02-18. ワイバーン戦・後
「では、いきます……はぁっ!」
ティアナは全身に魔力を漲らせ、竜体術を発動する。
鋭い踏み込みとともに、空を舞うワイバーンの真下に向けて地を蹴った。
(強者との戦闘だからか、普段より術のキレがいいな)
ティアナの急接近に対し、ワイバーンが上空から火球を放つ。
だが、ティアナはさらに加速してそれを易々とやり過ごすと、そのまま足元を走り抜けた。
「Gya?」
狙いを外されたワイバーンが首を巡らせた瞬間、ティアナは崩れた外壁の斜面へ跳び移り、そのまま壁面を一気に駆け上がった。
(ほう、壁を利用して上空へ出るつもりか。だが――)
壁の頂点まで登り詰めたティアナは、そのままワイバーンを見下ろす位置へ跳躍し、空中へ躍り出た。
しかし、敵もただの鳥ではない。
「Gyaggaa!」
ワイバーンは地上にいる私とヒューゴへ手短に牽制の風魔法を放つと、その場で素早く反転。無防備な宙のティアナへ向けて、間髪入れずに火球を吐き出した。
「おい、大丈夫か!?」
ヒューゴの叫びが響く。
放たれた風魔法を軽くかわし、ティアナの動向を注視する。
火球は真っ直ぐにティアナへと向かっている。空中では身動きが取れず、このままでは直撃だ。
だが、私の弟子が無策であのような隙を晒す愚を冒すはずもない。
「ミセン流秘技――」
空中、迫り来る火球を前に、ティアナは剣の腹を突き出して逆の手をそっと添えた。
「『木の葉舞い』」
直撃した――そう錯覚した瞬間。彼女は火球の放つ熱圧と勢いに逆らわず、滑らせるように剣を沿わせ、その奔流に身を任せる。
小さな体は、風に舞う一枚の葉のようにひらりと火球をいなしていた。
(まじか! 面白い技を使うな)
虚を突かれ、隙だらけとなったワイバーンへティアナが剣を振り下ろす。
「ミセン流秘技――『月落とし』!」
竜体術を乗せた強烈な一撃がワイバーンの角張った口元を捉え、その頑丈な牙を複数撒き散らした。
「よし、離れろ!」
ヒューゴが合図とともに、手にしていた魔導具を凄まじい腕力で投げつける。
同時にティアナはワイバーンの頭部を鋭く蹴りつけ、その反動で勢いよく後方へ飛翔した。
「Gugyagya!?」
宙でもがくワイバーンの目前で、投擲されたグレネードが炸裂した。
直後、キラキラと輝く微粒子が周囲の空間を一気に覆い尽くす。
「Gya? Gya?」
あからさまにワイバーンの反応がおかしくなった。
まるでこちらの姿を見失ったかのように、視線を彷徨わせながら首を左右に振っている。
なるほど。事前に聞いていた通り、魔導的な効果で敵の認識を狂わせているのか。
「長くは持たないぞ! 決めるならすぐやれ!」
二人の弟子が作ってくれた、これ以上ない絶好のチャンス。
言われなくても、決めてやるさ。
「『風の石弓魔法』」
今日アンリエッタが見せてくれた魔法の並列発動。
せっかくだから、同じ手法を試してみようじゃないか。
魔導具や杖などの媒体がなくとも、私なら素手で容易に再現できる。
図体の大きさが好都合だ。翼を軽く羽ばたかせてはいるが、認識を阻害されてその場から動く気配はない。
これなら、遠距離魔法を苦手とする私でも外しはしない。
右手の補助魔法を維持したまま、左手でさらなる魔法を発動する。
「『炎の投槍魔法』」
『風の石弓』により加速された『炎の槍』が、一瞬でワイバーンへと直撃の軌道を描く。
着弾の直前、敵は気配に勘づいたようだが――もう遅い。
「Gugya!!?」
炎の槍が右の翼膜を容赦なく貫き、直後に炸裂。その半分をあっけなく吹き飛ばした。
「よしっ!」
飛行する術を失ったワイバーンは、誂えたようにこちらへ頭を向けながら、無防備に落ちてくる。
(まったく、余計な手間をかけさせてくれたな)
さあ――引導を渡してやろうか。
竜体術の出力を二十パーセントまで上げる。
「竜体魔法、一の型――」
「ん?」
左の拳に魔力を集束させ、極限まで圧縮する。
ただの鳥相手だが、締めくくりくらいはこれで決めてやろう。
「――『竜の巨撃』!」
「おい、待て!!」
「ん? あっ!?」
振り抜くはずだった拳の軌道を咄嗟に真下へズラし、圧縮した魔力の塊をそのまま地面へと叩きつける。
ドォン!と爆風が吹き荒れ――だが、少しだけ間に合わなかった。
拳がワイバーンの体を掠める。
それだけの衝撃で巨体は吹き飛び、放物線すら描けずに闘技場の壁へと一直線に叩きつけられた。
……。
…………。
…………セーフ!
