第十二話 POWER VOICE
「……陰気くさい雰囲気だな」
ピートは茂みの中からこっそりとベルナーガスの城を見つめ、背後で身を屈めて窺うみんなを振り返った。
「……気味悪いくらいだぜ。……なんなんだろうな」
ベルナーガス領内の森の中――。
気が付いたらあっという間にここまで飛ばされていてクレア達は何事かわからなかったが、ベルナーガスの城がすぐ近くに見えたことで気持ちを改めた。
「……アンデッドがいるせいだろう」
ブラッドは答えて、羽音もなく静かに飛ぶヴィヴィール達を見回した。
「……頼むな。……俺達の力になってくれ」
ヴィヴィール達はクルンッと一回転してそれぞれの身の回りに付く。
ブラッドは「……よし」と頷いてみんなに顎をしゃくった。
「裏に回ろう」
「えっ、うそっ!」
目を見開いたクレアがスットンキョウな声を上げ、「シーッ」と、スコットが慌てて口を塞ごうとしたがその手をすり抜けられた。
「どうせなら正々堂々正面から乗り込もうよ! その方がかっ!」
「シー!」と、今度は捕まえて口を塞ぐとクレアは「モゴゴッ」と言葉を濁らせる。
ブラッドは苦笑しつつため息を吐いた。
「それは身のほど知らずのやることだぞ?」
「俺達のことだな」とピートが肩をすくめつつ笑い、「全くだ」とティモも愉快げに笑うが、カーシュは「みんなイカれてる……」と呆れる。
クレアはスコットの手を強引に掴み下ろしてブラッドを睨んだ。
「弱虫! ボクなら正面から行くぞ!」
「失礼なっ」
スコットは慌ててクレアの口を再び塞ぐ。
ブラッドは目を据わらせ、冷静なジョージを窺った。
「……、裏に回った方がいいよな?」
「……今更でしょう。国王もわたし達が来ることはわかっているはず。……コソコソするよりも、正面切って乗り込んだ方が怖じ気づいていないとの意思表示にもなります」
「……お前らがどんなことをしてきたか、手に取るようにわかってきたよ……」
吐息混じりに呆れて立ち上がると、みんなもその後に続く。
ブラッドは、スコットに開放されたクレアを見下ろした。
「弱虫じゃないトコを見せてやる」
「お? 言ったな?」
意地悪く方眉を上げて試すように笑うクレアに、「やれやれ……」とピートは苦笑し、城の方を見上げた。
「……、行きますかね」
それぞれ足を踏み出し、茂みから出て城へと向かう。
クレアはジョージ達に挟まれ歩きながら自分の傍を飛ぶヴィヴィールを目で追った。
「危なくなったら逃げるんだよ?」
いい? わかった? と相槌を問うが、ヴィヴィールはチョコンとクレアの肩に止まる。
「駄目だってば。ボクの傍にいるんじゃなくて、逃げるの。言葉、わかる?」
顔をしかめていると、背後を歩いているジョージが笑った。
「……クレア様が好きになったんでしょうね」
「へ?」
「……一緒にいたいんですよ、そのヴィヴィールも」
「ボク、男じゃないのに?」
訝しげに自分の鼻先を指差すと、先を歩いていたピートが少し笑って振り返った。
「男と勘違いしているんじゃ?」
ゲシッ! とお尻を蹴り上げられ、「うっ……!」とピートは顔を歪めて仰け反りお尻を押さえる。
ティモは苦笑して、眉を吊り上げるクレアに肩をすくめた。
「ヴィヴィールの方が男かも知れないぞ?」
「ボク、モテモテだ」
ご機嫌な笑顔で目を垂らす。
「ジョージにもピートにもスコットにも好かれてるし、ブラッドにも好かれてるし、カーシュにも」
「好かれてないぞっ」
慌てて訂正を入れる隣のカーシュに、クレアはじっとりと横目を向けた。
「ボクのこと、嫌いなの?」
「……。嫌いだ、お前なんか」
ふん、とそっぽ向くと、クレアは「ベーッ」と舌を出す。
「いいモン、ボクにはみんながいるから。カーシュがいなくてもみんないるから」
開き直るような言葉にカーシュは目を据わらせた。
「お喋りはそのくらいにしろよ」
先頭を歩くブラッドが振り返ることなく告げる。彼の視線の先には、もう、城の敷地が見えてきている――。
「何が出てくるかわからないからな。……用心だけはしろ」
警告するようなその言葉に、誰が勧めるわけでもなくそれぞれいつでも抜けるようにと剣の柄を前に向ける。
クレアは、みんなの間から見え隠れする城を見つめた。
……あそこに国王がいる。……国王の所まで行って、国王を元に戻して、そして……、……。
ブラッドは少し顔を上げた。道の先にセスがいる。
セスは彼らを待たずにゆっくりと歩み寄り、止まることなく先頭のブラッドの横に並んで歩幅を合わせた。
「……アンデッドが待機しているようです」
「そうか……。一気に俺達を潰す気かな」
「……それだけだとは思えません。……そのつもりなら、もう接触していてもおかしくはないでしょう」
「なにかの罠が待ってるって事か……」
「……可能性はありますね」
「いきなりアンデッドか……。みんなで振り切るとなると……今日の幸運を使い果たすな」
「……あなたに幸運なんてありました? ……その場その場で押し切っていただけだと思っていましたが」
「……。お前とはいずれ決着を付けるぞ」
「……そうですね。……3621勝0敗。私が全勝中ですが、いずれ決着をつけましょう」
「……。絶対泣かしてやる」と、ブラッドは目を据わらせた。
――城との距離が少しずつ縮まっていく。
カーシュは、城の上に澱み溜まるような黒い空を見上げて息を飲んだ。“不気味”とか、“気味が悪い”とか、そんな言葉が何も当てはまらない。
……あの空の下には何があるんだろう。とんでもなく嫌なものが、会いたくないものが待っているような――
「……」
不意に柔らかい温もりが指先を包み、そこを見下ろして微笑むクレアに目を移した。
「顔色が悪いぞ? お腹痛いなら、さすってあげようか?」
少し頭を斜めに傾けて窺う。なんだか無邪気な様子にカーシュは間を置いて苦笑した。
「……大丈夫だよ」
「ホント? ……おかしいな、ボク、カーシュの朝食にバッタを入れたんだけど……」
「……」
「嘘だよ」
睨むカーシュに笑って手を離し、大人しく前を見据えて歩く。
