02-13. 中層
ダンジョン探索を開始してから、それなりの時間が経過した。
上層を抜け、私たちは現在『中層』へと足を踏み入れている。
上層での魔物との遭遇率は思っていたよりも低かった。先行する冒険者たちが片付けてくれたのだろう。
それに遭遇したところで逃げていくような個体ばかりで、まともな戦闘にすらならなかった。
おかげで安全に進めてはいるものの、物足りなさは否めない。
背中のバッグに詰めた予備の魔導弾も、未だ手付かずのままだ。
でも、慌てる必要はない。
予想通り、中層を進むとすぐに歯ごたえのありそうなモンスターと遭遇した。
「ミリーちゃん、手伝わなくて大丈夫?」
「心配ご無用です。まずは一人でやらせてください」
私は今、新たに現れた『ロック・ライノス』と対峙していた。
岩のような硬い皮を纏ったモンスターだ。その重厚な見た目通り動きは緩慢で、これなら狙いを外す心配もない。
(今度こそ……!)
じっくりと狙いを定め、トリガーを引く。
タンッ、という軽快な射撃音とともに、弾丸へ込められた魔力が術式によって魔法へと変換される。
銃口から放たれた無属性の球状魔法は、吸い込まれるようにロック・ライノスの胴体へ命中した――のだが、硬質な外皮に浅い傷をつくる程度にとどまった。
「うーん、硬いわね……」
だが、焦る必要はない。こういう重装甲の相手に対する戦術の定石は決まっている。
関節などの装甲が薄い部位を正確に穿つか、あるいは内部へ衝撃を透過させるかだ。
(次はあそこを狙う――!)
私の攻撃が大したことないと油断しているのか、敵は様子見の姿勢を崩さない。
その隙を突き、右前脚の付け根――装甲の隙間へ容赦なく二撃目を叩きこんだ――のだが、結果は最初とまるで変わらなかった。
ロック・ライノスは、まるでどこ吹く風といった様子で「フンッ」と鼻息をひとつ吐き出してみせる。
「ミリーちゃん、迷宮獣は普通の魔物と性質が違うんだよ。魔力によって肉体が構築されているから、身体全体がほとんど均一な硬さなの」
後ろからアンリエッタのアドバイスが飛んでくる。
知っている。それも昨日の講習で習った内容だ。
しかし、何事も己の目で確かめてみなければ気が済まない。書物に記されていることが、常に正解とは限らないからな。
(とはいえ、どうしたものか)
今の魔導銃に設定されている出力では、奴の防御を突破するのは厳しそうだ。
まったくのノーダメージというわけでもないため、百発ほどお見舞いしてやれば倒せなくもないが……さすがに弾が足りない。
さりとて、高威力な術式は組み込まれていない。あとは属性の相性でどこまで通じるか、試してみるしかないか。
(えっと、確かここのパーツを回せばいいんだっけ……ん?)
慣れない操作にもたついていると、ロック・ライノスが前脚で地面を蹴り始めた。分かりやすすぎるほどの、突進の前触れだ。
「面白い、かかってきなさい」
私の挑発に応じるように、岩の獣は予想通り突進を開始した。
それに合わせて、私は右腕の腕輪に装着した魔導具に手をかける。
今回の探索にあたり、私とアリサのために用意された防具の魔導具だ(ティアナや大人たちは、魔導具なしでもそれができるから装備していない)。
体の表面に薄い魔力の防護膜を展開し、衝撃から守ってくれる代物らしい。
さて、どれほどの性能が――。
「ミリーちゃん、危ない!」
「おわっ!?」
直後、いきなり体を抱きかかえられ、そのまま横へとふわりと跳んでいた。
アンリエッタが、ロック・ライノスの突進の軌道から私を退避させたのだ。
「もう、ミリーちゃん! ちゃんと避けないとダメでしょ?」
「いえ、ですがこの魔導具が――」
「それはいざというときのための魔導具です! わざと当たって性能を確かめるものじゃないんだよ」
正論で諭されてしまった。
言っていることは完全に正しいのだが、普段突飛な行動ばかりのアンリエッタに言われると、どうにも釈然としない。
「ミセン流、秘技――『疾風突き』!」
過保護なアンリエッタに対し、やはり姉とはこういう生き物なのかと分析していると、少し離れた場所で、猛烈な踏み込みとともに風が駆け抜けた。
――ドン!
