02-02. 成績と大会
寒さが少し和らぎ、そろそろ春の訪れを感じる季節。
教会での例の一件からだいぶ日が経過した今では、あのとき機兵をぶん殴った感触すらどこか懐かしい。
私は依然として王都にあるレオノーラ女学院で、平穏で充実した学生生活を送っている。
早いもので、入学してから半年が経とうとしていた。
この学院では一年が前期と後期の二つに区分されており、それぞれの締めくくりに考査期間が設けられている。
先日、その前期の考査がすべて終わったところであり、来週からは一か月ほどの長期休暇が控えている――わけなのだが、その前にちょっとしたイベントが待ち構えていた。
「人がたくさんね」
「皆さん、結果が気になりますから」
校舎棟の一階。その掲示板の前には人だかりができていた。
貼り出されているのは、成績の順位表だ。
とはいえ全員分ではなく、一位から五十位まで。私たちの学年の生徒は百人と少しなので、ちょうど上位半分というわけだ。
こうして全員の目に留まる形で掲示しているのは、競争力を高めるための学校側の狙いなのだろう。
ご多分に漏れず、私自身も自分の結果が気になって、ティアナと共にここまで足を運んだのだ。
さて、何番だろうか。はたまた掲載外なのか。
「十三番のようね」
「さすがです、ミリー様」
ティアナは手放しで賞賛してくれるが、可もなく不可もなくといった順位だ。
私の場合は前世の記憶――つまり蓄積された人生経験分の知力があるからな。元魔導士としての知識があるおかげで、理数系は講義を聴いているだけで事足りるのだ。
そのアドバンテージを活かし、文学系や苦手な教科の勉強に時間を充てたわけだが、それでも上には上がいるらしい。
ちなみに、隣にいるティアナはというと。
「わたしは十七番です」
ふぅ、危ない危ない。
ティアナに負けていては、師匠としての面目が立たないからな。
身体能力を必要とする科目では彼女に到底及ばないが、学力を含めた総合結果なら、まだ私に分があったということだ。
さて、他の面々の順位はどうだろう。
この学院で私がよく一緒に過ごすのは、同級生であり、寮の隣室の住人でもあるアリサとラフィの二人だ。
まずアリサの順位だが、これは自分の名前を探す過程ですでに目に入っていた。なにせ、上から順に見ていったからな。
「うん、今回も無事に維持できたかな」
後ろを振り向くと、長い栗色の髪を揺らしながら嬉しそうな笑みを浮かべるアリサがいた。
彼女の順位は、堂々の一位。
アリサは機械いじりが好きという、お嬢様としては少々変わった趣味の持ち主だ。
それゆえに私と同じく数字には強い。普段は魔導具について造詣が深く熱量も高い、受け答えに困るトークを仕掛けてくる。
領主の子女ということもあり、幼少期から英才教育を受けてきたのだろう。やはり地頭が良いらしい。
「これなら、今回もお小遣いをアップしてもらえるかな」
「何か欲しいものでもあるの?」
「魔導具の改良をしようと思っていて、あれこれ入用なのですよ」
茜色の瞳を輝かせながら、魔導具についてあれこれ夢想し始めるアリサ。
私も竜体魔法の訓練で頑丈な素材を欲しているが、子供のお小遣い程度ではとても手が届かない。いくら貴族で裕福とはいえ、浪費癖をつけさせないためか、我が家の財布の紐もかなり固いのだ。
(そうだ、アリサにもヒューゴの店を紹介しようかしら)
私を通してなら格安――もとい、適正価格で購入できるし、欲しい商品を優先して仕入れてくれる。
アリサと一緒なら、セット割とかでさらに安くしてくれないかな。
大いなる野望に向けて金銭計画も立てなければならないな。
で、その前に、肝心のもう一人だが……。
「私はちょうど最後だねぇ」
いつものように、やや気だるげな口調のラフィは、ひょっこりと現れてアリサの横に並ぶ。
本名、セラフィーナ・アルドス・ウィンスフェルド。
ここウィンスフェルド王国の第三王女でもある彼女は、その琥珀色の瞳に順位表を映しながら、どこか面白そうに眺めていた。
騒がしい掲示板の前から場所を移し、私とティアナ、アリサとラフィの四人は学院内のカフェスペースへと来ていた。
「いやぁ、名前が載っていて良かったよぉ」
ラフィは肩まで届く明るい茶髪――顔の左側だけが一房に三つ編みされたそれをもてあそびながら、屈託なく笑った。
「仮にも王女なのだから、それでいいの?」
「いいのいいの。私が下手に頑張って目立ってもしょうがないでしょう? 文武両道で性格も優しい王女様なんてのは、娯楽小説の登場人物ぐらいなものだよ、ミリーちゃん」
注文した紅茶を飲みながらそうあけすけに言うラフィに、私は半ば呆れる。
最後ということは、つまり五十位。ギリギリ滑り込みの、ほぼ真ん中というわけだ。
(というか、考査の前の勉強会で、私やアリサの解説を一度で理解していなかったっけ?)
