02-05. 初等魔法実技
昼休憩の時間を挟んで、午後の最初の授業は「初等魔法実技」である。
場所は学院の中でも一番新しい、いかにも近代的なスクエア型の建物――魔法技能訓練棟へとやってきた。
(入るのは初めてだな)
訓練内容に合わせて複数の区画がある中、私たちはその一つへと足を踏み入れた。
室内は、立て板のパーティションで横一列に区切られており、一人ひとりの空間が独立している。その仕切りの先には真っ直ぐな空間が伸び、遥か奥に何やら標的のような物が設置されていた。
「はいっ! みんなお腹いっぱいで元気になったかなー?」
再びアンリエッタ臨時教師が担当である。
彼女は一日中このようなテンションで疲れないのだろうか……。
「みんなにはさっそく、魔導具を使った魔法の発動実践をやってもらいまーす」
(ほう、初回の授業なのに、もう魔導具を使わせてもらえるのか)
魔導具の構造の説明や、安全確認などに時間が取られるかと思ったが、回りくどくなくていい。何事もまずは手に持って触ってみるのが肝心だからな。
「今日使用するのは、初心者用の杖型の魔導具です」
アンリエッタの手には、およそ三十センチほどの長さの機械仕掛けの杖が握られていた。
持ち手の部分だけが別パーツで覆われており、握りやすいように厚みがある。そこから先端に向かって細く尖っていく構造だ。
術式回路と一体型のようで、シンプルで、いかにも魔導士用の杖といったデザインをしていた。
「『雷の太矢魔法』――直線で飛ぶ雷撃の魔法がインストールされているからね。仕切りの位置から、あの遠くのターゲットに向かって撃ってくれれば大丈夫だよ~」
そう言うと、アンリエッタは見本を見せてくれた。
彼女が手に持った杖型の魔導具から一閃の細い雷撃が放たれ、真っ直ぐ標的のど真ん中にヒットする。
思わず皆から感嘆の声が漏れた。
「それでは、レーンごとに数人ずつに分かれて実践してみましょう。いい? 出力は抑えられているけど、危ないから魔導具は人に向けたら絶対にダメダメだからね?」
私とティアナ、アリサとラフィの四人で、一つのレーンに並ぶ。
手元の台には、アンリエッタが見せてくれた練習用の魔導具が既に置かれていた。
私はおもむろに、それを手に取る。
「思っていたよりも、軽いのね」
「軽金属仕様の練習用魔導具だからかな」
さすがは魔導具クラブ所属。軽く見ただけで、アリサが即答する。
機械のパーツが組み合わさっているので重量があると思ったが、そうでもない。これなら通常の杖と同じく携帯性にも優れているな。
さっそく持ち手を掴み、二十メートルほど離れた標的に向かって構えを取る。
私は普段から指輪型の魔導具を身に着けているが、そちらに込めてあるのは非殺傷の補助魔法だ。威力は低めとはいえ、こうして純粋な攻撃魔法を使うのは初めてなので、少し楽しみである。
「『雷の太矢魔法』――」
持ち手に魔力を流し込みつつ、起動部を指で押し込む。と同時に、雷の魔法が杖の先端から放たれた。
なるほど、やはり現代の魔導具は素晴らしい。
魔導の極致に至った前世を持つ私であっても、魔導具の出力上限を超えて凄まじい威力を出せるわけではない。魔導具というのは基本、誰が使っても一定の出力が出るように作られているからだ。
だが――「命中力」となれば話は別である。
私が放った魔法は、寸分違わず的の中心に――当たらないどころか、豪快に外れた。
「あれ!?」
え、なんで? 真っすぐ狙ったよね……?
「盛大に外れたねぇ」
「初めての人にはけっこう難しいと思うよ」
「ミ、ミリー様、誰にだって失敗は付き物です!」
ラフィ、アリサ、ティアナの三者三様の反応が後ろから聞こえてくる。
な、ぜ、だ?
アリサの言う通り、意外と難しいのか?
それから、何度か撃った後、十発目にしてようやく標的の端っこに当たった。
魔力制御に関しては誰よりも一日の長があるのに、なぜこんな初歩的な魔法の狙いすらままならない?
