02-03. ダンジョン&モンスター
(おお、そこで二人同時に攻撃魔法で追い込むか! 見事な連携だが、相手の結界魔法も頑丈だぞ、崩せるか? なるほど、身動きを封じつつ遠距離からの――避けられたか!?)
女学院が一か月の休暇期間に入ったので、私は領の本邸へと帰省中だ。
ティアナも実家に戻っているので、今日は一人、リビングにてとあるものを「観」ていた。
(残り時間僅かで一対二の状況……。しかし、双方の疲弊具合から見るに勝負の行方は――決まったか)
画面の向こうで片方のチームの二人が倒され、試合終了のベルが鳴り響く。
「非常に良い試合だった。最後は初級魔法の連発で押し切るとは。ああも間断なく攻撃されれば、さすがに防御魔法も耐えきれんか。ふふ、私好みの戦い方だったな」
勝利したチームが観客席に向けて手を振るところで、画面が真っ黒になった。
「ふぅ……思わず熱中して観戦してしまったな。魔導士たちによる息つく暇もない激しい戦い、実に見事であった」
当然、ここは屋敷のリビングであり、闘技場ではない。
私が見ていたのは、「映像」というものだ。
現代では、なんと過去の出来事を『そのまま映し出す』ことができる魔導具があるのだ。
それが、これ。
テーブルに置かれた魔導具を停止させ、蓋を開けて薄い円盤状の物体を取り外す。
映像が保存された小さな記録媒体と、それを映し出す厚みのある箱状の再生機器。
前者は小皿ほど、後者は化粧棚の引き出しほどの大きさがある。
操作はいたってシンプルだ。
記録媒体を再生機器にセットし、あとは微量の魔力を流すだけ。
起動すると、上部の四角い板に映像が映し出される仕組みになっている。
(本当は映像を記録するための魔導具もあるらしいが、見るだけなら必要ないからな)
前世では音を記録する魔導具はあったが、目に見える光景まで残すことは不可能だったはずだ。
以前見せてもらった「写真」という技術にも驚いたが、これはさらにその上をいく。
何せその場に居合わせなくとも、こうして実際に「観る」ことができるのだから。
この魔導具は、すっかり意気消沈していた私を見かねて、ティアナが気晴らしにと貸してくれたものだ。
なぜ落ち込んでいたかというと、大陸拳法クラブの大会で不甲斐ない結果に終わったためである。
意気揚々と挑んだものの、三回戦で敗退してしまったのだ。
(まあ、なんとなく予想はしていたけれど)
いくら前世で経験があるとはいえ、この身体では体術の訓練を始めてまだ半年しか経っていない。
二回も勝利を収めたのだから、十分な成果と言えるだろう。
……もっとも、そのうち一回は不戦勝だったわけだが。
「終わったことを悔やんでも意味はない。さて、次の試合だ試合」
記録媒体は複数ある。
現代における魔導士たちの能力と技巧、しかとこの目で見させてもらおう。
「ミリー!」
魔導具を操作していたとき、リビングに私の名を呼ぶ声が響く。
「ミリー、今日も可愛いよっ!」
「……うぐ。苦しいです、お姉さま」
ソファでくつろぐ私の隣に腰かけるなり、きつく抱きしめてきたのは姉のフェリシアだ。
母親譲りの金髪と碧い瞳を持つ三つ年上の姉は、私こと妹のミリアリアを溺愛している。
隙あらばスキンシップを図ってくるし、夜は一緒に寝ようとしてくる始末だ。
いい年なのだから、そろそろ妹離れをしてほしいところである。
「ん? ミリー、これって映像プレイヤー?」
画面の中で新しい試合が始まると、フェリシアの目がそこに留まった。
「はい、ティアナに貸してもらいました」
「へぇ、『トライ・ワンズ』か」
『トライ・ワンズ』とは、現代における魔法戦――魔導士による三対三の戦闘競技である。
指定されたフィールドを魔導士たちが縦横無尽に駆け回り、時には強力な魔法を打ち合い、時には武器を使った近接戦闘を繰り広げる。
競技者には魔導具による防御措置が施されているうえ、魔法の出力にも制限がある。
そのため見た目の迫力に反して大きな怪我を負うことは少ない。あくまでルールの定められたスポーツなのだ。
防御障壁が一定値のダメージを受けて壊れると退場。三人全員が退場となった時点で勝敗が決する。
「もう、ミリーったら。誰の影響でこういうの好きになったのかな」
「え? まあ、な、なんとなく……?」
フェリシアの指摘を、それとなくやり過ごす。
私は家族に対して前世の記憶のことは話していない。
無論、今世における私の「野望」や「竜体魔法」についても知らないわけだ。
家族を信頼していないわけではないが、使用人を含めて多くの人間が関わるとなれば話は別。
人数が増えるほど悪意を持つ者が紛れ込むリスクも上がるからな。
せめて私が独り立ちするまでは、伏せておくと決めている。
「久しぶりにピアノの連弾をしましょ? 今日はミリーを独り占めできるんだからね」
ん? 独り占め?
