02-15. 下層
安全区画を後にして、最終目的地へ向けて下層へと足を踏み入れた。
陣形は先頭からヒューゴ、ティアナ、私、アンリエッタの順だ。
ここからのモンスター討伐は、なるべく大人二人に任せることになった。
今までの探索で、十分に満足のいく経験――あくまで魔導銃での話だが――は得られたからな。
それに、予定より時間が押しているため手早く進みたい、という事情もある。
とはいえ、そこまで考慮する必要はなかったようだ。
エマから聞いたとおり、安全区画周辺は魔素が薄く、しばらくは迷宮獣との遭遇すらなかったからだ。たまに出てくるのも、中層で見かけたやつらばかりである。
「ヒューゴくん、がんばってー」
「はぁ……」
というやり取りが何度か繰り返される。
背後から襲撃されるようなこともなく、実質的に先頭のヒューゴがほぼすべてのモンスターを処理することになった。
さすがはBランクの冒険者である。
危なげもなく、かつ必要最低限の力で迷宮獣を片づけていく。
(思っていたよりヒューゴも強いな……。それに竜体術は使えるようになったのか? 一度成果を確認してみたいな)
などと弟子の成長具合を見守っているうちに、あっという間に目的の場所へとたどり着いたのだった。
「あれが、地下遺跡……」
狭くなった崖際の通路。視線を右へずらすと、下の様子が見渡せた。
魔導灯にぼんやりと照らされた、ダンジョンの最下層がついに視界に入る。
角度的に全容まで捉えることはできないが、かなり広い空間がそこに広がっているのがわかる。
(想像していた以上に、街だな)
規則正しく縦横へ交差する道路の直線。
居住用だったと思われる大小さまざまな建物の残骸が、道に沿って立ち並んでいる。
そして、視界の最も奥。
いかにも宗教的な寺院といった佇まいの、朽ち果てた大きな建造物が鎮座していた。
「実際に目にしてみるとすごいわね」
「はい。私も初めて見ますが、まさに圧巻の景色です」
やはり資料で見るのとは段違いの臨場感だ。
苦労(?)して、ここまで来た甲斐があったな。
(それにしても……)
ふと、頭の中に素朴な疑問が浮かぶ。
「わざわざこんな地下深くの場所にまで、都市を造る必要があったのかしら?」
「かなりの労力ですよね。元々こういった空洞が存在していたのでしょうか」
人力で一から掘り進めたとは、到底考えられないスケールだ。
「調査によると、元からあった大きな天然洞窟を拡張していったらしい。昔は地上にわんさか魔物が生息していたからな。安全を確保するために、さらに奥へ掘り進めていったんだろう」
確かに上層あたりでは、すぐに侵入を許してしまいそうだ。
それに、五年や十年で完成させたわけでもないだろう。自然の地形を利用しつつ、長い年月をかけて奥へ奥へ、深く深く拡げていったに違いない。
「それじゃあ探索の最後に、記念写真を撮りましょう♪」
眼下に広がる人の歴史を背景に、カシャリとカメラのシャッター音が静寂の洞窟内へと響き渡る。
最後、か。
「ここから先は危険っていう話だったわね」
「ああ、もう少し進むと本格的に下層のモンスターが出現するようになる。それに遺跡群は風化が進んで崩れやすくなっているからな。不測の事態が起きる可能性もなくはない」
なるほど。色々な意味で、今の私の限界はここまでらしい。
「どう、ミリーちゃん。今日はこれで満足できたかな?」
「そうですね……」
前世にはおそらく存在しなかった、ダンジョンという未知の領域の探索。
モンスターとの戦い、魔導銃の扱い、そしてこの地下遺跡――。
「はい、とてもいい勉強になりました」
……。
なわけあるかっての!!
やっぱり物足りない!
ビーフシチューを食べようとしたら、肉が完全にルーに溶け込んで影も形もなくなっていたような、あのがっかり感か!?
くそっ、アンリエッタが見ていない隙に、一発でいいからあの硬いサイをぶん殴っておくべきだった。
今からでも間に合うか? 間に合うよな? やっちまうか!?
ヒューゴを利用して、うまくアンリエッタの目を盗んで……。
いや、バレたらマズい。
……待て、いっそのことバレたっていいのでは?
ダメだ! ヒューゴのときは良かったが、アンリエッタには何の取引材料も持ってないんだぞ!
かぁっ、魔物を目の前にしてこの拳を叩き込めないなんて!
抑えられない衝動にあーだこーだと思考を巡らせていたら、通路の奥から大勢の気配を感じた。直後、ドカドカという足音と話し声が聞こえてくる。
「おや、あんたらも冒険者……にしては随分と変わったパーティーだな」
現れたのは十人以上の集団。その人数からして複数のパーティーだろう。何人かはダンジョンの入口で見かけた気もする。
「何かあったのか?」
「いやいや、あったなんてものじゃないぞ!」
ヒューゴの問いに、初老の冒険者は焦りと興奮の冷めやらぬ表情で、どこか早口に言葉を捲し立てた。
「出たんだよ、竜が!」
「はっ? 竜?」
――なぬ!?
今、『竜』? 竜って言ったか? 言ったよな!
「本当か……?」
「ああ、この目でしかと見たんだ!」
マジかマジか、本当に竜が出たのか!?
まさかここでウルトラミラクル到来か!
よっしゃあああああああ!!
これが持てる者が手にする巡り合わせというやつか!
「危うく燃やされるところだったから、みんなで急いで逃げてきたんだよ」
「しかし、この低ランクダンジョンで竜とは……」
危険を口にしながらも異常事態に熱狂している冒険者たちに対し、ヒューゴは至って冷静だった。
まったく、男ならもっと浪漫を感じろ!
「ちなみに、どのような形状だった?」
「おお、そうだった。まず翼が大きくてな……」
ふむふむ!
「そして口が尖っていて……」
ふむふむ……ん?
「そう、あれだ! 『ワイバーン』だ!」
ふむぅ…………は?
今、なんて言った?
ワイバーン――つまりは翼竜種ってこと?
それって……
「鳥じゃん!」




