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01-14. 竜の教会

今年も残り僅かとなり、あと一週間ほどで冬の短期休暇に入る。

休暇中は領地の本邸へ戻る予定だ。

日頃から私に付き添っているティアナも、護衛の任を一時解除して、久しぶりに実家で過ごすことになっている。

私のために常に張り詰めている彼女だ、ゆっくりと休んでほしい。

さて、そんな平穏な休暇を前に、まずは目の前の一仕事だ。


「重いものはこっちに任せてくれ」

「ありがとうございます、助かります!」


ついにやってきた、教会でのチャリティーイベント当日。

なかなか盛況のようで、会場である聖堂の周辺は、すでに多くの来場者でごった返していた。

(特に変なイベントというわけでもないし、気にし過ぎか)

参加するにあたって両親に連絡したところ、随分と時間が経ってから許可が出た。

私たちの音楽クラブが演奏するのは、敷地内にある養護院の食堂広間だ。

開放的なそのスペースに、即席の舞台が用意されている。

一つ前のグループによる、聖人の逸話を描いた劇が終わり、いよいよ次は我々の番だ。

劇で使用していた大道具などがてきぱきと片づけられていく中、教会の関係者らしい男性が進んで重たそうな木製の大道具を運んでくれていた。

その様子を遠くから見ていた私は、思わず小さく声を漏らす。


「随分と簡単に持ち上げているわね?」

「おそらく『身体強化』の魔法を使用しているのでしょう」


私の疑問に、周囲に気を配っているティアナが即答してくれる。

身体強化の魔法とは、その名の通り、魔力を用いて自身の身体能力を一時的に底上げする魔法である。

脚力を高めて風のごとく素早く移動したり、腕力を強化して大岩を軽々と持ち上げたりと、その実用性は極めて高い。

前世の時代にも存在した魔法であり、もちろん、今の私にだって使おうと思えば使える。

のだが、この魔法の特性により、現在の私にとっては完全に無用の長物となるため、使うことはまずない。


「教会の人でも、あんなに綺麗に魔法が使えるのね」

「身体強化の魔法はそこまで難しいものではないですからね。ある程度の訓練を受ければ、基礎は誰でも習得できるかと思います」

「ん? ああ、そういうことじゃないわ。彼、なかなか魔力の制御が上手だと思うわよ」


私の言葉に、ティアナが意外そうに目を瞬かせる。

そんな彼女の驚きをよそに舞台の準備は整い、さあ、私たちの出番だ。

クラブ長の指揮の元、私はピアノ、ティアナはヴァイオリン、他のメンバーもそれぞれの得意な楽器を手に、息の合った音色を紡いでいく。

全員が目立ったミスをすることなく、最後まで一気にやりきった。


「みんなお疲れ様! 素晴らしい演奏だったわ」


楽器を片づけながら、クラブ長がしたり顔で首を縦に振っていた。

猛練習の成果もあり、なかなかの出来栄えだったと思う。

まあ、点数を競うコンクールではないのだ。

私の指が多少もつれた瞬間があったとしても、誰にも気づかれていなければ問題ない。

そう、盛り上がればいいのだ、盛り上がれば!

それにしても、やはり人前で演奏するというのは独特の緊張感がある。心地よい高揚感が、まだ肌に残っていた。


「予定通り、一時間だけ自由時間にするわね。会場を好きに見学してきていいわよ。ただし時間厳守! 遅刻したら置いていくからね!」


ここへは大型の魔導車に乗って全員で移動してきている。

一時解散の合図とともに、メンバーたちが一斉に散っていった。

さて、私たちはどうするか。

せっかくここまで来たのだから、少しばかり中を散策していくことにしよう。


「ティアナ、行きましょう」

「ええ……。はい、ミリー様」


ティアナの返事はどこか重い。私がこの教会に長居することに難色を示しているようだ。

だが、ほんの少し見物するくらいなら大丈夫だろう。

敷地の中心、歴史を感じる石造りの教会の中へ入ると、外の喧騒が嘘のような静けさに包まれた。

アーチ型の高い天井に、複数の小窓から差し込む柔らかな光。

左右等間隔に並ぶ長椅子の間を、中央の赤い絨毯がまっすぐ奥へと伸びている。

その先の、一段高くなった祭壇のさらにその上に、竜の彫像が宙に飾られていた。


「本当に竜が飾ってあるのね」


あれがこの宗教の崇拝対象、真竜アルドなのだろう。

(やや人型よりか……)

腕のように発達した前脚と、二足歩行すらできそうな後ろ脚。

そして、左右に大きく羽ばたかせた二対の翼。

いかにも竜らしい獰猛な牙や二本の湾曲した角を備えている一方で、頭部には髪の毛のようなものがたなびき、左右の耳が大きく発達している。

なんとも不思議で、面白い姿をしていた。

いったい何の生物が進化して「竜」と成ったのか。


「あれが真竜アルドなのかしら?」

「はい、そのように伝えられております。古い書物にお姿が描かれた物がいくつも残されており、それをもとに、選ばれた彫刻士だけが制作を許されているそうです。姿勢などに多少の違いはあっても、基本の造形は同じにするよう、教会側で厳正に管理されています」


