02-12. 上層
チェルクリオのダンジョンは、大きく分けて三つの階層で構成されている。
上層、中層、そして下層。
奥深くへ降りていくにつれて魔素の濃度は高くなり、それに比例して出現する迷宮獣も強力になっていく傾向があった。
私たちがまず足を踏み入れたのは、一番浅い『上層』だ。
アリの巣のように複雑に枝分かれした地下区画のため、「地下〇階」といった明確な階層表記があるわけではない。
空間の広さも場所によってまちまちで、最深部に存在する地下遺跡へ至るルートは幾つも存在していた。
私たちはその中でも、最も道幅が広く整備された標準ルートを選んで進んでいく。
(まだか……そろそろか……ん?)
人工の光に照らされた緊張感のない通路をのん気に歩いていると――ついにその時が訪れた。
曲がり角の先、岩陰からヌッと何かが姿を現す。
「あれかっ!」
「ああ、『ランド・リザード』だな」
後ろからヒューゴが手短に教えてくれた。
土壁に擬態したような表皮を持つ、四足歩行の蜥蜴型モンスターである。
体高こそ低いものの、頭から尾までの全長はそこそこあり、チロチロと細い舌を出し入れしながら、こちらに視線を向けてきていた。
念のため周囲を警戒してみたが、他の個体は見当たらない。
単独行動中か――ならば都合が良さそうだ。
「よし、初陣といきましょうか」
今世における、記念すべき魔物との初戦闘。
(この瞬間を、どれほど待ち焦がれていたか!)
腰のホルスターから素早く魔導銃を抜き、教わった通りの姿勢でしっかり構える。
まずはこの現代の武器が、実際にどれほどの威力を秘めているのか試させてもらおう。
狙いを定め、引き金に指をかける。
両目を開けたまま、しっかりと対象を捉え……よし、ここ!
脳内で「決まったな」――と思った瞬間、ランド・リザードは「サカサカサカッ!」と素早い動きで奥へと逃げ去ってしまった。
「あ」
「まあ、このダンジョンだと一番弱い部類だからな」
むぅ……。
昨日の講習でモンスターの概要は一通り聞いていたが、まさか出会いがしらに逃走されるとは思わなかった。
奴の生存本能が私を危険だと察したのだろうか。いくら迷宮の魔物とて、無謀に挑んでくるほど愚かではないということか。
気を引き締め直し、さらにダンジョンの奥へと進む。
涼しげな空気の中をしばらく進むと、やがて少し開けた広場のような空間に出た。
このダンジョンは完全な自然洞窟ではなく、遠い昔に人類が築いた地下施設がベースになっている。
そのため道中にはこうした広い区画が存在し、そういった場所にモンスターが集まりやすい傾向があるとのことだ。
「……いたわ」
今度は三体同時に遭遇した。
広場の真ん中にいる個体は、さっき逃げたやつだろう。こちらを威嚇するように低い唸り声を上げている。
その左右、少し離れた岩陰にもそれぞれ一体ずつ。縦に長い瞳孔でにらみを利かせていた。
随分と好戦的じゃないか。三体いれば勝てるとでも思っているのか?
「いくわよ!」
「はい、ミリー様」
「左は任せてね!」
正面は私が担当する。
ふふん、今度こそ私の実力をその身に叩き込んでやろうじゃないか。
(――先手必勝だ!)
魔導銃を構え、狙いを定めて引き金を引く。
気合は十分だった。
だが、放たれた魔法は素早く動くリザードの脇をかすめ、虚しく壁に窪みを作るだけに終わった。
……今のはノーカン!
「くっ、もう一発……お? ん? え!?」
すぐさま二射目を構えるも、トカゲの俊敏なフットワークに翻弄され、全く狙いが定まらない。
あれ? これ、めちゃくちゃ難しくない?
振り返ってみれば、学院の授業でも昨日の試射でも、その全ては「動かない標的」に対しての訓練であった。意志を持って動く目標となると、勝手がまるで違う。
(ぐぬぅ……! 接近して拳で直接殴り飛ばせば、こんなトカゲ一発で沈むのだが……)
心の焦りがさらに照準を狂わせる。
ていうかこいつ、ジグザグに動きすぎだろ!?
「はあっ!」
裂帛の一声。
すぐ右隣で、ティアナが腕輪型の魔導具から生成した剣を一閃。見事な手際で地を這うトカゲを斬り伏せた。
「よしっ!」
さらに左隣では、アリサが愛銃を一射。的確な狙いで、壁を走るトカゲの急所を撃ち抜く。
まじか。
二体のトカゲの肉体は、空気に溶けるように霧散していく。
事前に教わっていた通り、『魔石』と呼ばれる小さな結晶だけがその場に残った。
なるほど。本当に実体を持たず、純粋な魔力のみで構築された存在なのだな――
って、感心している場合ではない!
私のターゲットは――いた!
目の前で仲間二体が瞬殺されたことに恐怖したのか、またしても尻尾を巻いて逃げ出そうと――いや、もう背中を見せて走っていた。
(待てっ、逃がすか!)
こうなったら当たるまで撃つ!
弾切れ? 知るかそんなもん!!
「『雷の拘束魔法』」
半ばヤケクソになりかけた私の耳に、どこか楽しげな声がすぐ後ろから響いた。
直後、バチバチと弾ける雷光の鞭が、逃げる獲物を追いかけるように伸びていく。
そのままトカゲの胴体を的確に捉え、ぐるぐる巻きに縛り上げた。
「ミリーちゃん! 今がチャンスだよ♪」
魔法の発動主は、振り返るまでもなくアンリエッタだ。
首を後ろに向ければ、彼女は魔導具ではなく授業でも使っているお馴染みの白い杖を手に、楽しそうな笑みを浮かべている。
雷の鞭で全身を拘束されたトカゲは必死にもがくが、完全に身動きを封じられていた。
「えーっと……」
「遠慮はいらないよ、ミリーちゃん! さあ、どーんと撃っちゃって!」
えぇ……。
今のうちに倒せということなのか?
いや、確かにあのままじゃ逃げられていたかもしれないけれど――これじゃ『動かない標的』と同じではないか。モンスターを倒す醍醐味がなくなってしまう。
「ミリーちゃん。誰だって、最初はうまくいかないものなんだからね?」
躊躇する私の肩に、そっと手が置かれる。見上げると、アンリエッタがまるで聖母のような微笑みを浮かべながら、慈愛に満ちた声で余計なフォローを入れてきた。
「は、はい……」
居心地の悪さを感じつつ、私は完全に停止したトカゲにじっくりと狙いを定め、引き金を引いた。
至近距離からの射撃は見事に命中し、トカゲは先の二体と同じように魔石だけを残して消滅する。
こうして、私の今世における初陣が終わった。
「ミリー様、次こそはです……!」
「そ、そうだね。まだまだ上層だから、大丈夫だよ!」
……。
やっぱり納得いかん!