スコットの隣り、ティモは段々と迫る敷地を見つめて大きく深呼吸をした。
「……ふぅ……、……、……ああ、……くそ……、……」
そう小さく呟いただけ。
――その気持ちはわかる。とんでもないことになるのをわかっててこんなところに来て、頭の中だけ意気込みで一杯。体は引き返したくてウズウズしている。……けど、もう戻れない。
門番のいない城門が遠くに見えだして、ブラッドは足を止め、遅れて足を止めた背後のみんなを振り返って一人一人の顔を見た。
「……一緒に来てくれて……感謝してる」
穏やかな声で礼を告げるブラッドは、真顔の中にうっすらと笑みを浮かべている。まるで、“最後の挨拶”のような雰囲気に、「……、何を言ってンですか」とピートはいつもの調子で笑った。
「これは元々、クレア様の喧嘩だったんですから」
「そうそう、ボクの喧嘩」
と、クレアも笑顔で頷く。
「だから勝つの。ボク、喧嘩じゃまだ負けたことないから、ここで負けの判定もらうのはイヤ。全勝で行くぞ」
グッと袖を上げて拳を作って意気込む、そんな彼女を見てブラッドは少し笑い、ゆっくりと城を振り返った。
「……、後で会おう。……必ず」
それぞれが頷いた。だが、カーシュは見ていた。――クレアだけは頷かなかった。
ブラッドが足を踏み出し、みんなが付いていく。……みんなが。けど、カーシュだけは動けなかった。城門の奥、見えないそこをじっと見つめ……足が震えて動けなかった。そんな彼に気付いて、クレアは戻ってきて顔を覗き込み、顔色の悪いカーシュを見上げて微笑んだ。
「大丈夫だよ、ボクが付いてるからね」
クレアはそう言ってポケットから何かを取り出すと、カーシュに握らせた。
「怖いならお守りあげる」
カーシュはゆっくりと手の平を見た。綺麗な白い羽根だ。
羽根からクレアに目を移すと、彼女はニッコリと笑う。
なんだか場違いな空気にカーシュは少し吹き出し、恥ずかしそうに笑ったまま羽根をポケットに入れ、「……行こう」と言うクレアに導かれてブラッド達の後を追った。数歩先を歩くクレアの背中を見つめていると、様々な思いが浮かんできた。けれど、それらが口を割って出てくることはない。
カーシュは深く息を吐き、真顔で城の方へと目を向けた。
――みんなで敷地に入り、警戒しながら先に進む。
クレアはピートとジョージの間に挟まれ、辺りを見回して「……酷い」と眉間にしわを寄せて呟いた。ついこの間ここに来た時は綺麗な花が咲き乱れていたのに、今は花なんてない。緑の芝生も茶色く変色してしまっている。
「アンデッドが通ったな」
ブラッドが草花を見回して目を細めた。
「エサがなくて、仕方なく植物を食べたか……」
「……静かですね……」
スコットが辺りの気配に顔をしかめると、ピートが肩をすくめた。
「ひょっとしたら、兵士達もエサになってしまったかもな?」
「じゃあ……国王も?」
「だとしたら最悪だ」
ブラッドが振り返ることなく口を挟む。
「アンデッドを指揮するヤツがいなかったら、やりたい放題だ」
「……なら、国王は無事って事ですか」
スコットは鼻からため息を吐いて、辺りを窺う目を留めることなく剣の鞘を掴む。
セスはキョロキョロすることなくじっと一点、城の方を見つめながらブラッドの傍を歩いていたが、腕を上げて彼の胸に当てた。「停まれ」という無言の合図にブラッドは足を止め、その後ろから付いてきていたジョージ達みんなも足を止める。
「どうした?」
「……何者かが近付いてきます。……用心を」
彼女の静かな警告に、ピートとティモが剣を引き抜き構え、セスが見つめるその先にみんなの視線が集まった。
――ずっと道の向こう、城まで伸びるこの道の奥から、誰かの姿が見えだした。どうやら人のようだ。一人……二人……。
ゆっくりとこちらに近寄ってくる二つの影。みんなの脳裏には、「国王とハーベイか?」とイメージが浮かんだが、目の前に現れた人物はそんな彼らの予想を覆した。
クレアは目を大きく見開くと、すかさず身を乗り出した。
「ナナ!!」
走り出そうとした彼女の肩を掴み、ピートがすぐに押さえる。
カーシュは目を見開き、抜こうとした剣の柄を握りしめて息を震わした。遠くからやって来たのは元気のない表情のナナ。そして、彼女の後ろに立つのは……
「……クソやろう」
ピートは怒りに顔を紅潮させて、10数メートル先に足を止めたカーシュの父親、ギルフォイルを睨み付けた。
ブラッドが小声で「……誰だ?」と訊くと、ティモが「……カーシュの幼馴染みと親父です」と答える。ブラッドは、愕然とするカーシュをチラっと見ただけ。すぐにギルフォイルに目を戻し、近寄ることなく声をかけた。
「……カーシュの父親か。……なにか用か?」
特に表情を変えることなく問うと、ギルフォイルは笑みを浮かべて深々と会釈した。
「これはこれはブラッド王子、お戻りになられたということで。皆、喜びに沸いております」
「……の、割には静かだな」
ブラッドは冷静に周囲を見回して、元気のない表情で視線を落としているナナに目を移した。
「……、その子は?」
「こちらはナナと申しましてな、性の悪い小娘で」
「ふざけるな!!」
クレアがピートに押さえられながら顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ナナを返せ!! クソ親父!!」
いつもなら「はしたない言葉はやめなさい」とスコットに怒られるところだが、スコットもそれを止めず、じっと睨んでいる。
ギルフォイルは「やれやれ」と困った笑みを浮かべて首を振った。
「姫君ともあろうお方がそのようなお言葉を使われては、国王も悲しまれますぞ?」
試すように方眉を上げて伺うギルフォイルに、クレアはまだ何か言おうとしたが、その前にブラッドが口を開いた。
「それで何用だ? その子がなんだって言うんだ?」
ギルフォイルはナナの背を押し、強引に彼女を一歩進ませてブラッドに笑いかけた。
「わたし共はこの娘には興味はございませんでな、いらぬ存在なのです」
