02-01. EP2 プロローグ
「竜体術――二十五パーセント」
この辺りが、今の限界か。
「それじゃあ、いくわよ。しっかりと見ていなさい」
「はい、お願いいたします」
全身に魔力を纏い、その上でさらに左手に魔力を込める。
斜め後ろから見守る弟子にもわかるよう、あえてゆっくりと魔力を一点に収束させていく。
不安定な状態の魔力の塊は、まるで荒れ狂う雷のごとくバチバチと不穏な異音を奏でる――が、一定のラインを超えた刹那、まるで泣き止んだ赤ん坊のようにすっと大人しくなった。
「竜体魔法、一の型――『竜の巨撃』」
正面に設置された訓練用の魔導具に向かって、拳を突き出す。
接触した瞬間、強烈な衝撃音が鍛錬室に轟いた。特殊な魔物の素材を用いた強固な装甲板は、しかし、粉々に砕け散った。
「さすがです、ミリー様」
ティアナは若草色の瞳を輝かせ、目の前の光景に見惚れている。
けれど、当の私は少し残念な気持ちだった。
「むぅ……出力は最低に抑えたつもりなのだけど、予想通り壊れたわね」
鍛錬のために拵えた頑丈な標的だったが、私の竜体魔法の威力に耐えることはできなかったようだ。
せめてもの救いは、この部屋には影響を出さなかったことか。
「まっ、とりあえず今のが一番基本の型よ」
「改めて間近で拝見すると、魔力の制御がいかに重要かを感じ取れます」
「そうね、とにかく魔力を圧縮し続けるの。特定の境目を超えると安定するようになるから、あとは殴るだけ。極限まで圧縮した魔力の塊そのものの力と、解き放たれた衝撃の力が、一の型のすべてね」
「原理は、いたって明快なのですね」
私の魔導の極致である『竜体魔法』は、決して複雑な術ではない。
ややこしい魔法陣を地面に描く必要もないし、へんてこな呪文を長々と唱える必要もない。
溜めて、殴って、放つ。終わり!
簡単で覚えやすいでしょ?
「二の型は防御の術だけど、原理は同じよ。三の型以降もね」
「はい、しかと心得ました」
週末の今日は、女学院の寮から同じ王都にある別邸の屋敷に移り、滞在中だ。
鍛錬室にて、ティアナと二人きりで、彼女に竜体魔法のレクチャーをしているところである。
ティアナは、私がレオノーラ女学院へ入学するにあたって紹介された、護衛兼側仕えだ。
同い年であり、深みのある茶色の髪を肩口で揃えたその背丈も、私とさほど変わらない。
性格は謹厳実直。剣術を修めており、同年代では敵なしの実力者だ。
そして、私が竜体魔法を伝授する、最初の一人でもある。
(出会ってからかれこれ半年近くが経過したな)
私の目に狂いはなかったようで、彼女はその真面目さで、着実に私の教えを吸収してくれていた。
とはいえ、今のティアナの技量では、まだ竜体魔法を発動することはできない。
けれど、まずは目指すべきゴールを見せておくのも指導の一環というものだ。
「しかしミリー様、拳を使うとなると、やはりわたしも体術を本格的に修めた方が良いのでしょうか?」
ん? ああ、そう思ってしまうのか。
ティアナの至極真っ当な疑問に、私は首を横に振った。
「そんなことないわよ。私がたまたま徒手空拳を好んでいるだけだから。剣でも槍でも、なんなら盾だって発動の媒体にできるわ」
私は近くにあった鍛錬用の木剣を手に取る。
「見てなさい」
新しい予備の装甲板を台座に固定し、再び魔力を練り上げる。
左手から木剣の刀身に魔力を通し、一の型を発動――先ほどと全く同じように、頑丈な標的が爆散した。
「どう? 剣でも同じことができるでしょ」
「はい。それにしても、あれだけの魔力を容易く木剣へと流せるとは……」
そこはやはり、経験のなせる技である。
「ただ、この方法には明確な欠点もあるのよ」
「え?」
――バキッ。
直後、私の手の中で木剣が悲鳴を上げ、刀身の真ん中から真っ二つに砕けて床へと転がった。
「これは……反動でしょうか?」
正解。
「これが竜体魔法の難点よ。威力が絶大な分だけ、発動の媒体となった『肉体』や、今みたいに魔力を通した『武器』に凄まじい反動が返ってくるの。その負荷に耐えきれないと、このように壊れるわけ」
あらゆる魔法は、威力や範囲を上げれば上げるほど、比例して反動も強くなる。
竜体魔法は、竜の力を再現する術。
ゆえに、これを十全に扱うには、それ相応の『外殻』が必要不可欠なのである。
