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01-16. 給水塔の一戦

きれいな満月の夜。

王都の別邸から少し離れた、古い給水塔の屋上。

わざわざ人目を気にする必要もない、こちらとしても実に都合の良い場所だ。


「寒い夜なのに、ご苦労様ね」

「――ッ!」


声をかけた相手は、一瞬にしてその場から飛び退った。

気配を消していた私に気付けなかったのは頂けないが、ふむ、良い反応速度だ。

数メートル離れた位置で、手にした得物――長棍(ちょうこん)を隙なく構える。

ここ最近、遠くから私の動向を窺う視線を感じていたが、それがこの人物だ。

体付きからして男性。それなりの長身で、厚着してはいるが無駄のない引き締まった体躯なのがうかがえる。

刺客としては悪くなさそうな感じではあるが……今のところ、一切手を出してきてはいない。

その理由はわかる。

私の王都での生活は、ほぼ学院の敷地内で完結しているし、外出する時も常に大人が帯同している。

迂闊な行動に出れば即座に犯行は露呈してしまうはずだ。

ゆえに手をこまねいていたのだろう。

最初は慎重さがあったが、ここ数日で焦りが出てきたのか、見張りが雑になっているのがこちらからもよく分かった。

ではなぜ、わざわざ私たちの方から仕掛ける必要があるのか?

このまま放置していれば、いずれ強引な手段を講じてくるかもしれないからだ。

それはこちらとしても避けたい。

(過保護の両親のことだから、「外出禁止」ぐらい言い出しそうだしな)

最悪のケースとして、学院を去ることになるかもしれない。

半年未満の学生生活だが、すでに手放したくないほど気に入っている。

悪いが、大事になる前に、さっさと決着をつけさせてもらうぞ。


「クライアントは誰かしら? 素直に喋ってくれるなら、痛い『くらい』で済むけど」

「……」


黒いフードを深く被っていて、顔はまったくわからない。

相手は黙ったまま――お、速い。

私に急接近してくると、躊躇うようなぎこちなさを見せながらも、取り押さえようと手を伸ばしてきた。

だが、その腕が私に届くことはなかった。

ガキン、と金属がぶつかる音が夜闇に響く。

相手の長棍と、ティアナの剣が衝突したのだ。


「ミリー様、危険ですのでわたしの後ろに!」

「はいはい。予想通り、対話による解決は無理そうね」


後ろに控えていたティアナが私をかばうように男へと対峙する。

その手には銀色の刀身の剣。腕輪型の魔導具から実体化された武器であり、形状はショートソードと同等だ。刃引きはされているが、金属の塊として十分に打撃武器になる、とのこと。

男は素早く長棍を構え直すと、再び距離を詰めてくる。

こうしてわざわざ私が外に出てきたのだ。千載一遇の機会として、相手も逃げるつもりはないのだろう。

両者の間合いが重なると、息もつかせぬ打ち合いが始まった。

剣術と棒術の凄まじい攻防が繰り広げられている……気がする。

小柄なティアナが二回り以上大きな男相手にまったく引けを取らない勝負をしている……はずだ。

正直に言おう、全然見えない。

(どっちが優勢か劣勢かもまったくわからないな……)

二人とも、めちゃくちゃ高速で立ち回っているのだ。

普通の人間の動体視力では、とてもじゃないが目で追えない。

身体強化魔法なり竜体術を使用して五感を強化すればいいのだが、このあとどうなるかわからないし、体力を温存しておきたいから今は我慢するしかない。

だが、二人とも本気というわけではないはずだ。

それを考えると、この時代の人間同士の戦いも、それなりに胸を高鳴らせてくれるではないか。

幾度かの交差のあと、お互いの距離が離れた。


「はあ、はぁ……」

「……」


ティアナの呼吸がやや荒くなっているのに対して、男は依然として変化がない様子だった。

(ふむ、ティアナが劣勢か)

どちらも近接武器に身体強化の魔法を乗せての白兵戦。

使う手札が同じならば、ティアナの方が押され気味なのも頷ける。

身体強化の魔法は、本人の基本スペックに依存するのだ。

同じ魔力制御のレベルなら、当然、子供より大人の方が恩恵は高くなる。

いかに魔力制御が巧みな私とて、身体強化の魔法だけでは、この男はおろかティアナにすら勝てない。

(時代が変わっても、この魔法は本当に変化がないな)