「……ウェルターのみんなはどうした」
ティモが目を細めて口を挟む。
「……他のみんなはどこだ」
睨みながら訊くティモに、ギルフォイルは口元に笑みを浮かべて「さてなぁ……」と、わざととぼけるような仕草で首を傾げた。
「わたしは見ておらぬが。どこぞでコソコソ隠れておるのだろう?」
フッ、と、馬鹿にするように鼻で笑われ、ティモは怒りでグッと剣の柄を握りしめた。そんな彼を落ち着かせるようにスコットが肩を掴む。
ブラッドは、悲しげに目を伏せるナナを見て、微かに笑うギルフォイルに目を戻した。
「……その子がいらぬ存在だからなんだって言うんだ?」
「ええ、わたし共には不必要ですが……そこにいる愚か者には必要かと」
そう答えながら、ゆっくりと目を動かした。その視線の先、カーシュは身動き出来ないまま目を見開く。
まさか、自分が“エサ”になってしまうなんて――。
そうショックを隠せずにいると、ギルフォイルは不敵な笑みを浮かべてブラッドに目を戻した。
「この娘はお返ししましょう。しかし……それでは国王が寂しがられるのです。失った子の代わりにと、この女をお傍に仕えさせていたもので。……いかがですかなブラッド王子、こうして戻ってこられたのですから、今一度国王と共にこの国を立て直しては頂けぬか?」
ギルフォイルは穏やかに笑って続けた。
「国王もそれを強く望んでおられる。あなたが戻れば、国王ももっともっと民を大事になさるだろう。これは世のため、人のため。……ブラッド王子、国王と共に、国に祝福をもたらそうではありませんか」
そう言い終わると、ギルフォイルはナナの背中を軽く押した。その勢いのまま、ナナは数歩前に進み、途中で止まる。しかし、俯き、目を伏せたままだ。
不愉快そうにギルフォイルを睨むクレアの横で、カーシュは父からナナへと目を向けた。
……どうしたらいいのかわからない。何も考えが浮かばない――。
しばらく沈黙が続き、ギルフォイルはナナの背中をチラリと見た。
「おい、……言え」
脅すような小声をかけると、ナナの顔が少し歪んだ。悲しげに眉を寄せ、ゆっくりと目を開けて顔を上げると、一人一人の顔を見て、冷静な顔をしているジョージを、クレアを見た。
「……私……、まだ、死にたくない……」
クレアは、真っ直ぐな目で告げるナナを真剣に見返した。
ナナは、弱々しく、頬を震わせながら微笑んだ。
「……もっと、生きたいの。……もっと長く。……お願い」
背後のギルフォイルは不敵な笑みを浮かべ、満足そうに数回頷く。
ナナは少し視線を落としかけ、なんとか踏ん張ってクレアを見つめた。
「……ゴメンね、あの時、信じなくて。……けどね、あの後、みんなで落ち着いて話しをしたの。……答えはこうだった。……もう一度、あなた達を信じよう、って」
ナナは目に一杯の涙を浮かべ、微笑みながらカーシュに目を移した。
「また……、あなたの声にみんなが集まったのよ……?」
カーシュは目を見開き、悲しげに顔を歪めて息を止めた。
ナナは視線を落とし、ゆっくりとクレアを見た。
「……私……、……まだ生きたい。……、たくさん、生きたい」
クレアは真っ直ぐな目を向けた。ナナも真っ直ぐクレアを見て、深く呼吸をすると、拳をギュッと作って睨むような真剣な顔を上げた。
「でも私! あなた達の負担にはなりたくない!! だからもういい!!」
ギルフォイルは突然の大声に驚き、「……この!」と眉を吊り上げた。
ナナは涙をこぼして、悔しげに身を乗り出した。
「みんな殺された!! ……私ももう死んでいい!! 何も躊躇わないで!! ……私はあなた達を信じてる!!」
ギルフォイルは舌を打つと、背後から銃を取り出してナナの背中に向けた。
「ナナァ!!」
カーシュとピート、そしてジョージが駆け寄ろうとした時、パァンッ!! と空気を裂くような発砲音が響いてナナはギュッ! と目を閉じた。――だが、いつまで経っても痛みを感じない。「なっ……」と、言葉を詰まらせるギルフォイルの声に恐る恐る振り返ると、光の粒が黒い銃弾を受け止めていた。
ギルフォイルは訳がわからず、焦るように再び銃を構えたが、上空から何かが近付いて来る気配に気付いて空を見上げ、目を見開くと後退した。
スコットは「……あれは!!」と、城の頂上から落下してくる影を指差した。それは真っ直ぐナナの元に降りて来る。
「ナナァ!!」
クレアが目を見開いて走りかけたが、肩を掴まれ押しやられた。
ジョージは走り寄ると、上空から目を反らせずに愕然とするナナを抱き留めて地面に伏せた。
「ヴィヴィール!!」
ブラッドが腕を振りかざして呼ぶと同時に黒い影達が伏せた二人に襲いかかった。しかし、すぐその後に弾き飛ばされ、黒い影は城の方へと飛び退く。
光に包まれ、ナナは、自分をしっかりと抱きしめ伏せるジョージを震えながら見上げた。
「……ジョー、ジ……さん……」
「……」
ジョージは顔を上げ、ヴィヴィールの加護を受けたとわかるとナナに優しく微笑んだ。
「……もう大丈夫ですよ」
その声にナナは顔を歪めて涙をこぼし、彼にしがみついた。
光の中、うっすらと見える光景にクレアはホッとしたが、城の外壁にしがみつくような影を見上げると、目を細め、睨み付けた。
「……出てきたか」
ブラッドの言葉にスコットは剣を抜き、カーシュも遅れて剣を抜く。
ジョージはヴィヴィールに護られながらナナを立たせると、うろたえるギルフォイルを睨んだ。
「……カーシュの父親とは思えないほどの弱い男だな」
「ば、馬鹿な!! 国王に楯突くなどっ……!! ……大人しく言うことを聞けば生きていられるものを!!」
「支配された世界に生きて何がおもしろいんだ!!」
クレアが強く腕を振り下ろし怒鳴った。
「こんな世界……ボクはいらない!!」
「俺が変えてみせる!!」
クレアの言葉に続いてブラッドが怒鳴ると、外壁にくっついていたアンデッド達が一斉に飛びかかってきた。
不気味な気配と雄叫びと、そして勢いのある速さに一瞬怯んだが、「城に入れ!!」というブラッドの声に、それぞれ襲いかかってくるアンデッドに剣を振りかざして城まで走った。
