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01-10. 学院の寮と魔法の修行

来週から、いよいよレオノーラ女学院での生活が始まる。

それに先立ち、私とティアナは一足早く学生寮へ入ることにした。

生活環境が一変するのだ。

たとえ数日でも、事前に空気に慣れておくことに越したことはない。


「二人部屋にしては、広い方なのかしら?」

「私が通っていた学校の倍……いえ、それ以上はありますよ」


荷解きを終え、まだ慣れない空間で紅茶を飲みながら一息ついている。

間取りはリビングにキッチン、バスルーム、そして寝室が二つ。

キッチンはせいぜいお湯を沸かす程度の設備で、オーブンといった本格的な調理器具まではない。

食事は朝夕が寮の二階にある食堂で、昼食は学院内でとれるとのことだった。

新しい生活を前に心はうずうずしているのだが、一つだけ、悲しい話もある。

非常に、非常に残念ながら、私は「ぬいぐるみコレクション」をこちらへ持ってこなかった。

私ももう、あと二か月と少しで年齢が二桁になる。

いつまでもぬいぐるみと一緒に眠るような年頃ではないのだ。

……理屈では分かっているが、やはり寂しいな。

すまない我が相棒「デステマ」、そして合格祝いに王都で買ってもらったニューフェイスの「アルビオン」。

屋敷に帰ったときは、飽きるほど可愛がってやるからな。

――などと心の中で独りごちて、紅茶を一気に飲み干す。

既に夕食は済ませており、窓の外は真っ暗だ。

けれども、まだ寝るには早い時間である。


「新居に来たばかりだけど、修行の時間にしましょうか」

「本日もよろしくお願いします、ミリー様」


あの日以来、私はティアナを弟子にして、魔術の稽古をつけている。

はたして自分以外の者にどこまで「竜体魔法」の技術を伝授できるのか。

不安がないわけではないが、それ以上に私は今、この状況に楽しさを感じている。

人生は長いのだ。

眉間に皺を寄せて生きていては、何事もうまくいかないだろう。


「……あの、ミリー様。今さらながらお聞きしたいことがあるのですが」


そんなことを考えていると、ティアナがふと、何かをこらえるような表情で私を見つめてきた。


「師弟の仲よ、何でも聞いてくれて構わないわ」

「その『竜体魔法』とは、一体どこで学ばれたものなのですか?」


……え?