まあ、落第点というわけでもないし、半分より上と考えれば決して悪い結果ではないのだが……目立つ目立たない以前に、もうちょっと威厳とか、権威とかあるでしょ?
王族や貴族が存在する世界ではあるが、近代化が進んだ時代のせいか、そこまで苛烈な身分制度はない。とはいえ、一国の王女様がそれでいいのだろうか。
「もう、ラフィは毎度これなんだから! いっっっつも懇切丁寧に教えているのに、もう少し頑張ってよね!」
「アリサに教えてもらったからこそ、なんとか面目を保てているんだよぉ」
いや、保ててはいないぞ。
「確か、前回も五十番だったよね。その前も同じぐらいだったし。逆にわざとこの順位を狙っているんじゃないかって思っちゃうよ」
「そんな器用なこと、できるわけないでしょ」
それもそうだ。
単純な筆記試験の合計得点ではなく実技もあるし、人によって履修している科目の数すら違うのだ。
それに、そもそもそんなことをするメリットがまったくない。
「ほんとアリサには感謝しているよぉ。持つべきものは、優秀なルームメイトだねぇ」
「はぁ……昔っからラフィは楽しようとするんだから」
幼馴染の性なのだろうか、不満を口にしつつも甲斐甲斐しく面倒を見ているアリサもどうかと思うが。
優秀なルームメイト様は、ため息交じりに紅茶に砂糖を追加した。
まあ、終わった結果に一喜一憂しても仕方がないか。
「この後どうする? せっかく来週から休みに入るんだし、みんなでパーッとお祝いしちゃう?」
ラフィの魅力的な提案に一瞬心が躍る。
しかし――私は首を縦に振れなかった。
「ごめんなさいね。明後日のイベントのために、どうしても時間を無駄にできないの」
「明後日? あぁ、あれのことかぁ」
そう、あれだ。
私はこの女学院で、二つのクラブ活動を掛け持ちしている。
一つは音楽クラブ。複数ある音楽系クラブの中でも、比較的ゆるい趣味の延長線上のような集まりで、定期的に演奏会を行っている。
もう一つが、大陸拳法クラブだ。
こちらは将来の野望のため、そして純粋な身体能力向上のために籍を置いている。
そして今週末に、その大陸拳法の大会の地方予選が開催されるのである。
ラフィもアリサも、大会の存在自体は知っていたようだ。
「へぇ、面白そう。せっかくだから応援に行こうかな」
「この学院が会場だっけぇ?」
「そうね。生徒なら見学は自由だったはずよ」
ふふん、私の勇姿をしっかりと目に焼き付けるがいい。
「よく頑張るよね、ミリーも。ティアナも出るの?」
「いえ、わたしは出場いたしません」
「あれ、そうなんだ?」
そう、ティアナは出ない。
「わたしはミリー様の護衛ですから。いつ何時もお傍を離れるわけにはまいりません」と、頑なに出場を辞退したのだ。
まあ、ティアナが本気で出場したら、優勝が確定してしまうからな。
「最後の追い込みのために、これから練習なの。というわけで、行ってくるわね」
「残念。じゃあ、お祝いは休みの直前だねぇ」
私はアイスティーを一気に飲み干すと、残った氷をかみ砕く。
さあ、待っていろよ、他校の猛者たち。
私の日々の成果を見せてやろうではないか。