迷宮獣の死は肉体の完全消滅を意味する。
だがワイバーンは消えることなく、壁際でぐったりと横たわっていた。
「お前、絶対約束を忘れていただろう」
「いやはや、ごめんなさいね」
ヒューゴがジトッとした視線を向けてくる。
やばっ、完全に失念していた。
そう、今回ヒューゴに協力してもらうにあたって交わした条件は、『ワイバーンを殺さないこと』だ。
明日、ダンジョン管理者側でこのワイバーンの討伐が予定されている。それを私たちが勝手に仕留めて消滅させてしまっては、多方面で不都合が生じるのだ。
「放置しておいて大丈夫なのかしら?」
「消滅する兆候はないから大丈夫だと思うが……念のため確かめに行くか」
壁際まで確認に向かったヒューゴが、横たわるワイバーンを一瞥し、問題ないと手で合図を送ってくる。
なるほど、迷宮獣も気絶という状態になるのだな。
「ミリー様、お疲れ様でした」
「ええ。ティアナ、あなたの竜体術もかなり精度が上がってきたわね」
「ありがとうございます!」
「はぁ……まさかこうもあっさりとワイバーンを抑え込むとはな」
私たちにかかれば、Bランクの魔物など造作もないことだ。
おっと――そういえば、ひとつ確かめておきたいことがあったのだ。
「ヒューゴ。あなたも竜体術を少し使っていたようだけど、感触はどう?」
グレネードを投擲する際、彼は確かに竜体術を使用していた。
単なる身体強化魔法では、あれほどの初速と精度は出せないはずだ。
「まあ、要所要所で必要に応じて使う程度だな。あの訓練のおかげか、魔力の制御精度も引き上がったようだ」
「ふーん。なら、ぜひとも忌憚のない意見を聞かせてほしいわね」
竜体術を伝授しているのは、未だティアナとヒューゴの二人だけだ。
前世で生み出したこの魔法技術が、現代の戦闘においてどれほど有用なのか――実践者の視点から多角的に把握しておきたかった。
「まあ、悪くないんだが……」
「……だが?」
「やはり、燃費が悪い」
「なるほど?」
「冒険者にとっては、危険地帯で何日も行動し続けるのが当たり前だからな。いざという時に魔力切れで動けなくなるのは死を意味する。ここぞという場面で威力を発揮するのは助かるが、魔力消費の激しさと制御による精神的疲弊がネックだな」
なるほど……。
そもそも竜体術、および竜体魔法は、『竜』という絶対的な強者と渡り合うために、同等の力を得るべく組み上げた術式だ。
長期戦を前提とする現代の冒険者にとって、魔力効率の悪さは確かに無視できない欠点と言える。
「ありがとうね。今後の改善に役立てるわ」
「……いや、これ以上進化させる必要あるのか?」
それは私にもわからない。
前世の私は、この術式を完成させた瞬間に肉体が耐えきれず、滅びを迎えてしまったのだから。
そして今世の未成熟な身体では、まだそのすべてを扱い切れていない。
だが――燃費の改善程度なら、今の段階でも十分に試す価値はある。
次の課題として研究を進めるのも悪くないな。
「まっ、今は勝利の余韻に浸るとしましょうか」
「はい! まだ胸の高鳴りが収まりません」
「はぁ……これで満足したか?」
十分に楽しめたとは言える。
だが、やはり翼竜種などただの鳥だ。本物の竜が持つ絶望的な威圧感には程遠い――ん?
私は後ろを振り返り、遥か遠方、切り立った崖の頂へ鋭い視線を走らせた。
「どうかされましたか、ミリー様?」
「……今、誰かに視線を注がれていたような気がしたのだけれど」
気配は完全に途切れている。
気のせいにしては、あまりに明瞭な感覚だった。
不気味な違和感に思考を巡らせかけた、その直後のことだ。
「おっ?」
……何か、揺れていないか? 地面が激しく振動している。
「なんだ!?」
「これは……」
闘技場の外壁や柱が激しい震動に耐えきれず、轟音を立てて崩れ落ちていく。
揺れは刻一刻と激しさを増していくが、広範囲の地震ではない。この一帯だけに絞られた局所的なものだ。――下か?
何かが、来る。




