01-09. 護衛の少女
レオノーラ女学院への入学まであと一か月ほどとなった頃、一人の少女を紹介された。
「本日よりお側仕えを仰せつかりました、ティアナ・ブラントです。未熟者ではございますが、 精一杯お支えする所存です」
まるで主君に忠誠を誓う騎士のように、右手を左胸に当てて、私の目を真っすぐに見つめてくる。
――え? いきなり、なに?
肩口で揃えられた、深みのある茶色の髪が揺れる。
ティアナと名乗る私と同い年の少女は、若草色に輝く瞳が印象的だった。
背丈は私よりほんの少しだけ高く、細身ではあるが、その立ち姿には芯の通った強さを感じる。
まだ幼さの残る顔は、緊張のせいか少し強張っていた。
彼女が何者かといえば、私が学院へ通うための護衛を兼ねた「側仕え」だという。
「護衛が必要なのですか?」
「ミリーも領主の娘だからね。それに、体のこともある」
父の言葉に、私は「なるほど」と頷いた。
元気になったとはいえ、普通の子供に比べれば体力は心もとない。
屋敷を離れ、学院の寮で生活を送ることになるのだから、両親が心配するのも無理はないだろう。
ブラント家は、このジルハイム領の一貴族だという。
代々、優秀な騎士を多く輩出している家柄のようで、「護衛」という言葉にも納得がいく。
ただ、同じ貴族であっても、領主である我が家とでは、明確な上下関係がある。
ティアナの慇懃な態度も、そこからきているのだろう。
けれど彼女は、これから同じ学院へ通うことになる同級生なのだ。
なるべく、同い年の友人のように接してほしい。
「よろしくね、ティアナ。でも、そんなに畏まらなくてもいいのよ。これから一緒に学院へ通う仲なのだから」
「は、はい、よろしくお願いします。ミリアリアお嬢様!」
そっと差し出した手をティアナは両手で握り返してくれた。
私と違い、厳しく鍛えているのだろう。
彼女の手のひらは硬く、非常に頼もしく感じる。
そして初めての同い年の友人。
これからの生活が楽しくなりそうだ。
けれど、「お嬢様」というのは少し大げさではないだろうか。
「長いから、ミリーでいいわよ」
「そ、そんな……恐れ多いです!」
「家族からも呼ばれているから、そっちの方が私も嬉しいわ」
「で、では……『ミリー様』と呼ばせていただきます」
ティアナの立場を考えれば、ここが妥当な着地点か。
まあ、出会ったばかりだ。
これから少しずつ時間をかけて、信頼を深めていけばいい。
それから入学までの間、ティアナはこの屋敷で暮らすことになった。
私と時間を共有し、午前中は共に勉学に励み、午後は運動や芸術に精を出す。
「護衛」としての力を見せてもらったが、これがなかなかに凄い。
リヒドお兄様との木剣の打ち合いを少し見学したけれど、私と同い年とは思えない身のこなしだった。
聞いた話では、同年代では敵なしなのだという。
そして「側仕え」という役割だが、こちらはあくまで便宜上のものだ。
身の回りの世話のすべてを彼女に委ねるつもりはない。
私の自立心が育たないし、主従という枠組みの中にあっても友人でありたいからだ。
……と思っていたのだが。
「ミリーの髪は繊細だからね。時間をかけて丁寧に梳かしてね、ティアナちゃん」
「は、はい。ご指導ありがとうございます!」
「それくらい自分で……」
「だーめ! ミリーは無頓着なところがあるからね。これだけは絶対に任せます」
と、姉のフェリシアは、髪の手入れだけは一切妥協しなかった。
以前「長いから切りたい」と言ったら笑顔で説教されたことがある。
普段は優しい姉だが、私の容姿のケアに関してはこだわりが強いのだ。
そして、いつの間にかティアナのことを「ちゃん」付けで呼んでいる。
こうして誰とでもすぐに打ち解けてしまうのは、姉の美徳の一つだろう。
初めこそ緊張していたティアナも、共に過ごすうちに次第に硬さがほぐれてきた。
そうしてしばらく寝食を共にするうちに、私は一つの確信を得た。
(――気に入った)
ティアナは非常に勤勉で、真面目な性格だ。
朝は私より早く起きて剣術の稽古に励み、日中も私と共に座学や貴族のたしなみを完璧にこなしていく。
そして何より、私に接する態度が純粋な「従者」のそれなのだ。
普通、この年頃なら少しは不満や面倒くささが顔に出るものだろう。
家格の関係で親に言い含められているとしても、負の感情が一切感じられないのは驚きだ。
というより、なぜか私を盲目的に敬っているような……そんな気配すらある。
気のせいかもしれないけれど。
だから、私は決めた。
この子を私の「弟子」にしよう、と。
ある日の午後、私はさっそく行動に出た。