セスはブラッドと共にアンデッドの襲撃を避けていたが、ブラッドと背中を合わすと冷静な顔で両手をゆっくりと上げた。ブワッ! と足下から風が巻き起こり、近寄ろうとしたアンデッド達を吹き飛ばす。その風力を受けながら、ジョージはヴィヴィールに護られナナの腕を掴んだ。
「城下町の方に逃げるんです!!」
「でもっ……!」
「あなたを巻き込むわけにはいかない!! ……早く!!」
「……っ」
ナナは涙をこぼして、懸命に体を押すジョージを見上げた。
「私、……好きでした」
彼女の告白に、ジョージは間を置いて微笑んだ。
「……ありがとう」
「……」
「……さ、……早く」
背中を押しやると、ヴィヴィールがナナに付いていく。
ナナはジョージを振り返り、泣きそうになるのを耐えて走り出した。そして、前方から走ってくるクレアに「クレアちゃん!!」と駆け寄る。そんな彼女にアンデッドが襲いかかろうとすると、寸前にピートが斬りつけ、アンデッドは不気味な声を上げて地面に倒れた。だが、斬られた部分から組織が再生され、何事もなかったかのようにすぐに立ち上がる。
クレアは険しい顔でナナを見上げた。
「逃げるんだよ! ……絶対!!」
「クレアちゃんも!」
「ここはボクに任せろ!!」
ナナは頷くと、ピート達に会釈をして走り、カーシュを見た。カーシュもアンデッドの攻撃を避けながらナナを見て大きく頷く。ナナは「……うん!」と頷き返してヴィヴィールに護られ一気に走った。
ジョージはクレアの元に合流し、飛びかかってくるアンデッドを斬り払い、剣を奮うスコットを振り返った。
「……せめてこいつらの弱点を探れば!! 殺せなくても何かあるだろう!!」
「どんなに刻んでも再生するんですよ!? 弱点なんかあるんですか、こいつら!!」
ブラッドはセスと共に、次々と怯むことなく襲いかかってくるアンデッドに剣を向けて追い払いつつ、みんなを振り返った。
「城の中に!! 方々から来られたんじゃ保たない!! 急げ!!」
彼の声に、止めかけた足を再び走らせる。
アンデッド達は、追いついてはすぐに飛びかかってきて、その度に剣で斬られ、しかしすぐに復活してまた追いかけてくる。
クレアはジョージを背後に走りながら、城壁の隅で怯えるギルフォイルに目を向けた。どうすることも出来ず、ただ、自分に難が降りかからないように、そう身動いでいる。
クレアは腰から短剣を取ると、彼の方にそれを投げた。カランッ……と足下に滑ってきた剣を見下ろし、ギルフォイルは走って通り過ぎようとするクレア達に手を伸ばす。
「ま、待ってくれ!! た、助けてくれ!!」
焦るような声に、ピートはそちらを睨んだ。
「アンデッドに殺されたくないなら戦え!! ……できないなら自害しろ!!」
「そんな……!! わたしはカーシュの!!」
言いかけて、ティモやブラッド、そしてセスと一緒に走ってくるカーシュを目で追った。
「カ、カーシュ!! わたしは国王と約束したんだ!! お前を助けてくれると!! そう約束したんだ!!」
身を乗り出して叫ぶが、彼らの後を追ってくるアンデッド達を見ると「ヒッ……」と言葉を漏らし、ガクガク震えて祈るように手を組んだ。
「た、助けてくれ!! わたしはお前を助けようとしただけなんだ!!」
城の方に辿り着いたクレア達が門を開け、「早く!!」と呼んでいる。
ギルフォイルは怯えきった表情で顔を歪めてカーシュに手を伸ばした。
「カーシュ!! 助けてくれェ!!」
すがるような声に、ブラッドは、走りながら真っ直ぐクレア達の方を見ているカーシュに並んで気を向けた。
「……情けをかけてやれ。……父親なんだろ」
「……」
「……護っててやる」
「……」
カーシュは少し視線を落とし、クレア達に向かう足をギルフォイルに向けた。ブラッドはティモに「先に行け!!」と告げてカーシュの後を追った。
ギルフォイルは息を切らしてやって来た息子を見て嬉しそうに手を伸ばしたが、悲しげに首を振られ、「……え?」と表情を強ばらせた。
カーシュは息を切らし、背後でアンデッド達を相手にしてくれているブラッドとセスの気配を感じながらギルフォイルを哀れむような目で見つめた。
「……、もう、終わりなんだ」
そう小さく告げるカーシュに、ギルフォイルは表情を消して眉を寄せた。
「……お前……」
「もう」
「……」
「……もう無理だ。……大切だとは思えない。……父親だなんて、思えない」
「な、なにをっ……。今までのことは悪かった! だが、それは全部お前を助けるために!」
身を乗り出して必死に訴えるが、カーシュはゆっくりと首を振って悲しげにギルフォイルを見つめた。
「じゃあ今まで……、俺一人のために大勢が犠牲になったのか……?」
「子を思う親なら他人など!!」
「俺、……情けないよ」
震える声で言うカーシュの目に涙が浮かび、ギルフォイルは少し目を見開いた。
カーシュは少し鼻をすすると、涙をこぼすことなく、表情を消す父に真っ直ぐな目を向けた。
「俺は……父さんがいなくてもやっていける。……父さんの力は……俺には必要ない」
「……、カーシュ……」
「俺は……みんなと生きていく」
カーシュはギルフォイルから一歩離れ、剣を構えた。
「……もう終わりにしよう。……束縛からも、見栄からも強欲からも。……今、俺が出来る……精一杯だ」
冷静なカーシュに、ギルフォイルはしばらくボー然としていた。だが、ゆっくりと視線を落として肩の力を抜くと……小さく笑みを浮かべ微笑んだ。そしてそのまま目を閉じ、顔を下に向ける。
それ以上何もすることのない彼を見て、カーシュは顔を歪め、剣の柄をギュッと握りしめた。そして、剣を振り上げ、奥歯を噛み締め息を止めて、勢いよくそれを振り下ろした。
スコットがクレアの目を隠そうとしたが、クレアはその光景を見つめた。
――ギルフォイルの首が転がり、遅れて体が倒れ、痙攣する。
カーシュは、浴びた血飛沫をそのままに剣を下ろし、首は見ず、体の方を無表情に見つめた。