うおっ、不意を突かれた。

至極真っ当な疑問だ。

そりゃあ、気になるよな。

私としたことがそのあたりの言い訳――もとい、説明を考えていなかった。

ティアナなら真実を語っても……いや、今はまだやめておこう。


「ああ、うん、ある日ね、ふと頭の中に降りてきたのよ。そう、『竜の知恵』? みたいなものが。こう……天から啓示を受けるような感じでね」


ちょっと苦しいが、嘘ではない。

前世の記憶が突然入ってきたのだから、ある意味では正しい。

真実をそれっぽく脚色しただけだ。


「やはり、そうだったのですね……!」

「えぇ?」


見れば、ティアナの瞳がこれまでになく深い崇敬の光を湛え始めた、気がした。


「わかりました。ミリー様は真竜……いえ、これ以上は要らぬ詮索でした。申し訳ありません。 ぜひ、その尊いお力……この身が許容できる限り、刻ませていただきます」

「あ、そう。……ならいいんだけど」


まるで神聖な儀式にでも臨むようなその面持ちに、私は少しだけ気圧される。

さすがティアナ、物分かりが……良すぎないか? 何か変な誤解をしていないだろうか。

まあ、本人が納得しているなら、私も言葉を足すのはやめておこう。


「今の話、他言無用にしてくれるかしら? 人によっては誤解を招くかもしれないから」

「はい、胸の内に秘めておきます」


今後のことを踏まえると、その辺の設定もしっかり考えておく必要があるな。

それはさておき、気を取り直して、今は修行に集中だ。

私とティアナは向かい合い、互いの両手を合わせた。

やることは魔力の制御訓練。

竜体魔法に限った話ではないが、やはり魔術を極めるには緻密な魔力制御が必要不可欠なのである。


「じゃあ、始めるわよ」

「はいっ!」


重ね合わせた手のひらが淡く光りだす。

魔力の光だ。

その光が、左右十本の指先へとそれぞれ少しずつ上っていく。

それと同時に、互いの魔力が境界を越えてじわじわと移動を開始した。


「く、くぅ……」

「まだまだ、ここからよ」


じわじわと私の方の魔力が、ティアナの領域へと侵食していく。

自分の指先を魔力の膜で守りながら、隙を突いてティアナ側へと魔力を送り込む。

ティアナは私の魔力を懸命にブロックしようとするが、ふむ、まだまだだな。

いわゆる「陣取りゲーム」だ。

左右計十本の指に魔力を流し、自陣を守りつつ、相手の陣地を奪い取る。

最終的にどれだけ相手の領域に魔力を広げられるかを競うこの訓練は、単純な魔力量だけでは勝てない。

一本、二本と指を奪うのは簡単であるが、そこから先が難しい。

攻撃に転じれば、必ずどこかの防御がおろそかになる。

どこまで緻密に魔力をコントロールできるかが、勝敗の鍵を握る。

魔力を二十並列で制御できて初めて、勝利の頂へ登ることが許されるのだ。


「攻めているだけじゃだめよ。左手がお留守になっているわ」

「いつの間に…っ!?」


ティアナの意識が右手に傾いた隙に、反対の手へと攻勢を仕掛ける。

奪おうと思えば一瞬で出来るが……それでは意味がない。

彼女を成長させるのが師である私の役目だからな。

私は十本の指すべてに意識を配れるよう、巧みに魔力を操ってティアナの思考を誘導していく。


「くっ……は、はぁ……!」

「ふふ、ここまでかしら。だいぶ長く持つようになったわね」


一時間ほど続いた指先の攻防は、私に軍配が上がった。


「……全然、奪えませんでした」

「まだ始めて一週間よ。でも確実にうまくなっているから、自信を持ちなさい」

「はい。ご指導ありがとうございました」


ティアナは疲労困憊といった様子で、額には汗が浮かんでいる。

私はといえば、呼吸ひとつ乱さず涼しい顔をしたままだ。

前世の記憶がある分、スタートラインが違うのは仕方ない。

いきなり同等のレベルを彼女に求めるつもりはなかった。

現代では科学の進歩とともに、ここまで複雑な魔力制御を行うのは一般的ではなくなっているらしい。

そういえば、ヒルデリンデとの魔術の勉強でも、ここまでの内容はやらなかった。

地味な訓練であるが、ティアナは不満を漏らすことなく毎日こうして続けている。

やはり私の目に狂いはなかったな。

ただ、なんだかティアナの私に対する接し方が、より一層敬虔になった気がする。

……気のせいかな?


「いい汗もかいたことだし、今日はここまでにしておきましょうか」

「そうですね。二階に共同の浴場があるようですし、さっそく行きましょう」


寮には、疲れを癒やすのにちょうどいい共同浴場がある。

そこでさっぱりと汗を流したあと、姉に教えられた通りに、ティアナが私の髪を手入れしてくれる。

わずか一ヶ月足らずの間に、彼女の手つきは随分とうまくなっていた。


「それでは、今日はもうご就寝になりますか?」

「そう? まだ早くないかしら」


夜もすっかり更けていた。

屋敷であれば強制的に寝かされている時間である。


「しかし、普段はもうお休みの時間ですので……」

「ふふ、せっかくこうして寮生活が始まったのよ。少しぐらい夜更かししてもいいじゃないかしら」


ようやく手に入れた自由な生活なのだ。

もう少し魔導の研鑽に励みたい。


「ですが……」

「ティアナだって、もう少し修行を続けたいでしょ?」

「それは……ですが、フェリシア様から言伝を預かっておりますので」

「……え?」

「『就寝時間は何があっても守るように』と……」

……。

「ぬ、ぬぐぅ……」


フェリシアお姉様の言伝。

……うぅ、それは守らなければならない。

いつの間にティアナに吹き込んでいたのか。

あの過保護な姉を警戒していなかった、私の落ち度か。


「……そうね、寝ましょうか」


私は大人しくベッドに潜り込むことにした。

今世の私は、家族に対して後ろめたいことはしたくない性分なのだ。

だから、寝る。

そう、寝る子は育つというではないか。

でも、早く寝たら、その分早く目が覚めるのは当然じゃない?

二度寝? 貴族の令嬢たるもの、そのような怠惰は許されない。

早く起きてしまったのなら、その時間を有意義に使うのは悪いことではないでしょ?

だって、起きてしまったのだから、ね?

完璧な計画だ!


「おやすみ、ティアナ」

「おやすみなさいませ、ミリー様」


屋敷のベッドと遜色のない、快適な寝心地だな。

ふふ、明日が楽しみだ。


……


「はぁ……」


ぐっすり寝てしまった。

ベッドが変わったとか、枕が合わないとか、そんな悩みとは一切無縁の熟睡だった。

いやぁ、本当に清々しい朝だな。

本当に、なぜ、これほどまでに、身体はきっちり規則正しく目覚めてしまうのか。


「あ、おはようございます、ミリー様」

「おはよう、ティアナ……」


リビングへ行くと、少し上気した顔のティアナがいた。

おそらく朝の鍛錬を済ませ、シャワーを浴びてきたのだろう。

……まあいい、寮生活は始まったばかり。

これから私はもっと成長するし、起きていられる時間だって増えていくはずだ。

些末な事にくよくよしている場合ではない。

ミリアリアの夢の一つが、今まさに幕を開けるのだからな。

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