01-20. 事の顛末
ガチャリと平凡なドアを開けると、来店を告げる小さな鈴の音が鳴った。
狭い店内ではあるが、清掃は行き届いており清潔感はある。
(想像していたよりかは、良い雰囲気ね)
私は一つ一つ、品定めをするように商品に目を向けながら、店の奥へと進んでいく。
皮やら角やら、怪しげな色の付いた液体など、知識のない者からすれば、まず手に取りさえしないような代物が瓶やケースに収められている。
しかし、棚こそ多いものの、全体の品揃えはあまり充実しているとは言えなかった。
「まずまずね。できれば、もうワンランク高い商品がほしいのだけど」
「冷やかしなら、帰ってくれ」
おいおい、つれないじゃないか。
カウンターで帳簿らしきものをつけている男性――ヒューゴは、あからさまな仏頂面で私たちを迎えた。
ここはヒューゴの個人商店だ。
扱っている商品は、彼が冒険者として活動して得た戦果――つまりは魔物の素材である。
場所は王都のフィセン地区だが、立地はお世辞にも良いとは言えない。
本人曰く、店に買いにやってくる客はほとんどおらず、基本は個別の契約主から依頼された商品を届けに回っているのだという。
だが、こちらとしては好都合だ。
ここなら、誰に憚ることなく秘密の話ができる。
学院の帯同人は外で待っているだけで、店の中までは入ってこないからな。
「で、どういう結末になったのかしら?」
今日、ここを訪れた目的の一つは、先日の一件の顛末を確認するためだ。
表向きには「教会で爆破が起こった」ということしか公表されていないからな。
「心配するな。あいつはもう、塀の中の住人だ」
ほほう、もしかしたら権力でもみ消される可能性も考えていたが、意外と真っ当な結末だ。
(まあ、あれだけヤバいものを所持していたら、当然か)
怪しい薬品に、さらには魔導機兵。下手したら国家反逆罪になりかねない代物ばかりだったからな。
「私の事は?」
「ああ、うまく伝えておいた。首の皮一枚で、ギリギリ極刑を回避できるかどうかの瀬戸際らしいからな。口が裂けてもお前の名前は出さないだろう」
(ふぅ、ひとまず首尾よくいったな)
私は心の中で安堵した。
今回の事件に私が関与していると公に知られたら、色々とまずい。
誘拐どころか、一歩間違えれば殺人未遂の被害者だったからな。
発覚していれば、身の安全を確保するため、両親によって領地の屋敷へと強制送還されていただろう。
そして当面は軟禁生活を送る羽目になる。
(歴史のテストを受けなくて済むのは魅力的だが、さすがにこの自由と引き換えにするには釣り合わんな)
ある意味で、私も「塀の中の住人」になってしまう。それだけは、なんとしても避けなければならなかった。
だからこそ、ヒューゴを通して刑務所にいるゴードンにコンタクトを取り、「お互いのために」口を噤むよう取引させたのだ。
向こうとしても、私を誘拐しようとしたり殺そうとしたりした事実が追加で露見すれば、それこそ極刑が確定するだけだからな。
「めでたしめでたし、といったところかしらね」
「はぁ……こんなことは、二度と御免だ」
ちなみにヒューゴ自身も出頭しようとしていたのだが、それは私が止めた。
今回の件に関して、実質的に私は何の被害も受けていないし、それどころか彼には手助けしてもらったからな。
無論、それだけが理由ではない。
私の魔導具開発にはな? それなりに希少な素材が必要になるのだよ?
彼は現役の冒険者であり、さらにはこうして店も構える個人事業主でもある。
つまりは――これからお互い、良い関係を築けると思わないか?
格安……ごほんっ、あくまで「適正価格」で取引してもらえる約束をしたのだ。実に良き友人である。
とはいえ、こちらだけが利益を得ていては関係は長く続かない。当然、それなりの見返りは提供するつもりだ。
「はい、これ」
「何だ……? 本なのか」
手短に話を終わらせた後、もう一つの目的であり、本題へと移る。
私は持参した魔導具――数ページほどの一冊の書物をカウンターに置いた。
ヒューゴはそれを手に取ると、中を確認するようにパラパラとめくる。
「何も書かれていないな……いや、魔術がかかっているのか?」
(おっ、やはり察しが良いな)
「魔力を手に纏って、紙に触れてみなさい」
疑心暗鬼な表情のまま、彼は言われた通りにする。
「こいつは……何かの魔術理論か?」
「そうよ。あなたも見たでしょう、私のあの魔法を」
驚愕に目を見開き、私と本を交互に凝視する店主を前に、私は不敵に微笑む。
「……これを、どうしろと?」
「こっちにも事情があってね。ちょうど良い塩梅の実験台が必要なわけ」
竜体魔法を後世へと伝承するために、ヒューゴにも協力してもらう計画だ。
ティアナとは違い、私は一切直接手は貸さず、書物で与えられる知識だけでどこまで会得できるのかを試したい。
彼はなかなか筋が良さそうだし、何より現役の冒険者でもある。
元の素養はもちろん、戦うことが生活の一部になっている身なら、力を得ることに躊躇いはないはずだ。
「一つ、聞いていいか」
どう判断すべきか思案に暮れていたヒューゴが、私に問いを投げかける。
「なにかしら?」
「お前はあの魔法を、一体どこで学んだんだ?」
おっと、来ましたよ、お決まりの質問が。
以前、ティアナにも同じことを聞かれた。そして返答にやや失敗した。
だが、今回はしっかりと言い訳――もとい、納得できる説明を用意してある。
「それはね――」
ん?
ちょっと待て。
私の後ろにはティアナが控えている。
以前彼女に説明した内容と、今から発言する内容はまったく違う。なんつったって覚えてないからな。
その矛盾にティアナは疑念を抱かないか?
いや、ティアナならきっと察して「まだこの男は信用できませんからね」と、納得してくれそうではあるが……本当に大丈夫か?
(ど、どうする? 何が正解だ?)
どう切り抜けるべきか私が一瞬悩んだ、その僅かな隙だった。
ティアナがすっと前に進み出る。
「主の導きです」
「え?」「は?」
ティアナ?
彼女はなぜか私に、任せてくださいとばかりの、完璧なアイコンタクトを送ってくる。
「あなたもアルド教の信徒であるのなら、ミリー様のお力を見ればわかるでしょう? それがすべてです」
ティアナの有無を言わせぬ厳かな言葉に、ヒューゴは顎に手を当てて考え込む姿勢を取り――そして、深く得心がいったように頷いた。
「……そうか。確かに、そうだな」
うそ、今のでわかっちゃったの!?
え、何その反応。アルド教の信徒って、妙に察しが良すぎない?
「ちなみにこれは、他言無用というやつか」
「え、ええ。そうね。絶対に秘密よ」
「わかった。肝に銘じておこう」
なんだか、ヒューゴがいきなり物分かりの良い素直な生き物になった気がする。
まあ……結果オーライだからいいか!
さぁて、やるべきことは終わったな。
あまり時間を掛けては、外で待たせている学院の帯同人に悪い。
私とティアナは適当に買い物を済ませて、店を後にした。
魔導車で学院へと戻る道すがら、今までの出来事を思い返す。
目覚めた当初は、いきなり前世の記憶を思い出して戸惑ったり、この世界に竜がいないことに落胆したりもしたが……。
だが、現代の魔法、学院生活、そして極め付けは変な機械。
ふふ、なかなか楽しめそうじゃないか。今世もな。
Episode1 Fin.




