02-17. ワイバーン戦・前
「(いた!)」
ダンジョンの最下層。
地下都市の街区からやや離れた場所にある、円形の闘技場らしき跡地。
かつて全周を囲んでいたであろう巨大な外壁は、今や半分以上が崩れ落ちている。
その途切れた壁の頂上に、ターゲットは堂々とした姿で鎮座していた。
(なるほど、確かに翼竜で間違いないようだな)
翼竜種が一つ――『ワイバーン』。
その体躯はおよそ十メートル前後であろうか。
魚類を思わせる鱗に、ヒレのようにも見える巨大な翼。
折りたたんだ両翼を身体に沿わせ、休んでいるようにも見えた。
「(あれがワイバーンですか……。かなりの大きさですね)」
「(しかも飛ぶからな。Bランクは伊達じゃないぞ)」
これまでに遭遇してきたトカゲやサイといった迷宮獣たちとは、まるで別格だ。
まだ距離はあるというのに、放たれる威圧感の質が根本から違う。
「(で、どうするんだ?)」
ん? 何を言っているんだ。そんなものは――
「正面から戦うに決まってるでしょ」
格下相手に、不意打ちなど無用だ。
「(おい、まじかよ)」
「(ミリー様、さすがにお一人では……)」
心配する二人の様子に、ふと歩みを止める。
今宵のメインディッシュだ。一人で存分に味わうつもりだったが……考えを改める。
「そうね。せっかくだから、三人で行きましょう」
『トライ・ワンズ』と同じ、三人一チームで臨む。
本気を出せば一瞬で終わってしまうからな。それでは味気ない。
相手はBランクだ。こちらもそれ相応の戦力に抑えてやるとしよう。
「いくわよ」
「は、はい!」
「はぁ……腹をくくるか」
堂々と歩みを進め、ワイバーンへ近づく。
向こうもこちらに気づいたようで、巨大な翼を広げ、滑空するように闘技場の中央へと降下してきた。
直後、重苦しい地響きと共に砂塵が舞い散る。
「Gyeeeash!」
耳を刺すような甲高い咆哮と、こちらを見下す獰猛な双眸。
見上げるほどの巨躯が、そこに佇んでいた。
いいね、随分と好戦的じゃないか。
「さて、どこまで楽しませ――おっと」
前口上を言い終えるより早く、ワイバーンが口から火球を放ってきた。
私たちは左右へ最小限の動きでかわす。
直後、地面が爆ぜ、大きな穴が穿たれた。
「なるほど。迷宮獣も魔法を使ってくるわけね」
生物が口から炎を吐くはずもない。
通常の動物と魔物の違い、それは魔力を意識して操れるかどうかだ。
Bランクともなれば、こうして指向性を持った魔法攻撃まで仕掛けてくるらしい。
「迷宮獣は普通の魔物と違って魔力の扱いに長けている。威力が高いから気をつけろよ!」
肉体が魔力で構成されているだけのことはある、ということか。
攻撃性能が高いのは判ったが、なら防御はどうだ。
とりあえず、一発ぶん殴って試すとしよう。
竜体術の出力を少し上げ、一気にワイバーンへ肉薄する。
放った拳は――反応が早い、盾のように掲げられた翼膜に防がれた。
(ん? 硬いか)
そのまま翼で押し返してくるワイバーンから、後方へ飛んで距離を取る。
すると奴は両翼を強く羽ばたかせ、まっすぐこちらへ向けて風の塊を放ってきた。
ただの風圧ではない。これも魔法だ。
「Gyash!!」
「へぇ、思っていたよりやるじゃない」
ここに来るまでの迷宮獣なら一撃で粉砕できる威力だったが、奴の翼膜にはほとんどダメージが見られない。
あの感触――薄い防御魔法を張っているな。おそらく戦闘状態に入ったことで、無意識に展開されたものだろう。強い魔物にはよくある特性だ。
「いきます、はっ!」
私へ意識が向いているワイバーンに対し、側面からティアナが踏み込む。間髪置かずにヒューゴも続いた。
剣と長棍による、左右からの鮮烈な同時攻撃。
だがワイバーンは取り乱すことなく、左右の翼で双方の威力を殺すと、そのまま巨躯を回転させて二人を強烈に弾き飛ばした。
