種と一括りに言っても、強さの幅は広い。
例外はあるが、体の大きさに比例して強い個体になる。
この程度なら、今のこのミリアリアの肉体でも十分いける。
そのための竜体魔法だ。竜に使わずして、何を獲物にするというのか。
「……分かった。だが、ここはまずい。せめてあっちの開けたところまで誘導できないか?」
ヒューゴが指し示す方向へちらと視線を向けると、戦うにおあつらえ向きな広い空間があった。
なるほど、ごもっともな意見だ。
地下都市の遺構がめちゃくちゃに破壊されたら、後で何が起きたか詳しく調査されるからな。
「分かったわ。それじゃ、行くわよ!」
「KSHA……RAAAA!!」
魔力を全身に纏い、竜が再び突進を仕掛けてくる。
先ほどより、速い――だが、それに合わせて私も踏み込んだ。
「竜体術――三十パーセント……」
誘導? そんな面倒なことをするつもりはない。
もっと手っ取り早い方法があるだろう?
こちらを押しつぶさんと迫る、その竜の頭部を、左の拳で殴りつけて勢いを殺す。
拮抗――だが、最初から止めることが目的だ。
間髪入れず、私はその場で一回転しながら、左脚に魔力を込める。
「竜体魔法――『竜の巨撃』!!」
出力を引き上げた一撃――豪快な回し蹴りが、竜の顔面へ炸裂する。
巨躯はそのまま空を割り、ヒューゴが指定した場所へと弾き飛んでいった。
一の型はなにも拳や武器に限った話ではない。足でも撃てるし、なんなら頭突きでも可能なのだ。
さあ、勝負はここからだ。