私はフェリシアと同じ髪と瞳の色を持つ人物を思い浮かべる。
「そういえば、リヒドお兄様は?」
リヒドは私の兄であり、姉のフェリシアとは双子だ。
二人とも領内にある学校に通っており、普段は寮生活を送っている。
休日はいつも一緒に帰省するのだが、そういえば今日は兄の姿が見えない。
「リヒドはダンジョン探索の現地実習に参加しているから、しばらく帰ってこないよ」
「はぁ、そうなのですね」
ダンジョン探索か。そういった履修科目もあるのだな。
いったいどこのダンジョンなのだろうか。一番近いダンジョンと言えば……。
……ん? ダンジョン?
「フェリお姉さま、ダンジョンとは!?」
「あれ、ミリー知らないんだっけ?」
知らない。
だが、何かこう、心躍る響きがある。
「地下遺跡のことは知っているよね」
「地下遺跡……確か、昔の人たちが築いた地下文明の名残でしたっけ?」
歴史の資料で学んだな。
今から二千年以上前、人類が魔物に追いやられた過去がある。
生存圏を奪われた当時の人々は地下に逃げ延び、いくつか安全な居住地域を築いた。
それが地下文明であり、世界各地に複数存在している。
その後、魔物と戦う術を得た人類が地上を取り戻したことで地下文明は衰退。現代ではただの遺跡として残っているだけだ。
「ダンジョンはね、その地下文明の遺跡に繋がるルートのことを指すの」
なるほど。
私としたことが、歴史が苦手ゆえに詳しく調べていなかった。なんたる不覚。
「ダンジョンでは、どういった実習をするのですか?」
「えぇと……。聞いた話だと、迷宮獣を討伐する訓練だったかな」
ダダダダンジョンモンスター!!?
な、なな、なんだそれは!
危険な匂いが魅力を興奮するぞ!
「もしかして、そこそこ危険だったりしますか!?」
「うーん、ちゃんと高ランクの冒険者の人たちがサポートしてくれるし、あくまで学校の教育プログラムの一つだからね。怪我はするかもだけど、命に関わるほどの危険はないみたい」
要するに魔獣狩りか。
冒険者の知人といえばヒューゴだが、彼はたしかBランクと言っていた。仕事柄、ダンジョンに潜ったことはあるのだろうか。今度店に行く機会があれば問いたださないとな。
気になることは山ほどあるが、まずは迷宮獣の強さだ。
期待したいところではあるが、さすがに竜と比肩するほどではないだろう。
「ダンジョンといえば、『竜種』のモンスターがかなり危険らしいね。滅多に出現しないらしいけど、遭遇したら即撤退するって言っていたっけ」
?
!?
!!?
竜種!?
『竜』、だと……?
聞き捨てならない言葉が出てきた。
「お、お姉さま、現代に竜は存在していないのでは……?」
「ん? うん、そうだよ。ああ、竜種ってのはね、あくまでそういう見た目をしているだけ。そもそも迷宮獣というのは――」
なるほど、そういうことか。
フェリシアの話によると、ダンジョンのモンスターは通常の魔物と違い、肉体を持たない「魔力のみで構成された存在」なのだという。
そのため姿形は様々であり、ほぼすべてが、過去から現在に至る何かしらの魔物の見た目を模しているらしい。
そしてごく稀に、過去に実在していた竜の姿をした『竜種』と呼ばれるモンスターが出現することもあるとのこと。
(実在する本物ではないとはいえ、竜となればぜひ戦ってみたいな……いや、戦わずにはいられるか!)
「お姉さま、私もダンジョンに行ってみたいです!」
「ミリーが? ダメに決まっているでしょ、危ないんだから」
まあ、ごもっともな反応である。
だが、「はいそうですか」と簡単に引き下がるわけにはいかない。
「でしたら、比較的安全な、初心者専用のダンジョンとかないのでしょうか?」
「そんなのないよ。狭いし、暗いし、どこだって危険なモンスターと遭遇するんだから」
「でしたら、私も学院の授業とかで」
「レオノーラ女学院の初等部にはないよ。それに、リヒドのは専門クラスの実習だから行けるの」
「でしたら、特別招待参加枠とかないでしょうか……?」
「あるわけないでしょ……。それにそもそも、ミリーの年齢だと立ち入り禁止だから」
ぐぬぬ、最後は年齢制限の壁か。
「特別な許可でも出ない限り、子供のミリーじゃ無理です」
むぅ、今は諦めるしかないのか。
特別な許可……しからば、ラフィ――最強のコネであるセラフィーナ王女殿下に懇願でもしてみようか……? でもなぜか、彼女に借りを作るのはやめておけと、直感が告げている。
「それにしても、『トライ・ワンズ』か……」
一通り話し終えると、フェリシアは興味深そうにテーブルの魔導具へ目を向けた。
「ミリー、こういうのが好きなんだ……。私も、ちょっとやってみようかしら?」
「え!?」




