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01-03. 前世の記憶と今世の野望

私の名はミリアリアという。

愛称はミリーであり、家族は親愛を込めてそう呼ぶ。


「ミリー、大好きっ!」

「……うぐ」


押しつぶされそうなほどきつく抱擁され、肺の空気が一気に漏れそうになる。

ソファに座る私を隣から抱きしめているのは、実の姉、フェリシアだ。

母譲りの金色の髪と、澄んだ碧い瞳が特徴的な、絵に描いたような美少女である。

妹思いである彼女は、病から癒えた私に対して事あるごとにスキンシップを図ってくる。


「フェリ、そんなに力を込めたらミリーが苦しいだろう」


姉を窘めたのは、彼女と同じ色の髪と瞳を持つ少年――兄のリヒドだ。

妹の私が言うのも身内贔屓に聞こえるかもしれないが、兄はいわゆる「イケメン」に分類される。

ミリアリアは兄をリヒドお兄様、姉をフェリお姉さまと呼ぶ。

二人は双子の兄妹であり、私より三つ年上にあたる。


「ほんと、フェリシアはミリーのことが好きなのね」

「はは、仲が良いのは良いことだが、独り占めはよくないぞ」


やや呆れた様子で私たちを見守るのは、父のルーカスと母のエミリアだ。

兄は父に、姉は母に似たようで、二人をそのまま大人にしたという表現がしっくりくる。

ちなみに私の容姿はというと、どちらかというと母親譲りだ。

フェリシアと並べば年の近い姉妹に見えるだろう。

ただ、同じ金髪でも私のは銀を帯びて少し淡い。

瞳の色も二人ほど澄んではおらず、どこか翳りがある。

顔立ちは当然悪くはないと思うのだが、姉に比べると愛嬌が少し乏しいかもしれないな。


「俺からも。こうしてミリーと同じ時間を共にできることがうれしいよ」


今度は兄が、私を優しく抱きしめた。

お、なるほど……。

まだ十歳になったばかりだというのに、服越しでもそれなりに身体を鍛えているのがわかる。

リヒドは武闘派のようだ。


私がこの身体で目覚めてから、三ヶ月ほどが経過した。

その間は「療養」という名の、厳重な経過観察期間。

両親と医者の会話をそれとなく聞いた限りだと、ミリアリアの身体を蝕んでいたのは「亜竜病」と呼ばれる不治の病だった。

皮膚に竜の鱗のような硬質化が現れ、それが徐々に全身へと広がり、やがて死に至る奇病だそうだ。

症例が極端に少ないため、治療法も確立されておらず、古くは「竜の呪い」とも呼ばれ恐れられていたという。


前世の記憶……というか魔導の知識からすれば、奇病でも呪いでもないことは察しが付く。

だが、それを口にすることはない。

七歳の子供の言葉など誰も信じはしないだろう。

ミリアリアの身体は完治しているが、どうやらこの時代の医学ではそれを判断できないようだ。

慎重な主治医の診断に従い、しばらくは退屈なベッドの上での生活を強いられたが、ようやく「許可」が下りた。

今日はこうしてリビングで家族団欒の時間を過ごす機会を得られた。


改めて屋敷を見渡せば、思わず感嘆が漏れるほど豪華な造りだった。

家族構成は父、母、兄、姉、それと私の五人。

さらに執事や侍女はもちろんのこと、専属の料理人までいる。

家名は「ジルハイム」。

なるほど、ミリアリア・ジルハイムは由緒ある名家のお嬢様であるようだ。


さて、医者や侍女以外の人物とこれほど長い時間会話したのはいつ以来だろうか。

心地よい気分に浸っているうちに、一家団欒の時間はあっという間に過ぎてしまった。

名残惜しいが、今の私にはこの程度の交流さえ、まだ負担が大きいようだ。


病そのものは消え去ったが、寝たきりの生活による肉体の衰えは一朝一夕には戻らない。

長時間の活動は体力が足りず、移動には車椅子が欠かせない。

食事もまた、多くの量はまだ胃が受け付けてくれなかった。


日はまだ高いが、私は医務用として使われている部屋へと運ばれ、休息の時間となる。

一人になったベッドの上で、私はこの三ヶ月間、幾度となく繰り返してきた思索を再開する。


「自分は何者か」という問い。


私の中には、ミリアリアとして生きた七年間の記憶がある。

そして、ミリアリアではない「誰か」の記憶が共存している。

これが前世の記憶なのか、あるいは別の魂が混ざり込んだのかは定かではない。

神の気まぐれか、あるいは悪魔の余興か。


私の解釈は、今の状態は「前世の魂」と「今世の魂」の合一だと捉えている。

今世のミリアリアとしての意識は、今も微かに、だが確かに残っている。

両親や兄姉への親愛も、好きな食べ物も、苦手な勉強の内容も、私は「知っている」のではなく「覚えている」のだから。


まぁ、考えても答えの出ないことに悩むのは私の性分ではない。

わからないものは、わからない。

そう割り切り、一つの結論を出した。


私はミリアリアであり、同時にミリアリアではない。

私は「今の私」を私とする。


懸念があるとすれば、実年齢にそぐわない言動をしてしまうことであろうか。

