01-17. 司教の企み
無駄に豪華な扉を開けると、そこには天井の高い瀟洒な空間が広がっていた。
色とりどりのステンドグラスに、純白の太い柱、そして私の顔が映り込むほどに磨かれた床。
(これまた随分と金のかかった建物だな)
以前、演奏会のために訪れたフィセン地区の教会とは、比べるべくもなかった。
教会というより、まるでどこかの王宮のようだった。
だが、祭壇の上部――宙に飾られた竜の彫像だけはあちらとほぼ同じ造形であり、その双眸が冷たく私を見下ろしていた。
「夜分に悪いわね。私に来てほしいと言われていたから招待に応じたのだけど、迷惑ではなかったかしら?」
長椅子が並べられた通路を進み、祭壇の前までたどり着くと、待ち構えていた人物に声をかける。
「いいえ、連絡は部下から受けていました。よくぞお越しくださいました。こちらこそ大したおもてなしができず申し訳ありません、ミリアリア嬢」
白を基調とした法衣には、やたらと煌びやかな意匠が施されている。
ここハスハール地区の教会を管理しているゴードン司教が、不敵な笑みを湛えていた。
いかにも自分の思い通りに事が運んでいる――そんな顔だ。
「で、私に何の用なのかしら? 『彼』からは案内しかされなかったものだから、何も聞いていないのだけど。門限があるから、なるべく手短にしてちょうだいね」
「もちろん、時間は取らせませんよ」
ゴードンは懐から金属製の四角いケースを取り出すと、蓋を開け、細い注射器を手に取る。
注射器の中は、濃い緑色の、見るからに怪しげな液体で満たされていた。
(さっそくだな、おい)
本当に時間を取らせるつもりはないらしい。
「なにかしら、それは?」
「はは、少々特殊な薬でしてね」
(薬? 色からして毒にしか見えないぞ)
「保存状態の良い竜の化石から抽出した、魔力濃度の極めて高い代物ですよ」
(おお、そのワードだけ聞くと、ちょっと興味が出てくるな)
「へぇ……それでどのような効果があるのかしら?」
「ああ、それは……」
ゴードンは祭壇から降り、私の目の前まで歩み寄った。
「一時的に、亜竜病に似た症状を発症する」
その言葉とともに、にやけていた面が一瞬にして冷酷な大人の顔へと変わった。
(なるほど、二人の説明の通りということか)
ここに来るまでの魔導車の中で、ティアナとヒューゴから聞いた話の内容と、ゴードンの行動の意図がピタリとかみ合う。
このおっさん――正確にはアルド教の一部の宗派にとって、私が亜竜病を克服したという事実が気に入らないのだ。
どうにかしてそれをなかったことにしたいらしいが、普通に私を殺害しても意味がない。
ではどうするか?
似たような症状を無理やり引き起こして、「やっぱり治っていなかった」ことにした上で始末したいわけだ。
「悪いな小娘。我々の教えを守るための、尊い犠牲となってくれ」
ゴードンの手が伸び、私の腕を掴もうとする。
逆にひねり返してやってもよかったが、それでは芸がない。
せっかくの機会だ。対変質者用の魔導具の被験者になってもらおうか。
私は右手の人差し指に嵌めている指輪に魔力を込めると、起動ワードを口にした。
「閃光魔法」
「――っ!?」
強烈な閃光が、私とゴードンの間を真っ白に埋め尽くした。
反撃されるなど露ほども思っていなかったのか、ゴードンが顔を背けて激しくひるむ。
「雷撃魔法」
「ぐぁっ……!」
立て続けに、無防備となった右手へ攻撃魔法を撃ち込む。
ふむ、ヒルデリンデからの卒業祝いが初めて役に立ったな。
「な、何をする!?」
とはいえ、護身用の魔導具だ。効果はたかが知れている。
されど、目的は十分に果たしてくれた。
「この薬、本当に効果があるのかしら?」
私は奪い取った注射器を見つめる。
(匂いはしないな。どれ、一滴…………うむ、少なくとも人間には毒だな)
魔力で感触を確かめてみるが、ヤバい液体だということがすぐにわかった。
「なっ? お、おい。それを返せ!」
「それ以上近づいたら壊すわよ」
私の脅し文句に、ゴードンの動きがピタリと止まる。
どうやら予備の薬はないらしい。
「これ、しかるべき場所に持ち込んだら、どうなるかしら?」
「貴様……わたしを脅迫するつもりか!」
明らかに違法性が高い。
