02-14. 安全区画
ダンジョン探索を開始してから数時間。ようやく本日の最低ラインへと到着した。
メインルートの脇に備え付けられた、一際目立つ重厚な扉を開け、中の狭い通路を進む。
「アリサ、もうすぐよ」
「やっと着いた……」
通路の先にある二つ目の扉をくぐると、そこには地下とは思えない近代的な空間が広がっていた。
「ここが『安全区画』になります。皆さま、休憩といたしましょう」
案内役のエマの言葉を聞きながら、周囲を見渡す。
中層を踏破した私たちは、こうして下層の手前でメインルートから脇に逸れた、安全な空間へとやってきた。
広さは女学院の室内運動施設ほどもあるだろうか。天井はやや低いが、内部は簡易的なパーテーションで仕切られており、パーティー単位で落ち着いて休憩できるようになっている。
モンスターの侵入を徹底的に防ぐ構造なうえに、室内は驚くほど快適に保たれていた。
当初の予定より少し到着は遅れたものの、まずはここで昼食を含めた大休憩を取ることにした。
目を向ければ、私達より先行していた冒険者パーティーの姿もいくつか見受けられた。
「アリサお嬢様、大丈夫でしょうか」
「ごめん、ちょっと疲れたかも……」
心配そうに見守るエマの問いかけに、アリサは力なく返事をする。かなりお疲れの様子だ。
上層に比べると、中層はそれなりの頻度でモンスターが出現した。
私とアリサの武装では威力の制限もあり、なかなか倒し切れなかったのも疲労の原因だろう。
それにもかかわらず、アリサはできるだけ自分で仕留めることにこだわっていたからな。
「お友達の前とはいえ、張り切りすぎですよ」
「あぅ……」
エドの指摘に図星を突かれたのか、アリサは照れくさそうに縮こまる。
戦闘中の様子を見れば、私にもなんとなく察しはついていた。普段の印象からすると、今日のアリサは少しばかり動きに気負いが見えたからだ。
エマとエドも最初からお見通しだったのだろうが、それも含めて彼女がどこまで踏ん張れるかを見守っていたのだろう。実にできた従者たちである。
「あれがエレベーターかしら?」
ダンジョンの入口付近で見かけた扉と似たものが、区画の奥に見えた。
「そうです。あちらは地上からこの場所、さらに先の下層まで繋がっています。ただ、下層への移動は、管理施設の者か、緊急の避難時にしか認められておりません」
エマの丁寧な説明を聞きながら、扉に貼り付けられた案内の文字に目を向ける。
エレベーターは中層の手前にあった安全区画にも繋がっているらしい。あっちは立ち寄らなかったので、中を把握できていなかったが、構造は同じなのだろう。
他にもトイレや給水設備、備蓄食料まで整っている。さすがにシャワーまではなかったが、仮眠室は用意されていた。
ここなら緊急事態であっても、数日は過ごせそうだ。
「さあ、食べましょうか」
急ぐ道でもない。さっそく腰を下ろし、バッグから昼食を取り出して口にする。
色鮮やかで、ボリューム満点のサンドウィッチだ。うまいな。
私やティアナにもそれなりに疲労はあったが、アリサほどではない。アンリエッタとヒューゴの大人コンビが、遭遇したモンスターの大半を片付けてくれたおかげだ。
「はい、ミリーちゃん、そのまま~」
休憩がてら、アンリエッタが再びカメラを構えて写真を撮り始めた。もはや私も慣れたもので、適当にいなしながら食事を進める。
昨日も私が食べているところを撮っていたけれど……本当に必要なの?
「それにしても、なかなか広い場所ね」
「設備も整っていて、非常に助かります」
それなりに頑丈な作りに見えるが、ここには迷宮獣は近づいてこないのだろうか。
いくら低ランクのダンジョンとはいえ、メンテナンスも大変そうだ。獣が嫌がる匂いでも散布しているのだろうか。
「ダンジョン内の魔素をなるべく遮断したり排気して、迷宮獣が寄り付かないようにしているそうだ」
私の疑問を察したのか、ヒューゴが教えてくれた。「なるほど」と頷く。
己の原始的な考えがやや恥ずかしい。恐るべし現代魔導技術。
これだけの設備をダンジョンという地下空間によく作ったものだと思うが、当然ながら何も冒険者のためだけに用意されたわけではない。
昼食後、私はバッグの中からダンジョン内で回収した「あるモノ」を取り出した。
『魔石』である。
迷宮獣は魔力のみで構成された存在だ。体内に取り込まれた魔素が結晶化し、肉体が消滅したあとにこの魔石だけが残る。
「全体的に小粒なものしかないわね」
「上層と中層とで比べても、それほどの差はないですね」
ティアナと二人で魔石を眺めていると、少し持ち直したアリサが歩み寄って手元を覗き込んできた。
「このダンジョンの、それも上の階層ならそれぐらいだね。下層でもそこまで大きな魔石を持ったモンスターはいないから、買取金額もそこまで高くはないんだ」
この魔石が何に使われるかというと、主に魔導具の部品だ。
例えばアリサから借りている、この魔導銃の内部にも組み込まれている。
(前世でも似たような鉱物はあったが、ここまで純粋な結晶体はなかった気がするな)
そもそも、その魔石を落とす迷宮獣とは何なのか。
一説には「魔素に含まれる魔物の残滓が周囲の魔素を取り込み、生前の形を象ったもの」という仮説があるそうだ。
実際に迷宮獣には、過去や現在に存在する魔物の姿をしたものしか現れないため非常に有力な説とされているが、真偽のほどは定かではない。
(だが、もし仮説通りだとするなら――竜種が存在するというのも頷ける)
「国や領がここに設備を整えているのも、冒険者に魔石を回収させて買い取るためなんだよ。定期的に回収部隊も派遣しているからね」
アリサの補足を聞きながら、要するにここは貴重な資源の採取ポイントなのだと納得がいった。
魔石についての話をしているうちに、休憩終了の予定時間が近づいてくる。
「アリサ、いけそう?」
「ごめん、ちょっとダメかも……」
申し訳なさそうにアリサが首を振る。さすがにリタイアか。
まあ無理をさせても仕方がないし、そこまでして探索を続ける理由もないからな。
「どうされますか、ミリー様?」
ティアナの問いに、私は集まったメンバーを見回した。
今回のダンジョン探索は、私の願望が動機になっている。
ティアナもアンリエッタもヒューゴも、言ってしまえば私の付き添いであり護衛に過ぎない。
「そうね……。まあまあ楽しめたし。でも、遺跡は見てみたいわ」
ここまで来たのだから、せめて昔の人々が築いた地下都市を見てみたいところである。
学院に提出した申請書類の探索理由についても、そう記載したからな。
「どれくらいかかるかしら?」
「見るだけでしたら、ここから三十分ほどです。最下層の手前にある崖沿いの通路から、見下ろすことができますよ」
エマの言葉に「それなら」と探索続行を決める。
「じゃあ、そこまで行こうかしら」
「はい。貴重な経験ですし、わたしも見てみたいです」
「ミリーちゃんがそう決めたなら、その意見を尊重するわね」
「まあ、そこまでならモンスターもまだ中層レベルで済むだろう」
ということで、アリサたちを残し、私達四人だけで先に進むことになった。
そしてここから、思いもよらぬ事態に……なったらいいんだけどなあ。




