02-08. エーデルラント領へ
「絶好のダンジョン日和ね」
本日から三日間、王都を離れてエーデルラント領へと遠征に赴く。
学院からのダンジョン探索許可こそ無事に降りたものの、あれから一か月が経過していた。
移動時間を考えると、週末の一泊二日では流石に厳しいからな。そのため、祝日を挟んだ三連休のタイミングを待っていたのである。
「おはよう! ミリー、ティアナ」
「おはよう、アリサ」
「アリサさん、おはようございます」
朝、待ち合わせ場所である王都の駅舎に到着すると、こちらに気づいたアリサが手を振ってきた。
普段の清楚な制服姿とは打って変わり、今日の彼女は動きやすそうなパンツスタイルだ。上品なブラウスにショートベストとブーツを合わせ、お嬢様らしい気品と機能美を漂わせている。
かくいう私も珍しく、アリサと似たような動きやすい服装を選んでいる。
今日はまだダンジョンに潜るわけではないのだが……何事も、まずは形から入るのが大事なのだ。
「待たせてしまったかしら?」
「ううん、列車の出発まではまだ時間があるよ。私も楽しみで、少し早く着きすぎちゃっただけだから」
「なら良かった。……それで、そちらの方は?」
アリサの傍らには、見慣れぬ女性が一人静かに立っていた。
「私の専属侍女のエマだよ。身の回りの世話と護衛として、付き添ってもらってるの」
「初めまして、エマ・シュタインと申します。いつもアリサお嬢様がお世話になっております」
黒髪黒目の、ショートヘアの若い女性だ。
身につけているのは、黒を基調とした機能的かつ洗練された装い。
体の前でそっと手を重ね、すっと綺麗な動作でお辞儀をする。
隙のない佇まいに、いかにも『出来る女』というオーラを感じさせた。
一方で私はというと、ティアナと二人きりだ。
今回の私たちはゲストという立場である。諸々に関してはアリサ側が手配してくれることになっている。それに、あまりぞろぞろと人を連れていくのも先方に失礼というもの。
そもそも赴くのは王都のすぐ隣の領だ。ダンジョンを探索すること以外、危険なことなどまず起きないだろう。
それに、私たちが二人きりで来たのには、もう一つ理由がある。他に同行者がいるからだ。
「みんなー、おはよう!」
エーデルラント行きの列車が乗車できるようになったタイミングで、最後の待ち人が姿を現した。朝からなんとも元気な声である。
ゆるやかにウェーブした金髪に、化粧を感じさせない完璧なナチュラルメイク。白を基調とした清廉な装い。黙っていれば男を何人も振り返らせるような魅力を秘めた大人の女性――学院の臨時教師、アンリエッタその人だ。
「おはようございます、アンリエッタ先生」
「おはよう。私『たち』で最後かしら?」
「はい。列車も来たことですし、いつでも乗れますよ――(ん? たち?)」
実は彼女も、今回のダンジョン探索に同行することになったのだ。
なぜかって?
ダンジョン申請が必ず通るように任せたら、こういう結果になったからである。
『学院の教師が引率する形にすれば、大丈夫でしょ?』
という次第だ。
どの辺が手続きとして大丈夫なのかはさっぱり分からないが、結果として申請が通ったのだから文句は言えない。
まあ、彼女は魔法学の担当だし実力も確かだ。ダンジョン探索の同行者としても頼りになるのは間違いないのだが――
そしてもう一人、意外な人物がアンリエッタの後ろから大きな荷物を抱えて現れた。
「はぁ……どうしてこうなった……」
まるで世界の不幸を一身に背負ったかのような表情をしているのは、なんとヒューゴであった。
事前にアンリエッタから「護衛として信頼できる冒険者を連れてくる」とは聞いていたが、まさか知人が来るとは思いもしなかったのだ。
「あれ、前に行ったお店の店主さん?」
「どうしてこちらへ……?」
「随分と大きな荷物ね。二人分……かしら?」
彼と顔見知りの私たちは、揃って首を傾げた。
対するヒューゴはといえば、その反応からして私たちの同行を最初から知っていたようだ。
「ヒューゴ、どうしてここに?」
「まあ、いろいろあってな……」
なぜか朝からお疲れの様子だ。
一体どういろいろあったら、こうなるんだ?