腹に響く強烈な衝撃音。ティアナの放った鋭い一閃が、ロック・ライノスの装甲ごと肉体を打ち砕く。
迷宮のトカゲならぬサイの魔獣は、一瞬にして魔石を残して霧散した。
「はぁ……その若さでこの威力、末恐ろしいな」
「いえ、まだまだ未熟の身です」
ティアナは静かに構えを解くと、サポートに徹していたヒューゴに一礼した。
あの硬さを一撃で突破するとは、さすがは私の護衛兼従者である。
一方で、少し離れた場所では――
「フォーメーションBでいくよ!」
「はい、アリサお嬢様」
「仰せのままに」
アリサたちが、別の二体のモンスター――空を羽ばたく『ラージ・バット』を相手に、見事な連携を展開していた。
前衛のエドが敵の注意を引きつけ、中衛のエマが隙を逃さず牽制を仕掛けて動きを封じる。そこへ後衛のアリサが、的確な射撃で止めを刺す。
アリサはただ護衛二人に守られているわけではなく、しっかりとチームの司令塔として機能しているようだ。
(ダンジョンに何度か潜ったとは言っていたけれど、なかなか良い動きね。ただ、少し気になるのは……まあ、私から口を挟むのは野暮というものか)
他人の心配よりも、まずは己の問題だ。
どれほど硬かろうが、『竜体術』で直接殴り飛ばせば一瞬で叩き潰せる。
だが、この場でそれを使うわけにはいかない。あくまで今の私は、レオノーラ女学院生「ミリアリア」としての手札で対処しなければならないのだから。
「アンリエッタ先生」
「『アンリ先生』って呼んでって言ってるのに。なぁに、ミリーちゃん?」
「先生なら、どの魔法を使えば一撃で倒せますか?」
自分の力だけで対処するのは諦め、アンリエッタに任せることにした。
うん、時には人に頼るのも肝心だ。
それに、せっかくの機会。この時代の『一流(?)の魔導士』の実力を見定めるとしよう。
「そうだね、中級の『投槍魔法』あたりなら一撃で倒せると思うけれど……」
「ど?」
「それじゃ面白くないよね?」
「……いえ、面白さは求めていないのですが」
私のツッコミを軽やかに流し、アンリエッタは不敵な笑みを浮かべた。
「ミリーちゃんに頼まれたなら仕方がない。授業の先取りをしちゃいましょう!」
アンリエッタは空いている手で、ローブの中からゴテッとした複雑な形状の魔導具を取り出した。
「これを使います」
見ればそれは、折りたたまれた小型の魔導具だ。彼女が中央部分を握ると、カチャンと音がして両端が伸び、小ぶりな弓のような形になった。
「それは?」
「ふふーん、サポート魔法が設定された魔導具です!」
それだけ説明すると、アンリエッタはこちらの様子を警戒している先ほどのロック・ライノスへと向き直った。
「『風の石弓魔法』」
弓型の魔導具を縦に構え、キーとなるワードを唱える。すると空気を引き裂く音とともに両端から淡い緑色の光が溢れ出し、一回り大きな弓の形状へと拡張された。
「『雷の太矢魔法』」
続けて右手の白い杖を交差させるように重ね、攻撃魔法を発動する。
放たれた雷光の矢は、通常の射撃とは比べものにならない速度で飛翔――ロック・ライノスの鎧のような硬い皮を容易く穿ち、内側から弾け飛ばした。
(うおおっ……!)
思わず感嘆の声が出そうになる。
なるほど、『術式の補助と拡張』か。
本来なら単発で発動した方が効率的だ。
しかし、高度な魔法ほど制御の難度は跳ね上がる。
術式を分担させて負担を減らし、さらに片方を魔導具に委ねることで確実な安定感を得ているのだろう。
「どう、ミリーちゃん?」
「はい、すごいです」
「ふふん、これでも魔法学の教師ですから♪」
なるほど、学院の教師レベルならこれくらい造作もないということか。本当に?
「ミリーちゃんに褒められて先生嬉しいな〜」と満面の笑みを浮かべるアンリエッタ。
我が家の姉に通じるところがあるな。やはり姉という生き物は……まあ、いっか。
それにしても――
「先生、一体いくつ魔導具を持ってきているんですか?」
「ん? 魔導具の数? えっとね……」
アンリエッタは羽織っていたローブの片側をパッと開く。
そこには、足の踏み場ならぬ『魔導具の差し場』とばかりに、様々な形状の魔導具がびっしりと収納されていた。……え、そんなに?
「うーん、ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で十個くらいかな?」
「重くないんですか、それ?」
「ふふん、大丈夫! なんたって私、魔法学の教師ですから♪」
いや、胸を張るところではないし、なんの答えにもなっていない。
結局、アンリエッタ自身の実力なのか、単に魔導具がすごいだけなのか、私にはさっぱり分からなかった。