書物が残っているということは、実在していた可能性が高いのか。

信徒ではないせいか、我が家にはその類の本はなかったな。

もう少し詳しく話を聴こうと思ったら、不意に入口のほうが騒がしくなった。


「ゴードン司教、どうしてこちらに……」

「なに、イベントとやらに興味があったからだ。思っていたより人が多いのだな」

「しかし、今まで一度もこのような場には……司祭様も困っていたではないですか」

「何か問題があるのかね、ヒューゴ」

「いえ……ですが、司教様がいらっしゃるとなると、警備などの問題が――」


舞台裏で手伝いをしていた男性が、ひどく困惑した顔で押し問答をしている。

何やらお偉そうな恰好をした男たちが聖堂へと入ってきて、そのまま、まっすぐ私たちのところまで近づいてきた。


「おや……もしやあなたは、ジルハイム領主の令嬢ではございませんか?」

「はい?」


司教と呼ばれていた年配の男性が、突然私に声をかけてきた。

偶然を装ってはいるが、その顔は明らかににやけている。

最初から私を目当てにここへ来たのが丸わかりだ。

彼のすぐ後ろには、顔をベールで隠し、黒を基調とした法衣をまとった二人の従者が、影のようにぴたりと付き従っている。


「そうですが、あなたは……?」

「これは失礼。わたしはアルド教にて司教を務めております、ゴードンと申します」


初老はとうに過ぎているであろう男だ。

よほど良いものを食べているのか、身体が少しなまって丸々とたるんでいる。

主に仕える教会の司教なら、もっと清貧な生活をするべきではなかろうか。


「私に何か御用でしょうか」

「いやなに、ジルハイム様には以前、少々お世話になったことがありましてな。どうでしょう、ほんの少し、あちらで軽くお話でもしていかれませんか?」


え、話?

初対面の、しかもおじいさん一歩手前の司教と、私のような小娘が話すことなんて何もないのだけれど。


「ゴードン司教、何のおつもりですか……?」

「ヒューゴ、少し黙っていてもらえるか」

「しかし、いえ……わかりました」


ヒューゴと呼ばれた男性が、釈然としない様子で口をつぐむ。

二人はどういう関係なのだろう。単なる教会の権力者と下っ端、という間柄ではなさそうだ。

それにしてもアルド教の信者でもない私に、一体何の用があるのだろう?


「お騒がせしました。して、いかがでしょうか?」

「ええと……それは……」

「申し訳ございません。ミリアリア様は、お身体が虚弱な身。先の演奏会で大変お疲れのご様子ですので、これにてすぐにお帰りになる予定です」


え、ティアナ!?

私がどう断ったものかと頭を悩ませていると、ティアナが弾かれたように私の前へと進み出た。私を背中に隠し、まるで外敵から守るような鋭い身のこなしで、目の前のおっさんと対峙する。

あれ、集合時間まで、まだだいぶ余裕あるよね?


「これはこれは、失礼。……して、あなたは?」

「わたしはミリアリア様の護衛を務めております、ブラント家の者です」


ティアナの声は低く、そして冷たかった。相手を威圧するように、あえて自身の「家名」を強く強調する。

一瞬だけ、邪魔者を前にして苛立ったような表情が司教の顔に浮かぶ。

(なんだなんだ、同じ信徒同士で裏で対立でもあるのか?)


「ああ、左様でしたか。これは大層な失礼をいたしました。ではまたの機会に、是非ミリアリア様には、わたしが直接管下しておりますハスハール地区の教会まで足を運んでいただけると、信徒の皆も喜びますゆえ」

「ええ……機会があれば」


含みのある不気味な笑みを浮かべる司教に、ティアナは事務的な一礼を返す。

そして、私の腕を優しく、しかし有無を言わせぬ力強さで引き、私たちは逃げるように聖堂を後にした。

そのまま、足早にクラブの集合場所へと戻る。


「ティアナ?」

「ミリー様、申し訳ありません。私の勝手な言動、どうかお許しください」

「ええ、まあ、それはいいんだけど。……ところで、さっきのは一体どういうこと?」

「その、申し訳……ありません」


ティアナは言葉を濁して謝るだけで何も話してくれなかった。

なるほど、どうやら本格的な面倒ごとのようだ。

その後、魔導車に乗って学院へと戻ると、さっそく寮の自室で私はティアナへの追及を始める。


「で、あの教会でのやりとりは、どういう意味があるの?」


私の言葉に、しかしティアナはどうしたものかと視線を彷徨わせ、なかなか口を割ろうとしない。


「ご両親からは、ミリー様にはあまり余計な心配をさせるなと、そのように言われておりまして……」

「私を気遣ってくれての判断なのはよく分かるわ。でも、当事者である私が何も知らないままだと、さっきみたいに不意を突かれた時に対応に困るでしょう?」

「はい、仰る通りです……」


観念したように、ティアナは小さく一呼吸置いて、ぽつりぽつりと説明を始めてくれた。

彼女の話を要約すると、こうだ。

一口にアルド教といえど、その内部はさらに細かい宗派に枝分かれしているらしい。

そして、さっきの「ゴードン」というおっさんは、両親としては、私に絶対に接触してほしくない関係者の一人なのだそうだ。

なんでもその宗派は、「真竜アルドの怒りでもある『竜の呪い』があるからこそ、人間はより過去の行いを省みて、罰を受け入れなければならない」という、かなり極端で過激な思想を持つ連中らしい。


「ふーん……なるほどねぇ」


相槌を打ちつつ、私は頭の中で考える。

思想は分かったけれど、そんな過激派が私と話をしてどうするつもりだったのだろう?

「竜の呪いがそう簡単に克服できるわけがない! 別の病気だったに決まっている、この詐欺師め!」とでも文句を言いたかったのだろうか。

それとも私をダシにして、プロパガンダでもしたいのか?

うーん、わからん。


「ま、関わることはもうなさそうだし、気にしなくていいわよね」

「そうですね。……ですが、念のため、今後はなるべく教会そのものへ足を運ばないほうがよさそうです」


ティアナのどこまでも神妙な顔に、私はとりあえず頷いた。

まあ、どうするかは相手の出方次第だけどね。

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