02-11. ダンジョン入口
翌朝。
日はすでに空高く昇っているが、焦ってはいけない。
しっかりと朝食を取り、身支度を整え、忘れ物がないか入念にチェックしながら準備を済ませる。
「アリサお嬢様、皆様、どうぞお気をつけて。行ってらっしゃいませ」
屋敷の使用人たちに見送られ、私たちは二台の魔導車に分乗して出発した。
まだ街のお店が開く前の時間帯。まずは昨日も訪れたダンジョンの管理施設へとやってきた。 そこから重厚な鉄製のゲートを通過して、そのまま走ること数分、ついに目的の場所へ到着する。
(おおっ、あれが入口なのか!)
窓から覗き込むと、山肌をくり抜いたような洞窟の入口が見えた。
その周囲には、まるで工事現場を彷彿とさせるプレハブ小屋や重機が立ち並んでいる。
武具を整えた他の冒険者たちの姿もちらほら見え、現場には独特の緊張感が漂っていた。
前世の記憶を持つ大人の思考であれ、この胸の高鳴りは抑えられない。
『チェルクリオ・地下迷宮』
ダンジョンの存在を知ってから色々あったが、ようやくここまでたどり着いた。
さあ、楽しませてもらおうではないか!
魔導車を降りると、私たちは探索者用に用意された待機スペースに集まった。
「皆様、装備や荷物の最終確認をいたしましょう。また体調に問題はないでしょうか?」
エマの声を合図に、各々が自分のバッグを開けたり装備を確かめ始めたりした。
まずは私。
小さめのバッグには、講習で習った通りの必需品――水や食料、衣類、最低限の医療品などを詰め込んである。武器はアリサから借りた魔導銃『ロンバル41』で、予備の弾もバッグに入れてある。よし、問題なし。
それと、腕に装着したもうひとつの腕輪型魔導具も、ここで念のため試運転だけ済ませておいた。こちらの動作も良好だ。
隣のティアナも私と同じ構成のバッグを背負い、お馴染みとなった剣を生成する腕輪型の魔導具に加え、アリサから借りた小型の魔導銃『コダチM30』を腰に下げていた。
アリサは愛銃である自作の魔導銃を手に取り、入念に最終チェックを行っている。
エマは昨日とは打って変わって機能性重視の出で立ちで、腰の片側にはロングバレルの魔導銃、反対側には金属製のロッドを下げていた。あれも魔導具だろうか。
さらに、アリサには今日からもう一人、護衛が就いている。
エドという黒髪黒目の爽やかな青年だ。エマの弟だそうで、普段はここチェルクリオの街で働いているらしく、
「本日はよろしくお願いいたします、お嬢様方」
と、今朝丁寧な挨拶と自己紹介を受けたばかりだ。
彼の装備はエマと同じロッドと、携帯用の防護盾になっている。
ヒューゴは本職の冒険者らしく、使い込まれた装備に身を包んで携帯式の長棍を手にしている。
最後にアンリエッタであるが――
「よーし、準備万端♪」
なぜかその場でくるっと一回転してみせている。
一人だけ、どこか華やかで優美な装いだ。
一応、冒険者仕様の防刃ローブではあるものの、中はロングスカートだし、性能よりも明らかにオシャレ重視で選んだ見た目だった。
朝出発する際「そんな格好で大丈夫なの?」と問いかけようとしたのだが、ヒューゴが「あれで問題ない」と呆れ半分に納得していたので、私から口を挟むのはやめておいた。
「どう、ミリーちゃん、似合っているかしら?」
「はい、とても」
「もぅ、つれないなぁ」
私の素っ気ない返答にも、彼女は余裕の笑みを崩さない。すべて分かったうえで面白がっているのだろう。
アンリエッタの言動については、これ以上深く考えないことにした。
学院でも散々味わわされてきたことだ。今さら何かを言ったところで、性格が変わるわけでもない、むしろいきなりしおらしくなっても怖い。
「皆様、お忘れ物はございませんでしょうか。それでは、これよりダンジョンの探索を開始いたします」
エマの合図で、全員の意識がひとつに向く。
今回は七人とやや人数が多いため、二チームに分かれて行動することになっていた。
私とティアナ、アンリエッタとヒューゴの四人。そしてアリサ、エマ、エドの三人だ。
「いよいよね」
「もう、張り切りすぎだよミリーは。今から全力出しちゃうと、途中でバテちゃうよ」
確かにそうかもしれない。
だが、高ぶる気持ちを抑えきれなかった。それほど興奮しているのだ。
「はーい、まずはみんなで記念写真を撮りましょう♪」
気合を入れて足を踏み出そうとした直後、アンリエッタが突然カメラを取り出した。
「アンリ姉さん、なぜ今……」
「ん? だって入口が一番バえるでしょ? それに、私はいちおう引率者だからね。後で学院に提出する活動報告の資料として、写真が必要なの♪」
「はぁ……」
そうだった。彼女は半分学院の教師という立場で来ているのだ。
業務上の理由と言われては文句も言えなくも……本当に必要? あと『ばえる』ってなに?