「くっ、これがBランクの魔物……!?」
体勢を崩したティアナへ、ワイバーンの鋭い嘴が追撃として迫る。
だが、間一髪で割り込んだヒューゴの長棍が、その一撃をどうにか受け流した。
ティアナの動きも悪くはないが、ヒューゴの方がさすがに場慣れしている。
「助かりました、ヒューゴさん」
「油断するな。思った以上にやり手だぞ」
なら、こちらも少しギアを上げるとするか。
「『炎の籠手魔法』」
両の拳に炎を纏わせる。
さて、これならどうだ。
再び地を蹴って距離を詰める。ワイバーンは臆することなく、巨大な翼をまるで鉈のように振り下ろしてきた。
放たれた私の拳と、刃と化した翼が正面から激突する。
(ただ熱くなっただけではないぞ。魔法が乗った分、威力も上がっている)
一瞬の拮抗。だが、打ち勝ったのはこちらだ。
力負けしたワイバーンがその巨体を大きくぐらつかせ、派手にたたらを踏んだ。
「ミセン流秘技――『五月雨斬り』!」
「おらぁッ!」
生じた大きな隙を見逃さず、左右から二人の攻撃が直撃した。
「Gugaga……!」
苦悶の呻きを上げ、のけぞるワイバーン。
防御の魔法膜を食い破り、明確なダメージが刻まれる。
間髪置かずに私が追撃を叩き込もうとした――その瞬間。
「GaAA!!」
ワイバーンの喉元が赤く光を帯びる。
奴は後方へ跳び退くと同時に、足元の地面へ向けて火球をぶっ放してきた。
目の前に上がった炎と爆風を回避し、視界が晴れた時には、すでにワイバーンは空へと逃れていた。
「ちっ……上を取る気か」
ワイバーンは広大な闘技場の上空を旋回しながら、断続的に火球を撒き散らしてくる。
「ちょっと、なんで逃げるのよ! 降りてきなさーい!」
地上で勝てないと踏んで、空からのチクチク攻撃に切り替えたか。卑怯とは言わないが、情けない奴だ。
「ミリー様、どうされますか?」
「さすがに空までは手が届かないぞ」
まったく、面倒なことだ。
こうなったこちらも同じく――いや、待てよ。
あいつは所詮、羽ばたいて飛ぶ鳥の類だ。飛行には翼による揚力が不可欠。観察する限り魔法で補助はしているようだが、純粋な竜種のように魔力だけで浮遊しているわけではない。
(わざわざ鳥風情を相手に、同じ条件で付き合ってやる必要もないか)
それに、こちらは三人いる。三人寄ればなんとやら、だ。
「撃ち落とす手段はあるんだけど……確実に仕留めたいわ。あいつの動きを一瞬でも止められないかしら?」
とはいえ、二人とも近接戦闘が主軸だ。
さすがに上空の敵を足止めするような都合のいい手段は――そう思考を巡らせた直後。ワイバーンはこちらの手が届かないと踏んだのか、高台の柱の一つに着地した。いくら大型の魔物とはいえ、連続で魔法を吐き出せばさすがに疲弊もするか。
「ま、なくはないが……」
そう言いながらヒューゴが腰のポーチから取り出したのは、側面にレバーのついた小ぶりの金属球だった。魔導具だろうか。
「何かしら、それ?」
「対迷宮獣用の『チャフグレネード』だ」
え? ちゃ、チャフってなんだ?
「一時的に周囲への認識を歪めることができる」
「なるほど」
幻覚魔法のようなものだろうか。
そんなものまで魔導具として存在しているのか。
「だが、確実に当てたい。なんとか一瞬の隙を作ってくれないか」
「ふむ……」
大きな隙を作るために、まずは小さな隙を作る、か。
なんだか面白くなってきたぞ。
「では、わたしにお任せください」
「ティアナ、いけるの?」
「はい、一瞬でしたら、なんとかなると思い……いえ、できます!」
曖昧な言葉を打ち消し、ハッキリと言い切った。
さすがは私の一番弟子である。
「Gyagya!」
作戦がまとまったまさにその時、息を整え終えたワイバーンが再び翼を広げて空へ跳躍する。
さて、第二ラウンドといこうじゃないか。




