02-06. ダンジョンに行く方法
「わぁ、こんなお店あったんだ」
棚に並べられた商品を見て、アリサが感嘆の声を漏らす。
確かに、こうした魔物の素材のみを扱っている専門店は珍しいからな。
以前訪れた時は棚の数に対して品揃えが少し寂しかったが、今日は「どれにしようか」と選べる程度には並んでいた。
(それと、全体的に商品のランクが少し上がった気がするな)
前世の知識がある私から見ても、なかなか希少な魔物の素材が揃っている。
……その分、お値段も上がってしまっているのだが。
場所は王都のフィセン地区にある、ヒューゴの個人経営店だ。
ここへ来た目的は、魔導具を作るための素材の購入である。
せっかくなのでアリサを誘ってみたところ、「行きたい!」と乗ってきたので一緒に足を運んだのだった。
「あっ、この素材ほしかったかも」
アリサが棚から一つの金属素材を手に取る。
私もそれを受け取って触感を確かめてみたのだが……なるほど、見た目の硬質さに反してしなやかさがあり、展性も高そうだ。
これなら竜体魔法の修行にうってつけかもしれない。
「値引き交渉なら私に任せてもらっていいわよ」
「本当に? お小遣いは上げてもらったんだけど、欲しい素材がたくさんあるから、安くなるなら嬉しいかも」
ふふん、任せなさい。
店主のヒューゴには、ちょっとした「貸し」があるのだ。
なぁに、ゼロを一つ減らせなんて横暴な要求をするわけではない。ほんの少ーしだけサービスしてもらうだけだ。
「というわけで、店主。セット割にしてもらえないかしら」
「そんなシステム、あるわけないだろ……」
やれやれといった表情で、カウンターで暇そうにしていたヒューゴは深い溜め息をつく。
むぅ、せっかくのお得意様だというのに、この素っ気なさ。
結局、いつものサービス価格で我慢することになってしまった。
「王都のドーナツ屋のセールだと、一つ買ったらもう一つは無料になるのよ?」
「いや、うちと一緒にされてもな……」
やっぱダメ?
「ミリー様、あまり彼を困らせてはいけません。店が傾いてしまったら元も子もないですし」
私の無茶ぶりに、ティアナが真剣な様子で窘めてくる。
まあ、それもそうか。
「私のせいでヒューゴが路頭に迷ったら……後味が悪いものよね」
「いや、俺の本業は冒険者だからな? この店は半分趣味みたいなものだぞ」
うん、まあ、知っているけどさ。
店の立地は相変わらず悪いし、今日も私たち以外の客の姿は見当たらない。というか、一度も見かけたことがない。
とはいえ、経営が苦しいわけではないようだ。この店の利益の多くは、個別の契約主への配達で成り立っているという話だからな。
「やっぱり冒険者って儲かるのかしら?」
「ん? どうだろうな。自分で言うのもなんだが、お勧めはしないぞ」
私の何気ない質問に、二十一歳の若き冒険者は、ゆっくりと店の帳簿を開く。
そこに並ぶ数字に目を落としながら、子供に現実を教え込むように淡々と語り始めた。
「隣の芝生はなんとやらだ。どの道も、それ専門で食っていける奴はごく一部だよ。俺だって今は問題ないが、年を取ったらどうなるかわからん。それに怪我でもしたら収入はゼロだからな。他にも隣国との貿易状況によって、素材のレートも頻繁に変動する」
……そんなおっさんみたいな現実を語らないでくれよ。
仮にも私は見た目十歳の子供なのだから。もうちょっと夢のある話を聞かせてくれてもいいだろうに。「冒険者になって、魔物を倒して、王都の一等地に豪邸!」みたいな、さ。
まったく。安定をとるか、一攫千金を狙うか。いつの世も人の営みは変わらんな。
「でも、そんなこと言う割には、景気が良さそうじゃない?」
「まっ、おかげさまでな」
んん?