少なくとも前世は成人していたはずだ。

今更七歳児になりきることなどできはしないし、演技などもってのほかだ。

つい先刻の家族との時間でも、客観的に見て子供らしからぬ落ち着きを見せてしまった――という自覚がある。

家族はそれを「長期の闘病による精神的な成長」あるいは「後遺症」と解釈してくれているようだ。

今のところ、不信感を持たれる心配はないだろう。


何はともあれ、繋ぎ止められた命だ。

精一杯、顔が皺だらけになるまで生きるつもりだ。


そして、肝心の前世の記憶についてだが……。

実は、思い出せないことがあまりに多い。

性別、年齢、どのような時代を歩み、どのような生活を送っていたのかも……肝心な部分は霧がかかったように朧げだ。


しかし、そんな曖昧な記憶の中で、唯一、魂に深く刻み込まれた強烈な想いがある。

それこそが、私の前世における最大の後悔。


――「魔導の伝承」の埋没。


私は魔導士だった――断言できる。

かつて魔導の極致にまで至り、魔導の真理を掴んだ。

だが、そこで終わってしまった。

積み上げた知識、磨き上げた技術。

それを後世に残すことができなかったという無念が、鮮明な熱を持って私を突き動かす。

私が研鑽し、極致に至ったこの魔導を、誰の目にも触れぬまま歴史の塵に帰すなど、できるものか。

ならば、今世で成すべきことは決まっている。


当面の目標は三つある。


まず一つ。

今世の肉体で、私の魔法が再現可能かを確認すること。

記憶があっても、この身体に適性がなければ話にならない。

少なくとも魔力はあるのだから、なんとかなるだろう。


次に二つ。

今世の魔術の水準を確かめること。

もし今の世の魔法が私の力を凌駕しているのなら、古びた技術を遺す意味はない。

資料としての価値はあるだろうが、それは本懐ではない。


そして三つ。

私以外の「会得者」を生み出すこと。

私一人しか会得できないとなれば、後世に残す意味がなくなる。

仮に残したとしても、有象無象に紛れ、いずれ忘れ去られてしまうだろう。


後者二つに関しては、外の世界を知る必要があるため、すぐには取りかかれない。

今のミリアリアの世界はこの屋敷の敷地内に閉じている。


なあに、時間はたっぷりある。

まずは目前の課題から堅実に進めていくさ。


数日後、私はさっそく「実験」を試みることにした。

今にして思えば、完全に勇み足だった。

前世の無念を思い出したことで、心に焦りが生じていたのだろう。


その日は体調も良く、雲一つない快晴だった。

私は侍女の付き添いのもと、手入れの行き届いた庭園へと足を向けた。

リハビリは少し前から始めている。

今では付き添いがあれば自分の足で歩くことに支障はない。

柔らかな芝生の感触を確かめながら、私は両足に力を込める。

不測の事態を考えれば、自室で試さなかったのは、せめてもの英断だった。


(さあ、見せてもらおうか。今の私の可能性を)


体内の魔力を意識して、少しずつ練り上げる。

七歳児の肉体は驚くほど未熟だが、魔力の質そのものはかつての私をも凌ぐ純度を秘めているかもしれない。


徐々に全身が熱を帯び、準備が整う。

付き添いの侍女は何も気づいていない。

実験といってもごく短時間に収めるつもりだ。

「少し風が強く吹きましたね」ぐらいの出来事で済んでくれるであろう。


(いくぞ――『竜体術』)


内側から溢れ出さんとする魔力を、確かな意図を持って放出し、肉体に定着、固定する。

筋肉ではなく、魔力の伝達で肉体を操作する。

それが『竜体術』であり、我が『竜体魔法』の基礎。

よし、成功だ!

ミリアリアの幼い身体でも、術は危なげなく発動した。


瞬間に訪れたのは、全能感だった。

肉体が魔力の膜に覆われ、あらゆる知覚が研ぎ澄まされる。

触れれば壊れそうだったこの身が、今は重厚な密度を宿している。

このまま空へも駆け上がれると確信するほど、力強い魔力の脈動が全身を駆け巡った。


(おお、これだ、これこそが)


竜の力だ。

拳の一振りは岩を砕き、声は咆哮となってあらゆる物を吹き飛ばす。


……しかし、それはあまりに一瞬の出来事だった。


私の制御能力に対し、この幼い肉体の「耐久力」が絶望的に足りていなかったのだ。

巨大な力を付与された四肢が、悲鳴を上げた。


(――くっ、まずい……!)


肉体に固定した魔力を強引に霧散させる。

それも含めて私の魔力制御は問題なかった。

なかったのだが……やはり、早まったな。


「ミリアリアお嬢様!?」

付き添っていた侍女の驚愕の声が、遠く聞こえた気がした。


全身の力が抜け、私は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。

私の意識は、真っ白に弾け飛んだ。

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