あくまで今世のミリアリアの身体だからか? いや、でも竜体魔法をちゃんと使えるし……はっ!
私はそこで気がついた。
竜体魔法を使用した私の戦闘スタイルは、徒手空拳で戦うことを基本にしている。
なので遠距離系の魔法はあまり使わない。
使えないわけではないし、使うことを嫌っているわけでもない。
ただ、竜と戦うなら近づいてぶん殴る方が効果的だからそうしていたのだ。硬い鱗は物理的にも魔法的にも防御力が高いからな。遠距離からチマチマと攻撃するのは非効率なのである。
あと、竜ってどいつも図体がデカいから、適当に魔法を撃っても当たるんだよな……がくり。
「だ、大丈夫ですか、ミリー様!?」
「大丈夫よ。人間、誰にだって得手不得手はあるものよね」
「は、はぁ……」
その場で崩れ落ちる私を、ティアナが気遣ってくれる。
思わぬところで自分の弱点を知ってしまうことになるとは。
はは、面白いじゃないか「魔法実技」の授業はな。
いや、でも、まだ私が特別下手という可能性が確定したわけではなくないか?
もしかしたら、みんなだって――。
「では、いきます――あっ」
次に魔導具を手にしたティアナが撃つと、雷撃は的の中心近くに当たる。
「そぉれ……お、当たったみたい」
やる気のない感じでラフィが続くと、雷撃は中心と端っこのちょうど中間に当たる。
「……っ! ふぅ、狙い通り」
最後にアリサが無言のまま狙いを定めて撃つと、雷撃はなんと標的のど真ん中へと命中した。
あ、あれ……みんな上手だね……。
ティアナはともかく、ラフィやアリサまで一発で当てるとは。
「へへ、こういうの得意だからね」
アリサが得意げな表情で、くるくると杖の魔導具を慣れた手つきで回転させる。
なるほど、魔導具への深い知識とともに、実践も得意なのか。
「はーい、みんな一通り発動できたかな」
周囲の他の生徒の様子を見るに、外している者の方が少ないようだった。
ぐぬぬ、悔しいが、ここは現実を受け入れるしかない。……めちゃくちゃ悔しいが。
「ちなみにアンリエッタ先生は、魔導具なしでも、今のはできるのですか?」
授業が終わりを迎えそうになった時に、ふと、アンリエッタに尋ねてみた。
ただの興味本位。この時代における魔術の教師の実力を知っておきたい気持ちがあったからな。
「ん? 『アンリ先生』って呼んでね♪ で、質問だけど、もちろん、できるわよ」
呼び方、こだわるのか。
にこやかな表情のまま、アンリエッタは遠く離れた標的に向かって人差し指を水平に伸ばした。
「『雷の太矢魔法』」
魔導具を持たぬまま、素手で魔法を発動させる。
雷撃はまるで吸い込まれるようにして――その中心を射貫いた。
「どうかしら?」
「おおっ、凄いです!」
「ふふん。先生は、魔術学の教師ですからね」
なるほど、若いとはいえ、実力は確かなようだ。
だが、初歩の魔法だとまだ測りかねるな。
「もっと強い魔法は使えるのですか?」
「できるけど、さすがに素手だと厳しいかしら」
やや上機嫌なアンリエッタは、懐から一本の杖を取り出した。
魔導具ではない。真っ白な――魔術師の杖だった。
(素材は何だ? 骨系か? それとも……)
「いくよ、『雷の投槍魔法』」
考え事をしている間に、アンリエッタはさきほどよりも強力な雷の魔法を放った。
標的に雷撃が見事直撃すると、爆発とともに粉々に砕け散った。
「どうかしら?」
「おおっ、凄いです!!」
「ふふん。先生は、魔術学の教師ですからね!」
周囲からも歓声が上がる中、とりわけ私とアンリエッタの二人が盛り上がる。
そんな賑やかな空気の中、どこからか控えめな声が届いた。
「あの……あれって壊してもよかったんですか……?」
「「えっ」」