ああ、そういうことか。
ヒューゴとは、年明けの『教会での一件』を通して知り合った仲だ。
そして、我が野望の成就のために『竜体魔法』を伝授している最中の、貴重な実験役――ではなく、弟子の一人でもある。
ティアナとは違い、彼には理論と訓練法をまとめた『指南書』を渡すという別のアプローチを取っているのだが……進捗に一抹の不安があったものの、どうやらしっかり成果は出ているようだ。店内に並ぶ素材のランクが上がっているのが、その証拠だろう。
「一度どこかで、今の実力を確かめておきたいものね」
「……確認をしたいのだが、加減はしてくれるよな?」
ティアナとヒューゴ、二人の弟子の成長は非常に喜ばしい。
対して自分はというと、ここ最近は少し停滞を感じなくもない。
修行を怠っているわけでもなく、確実に成長はしている。
しかし、こう……マンネリ気味なのである。
女学院での魔法学の授業や、大陸拳法クラブでの鍛錬によって毎日充実している。
音楽クラブでの演奏や、放課後の友人と過ごす時間で息抜きも出来ている。
だが、やはり「ちょっと危険」な刺激がほしいのだ。
しかし、今以上を求めるとすると、途端に年齢制限という分厚い壁が立ち塞がる。
こればかりは我が竜体魔法でも破壊することはできない。
――ああそうだ、年齢制限といえば。
「ねえ、ヒューゴ。ダンジョンって潜ったことあるかしら?」
「どうした、藪から棒に? まあ、仕事柄何度かはあるが……」
やはりそうか。くそ、ずるい。
「私、行ってみたいのだけど。何か策はない?」
「『策』とか言い出してる時点で諦めろ」
即答だよ。
師匠が困っているんだ、何かあるだろう。冒険者しか知らない、裏口ルートとかさ。
「高ランクの冒険者が同行するなら大丈夫、とかあるんでしょ?」
「それは、一定の年齢を満たした未成年者の場合だ。お前はそもそも、その最低年齢すら満たしていないだろ?」
むぅ……。
「ミリー様、まだ諦めていなかったのですね……」
二人の弟子から「いい加減諦めたら?」と言いたげな視線を向けられる。
以前、姉から聞いたダンジョンの話と、そこに現れるという竜種のモンスター。実に魅力的で、前世の血がこれでもかと騒ぐ。
何としても自らの足で潜り、相まみえてみたいではないか。
けれど、正規の方法で条件を満たすのを待っていたら、最低でも三年はかかる。
ダンジョンの実習訓練から帰ってきた兄の話も、なかなか刺激的だった。
思い返すだけでも、妄想がどんどん広がってしまう。
モンスターがはびこる地下通路、常に危険と隣り合わせの状況、襲い掛かる未知の脅威、肉体と精神の疲弊、最終的に古き人々が築いた地下遺跡へとたどり着く――そこに眠る真実とは。
なんか、こう……ロマンがあるよね?
「あの、ミリー様、どうかされましたでしょうか……?」
「何か良からぬことを考えているようだが、たぶん違うと思うぞ」
おおっと、私としたことが、つい何度目かの脳内シミュレーションに耽ってしまった。
「で、他に方法はないの?」
「うぅむ……。ないことはないが、それこそ王命か、ダンジョンを管理する領主の特別許可が出たときくらいか? 仮にあったとしても、女学院の一生徒にそんな話が下りてくるとは思えないが」
やはり、最終的には権力者の許可か。
せめて我が家が治めるジルハイム領にダンジョンがあればよかったのだけど……。
「ミリー、ダンジョンに行きたいの?」
買いたい素材が決まったのか、アリサはいくつかの商品を胸に抱えてカウンターまでやってきた。
「まあね。でも条件が厳しくて、今の私には無理みたいなの」
「行きたいなら、私、許可取ってこようか?」
「そうね。そうしてくれるなら助かるのだけど……」
……ん? 許可?
「何の話?」
「だから、許可。行きたいんでしょ?」
「どこに?」
「ダンジョンに。私も久しぶりに行ってみたいなって思ってたんだ」
え? 久しぶりに……? なんで?
「年齢制限は?」
「え? ああ、だって私の家がダンジョンを管理しているから」
「管理?」
「うん。エーデルラント領のダンジョンだよ」
……ああ、なるほど!
持つべきものは、やはり頼れる友ということか。




