01-12. 大陸拳法クラブ
歴史の小テストをどうにか切り抜け、待ちに待った楽しい放課後の時間がやってきた。
さて、今日は大陸拳法クラブの日である。
校舎棟に併設されたいくつかの建物を目にしながら目的の施設――『ジムナジウム』 、通称ジム棟へ足を踏み入れる。
三階建ての建物の二階が、我々の活動場所だ。
教室の倍ほどある試合用のスペースと、同じ広さのフリースペース、そして更衣室にわかれている。
クラブメンバーの十五人に加えて指導教員が二人いるが、それに対して十分な広さだ。
平日は毎日が活動日に指定されているものの、全員が揃うのは稀である。
かくいう私も、練習に参加するのは週に三日だ。
既に数人が練習に励んでおり、気合の入った大きな掛け声が室内へ響き渡っている。
さっそく運動用の服装に着替え――よし、今日もやるか。
「せいっ! とうっ! ……はぁ!」
大陸拳法は主に蹴打による攻撃が基本であり、投げと絞め技は少ない。
その歴史は古いようだが、時代に合わせてアレンジはされ続けているとのことだ。
とはいえ、さすがに実戦第一の軍隊に採用はされていないらしい。
「基本の型から、十セット、開始!」
「「はいっ!」」
こうして体術の訓練に身を置くと、ぼやけていた前世の記憶の一部が鮮明になる。
魔導士としての私の主な戦闘方法は近接格闘だった。
武器は使用しない。
壊れるリスクがあるし、常に身に着けておくのも煩わしいからな。
それに我が「竜体魔法」は、竜の身体を模した攻撃を行う魔法だ。
武器を介して発動することも不可能ではないが、やはり真価を発揮するのは徒手空拳である。
だって、竜が武器をもって戦うなんてしないでしょ?
ゆえに私は魔導士でありながら、体術も得意だったのだ。
我が足さばきは「天を翔ける竜」の如し、我が拳の一振りは「竜の巨撃」と化す。
今日もその力の片鱗を――
「ぜっ……はぁ……ひぃ」
よ、よし……ウォームアップは終わり。
次はタッグを組んでの組み手の時間だ。
なのだが……。
「ミリアリアさんは、こっちでティアナさんと軽い打ち合いね」
「……は、はい」
悲しいかな、準備運動と基本的な型の練習で既に私はへばっていた。
クラブのリーダーである上級生に、いつものごとく気遣われる。
「うん、いつもながら見ててセンスは良いよね。後は体力を付けましょう」
「あ、ありがとうございます……っ」
古い鍛冶屋は火花の散らし方をなんとやら……そう、技術や感覚は魂が覚えている。
だが、いかんせん体力が乏しいこの身では、激しい打ち合いや組み手などできるわけもない。
毎度フリースペースの隅っこでティアナと一緒に軽い打ち合いをすることになる。
真剣勝負の場に立てるようになるのは、まだまだ先の話だ。
(いや、焦るなミリアリア。まだ入学して一か月ではないか)
いかなる英傑も、最初は赤子から。一歩一歩、地道に進むしかない。
隣の試合スペースでは上級生同士の練習試合が始まった。
頭から上の攻撃は禁止で、怪我防止のため全身の数か所にプロテクターを装着している。
このクラブに入るにあたって、一応両親には報告済みである。
話を切り出した時は驚かれたものの、「ミリーの好きなことをやりなさい」と快く許可してくれた。
武術を嗜んでいる兄からは「いつかミリーと手合わせ出来る日を楽しみにしている」と、冗談とも本気とも思われる言葉をもらっている。
そして一番反応を懸念していた姉であるが……、
「え、大陸拳法!? ミリーが!!?」
「……ダメでしょうか?」
「ミリーがやりたいならいいけど…………私もやろうかしら?」
「え?」
と、何やら不穏な発言をしていたが、反対はされなかった。
なお、領地の本邸には月に一、二回ほど戻っている。
さすがに毎週は戻る気にはなれないが、なるべく家族といる時間も大切にしたい。
ちなみに、ティアナもここと音楽クラブの二つに所属している。
「ティアナは剣術クラブでもよかったのよ?」
「いいえ、わたしはミリー様の護衛ですので。片時もお側を離れるつもりはありません」
武術に関するクラブは他に、剣術や棒術、弓術などがある。
ティアナは剣術を修めているので、そっちに興味があるかと思っていたが、私の事を優先してくれた。
まぁ、彼女のレベルからしたら、学院のクラブ活動では物足りなさがあるのだろう。
「それに、体術も楽しいですから」
「そうね、触れておいて無駄にはならないでしょう」
……というか、当たり前の事実として、純粋な肉体の勝負なら私よりもティアナの方が強い。
なんなら上級生よりも強かった。
ティアナは剣術においてこの国では有名のようで、さっそく勝負を挑んできた血気盛んなクラブのメンバーたちを、まるで指導するかのように倒してみせたのだ。
あれ、私の師匠としての立場なくない……?
「それじゃあティアナ、よろしくお願いするわ」
「いつでもどうぞ」
プロテクターを両手にしっかりとはめ、私は拳打を繰り出す。
対するティアナはクッション材の入ったパンチングミットを構え、それを綺麗に受け止める。
こういう安全な装備品が用意されているのも、現代ならではだろう。
本来なら「パンッ」という小気味よい衝撃音が鳴るのだが、私のひよこパンチでは「ペチペチ」という何とも可愛らしい音しか鳴らなかった。
「ミリー様、腰が入っていませんよ!」
「は、はっ!」
「もっと強く! それでは虫も倒せませんよ!」
「ぐ、ぐぬぬぅ……!」
「どうしました! もう終わりですか!!」
「あ、あぅ……っ」
辛い。
てゆーかティアナさ、この時間めちゃくちゃ生き生きするよね?
ちょっと性格変わってない? 気のせい??
いやさ、事前に遠慮はいらないって伝えたけどさ……。
くっ、では今日の魔術の修行は、いつもの三割増しで苦しめてあげよう。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様です、ミリー様」
へとへとになるまで打ち込みをした後、ティアナが冷たい飲み物をもってきてくれる。
彼女には全然疲労の色がない。
私と体格はさほど変わらないというのに、一体どこにそれだけの体力が眠っているのだろうか。
「「ご指導ありがとうございました!」」
二時間ほどで、楽しいクラブ活動が終わる。
今日はこのまま寮へと帰るだけだ。
ああ、そういえば、なぜ両親がこの学院に私を入学させたかおおよそ理解した。
この学院、セキュリティがとんでもなく強固なのだ。
部外者はまず侵入できない。
教師も用務員も、しっかりと身元が保証されている者のみ。
一日のすべてが警備の行き届いている学院内で完結するから、安全であることこの上ない。
(まあ、王女様も通うような場所だからな)
ちなみに生徒は外出するときに申請を出す必要があり、移動に関しては家の者が迎えにくるか、学院の警備が引率してくれるのだ。
一見厳しくも思えるが、ルールを遵守すれば結構自由だと感じられる。
週末は、アリサやラフィ、それにクラブの友人たちと一緒に買い物や食事に出かけたりもする。
何事もなく、私は楽しい学院生活を満喫していた。