「……行くぞ!!」
ブラッドに腕を掴まれ、引っ張られるまま走る。「早く!!」とティモが叫び、彼らが飛び込んでくるとピートと一緒に門を閉めた。すると、ドンッ!! と外から体当たりされ、「!!」と慌てて門を押さえる。
「アンデッドは入って来れないのか!?」
「いや、そんなことはない。……頭が悪いからな、窓ガラスから飛び込もうって事まで考えつかないんだ」
ドンッ! ドドンッ! と、次々にドアを破ろうとアンデッド達が体当たりをしてくる中、ブラッドは息を切らしながらひっそりと静まり返る城内を見回した。
「窓を突き破ろうって思いついた時に入ってくるだろうけど……、それより、ここが静かなのが気になる」
みんなも息を切らしながら辺りを見回した。……誰もいない。
しかし、クレアはそんなことを気にする様子もなくカーシュに近寄ると、普段と変わらない真剣な表情の彼を見上げ、自分の服の袖を引っ張り伸ばして背伸びした。
おでこを拭かれ、カーシュはクレアを見る。クレアは何も言わずにおでこや頬、顔に付いている血を全て拭ってやると、そのまま背を向けてジョージの傍に戻った。
カーシュは一言も言葉を発しなかった彼女の背中を見て視線を落とし、深く息を吐くとすぐに目を上げた。
セスは、回りの気配を窺いながらブラッドに近寄った。
「……何者かの気配は……」
言いかけていた言葉を止めた。音もなく次々と、奥の通路や階段、部屋から兵士達や家臣達が現れ出した。その姿に、クレア達は門を押さえるピートとティモの元に一塊になった。
顔色が悪い兵士達を見て、ブラッドは舌を打った。
「……アンデッドに毒されたか……」
「……つまり?」
ジョージが問うと、セスは目を細めて答えた。
「……アンデッドの血を飲まされると意識をなくす。……人間は人間でも、自分の意志を待たない操り人形同然。……何が正しいかの判断が出来ないから、誰かが最初に吹き込むんです。……誰が敵かを」
「……、国王万歳」
スコットが嫌みったらしく吐いた。
生気のない兵士達が次々に現れ、そして門の方からはアンデッド達が「ここを開けろ!」と言わんばかりに体当たりしてくる。
「……どっちにしても、やるしかないな」
「……そういうことだ」
それぞれ剣を構え、クレアは、ジョージの服を掴んだままブラッドを見た。
「……国王の所まで走る?」
「……そうだな。王間の方だろ」
「競争しようか?」
「ゲームは後だ。……それに、こいつらが簡単に通してくれると思うか?」
「……それもそうだね」
クレアはため息を吐き、ジョージの服を離して指の骨を鳴らした。
「……運動運動」
手足を解して攻撃態勢に入る彼女を見て、腕を伸ばして門を押さえているティモは、同じように押さえるピートに目を向けた。
「……ここは俺が押さえておくから、クレアちゃんと行ってくれ」
ピートは激しくドアに体当たりしてくる振動に腕を震わせながら苦笑した。
「一人じゃ無理だろ……」
「……、俺が代わります」
カーシュはそう言ってピートの横に行き、彼の代わりにと、背中に体重をかけてドアを押さえた。
「……クレアの傍に」
ピートは、「大丈夫」と頷くカーシュを見て、間を置き、ドアから手を離した。体当たりの振動が響いて押さえる彼ら自身が震える中、クレアは二人の間に立ち、交互に見上げた。
「……がんばって。……危なくなったら、すぐここから逃げるんだぞ?」
真顔で気にかけるクレアに、ティモは少し笑みをこぼした。
「クレアちゃんもな。……ちゃんと戻って来いよ?」
クレアは「……うん」と頷いてカーシュを見た。
「……がんばれ、カーシュ……」
「……ああ、わかってる。……お前もがんばれよ。必ず切り抜けろ。……あとで俺もそっちに行くから」
「……うん」
「……、一緒にナナのトコに行こうな」
クレアはなんとか笑いかけるカーシュを見上げて、「……うん」と微笑み頷いた。そして二人の腕を軽く撫で、それ以上何も言わずにジョージ達の元に戻る。
セスは、ジリジリと近寄ってくる兵士達の数を把握するように見回し、ブラッドへと目を向けた。
「……私もここに残ります」
ブラッドは少し目を見開いて彼女を見た。
「……例えアンデッドが入ってきても、奥まで進まぬよう、ここで食い止めておきますから」
「……、でも」
「……私は大丈夫です。……あなたも大丈夫。そうでしょう?」
無表情に首を傾げられ、ブラッドは少し視線を落とした。どこか寂しげな彼の腕を、セスはそっと撫でた。
「……あなたは、この世界の人間なのですから。……ここで生きて、幸せになってください。……そのことを、イリアもウェインも願っています。……私も同じです」
「……」
「……あなたは一刻も早く国王の元へ。……いいですね?」
いつもと変わらぬ冷静な顔――。ブラッドは歯を食いしばり、拳をグッと握ったが、それらをフッと脱力させると「……わかった」と頷いた。
「……任せる」
「……ええ、……任せてください」
「……。……ありがとう」
――出逢ってから初めて聞いた感謝の言葉。剣を構えながらそう言ったブラッドの背中を見て、セスも彼と出逢って初めて微笑んだ。
ピートは剣を構えて隣りのスコットを横目で窺った。
「……俺は右、お前は左だ」
「……いいですよ。……数を誤魔化さないでくださいね?」
疑い深く目を細められ、「ヘッ……」とピートは鼻で笑った。
ジョージは二本の剣を手に傍に立つクレアを見下ろした。
「……クレア様、……くれぐれもお傍を離れないように」
「はーい」
かわいらしい返事をしたかと思った次の瞬間には、誰よりも先に兵士達に突っ込み、ピート達は「ちょっと待ったぁ!!」と慌てて彼女の後を追った。
「ボクの邪魔をすると痛い目見るぞ!!」
クレアは睨み怒鳴りながら一斉に襲いかかってくる兵士達に殴りかかった。そんな彼女を護ろうと、すぐにジョージとピートとスコットが加勢に入り、ブラッドも「……頼んだぞ!」とセスに告げてクレア達の元に駆け寄った。
ティモとカーシュは「……!」と目を見開く。こちらにも兵士達がやってくる!