屋敷の鍛錬室へ足を運ぶと、そこには案の定、いつものように剣術の稽古に励むティアナの姿があった。
この時間帯、兄以外にこの場所を使う者はいない。
姉は武術の嗜みはないし、清掃以外で使用人がここに立ち入ることもない。
私は屋敷の中では常に侍女を帯同しているわけではないので、ティアナと二人きりになる機会を作るのは比較的簡単だった。
壁際の長椅子に腰を下ろし、じっとティアナの動きを見つめる。
本人曰く、東の島国の剣術を修めているらしく、今は型の練習をしているようだ。
指先から足元まで、その動きには洗練された美しさが見て取れる。
うむ、やはり、いい。
無論、彼女も私と同じ九歳の子供だ。年相応の身体的な限界はあるだろう。
だが、そのひたむきな努力の姿勢と、内に秘める「伸びしろ」には見所がある。
一通り練習を終えたティアナが、私の元へと歩み寄ってきた。
「ミリー様、どうかなさいましたか?」
「私、あなたのこと気に入ったわ」
「……はい?」
「どうかしら。私の弟子にならない?」
「は、い……?」
ポカンと口を開け、可愛らしい顔になっている。
まあ、驚くのも無理はない。
いきなりこんなことを言われて、「はい、お願いします」と即答する方がおかしい。
とはいえ、なかなかの逸材。ここで見逃すわけにはいかない。
今世における私の野望、それは我が魔導の「伝承」だ。
その手段の一つとして、私は私以外の「会得者」をこの世界に生み出したい。
その最初の人物に、私はティアナを選ぶ。
「そうね、いきなり弟子なんて言われても受け入れがたいわよね。だから、腕試しをしましょう」
私はティアナと対峙する位置へと移動すると、左手で「かかってきなさい」と手招きをする。
実際に手合わせすれば、彼女も私の実力をその身で理解するだろう。
「えっと……」
「あら、だめ?」
だがティアナはその場から動かなかった。
「わたしはミリー様の護衛です。いくら主の命令とはいえ、お怪我をさせてしまうような真似はできません……」
なるほど、まあそうだろう。
だが、そういう生真面目なところも含めて、私は彼女が気に入ったのだ。
「じゃあ、こうしましょう。私からいくわよ」
「は、はあ……」
ティアナは戸惑いながらも、手にした木剣をゆるく構えた。
明らかに手加減をした、隙だらけの姿勢。
剣も持ったことがないような細腕の私に「勝負しましょう」と言われて、本気になれという方が酷か。
でもね、ティアナ。
どんな相手だろうと、油断は――死だ。
「『竜体術』…………十パーセント」
我が魔導の極致は「竜」そのもの。
人を超えた遥かな存在――至高に在れど、だが、手加減はしない。
こちらは、今の全力でいく。
(まっ、私自身がどこまで力を出せるかの確認もしたいからな)
私の体から、魔力の波動が放たれる。
こっそりと続けてきた魔法の訓練が、今ここで結実する。
正直、全盛期の力と比べれば残念な出力ではあるが、今の彼女相手ならこれでもお釣りがくるだろう。
十分の一とはいえ、人ではなく「竜」なのだ。
「っ――!」
異変を察したのか、木剣を握る手にぐっと力がこもる。
(さすがに感じ取れるか、だが)
遅い。
瞬きする間の一瞬で、私はティアナとの距離を皆無にした。
隙だらけの胴体へ、最短距離で踏み込む。
(おっ! 反応するか)
ティアナはとっさに木剣を盾にし、私の掌底を防ごうとした。
だが、私は構わず左手を木剣へと叩きつける。
竜の腕撃とただの木の板、結果は火を見るよりも明らかだ。
「!!?」
驚愕に若草色の瞳が大きく見開かれる。
いともたやすくへし折れた刀身が、派手な音を立てて壁際まで吹き飛んだ。
そして、がら空きになった彼女の喉元へ――。
「私の勝ちね」
「っ…………!」
呆然と立ち尽くすティアナ。
その首筋には、私の右手刀がピタリと添えられていた。
ふぅ、こんなものか。実戦は久しぶりだな。
僅かな時間であったが、楽しかったよ。
「どう? 私の実力、わかって…………おおっと」
「ミリー様!?」
ふらりと倒れそうになった私を、ティアナが慌てて支えてくれた。
いかんいかん、少々想定より力を出しすぎた。
まだこの子供の体では、これでも負荷が強すぎるか。
以前のような気絶するほどのヘマはしないけれど、少しばかり視界が揺れる。
ティアナに介抱されながら壁際の長椅子に腰掛ける。
(一割の力でこれか……。せめて二割程度まで出力しないと「竜体魔法」は危険だな)
結果を冷静に分析したいところであるが、それは後でいい。
一息ついたあと、私は最初の質問をもう一度少女に投げかけた。
「で、どうかしら。私の弟子に、なってくれる?」




