02-07. ダンジョン探索の申請
アリサの提案によって、エーデルラント領にあるダンジョンへ行ける目途は立った。
しかし、それで「はい、行ってきます」とすんなりいくわけではない。
アリサ自身だけなら何も問題はないのだ。
なにせ、彼女の家が管理している場所なのだから。アリサの両親さえ承諾すれば、それでおしまいである。
実際、彼女は過去に何度もそのダンジョンに潜った経験があるらしく、余程のことがない限り却下されることもないはずだ。
だが、私とティアナは部外者だ。
別途、きちんと許可を取らなければならない。
まずは両親。
(少々不安ではあったが、あっさりと首を縦に振ってくれたな)
「エーデルラント領のダンジョン? ミリーがそうしたいなら、行ってきなさい。その代わり、危ないことはしないこと。それと、先方の言うことはちゃんと聞くんだよ」
……と、こんな感じだ。
亜竜病により、幼い時期は屋敷の中でしか過ごせなかったことがあってか、両親は基本的に、私の望むようにさせてくれる方針らしい。実に助かる。
まあ、エーデルラント家からのお誘いという体を取ったのも効いたのだろう。
とはいえ、これで万事解決というわけではない。
「うーむ、行く理由ね……。『モンスターと戦うため』じゃ、さすがにダメかしら?」
「はい。それだと受付の段階で再提出を言い渡されるかと存じます」
放課後の食堂。私は一枚の申請用紙を前に、ペンを片手に考え込んでいた。
ダンジョンへ行くにあたって、学院に申請を出す必要があるのだ。
いつ、だれと、何の目的で行くのか――そのすべてを明確に記載しなければならない。
私的な学外活動とはいえ、学院側としても、生徒が危険なダンジョンで事故にでも遭われたら外聞が悪いのだろう。
それゆえしっかりと申請理由を書かなければならないし、内容によっては許可が下りない可能性だってある。
今回赴く予定のエーデルラントのダンジョンは比較的安全らしく、アリサも半年ほど前に潜ったばかりだという。
きっと大丈夫だとは思うのだが……念には念を入れ、文句の「も」の字も出てこないような隙のない記述にしなければ。
「ティアナ、何かそれらしい理由、思いつかない?」
「そうですね……『現代におけるダンジョン構造の学習』や『探索を通じた自己の成長』などはいかがでしょうか?」
「いいわね。……ついでに『あわよくば地下遺跡の見学と内部調査』も付け足そうかしら」
「ミリー様、あまり多くを詰め込みすぎるのも考えものです。目的は要点だけに絞る方が得策かと」
「ん? うーん……それもそうね」
前世も含めて、どうにもこういう書類仕事は苦手だ。 だがそこは優秀なティアナのフォローのおかげで、どうにかすべての記入欄を埋めることができた。
「アリサに聞いたけど、本当に行くんだ」
申請書の最終確認をしていたところ、ふと視界に影が差した。
背後から覗き込んできたのはラフィだった。器用な手つきで、チェスの駒をくるくるっと回している。
「まだ確定したわけではないけれどね。ラフィも来る? 提出前だから、名前を書き足すくらいならまだ間に合うわよ」
「立場的に、王都から出るのはちょっと難しいからねぇ。申し訳ないけど、遠慮しておくよぉ」
口調こそ残念そうだったが、その表情はいつもの気怠げなままなので、白々しいことこの上ない。
まあ、なんだかんだで王女様だからな。護衛などの安全面を考慮すると、そう気軽に危険な場所へ行けるわけもないか。
「ミリーちゃんも変わっているよねぇ。そんなにダンジョンに行きたいのぉ?」
「そりゃそうよ。ダンジョンの構造って、詳しく見てみたいじゃない」
「モンスターだって出るんだよぉ。怖くないの?」
「自己の成長のためよ。多少は危険を経験することも大事じゃない」
「へぇ……。で、本当の目的は?」
「それを今考えているんじゃない」
「えぇ……」
あからさまに呆れた視線を向けられたが、実際のところ、理由なんて「行ってみたいから」で十分だろ。