セスは深く息を吐くと息を止め、吸い込みながら両腕を左右に広げて上げた。ゆっくりと上がる両手に合わせて光の筋が生まれ、頭上で手を合わせると光は増幅し、パッ! と腕を広げたと同時に光が方々に弾き飛んだ。それを受けた兵士達は声も出ないまま倒れていく。
クレアは自分の敵をジョージ達に取られ、内心腹を立てながら階段の方を見た。
「ブラッド!! 一気に階段まで行くよ!!」
「無茶するな!! 俺達は小さくないんだぞ!!」
「チビ呼ばわりするな!!」
怒った勢いで兵士に殴りかかり、倒れると次の兵士に跳び蹴りを食らわした。
襲ってくる兵士達の数は多いものの、以前より少々動きが鈍いのか、すぐに斬り倒されてしまう。アンデッドと違って一度倒れれば二度と立ち上がることもない。体力の消耗になるだけの戦闘だが、こなしていかなければ道が開かない。
確実に、王間へと向かうための階段に近付き、そこに兵士達がいないことを確認すると「……後は走るだけ!」と、心の中にほんの少しの余裕が生まれる。だが、それも束の間のこと。数カ所の天窓から「パリィ……ン!!」とガラスが割れる音が響き、クレア達みんなが顔を上げた。
「クレア様!!」
ジョージはクレアに駆け寄り、彼女を抱きしめて背中を丸めた。降ってくるガラスの欠片がみんなに、そして兵士達にも容赦なく降りかかる。クレア達に降り注ぐガラス片は全てヴィヴィールが防いでくれた。
「……くそ!! 考えちまったか!!」
ピートが顔を上げて舌を打った。天窓を突き破ってアンデッド達が入ってきてしまった。床に降り立つと、誰彼構わず襲いかかり、兵士達もアンデッドのエサとなる。生気を抜かれて倒れる様を見て、ブラッドはクレア達に近寄った。
「急げ!! 早く王間に!!」
アンデッド達がまだ兵士達に食らいついている間がチャンス。だが――
クレアは目を見開いて、困惑げに門の方を見た。
「……カーシュ!! ティモ!! セスゥ!!」
彼女の大声が響いた。駆け寄りたくても、もう遠く離れ、彼らの間ではアンデッドがやりたい放題暴れている。そこを通ることは出来ない。
取り残されたカーシュとティモは門を押さえることなく、近寄ることも出来ないクレア達を見て「……行け」と言うように微笑み頷いた。
ジョージは悲痛な表情で目を細めていたが、思いを振り切り、クレアの肩を掴んだ。
「……行きますよ」
「……、……死なないで。……お願いっ……」
クレアは泣きそうに顔を歪め、震える声で小さくそう言って、階段に向かってジョージ達と走った。
ブラッドは、遠く、セスを見つめた。
「……任せたぞ、セス!!」
セスは頷き、カーシュとティモを背後に大きく息を吸い込んだ。その姿を見て、ブラッドも躊躇うことなく階段に向かう。
カーシュとティモは暴れるアンデッドを見上げ、剣を構えたが、
「……何もせず、じっとしていてください」
セスに言われ、彼女の背中を見た。
「……ヴィヴィールが護ってくれますから。……どうなっても彼女達に任せ、そこからは動かないように」
「……、何をするんですか?」
カーシュが訝しげに訊くが、セスは答えずにゆっくりと両腕を上げ、手の平を広げた。セスが手の平に力を入れるとそこから光があふれ出し、カーシュとティモも、アンデッド達もその眩しさに目を伏せる。
階段を上り切った時、一階の方、階段の下からの光に気が付いたクレア達はそちらを振り返った。
「……カーシュ!!」
クレアが焦って戻ろうとしたのをブラッドが止めた。
「心配するな、セスの力だ」
「……、力って? ……なに?」
不安げに訊くが、ブラッドは答えずに通路の奥を見た。
「……行こう。……何が出てくるかわからないから気を付けろよ」
「力って何!!」
怒鳴るように睨み訊くクレアを、ブラッドは表情なく見下ろした。
「……。願いの光」
「……なにそれ」
「ヴィヴィールと力を合わせて強力な加護を得る。……広範囲に広がった力に飲まれた者は、どんなヤツだろうとしばらくの間、動くことが出来ない。……平和を求めるなら、誰も動かないのが一番いい」
「……しばらくって?」
「……、術者の命が尽きるまで」
真剣に、けれど、そう言った後に目を反らしたブラッドに、クレアは悲しげに目を見開いた。
「……セス、は……?」
「……。みんな、想いは同じなんだ……」
「……」
「……急ぐぞ」
そう言って走り出す。
ジョージは、視線を落とすクレアの背中を押した。
「……行きますよ、クレア様」
「……、……」
クレアは頷いてブラッドの後を追った。ジョージ達もクレアを挟み走る。
王間までの距離、何者かに邪魔をされることなく延々走り続けた。一階の方はどうなっているか、そのことを脳裏で気にしながら。
そして……――
ブラッドは息を切らしながら見覚えのある豪華なドアの前で足を止め、見上げた。クレアも息を切らしてブラッドに並ぶ。
「……、行くよ?」
「……ああ。行こう」
ピートとスコットがドアを開け、ジョージがクレアとブラッドの前に立ち、ドアの向こうの様子を先に見た。
――静まり返った部屋の中。そのずっと奥。表情のわからない国王と、そして傍にはハーベイが立っている。
ドアが完全に開くと、まずはジョージが先に足を進め、その後でクレアとブラッドが続き、ピートとスコットはドアを閉めて背後から辺りに警戒しつつ付いていった。
国王は近付いてくる彼らを見て口元に笑みを浮かべた。
「……やっと来たか」
ジョージが足を止めると、ブラッドは彼に並んで国王を真顔で見つめた。何も言わない彼に、国王はうっすらと笑う。
「ブラッド。……我が息子。この手で殺した愛する我が子。……いや、我が子か? ……そうか、並んでみるとジョージに似ているな。お前も小娘同様、愛なく生まれた哀れな者だったか」
含み笑いで蔑まれたが、ブラッドは冷静に彼を直視した。
「……愛なく生まれてくる子どもはこの世にはいない」
小さく言う言葉が響き渡る。
「……例えほんのひとときでも、この世に生まれくる者は愛に育まれ誕生する。……皆が同じ。……俺も、クラウディアも例外じゃない」
クレアはゆっくりとブラッドを見上げた。彼は真っ直ぐ国王を見ている。
「誰に愛されるか、誰に育てられるか……、それが問題じゃなく、血の繋がりが問題だというのなら、国王、……俺はあんたの血を受け継いだことを後悔するよ」
国王の眉が動いた。
「惨めだぜ、誰も信じられなくなるなんて。自分の弱さを人に押しつけて高笑いしてるなんて。……力を誇示して、それであんたは満足を得られたのか? 幸せか? ……見ろよ、あんたの傍にいるのはたった一人、老いぼれだけじゃないか」
ハーベイは困惑げにうろたえているだけ。国王はそんな彼に目もくれず、ブラッドを鋭い目で睨み付けた。だが、ブラッドはその睨みにも動じずに言葉を続ける。
