02-01-ex. 機兵の残骸
(ここを訪れるのも久しぶりかしら)
王都からさほど遠くない、王家直轄の魔導研究所。
国の最重要施設の一つであり、窓のない長方形の建物には常に厳重な警備が敷かれている。
案内人の運転で魔導車は地下の区画へ入っていく。
そこから金属と薬品の匂いしかしない長い廊下を歩くことしばし。
ようやく目的の部屋へと到着した。
先導する顔なじみの女性が、魔力による認証ロックを解除する。
促されるまま誰もいない空間に足を踏み入れ、視線を向けた先――「それ」はあった。
「随分とひどい状態ね」
『魔導機兵』――事前に得ていた情報によれば、そう呼称されている代物だ。
おそらく、元は人型だったのだろう。辛うじて腕と脚の部位の名残が見て取れる。
漆黒の甲冑を思わせる金属質の外装は完全に叩き割られており、内部の魔導パーツが剥き出しになっていた。
資料の写真では頭部もあったはずだが……少なくとも、現在の無残な形状からは判別すらできない。
裏社会でいくつか取引された形跡を掴んでいたが、これがそのうちの一機なのだろう。
だが今は、二度と起動することのない、完全な「鉄屑」が転がっているだけだった。
「本当に『竜の骨』が使われているのかしら?」
普通の機兵であれば、わざわざ私が呼び出されるはずもない。
量産不可能な古の希少素材――『竜骨』を用いて鋳造された、最上位の魔導兵器。
だが、ここまで徹底的に粉砕されていては、初見で疑ってしまうのも許してほしい。
「ええ、成分は解析済みです。間違いなく本物が使用されていますよ。含有率も五割を超えています」
「亜竜の骨や、精巧な偽造品ではなくて?」
「はい。念のため、こちらで『確認』も済ませてありますから」
長くはないが、短くもない付き合いだ。
彼女がそこまで言うのであれば、それは『絶対』なのだろう。
「触っても大丈夫かしら?」
「問題ありません。こちらの調査は一通り終わっていますので」
私は機兵へと歩み寄り、その外装にそっと手を触れた。
素手で感触を確かめ、次いで魔力を纏わせた指先で軽く叩いてみる。
(なるほど、想像以上ね……)
この硬度だ。並大抵の武器や魔法では、傷一つ付けられないはず。
よくもまあ、一介の司教がこれほどの危険物を隠し持っていたものだ。国家反逆罪に問われるのも頷ける。
裏で売り捌けば、どんなに安く見積もっても、王都の一等地で優雅な余生を送るくらいは造作もないだろうに。
「現時点での公式の見立ては?」
「内部機関の暴走、だそうです。破損の状況と、機兵の所有者である司教の証言、そのどちらにも一致していますから、そのように処理されています」
「ふーん……」
暴走、ね。
機兵の外装には細かな擦過傷があるものの、どれも致命傷にはなっていない。
破壊のされ方だけを見れば、確かに内部からの爆発によるものと見えなくもないが……。
「で、本当のところは?」
動作不良が原因なら、簡単な話で済むだろう。
私の言葉に、彼女は手に持っていた資料を静かに閉じた。
「あなたも感じたとおりです。おそらく何かしらの外的な手段によって、強引に破壊されたものかと」
偽装の形跡がある。破壊された後に『それらしく』手を加えたのだろう。
普通の警察や軍組織の目なら、十分に誤魔化せるクオリティだ。
そもそも、これほどの防御性能を有したものがここまで壊されるなど、端から想定などされていない。
仮に可能だとしても、もう少しスマートに行うべきだ。
だって、全壊させる意味などないのだから。
(強力な上位魔法? それとも非合法の魔導具かしら)
それなら手段も特定しやすいし、偽装するのも一理ある。
しかし、違う。
「物理的な衝撃に……極めて近いわね」
そんな馬鹿げたことがあり得るのだろうか。
シンプル過ぎて、自分の判断に理解が追いつかない。
高位の攻撃魔法であればまだ納得がいくが、その場合、残されるべき魔力残滓や破壊の痕跡がこれとは合致しない。
おそらくは、胴体正面から一撃――凄まじい質量による衝撃を叩き込まれたのだ。
仮にそうだとしたら、最大速度の魔導列車が正面衝突したレベルの破壊力だ。
(不可能じゃないけれど……でも、事件現場の教会は住宅地の一角だったはず。そんな芸当ができるかしら)
現時点では、結局のところ何も分からない、と言っているのと同じだった。
「例の件もあるし、最近は楽しいことばかりで飽きないわね」
「王都に居る身としては、そちらの事情はあまり実感が湧かないですね」
「配属の転換は可能かしらね?」
「聞くだけ無駄だと思いますけど」
ひとしきり愚痴を吐き出して、気分の方は転換できた。
それにしても……。
私はもう一度、機兵の外装に刻まれた傷痕を凝視する。
無数にある亀裂や歪みの中に、どういうわけか、かつての『知り合い』の戦い方を連想させる、特異な癖があった。
(こっちの線も探ってみる価値はあるわね。まさか、どこかで繋がりがあるのかしら)
これ以上、この鉄屑から搾り取れる情報はなさそうだ。
「それで、クライアントからは?」
「はい。こちらの人物に接触してほしいとのことです」
提示されたのは一枚の写真。
そこに写っていたのは、一人の少女だった。
年齢は十歳前後だろう。銀を帯びた淡い金髪に、少し翳りのある碧い瞳が目を引く。
「本当に、この子が関わっていると?」
「まず間違いなく。この機兵を壊した張本人かどうかまでは分かりませんが」
なるほど。
ここ最近は北のアルドグラードの、あの子の件ばかりに付き合わされて退屈していたところだ。
毛色の違う仕事に、ちょうど飢えていた。
異端審問官という私の本来の立場からすれば、管轄外の内容とも思えなくはないが。
「ふふ……ちょっと面白くなってきたわ」
私はもう一度写真を見る。
それにしても……。
(この子、すごく可愛いじゃない!)