まるで生きた化石だ。

まあ、魔術師やら魔導士なんてものは研究者肌だからな。

肉体で戦う前提の魔法になど、それ以上深く踏み込まなかったのだろう。

そんな私の愚痴はさておき、尋常な勝負なら、結果は目に見えている。

そう、「尋常な勝負」ならな。


「ティアナ、使っていいわよ」

「……はい!」


相手を見据えたまま、言葉だけが返ってくる。

剣を握る両手に、強く力が込められた。


「あっ、でも、気絶はさせないでね。聞き出したいことがあるから」

「承知いたしました」


呼吸を整え、ティアナが竜体術を発動する。

全身が淡い魔力の光に包まれ、周囲の闇を押し退けるように輝いた。

さて、どの程度まで出力できるようになったかな。


「いきます」


その言葉が私の耳に届くよりも先に、ティアナの身体は敵の目の前に移動していた。


「なっ――!?」


男の両目が驚愕に見開かれる。

効果だけ見れば似通っているが、竜体術は身体強化の魔法とは根本的に原理が異なる。

肉体の強弱に依存することなく、術者のフィジカル値を完全に上書きするのだ。

魔法の制御力がそのすべて。


「ミセン流、秘技――」


右肩の横へと深く引かれた両手から、寝かされた刀身が水平に突き出される。


「――『五月雨(さみだれ)斬り』!」


銀色の輝きが、暗闇の中で踊る。

(三――いや、四か)

鋭い打撃音が夜風に乗って、私の耳朶を震わせる。

目にも留まらぬ連撃が、棒立ちする男の肢体へと強襲した。


「が、はっ……」


からん、と音を立てながら長棍が床へと転がる。

男はうめき声を漏らしながら、その場に力なく崩れ落ちた。

勝負ありだな。

いやぁ、素晴らしい動きだった。

まだ半年足らずの修行であるが、竜の力の片鱗を感じさせてくれる美しい出来栄えだ。

ティアナの実力もそうであるが、私の教え方のうまさも……。

――って、まてまてまて! え、何なの今の斬撃?

そんな格好いい必殺技を隠し持っていただなんて、むむ、ティアナも隅に置けないではないか。


「ふぅ……」

「ご苦労様」

「いえ、当然のことです。それより……」


ほぼ無力化したわけであるが、ティアナは油断なく剣の切っ先を男へと向けている。

だが、もはや警戒の必要すらあるまい。

では、楽しい尋問タイムといきますか。


「ミリー様、近づくのは……」

「心配いらないわ。ほいっと」


私は無遠慮に男の帽子を剥ぎ取る。

そこには、先日教会にいた男の顔があった。


「えっと、確か『ヒューゴ』って呼ばれていたかしら?」


そうだ。演奏会の日、養護院の舞台裏で身体強化の魔法を使っていた、あの男性だ。

なかなかの魔力制御だったから、よく覚えている。

だったら当然、裏で糸を引く人物の答え合わせも簡単だ。


「……済まない。襲っておいて説得力はないだろうが、手荒な真似をするつもりはなかったんだ」


悔恨の表情に顔が歪んでいる。

最初に私を捕らえようと突っ込んできた時も、どこか動きにぎこちなさがあったな。

あれは、進んで私を害そうという意志がなかったからだろう。

ふむ、何やら事情があるらしい。

(この様子なら、こちらに協力してくれそうか?)

抵抗できない者をいたぶるような嗜虐的な行為は、私の趣味ではない。


「時間もないから、さっさと行きましょうか」

「え、ミリー様、どちらへ?」

「決まっているでしょ、黒幕のねぐらによ」


確か、是非とも自分が管轄しているハスハール地区の教会に来てくれと言っていたな。

せっかく熱烈な招待を受けているのだ。

だったら、今から向かったとしても文句はあるまい。


「で、案内してくれる余力ぐらいは残っているわよね?」


多少のダメージなら、身体強化の魔法で誤魔化せるだろう。

ティアナも急所は避けていた。戦闘は無理だとしても、下に駐めてあった魔導車の運転ぐらいはできるはずだ。


「……待て、教会に行くのは危険だ。ゴードンは何か企んでいるはずだ」


何とか起き上がろうとするヒューゴに、ティアナが驚きつつも、鋭い警戒の目を向ける。

あの攻撃を受けてなお、意外に元気そうだな。

なら、ついでに色々と手伝ってもらおうか。


「いいのよ。面倒だから、今夜中に全部終わらせたいの」

「しかし……」

「敗者は黙って、言うことを聞きなさい」

「――っ!」


魔力を込めた威圧を飛ばすと、ヒューゴは息を呑んだまま押し黙った。

まだ夜は浅い。

就寝時間までには、事は終わらせられるだろう。

あ、でも、ハスハール地区ってそもそもどの辺りだ?

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