「……あんたは気付いているだろう? だから出てこれないんだ」
国王は「フッ……」と鼻で笑った。
「出てこれない? わたしはここにいる」
「お前じゃない、俺が話しをしているのは国王だ」
ブラッドは睨み付けた。
「お前は国王の影に過ぎない。……いや、国王のもう一つの顔。悪の塊。……その力がどこから来たかは知っている」
その言葉にピートとスコットはブラッドの背中を見た。
「フェルナゼクスでお前の事を知った。……哀れだったな」
彼の言葉に国王は少し目を細めた。
「……哀れだと?」
「ああ。……助けを求めたんだろう? ……でも、誰も声を聞いてくれなかったんだろう? ……時代が時代なら、俺はきっと、傍でお前を支えようと努力した。……お前のこと、……そして、彼女のことを止めた。……止めることが出来なかったのは、俺や、その場にいたみんなの力不足だ。そう思う。……けれど、お前がやったことはどんな理由があるにしろ罪だ。多くの人を傷付ける行為は許せない。……たとえ、それがお前の正義であっても」
「……」
「……お前が撒いた闇によって、多くのものが奪われた。……この国もそう。……フェルナゼクスも」
悲しげに目を細めるブラッドに、国王は少し笑った。
「世界は脆く繋がる。愉快な程にな」
「……どうあれ、お前は大罪を犯した。わかっているだろうな?」
「ほぉ、どうするつもりだ? ん?」
にやけた顔を前に突き出して伺う。
「わかっておるのだろうな? わたしを追い出すということがどういう事か。この体はわたしと共にあるのだぞ?」
クレアは少し顔をしかめた。
……ということは……つまり、“あいつ”を殺すなら――
「……、わかっている」
ブラッドはそう答えると剣を構えた。
「残念だったな。俺は世界を救うために戻ってきたんだ。……躊躇いはない」
力強く言うが、国王は不敵に笑うと大人しくしているクレアに目を移した。
「……小娘。……冥界の住人」
クレアは顔を上げて、笑っている国王を見た。
「……お前は一度死んでいる。なのに再び生まれ出た。……これがどういう事かわかるか?」
「……無視しろ」
ブラッドは、国王を睨みながら口を挟んだ。
「悪あがきだ。聞くことはない」
「フハハハ!! お前の存在などどこにもない!!」
国王は高笑いしながら腕を広げた。
「死んだのに冥界にいない! 生きているがこの世界ではお前の出生の記録はない! この世界にも冥界にもお前はいない! お前はフワフワ浮いている空気のようなもの! 誰もお前を束縛出来ん!! 誰もお前を留めることが出来ん!! 誰もお前を愛してはくれん!! お前はブラッドの代わりに誕生した!! 全てが代わり!! お前という人間は常に誰かの代わりであって、お前を必要とする者などはいないのだ!!」
ピートとスコットが「ムカッ!!」と眉を吊り上げたが、
「その通りだよ」
平然と言う、ジョージはそんなクレアを見下ろした。
「ボクはブラッドの代わりだった。全部そう。……ブラッドがいなくて寂しがったお母さんは、ブラッドの代わりにボクを欲しがった。ブラッドが死にかけて、でも助けなくちゃってジョージが思い……ブラッドの代わりにボクがこの世界に入り込んだ。……王子として、ブラッドの代わりに生きてきた。……ブラッドだと名乗って、ボクは生きてきた」
クレアは淡々と言いながらも、少し笑みを浮かべた。
「けど、どうでもいいよ、そんなこと。ボク、楽しかったから」
少し目を細める国王に、クレアはニッコリと笑った。
「ブラッドの代わりにみんなからたくさん愛してもらった。たくさんかわいがってもらった。ボク、代わりでよかった。じゃなきゃ、きっとここまで大事にしてもらえなかった」
ハーベイはチラ……と国王を見る。
国王は鼻で笑い、一歩ずつ足を進めて彼らに近寄った。
「……そうか、代わりでよかったか。しかし、よく考えてみろ。……今、ブラッドはここにいて、お前は不要なんだぞ? 代わりはいらんのだ」
「クレア様は代わりじゃない!」
ピートが身を乗り出し、怒鳴り上げた。
「ブラッド王子として生きてきたが、クレア様はクレア様だ!! 誰の代わりでもなく!! 俺達はこの子を!!」
言葉が途切れると同時に何かが動き、スコットは「え……」と横を見た。――そこにいたはずのピートがいない。気が付いて振り返った時には、彼は背後の壁にドスンッ! と鈍い音を放って体を叩き付けられていた。彼が通った後の床には白い花が咲く。……ヴィヴィール達が一瞬にしてやられてしまった。
「ピート!!」
崩れるように倒れた彼の元にスコットとクレアが走り寄ろうとしたが、国王の大きな笑い声に足を止めて振り返った。
国王は挙げていた手を下ろし、不敵に笑う。
「……吠えるだけの男だが、これで少しは学習したか?」
クレアはカッ! と怒りで顔を紅潮させた。
「ピートを馬鹿にするな!!」
「ほう? たかが護衛如きにお情けか? ……護衛とはその命を捧げる者ぞ、……なぁ、スコット?」
スコットは顔を上げた。クレアが「!!」と彼を見上げた瞬間、目の前から消えた。
「スコットォ!!」
ピートと同じく背後の壁にドスンッ! と叩き付けられ、「……ゲフッ」と吐血して床に倒れた。その周りに白い花が咲き乱れる――。
ジョージとブラッドは手を挙げたままの国王を睨み付けた。
「……ヴィヴィールなど恐るるに足りん。……次は……お前か」
と、にやついた顔でジョージに手を向ける。
クレアは、ピートとスコットに駆け寄ろうとした足を止めてジョージを振り返った。
「いやぁ!! ジョージィ!!」
叫び声が響くと同時に、ジョージも勢いよく飛ばされてドスンッ! と壁に体を打ち付け、そのまま床に倒れ込んだ。
ブラッドは「……くそ」と舌を打つ。悔しげな表情を見て国王は笑った。
「わたしは無力だと思ったか? ……残念だったな。……わたしには闇の力が備わっておるのだ。今やこの体はわたしの思うがまま」
そう言って腕を広げ、ジョージ達に駆け寄って座り込み、彼らの名前を呼びながら体にすがりつくクレアにニヤついた。
「……クラウディア、悲しいか? ……辛いか?」
ブラッドは目を見開いてクレアを振り返った。
「クラウディ……!!」
息を詰まらせて顔を歪める。
いつの間に来たのか、国王はブラッドの首を絞め、そのまま彼を片手で持ち上げた。足が床から離れ、ブラッドは苦しさに顔を真っ赤にして国王の腕を掴む。その光景を目の当たりに、クレアは愕然とした表情で何も言えず唇を震わせた。
国王はブラッドの首を絞めたまま、遠く、クレアに笑いかけた。
「……お前を護る者はおらん。お前はとうとう一人だ。これが現実だぞ、クラウディア?」
ブラッドは「クッ……」と顔を歪めた。
……駄目だ!! このままじゃ……冥界の門が!!