仕方がない、写真くらいなら付き合おう。だが、全員でピースサインをする必要はあるのだろうか。
「ミリーちゃんたち、みんないい笑顔♪ それじゃあさっそく、いってみよー!」
数枚写真を撮ったアンリエッタは、うんうんと頷きながらようやく満足したようだった。
出鼻をくじかれたが、気を取り直そう。
私たちは厳重に拵えられた入口のゲートへと足を進める。
周囲にいた冒険者たちは、すでにほとんどが中へ入っていったようだ。
「ん? あっちの人たちは?」
ゲートからやや離れたところに数グループの冒険者たちがいた。
狭い扉の前で、何かを待っているようだった。
「あっちはエレベーターだよ。途中の階層まで繋がっているんだ」
……ふーん。
「物資の搬送や、緊急時の退避ルートとしても使われているんですよ」
「ああ、なるほど。そういうのも必要よね」
アリサに続いてエドが説明してくれたが、私は真顔で相槌を打った。
再度気持ちを切り替えて、ゲートをくぐる。
私たちのチームが先行し、後方をアリサたちのチームが固める隊列だ。
「本当に明るいのですね」
ダンジョンに入ってまもなく、ティアナが感心した様子で周囲を見渡す。
その横で、私はどこか虚無的な表情を浮かべていた。
入口の厳重な補助設備を抜け、ようやく洞窟らしい地下空間へ入った……と思いきや、ダンジョン内は拍子抜けするほど明るかった。というか、この先もずっと明るい空間が続くのだ。
「これが魔導灯です。ダンジョンの魔素を自動で取り込んで、一定の明るさを保つようになっています。光量が足りない場合は、こうして直接魔力を流すことで、さらに明るくなります」
エマが微量の魔力を流すと、魔導灯の光がふっと一段強くなった。
……まあ、確かに照明道具を持ちながらの探索は不便だし、そういう便利なものがあってもいいと思う。
「さらに、あちらが緊急用の外部連絡装置になります。それから、あちらにあるのが区画番号の標識です。緊急時はあの番号を伝えて連絡すれば、救護班が駆けつけてくれますよ」
……。
うん、全部知っていたよ。
だって、昨日の講習でそう説明されたし。
でも実際にこの目で見るまでは、ちょっと信じられなかったんだよね。ここまで近代化されたダンジョン設備というものをさ。
ちなみに要所要所にトイレや避難スポットも用意されている。
うん、実に快適だ!
「どうかしたの、ミリー?」
「なんでもないわ。ちょっと理想と現実の整理をしていただけだから……」
確かに、こんな時代に松明を片手に持ち、硬いだけが取り柄の干し肉を噛み締めながら、魔物のうろつく場所に潜るなんてありえないよね。
別にいいさ。
私の目的はダンジョンのモンスターや、一応地下の遺跡なのだから。
便利でスムーズに探索できるなら、それでいいのさ。ははは……!