「竜体魔法における『竜体術』は、魔力の衣。つまり、竜体術によって自身の肉体を保護して、初めて竜体魔法を安全かつ確実に発動できるということよ」
「なるほど……」
無論、竜体術による保護なしで無理やり発動することも可能だ。
だが、結果がどうなるかは論じるまでもないだろう。
先ほどの木剣と同じように、自分の腕の骨が粉々に砕け散るだけだ。
「剣で竜体魔法を使用するなら、その剣自体にまで竜体術の衣を纏わせないといけない。その分、制御の難易度は跳ね上がるわね。剣が使い捨てになってもいいなら別だけど、場合によっては肉体側にも手痛い反動がくるから、連発は難しいかしら」
結局のところ、基本となる竜体術を完璧に使いこなせるようにならなければ、その先には進めないのだ。
「近道のない、地道な鍛錬が必要ということですね」
ティアナの理解とともに、今日の修行の目的の片方は達成された。
だが、もう一つは、どうしたものか。
床の上に散らばる、さっきまで頑丈な装甲板だったものを私は見下ろす。
先日、ヒューゴ――とある件で知り合った冒険者――の店で購入した魔物の素材を元に自作した、訓練用の魔導具だ。
とにかく防御性能だけを突き詰めてみたのだが……やはり無理だったか。
竜体魔法の訓練をするたびに壊していては、お財布的にもよろしくない。
「やっぱり、もうワンランク上の素材が必要ね。あるいは、全く別の特性を持った素材か……」
そこまで考えて、ふと思いついた。
「ねえティアナ。私も冒険者になって、自分で魔物を討伐できないかしら?」
そうだ、何も他人に任せる必要はない。
私自身が魔物を倒して、素材を直接調達すればいいじゃないか。
我ながら名案である。
「……残念ながら、冒険者登録には年齢制限があります。それに、今以上の素材を求めるとなりますと、かなり遠い地域まで赴く必要があるかと」
「むぅ」
そううまく、事は運ばないか……。
この時代だからなのか、あるいはこの国の方針なのか、未成年に対する安全管理が素晴らしいくらいにしっかりとしている。
よく言えば、心身が十分に育つまでの保護環境が整っているのだろう。
だがその反面、私のような者が合法的に荒事――素材集め――に首を突っ込むことができない。
命を賭してまで魔物と戦う必要がないと言えば、良い時代になったのだろう。
前世の時代では、どうだったかな?
私は――今の私は、ウィンスフェルド王国のジルハイム領を治める領主の末娘、ミリアリア・ジルハイムだ。
年齢は十歳。肩の下まで伸ばした、銀を帯びた淡い金髪に、少し翳りのある碧い瞳を持つ。
二年前、不治の病とされた『亜竜病』によって死を迎えようとしていた時、前世の記憶が唐突に蘇った。
元魔導士としての記憶と、幼い少女としての記憶。二つの精神が混在した結果、どちらでもない新しい「ミリアリア」としての私が誕生したのだ。
病自体は簡単に克服したのだが、記憶の混在にはやや戸惑ったな。
当時の寝たきり生活が嘘のように、今ではこうして元気に動き回れるようになっている。
半年ほど前から王都にある女学院へと通うことになり、ようやく普通の、年相応の生活を送れるようになったのだが……つい先日、暗殺計画のターゲットにされていた。
どうやら、竜を崇める『アルド教』という宗教組織のとある一派にとって、私が亜竜病を克服した事実が不都合だったらしい。
まあ、大事になる前に裏でこっそり潰しておいたから、もう心配はないけど。
「急ぐ理由もないから、地道にやるしかないわね」
「はい、わたしも精進いたします」
この時代における私の野望。それは、前世で果たすことのできなかった我が魔導の極致『竜体魔法』を後世へと伝承することだ。
その第一歩として、まずは自分以外の人間がどこまでこの術を扱えるようになるのか、こうしてティアナに教えている。
そしてもう一つは、今世のミリアリアとしての夢――学校に通い、友達を作り、ついでに素敵な恋をすること。
学校に通い、友は得たが……いかんせん女学院ゆえに、恋はしばらく無理そうだな。
今のところ、私の人生設計は極めて順調に進んでいる。
子供という身分のため、もどかしい制限は多々あるのだけれど。
焦る必要はない。今はとにかく、この小さな身体でやれることを地道に積み重ねていくとするか。