亜竜病に似た症状を出すということは、おそらく一時的に体内の魔力を活性化、あるいは暴走させる効果があるのだろう。
薬というカテゴリからは完全に逸脱している。
「ふん、子供の言うことなど誰が信じる」
「そうね。なら、大人ならいいのかしら?」
ぽいっ、と私は注射器を後方へと放り投げた。
「は、何を――」
慌てるゴードンの顔。
放物線を描いて宙を舞う証拠品は――床へと落下せず、柱の裏に隠れながら待機していた人物の手によって危なげなく受け止められた。
「本当に人を殺めてまで……。ゴードン、そこまでして自分の権力が大事なのか!」
「な、ヒューゴ!? 何の真似だ!」
怒りを露わにしてゴードンが問い詰めるのはヒューゴだ。
味方は多い方が良いと思ったので、巻き込むことにした。
ティアナは反対気味だったけれど、まあ、彼も根は悪い人物ではなさそうだしね。
「裏切るのか、貴様!」
「人殺しの道具に利用しておいて裏切るも何もない! いくら保身のためとはいえ、こんなことが許されるわけがない!」
「何を、たかが冒険者風情が……!」
醜いな。とても司教とは思えない言動だ。
まあ、自分の地位がぐらぐらと揺らいでいるのだ。なりふり構っていられない状況なのだろう。
(竜の呪いだのなんだの、迷信に固執し過ぎだな)
いくらなんでも私の件だけで、宗派一つがすぐに消滅するとは思えない。
だが、影響力は落ちる。スローガンを失えば派閥拡大も期待できない。
遅かれ早かれ、凋落していくのは間違いないか。
大人になればなるほど、失うこと、落ちていくことが恐ろしくなる。
それが真っ当な方法で手に入れたものでなければ、なおさら、な。
うーん、実に面倒くさい。
権力よりも身体を鍛える方がよほどわかりやすくて堅実だ。
「意外に詰めが甘いのね。勝利を目の前にして油断したのかしら?」
私の問いかけを他所に、ゴードンの瞳にはまだ企みの火が灯ったままだった。
「小娘が……油断などしていない! 出てこい! こいつらを生かして帰らせるな!」
ん? 複数の足音。
どこからともなく、黒い法衣をまとい、顔をベールで覆った怪しい連中が、私たちを囲むようにして現れた。
教会の信徒たちのようだが……ゴードンのシンパだろうか?
こんな奴の下につくなんて、見る目がないのか、それとも選択肢がなかったのか。
ある意味、彼らが一番の被害者かもしれないな。
「やれ!」
「「――はっ!」」
私とヒューゴに向かって、信徒たちが短剣を構えて一斉に詰め寄ってくる。
ヒューゴは迎撃するために長棍を構えた。
私はといえば……うん、手出しする必要はなさそうだ。
「ぐはっ!?」
瞬く間に、二人の信徒の手から短剣が落ちる。
「ミリー様には、指一本触れさせません」
敵の死角――真上からティアナが降下して敵の前に着地すると、同時に剣を薙いだ。
あらかじめ二階の窓から侵入していてもらっていたのだ。
二人の腹へ同時に峰打ちを叩き込み、そのまま壁際まで豪快に蹴り飛ばす。意外に容赦がない。
「が、はっ……」
後方では、同じようにヒューゴが三人を同時に相手取っていた。
ティアナよりもいくぶん手加減はしているようだが、確実に相手を昏倒させていく。
先の戦闘でダメージを負ってはいたが、あれなら助けはいらないだろう。
「で、次は何が出てくるのかしら?」
「ぐ、ぬぬ……貴様ら……!」
え、もう終わり?
こういうのって、普通はもっと手強い用心棒とかがいるものじゃないの?
私を招いておいて、前菜しか用意していないのか。おいおいおい、がっかりだぞ。
「わたしを怒らせるとはな。なら、もう容赦はせん!」
追い詰められた様子のゴードンが、右手の腕輪に魔力を注ぎ、何かしらの魔法を発動させた。
すると突然、入口の扉が閉ざされ、周囲のステンドグラスの色が一斉に失われて黒へと変わる。
「これは……?」
教会の内部が怪しく光りだす。
「結界の魔法か……!」
ヒューゴの呟きで状況を理解する。
なるほど、教会そのものに仕掛けがあったわけか。
結界魔法ということは、本来なら外敵からの防衛手段であるが、今の状況的に見れば、私たちをここに閉じ込めたということ。
ほほう、ようやくメインディッシュのお出ましか。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。