「ん? ヒューゴくん、ミリーちゃんのこと知っているの?」
「『ヒューゴくん』?」
「アンリ姉さん、実は――」
「『アンリ姉さん』!?」
え、どういうこと? 姉弟なの?
私は思わず二人の顔を見比べる。……いや、全然似てないよね?
「皆様、立ち話もなんですし、まずは車内へお入りになりませんか」
色々と問い質したいことは山々だが、エマの促しに従い、まずは乗車を優先することにした。
* * *
エーデルラント領までは、魔導列車で二時間の旅だ。
そこからダンジョンのある街までは、魔導車でさらに一時間ほどかかるらしい。
今日と明日はその街にある、アリサの家が管理している屋敷に泊まる予定になっている。
「――というわけだ」
特別車両のプライベート空間にて、まずは一通りの自己紹介と日程の確認をした。
ヒューゴのかいつまんだ説明を聞き、彼とアンリエッタの関係性にも合点がいく。
二人は子どもの頃、同じ児童養護施設で育ったらしい。
血の繋がりこそないものの、施設の子どもたちはみんな兄弟姉妹のような強い絆で結ばれていたとのことだ。
「へぇ、世の中って意外と狭いものなんだね」
驚く私やティアナとは対照的に、アリサはのんきな様子で紅茶を口に運んでいた。
まあ、表面上の事実だけを聞けば、何もおかしい点はないからな。
(だがそうなると、一点気になることがある)
ヒューゴが育った施設は、確かアルド教に属していたはずだ。
ということは、普通に考えればアンリエッタもアルド教の信徒ということになる。
しかし、学院での彼女の言動を思い返してみると……うぅむ、全然そうは見えない。
いくら宗教観の薄いウィンスフェルド王国とはいえ、幼い頃にそういった環境で育った人物が「キラキラの二十二歳でーす」なんて言うだろうか? 言うのかな……分からん!
ちらりとティアナに視線を送ると、彼女はそっと首を横に振った。
ティアナも知らないということは、今回は特に気にしなくてもいいのだろう。
まあ、そもそもレオノーラ女学院の臨時教師に雇われている時点で、危険人物でないことは保証済みだ。
またぞろ、ゴードン司教みたいな奴に出くわすわけもないか。
「ところでミリーちゃん」
「はい?」
いつもニコニコしているアンリエッタが、さらに楽しそうな表情を浮かべる。
「ミリーちゃんたちは、ヒューゴくんとどこで出会ったの?」
ぐっ、当然の質問だな。
だが問題ない。模範解答を考える時間は十分にあったからな。
「以前、教会のイベントで演奏会に参加したことがあるんですよ。その時に彼と会話する機会がありまして。聞けば魔物の素材を取り扱っているお店を営んでいるとのことだったので、魔導具作成の素材を探しにお店を訪れてみた……ってところですね」
すべてが嘘というわけでもない。イベントも演奏会も事実だ。
しかし、ゴードンの件については口に出すわけにはいかない。お互いのためでもあるしな。
ちらりとヒューゴに視線を送ると、彼は力強く首を縦に振った。
「あのイベントのことね。今でも続いているんだ。ヒューゴくん、手伝いに行っているの?」
「まあ、当時はいろいろと世話になったからな」
「うんうん、えらい、えらい」
「いや、だからそういうのは……」
ふぅ、なんとかやり過ごせたな。
それにしても、二人の気さくなやり取り。現在の関係性が実に気になるところだ。
「ちなみにお二人は、特別な関係だったりするんですか?」
会話が一区切りついたタイミングで、アリサが単刀直入すぎる質問を口にする。
それ聞く? 聞いちゃう?
いや、まあ、二人とも成人しているし、確かに気になるところではあるが。
「え? 私とヒューゴくん?」
「それだけは、絶対にない」
有無を言わせぬ強い口調で、ヒューゴがきっぱりと言い切る。
「えー、酷いなぁ。お姉ちゃん怒っちゃうよ?」
「いや、だからそういうところが……」
「あ、でもヒューゴくんに運命の人ができたら、まずは私に紹介してね」
「はぁ……」
「あはは、仲はいいんですね」
この二人がそういう関係ではないことだけは確かだな。
アンリエッタはなんというか……一緒にいると妙に疲れるタイプだ。
「それにしても、こうして皆揃ってお出かけなんて、楽しくなりそうだね♪」
そう語る彼女はどこか意味深で、そして誰よりもこの状況を楽しんでいるように見えた。




