02-09. チェルクリオの街
「到着!」
アリサが元気よく魔導車から降りるのに続いて、私も一時間ぶりに大地へと足を下ろした。
周囲に広がるのは、都市部から少し離れた山間の街の風景だ。
列車と車――今の時代の乗り物は非常に便利だが、ずっと座りっぱなしというのも体に堪える。
アリサが手配してくれた魔導車には荷物だけを乗せ、一足先に宿泊先へと向かってもらう。
私たち一行は、まず街でやるべきことを済ませてから後で合流する手はずだ。
ぐっと大きく背伸びをして固まった体をほぐしてから、周囲を見渡す。
それにしても……。
「思ったより賑やかなところなのね……?」
全体的に家屋の背は低く、高層ビルのようなものはない。
だが、趣のある木造の建物が整然と並ぶ街の景色には、どこか芸術的な美しさがあった。
すれ違う人々も皆どこか浮き足立っており、本当に危険なダンジョンを抱える街なのか疑ってしまうほどだ。
「観光地だからね。この時期はそこまででもないけど、夏は避暑地として、冬は雪景色を楽しむために、結構な人が訪れるんだよ」
「なる、ほど……?」
エーデルラント領の一都市、チェルクリオ。
ダンジョン探索の拠点というからには、もっと物々しい場所なのかと思いきや、まったくそんなことはなかった。
首をひねる私の目の前を、食べ歩きを楽しんでいるカップルが素通りしていく。
「ダンジョン目当てで来る人はそこまで多くないんだよね。どちらかというと、自然を楽しめるアクティビティ施設の方が人気かな。自転車レースとかライン下りとか色々あるけど、ミリーとティアナも興味があるなら体験していく?」
……は?
自転車レース? ラ、ライン下りって何!?
なんだか急に、レジャー感あふれるワードが出てきたぞ。
私の中にある子供心が「やりたい!」と叫びだしそうになるが――そう、遊びに来たわけではない。
「……せっかくのお誘いだけど、今回の目的はダンジョンだから、また今度にするわ。ね、ティアナ?」
「あ、はい!『二兎を追う者は一兎も得ず』と言いますからね!」
「そう? 二人がそう言うなら、いいのかな。時間も限られているからね」
地元のことを熟知しているせいか、アリサはすっかり観光気分だ。
一人で勝手に緊張していた自分が、なんだかちょっと間抜けに思えてくる。
ティアナも私と同じように面食らっていたが、アンリエッタやヒューゴは来たことがあるらしく、至って平然としていた。
(……だが、ライン下り。覚えておくか)
私たちが一通り納得したのを見届けると、案内役のエマが一歩前に出た。
「では、管理センターへご案内いたしますね」
「うん、お願いエマ」
色々見て回りたい気持ちはあるけれど、ここで浮かれて本末転倒になっては意味がない。
今日は簡単な講習を受けて、しっかりと準備を整えなければいけないのだから。
(ふぅ、あやうく誘惑に負けてしまうところだった。いかんいかん……ん?)
気分を切り替え、早速ダンジョン手前にある管理施設へ向かおうとした――その時。
視界の端に引っかかった「それ」に、思わず目が釘付けになった。
……どうしても無視できないものが、そこにあったのだ。
「あ、あれは――!」
「ミリー様?」
「ミリー?」
看板に描かれているのは、真ん中にぽっかりと穴が開いた、見覚えのある丸いイラスト。
そして、その横に躍る『限定』の二文字。
「はい、チェルクリオ特産のリンゴベリードーナツね」
「おおっ、揚げたて!」
そう、ドーナツ店だ。
むふふ……これだけは後回しになんてできない。
「もう、ミリーったら。結局寄り道してるじゃない……」
「仕方がないじゃない。ここでしか食べられない限定の味なんだから!」
今食べないでいつ食べるというのだ!
ジトっとした視線を向けてくるアリサだったが、その手にはしっかりと私と同じものが握られている。
ちょうど小腹も減ってきたことだし、さっそく頂きます。
――うおっ、うまい!