だが、書類というものは往々にして、そういう純粋な好奇心を言語化するよう要求してくるのだ。
「私的には『竜種のモンスターと遭遇すること』が一番の目的になるんだけどね」
滅多に出現しないという話だから、そこまで期待はしていないけれど。
「竜種? ミリーちゃんって、とことん不思議な感性だねぇ」
「え? ラフィは見たくないの?」
「ないかなぁ。それに、仮に出たとしたら、ダンジョンは完全封鎖。討伐隊以外は立ち入り禁止になるはずだよぉ」
「その時は素直に諦め……第一発見者になればいいだけのことよ」
「随分とこだわるねぇ」
そりゃそうだ。
今世で竜と遭うにはそれぐらいしか方法がないのだから。
「もし出会えたら、超ラッキーぐらいな気持ちでいた方がいいかなぁ。あそこのダンジョンは魔素の濃度が低いから、出現するのも低級の迷宮獣くらいだし。……けど、危険であることに変わりはないから。アリサやティアちゃんはともかく、ミリーちゃんは十分に気を付けてね」
「詳しいのね? 心配しなくても大丈夫よ。そのためにちゃんと鍛えているんだから」
「ふふ、ミリーちゃんならそう言うと思ったよ」
ん?
何か意味深なことを言われたような……。
「それじゃねぇ」と、ラフィはいつもの調子でチェスクラブに行ってしまった。
「どういう意味かしら?」
「ミリー様のお力は、人によっては感じ取れてしまうのかもしれません」
魔力は完璧に制御しているはずだから、そんなことはないと思うのだけど。
まあ、ラフィのことだから、深く考える必要はないか。
「あら、ミリーちゃんにティアナちゃん。何をしているの?」
誤字脱字や記入漏れがないかの最終チェックをしていたところで、再び声をかけられる。
今度は魔法の授業でお世話になっているアンリエッタ臨時教師だった。
あの衝撃的な登場から早ひと月。今ではすっかりこの人のキャラクターにも慣れてしまった。
生徒と距離が近い接し方をしてくるので、いつの間にか私たちは「ちゃん」付けで呼ばれている。さらに言えば、私にいたっては愛称呼びだ。
「何かの申請書かしら?」
「はい。エーデルラント領のダンジョンに行くための申請書です」
「ダンジョン? ミリーちゃんたちが?」
まあ、驚くのも無理はない。
「少し見せてもらってもいいかしら?」
「はい、いいですよ」
「ふむふむ……なるほどなるほど……うんうん」
思ったよりじっくり確認しているようだ。
せっかくなので、これで問題ないか事前にチェックしてもらおうかな。
ただ相手がアンリエッタなので、一抹の不安はある。
「エーデルラント領のダンジョンね……」
「知っているんですか?」
「勿論よ。魔法学の先生ですからね」
いや、それは関係ないのでは……?
「もしかして、探索したことがあるのですか?」
「一度だけね。確か危険度は低かったはずだけど。どうかしらね、ティアナちゃんは大丈夫そうだけど、ミリーちゃんは……」
私とティアナを交互に見比べながら、アンリエッタは首を傾げる。
そうなのだ。そこだけが唯一の懸念点である。
ティアナは武闘派として名を馳せている。今でこそ私の側仕えという立場だが、レオノーラ女学院に転入する前は、剣術の大会で何度も優勝を収めている実績の持ち主だ。
一方で、私の運動面での実績といえば、大陸拳法クラブの大会で三回戦敗退した記録くらいしかない。
これでは私だけ申請が却下される可能性も十分にある。
アンリエッタがそんな反応をするのも無理はなかった。
「どうしても行きたいの?」
「はい」
「だったら、私に任せなさい!」
「……はい?」
神妙な面持ちだった私に対して、アンリエッタは頼もしげに胸をポンと叩いた。
「それじゃあ、これは預かっておきますから。ふふ、楽しみにしていてね♪」
あれ? なんだか雲行きがあやしくなってきたぞ?
上機嫌のままアンリエッタは食堂を後にしてしまった。
「……大丈夫なのでしょうか?」
「さ、さあ……」