「はい、ミリーちゃん、そのまま~」
ドーナツを頬張った瞬間、カシャリ、と聞き覚えのない音が響いた。
見ると、アンリエッタが魔導具らしきものを手に持ち、こちらへ向けている。
「何ですか、それは?」
「これはカメラだよ」
カメラ? ああ、写真という形でその場の情景をそのまま切り取って保存できる魔導具か。
実物の写真を見たことはあるが、カメラの本体を見るのは初めてだな。
ちょっとした小物入れくらいの大きさで、思っていたよりもずっと小さかった。
「かなり高価なものだと耳にしたことがありますが、私物ですか?」
「学院の貸出物だよ。今回の引率の報告資料に使用するからね」
「なるほど、ではなぜ今?」
私がドーナツを頬張っている瞬間など、報告資料に必要ないと思うのだが。
「せっかくミリーちゃん達とお出かけしているんだから、記念にね」
「記念? でしたら普通は自分を被写体にするのでは?」
記念写真とはそういうものだと聞いたことがある。
「? 自分を撮っても、後で見返して楽しくないでしょ?」
「? そうなんですか?」
「そうよ。可愛い女の子の写真は、いつだって癒されるものだからね♪」
……。
なんだろう。この人からは、フェリシアと同じ波動を感じる。
この時代の『姉』という生き物は皆こうなのだろうか? まさかな……。
ヒューゴにちらりと目を向けると――あ、うん、諦めろ、ね。
そんな寄り道を挟みつつ、私たちはようやく管理施設へとやってきた。
さっきまでの賑やかな通りを抜けた、山側の一角。観光気分を一変させるような、厳めしい外観の三階建ての建物だ。
敷地の奥を見やれば、強固な鉄製のゲートが何者も通さないと言わんばかりの重々しさで構えている。あそこがダンジョンへ続く道の入り口なのだろう。
エマの案内に従って、私たちは施設へとぞろぞろと入る。
案内板やズラリと並ぶ窓口など、中はいかにもお役所といった無駄のない造りだ。
(さすがに、ここの空気は少し違うな)
ピリッとした心地よい緊張感がある。
うんうん、こういうのを期待していたんだよ。
「意外としっかりした施設なのね」
「運用の主体は領主家ですが、国の予算も入る重要施設ですので。設備も厳重になっています」
丁寧なエマの解説を耳にしつつ、視線を周囲に巡らせる。
待機スペースには、まばらだが冒険者らしき人たちが思い思いに佇んでいた。
見たところ軽装の者がほとんどだが、何かしら魔導具を所持しているのだろう。
さて、本来ならここでダンジョンの入場申請手続きや、所持品の確認を行うらしいのだが、私たちはアリサのおかげで「顔パス」で終了した。
面倒な手続きは一切なし。
ダンジョン初心者の私とティアナだけが、簡単な講習を受けることになった。
どんな危険があるのか、必要な荷物は何か、外部との連絡手段はどうなっているのか、などなど。
(事前に聞いていたとはいえ、やはり座学は疲れるな……)
一時間ほどですべての講習が終わり、これで準備は整った。
今日はここまで。あとは実践を迎えるだけだ。
「はぁ〜……やっと解放された……」
「ミリー様、お疲れ様です。明日は自分の力がどこまで通じるのか、試してみたいですね!」
座学でぐったりしている私とは対照的に、ティアナの瞳はキラキラと輝いている。
あの『講習内容』で、よくそこまで純粋な気持ちでいられるな。私はちょっと……そうだな、長距離の移動もあってかなり疲れたことだし、美味しい夕食を食べて明日に備えてぐっすり寝るとしますか!
「いやいや、まだだよ! ミリー、ティアナ」
「ん? まだ何かあるの?」
「ふふ、屋敷に着いたら、ね」
何やら不敵な笑みを浮かべるアリサ。
その意味深な言葉の真意を測りかねたまま、私たちは街中にあるエーデルラント家の屋敷――本日の宿泊先へと向かうのだった。