クレアは呼吸を速くした。心臓が激しく鼓動して、手に汗を掻いてくる。
国王は笑ったまま大きく目を開いて顔を突き出し、クレアに脅しかかる。
「お前はわたしには敵わんのだ、クラウディア。どんなにあがこうともな。……皆、アンデッド共のエサだ。お前も骨の髄まで吸い尽くされる。苦しみながら息絶え、ここに来たことを後悔するのだ。お前は一人で死の淵に堕ちる。……暗い暗い闇の中に……、……ほら、……覚えているか? ……水の中から死に神共がお前を狙って手を伸ばしてくる。お前は逃げることは出来ん。……永遠にな」
不気味な笑みを浮かべながら言われ、クレアはペタンと座り込んだままボー然とした表情で息を止めた。……時、
「……、ああ、……くそ……」
そう声が聞こえてクレアはハッと振り返った。
ピートはグッと腕に力を入れて体を起こす。
「ヴィヴィールにかばってもらってコレか……。……なんてヤワなんだかな、俺は……」
悔しげに、それでも怒りに満ちた声。
「……まったくです……」
スコットも同じくゆっくりと体を起こし、床に咲き乱れるヴィアイドを見回した。
「あなた達の加護を無駄にはしませんよ……」
クレアは涙をこぼして二人を見、そして視界の隅、静かに動き出したジョージを振り返った。
「……クレア様を護る者がいないと?」
ジョージは口元から流れる血を手の甲で拭い、目を細める国王を睨み付けた。
「……大口叩けるのは今だけだ。……俺達がなぜ護衛に選ばれたか、……その意味を身を以て味わうといい」
ゆっくりと立ち上がった三人は剣を構えた。
国王はブラッドの首を絞めたまま不敵に笑う。
「たかが人間如きに何が出来る!!」
「……ヘッ」
と、ピートは笑った。
「人間様をナメるなよ」
そう言うと同時に三人一斉に走り出した。一人でもクレアの傍に残ると思っていたのか、国王は目を見開くとすぐにブラッドを遠くに投げ飛ばし、三人に向かって手を向けた。空気が揺れ、それを見た三人は直前に方々へ避けて中央の国王に迫る。
国王は舌を打つとハーベイを振り返った。ハーベイは身動ぎ、「……ヒッ!!」と声を上げた。
「お、おやめに……!!」
悲痛な声を上げるが、もう遅い。体が勝手に動いたと感じた瞬間には何かが体中を走った。ハーベイは三人の剣の餌食になり、そのまま苦痛に顔を歪めて倒れてしまった。その無残な姿に、クレアは「っ……!」と顔を背けた。
三人は剣を下ろして体を伸ばすと、ハーベイと瞬間的に交代移動し、遠退いた国王を睨み付けた。
ピートはビッ……と、剣の切っ先を国王に向けた。
「次はお前の番だ。逃がさねぇ」
国王はフッ……と不敵に笑う。
クレアは背けていた顔を上げると唖然と三人を見つめていたが、駆け寄ってきたブラッドに手を貸してもらい立ち上がると、首が赤くなっている彼を見上げた。
「……大丈夫?」
「ああ。それより……隙を狙うぞ」
「……うん」
「信じろよ」
「……」
「……みんながお前を大事に思ってる」
「……わかってるよ」
クレアは頷いて、国王を睨む三人の背中を見つめた。
「ボクは……一人じゃない」
「……!」
カーシュは動けない体のまま、目の前の光景を見つめていた。
兵士もアンデッドも、とにかく誰一人として動けない。意識はあるのに、動きたいと思って体に力を入れても動けない。……だが……。
手を掲げたままのセスの足下に、どんどんヴィアイドの花が咲いていく。光の中からポト……ポト……と黒い粒が落ちていく。
……嫌な予感がした。それはカーシュだけじゃなく、ティモも同様。
――セスを止めたかった。
「行くぞ!!」
ピートの声でジョージとスコットも同時に国王に斬りかかる。
走り迫ってくる三人を見て国王は舌を打ち、彼らに向かって手を向けた。だが、どのようにして吹き飛ばされるかわかった彼らにはもう通用しない。空気が揺れたのを見ると素早く避け、それでも尚手を向ける国王に斬りかかるべく剣を振り上げた。
国王はまずはスコットの剣を飛び避け、そのすぐ後に振り上げてきたピートの剣を反らし避け、ジョージの二本の剣に遠く飛び退いた。
その後も三人の攻撃は止まらない。追い詰めるように国王に迫る。
ブラッドはクレアを連れて壁際を歩き、国王に近付いた。
「……大丈夫だな?」
「うん……」
「……迷うな。この世界が食われるぞ」
「……、大丈夫だよ、……わかってる」
ブラッドはクレアの手を握った。その感触に、クレアは、ジョージ達を見ているブラッドを見上げた。
「また……湖で会おうな」
「……うん」
ブラッドは手を強く握りしめ、離すとジョージ達の元に走った。
壁際に残されたクレアは、防戦一方の国王を攻めるジョージ達を一人一人目で追った。
――ボクの護衛……。……いつも傍にいて……ボクを護ってくれた……。
ブラッドが加勢に入り、国王は更に追い詰められる。避けたつもりでも服が斬られ、かすり傷を負い、どんなに遠く飛び退いても彼らは尚素早く追ってくる。
「……目を覚ませ!!」
ブラッドは舌を打つ国王に剣を振りかざしながら、必死な思いで声をかけた。
「……目を覚ますんだ!! ……、父さん!!」
逃げる国王を追い、斬りかかろうとしながら言う。
「俺はここだ!! ここにいる!! ……闇を振り払ってくれ!! ……逃げないでくれ!!」
訴えるように言うブラッドに国王は手を向けた。空気が揺れたが、それを避けるには間に合わなかった。突き押せれたブラッドは床に叩き付けられ、その勢いで床を舐めるように流された。その跡にヴィアイドが咲き乱れる。
一瞬、ジョージはそちらを振り返って「チッ……!」と舌を打ち、それでも尚国王に斬りかかるべく剣を握り直したが、突然、息苦しさに襲われ、目を大きく見開くと同時に背中を丸めて血が吹き出る腹部を押さえ、ひざまづいて倒れてしまった。
「ジョージィ!!」
ジョージの傍ら、息を切らす国王が彼の腹部から引き抜いた手を下ろすと、クレアは目を見開き身を乗り出した。……ジョージの傍にヴィアイドは咲いていない。直撃を受けてしまった――。
ピートとスコットが倒れたジョージに一瞬、気を向けた、その隙を国王は見逃さなかった。二人に手の平を向けたと同時に、クレアが「ピート!! スコット!!」と大きく叫ぶ。
二人は気付いたのが遅く、避けきれずに遠く飛ばされてしまった。床に叩き付けられた二人の傍にはヴィアイドが数本咲いただけ……。
国王は息を切らしながら、俯せに倒れているジョージに近寄り、その背中を思い切り踏みつけた。
「やめろォ!!」
クレアが怒りで顔を紅潮させながら、拳を振り上げ走った。だが、そんな彼女にも国王は手の平を向ける。クレアは悲鳴を出す間もなく何かに突き押され、ドスンッ! と壁に叩き付けられた。
「クラウディア!!」
ブラッドが体を起こして大きく叫んだ。
床に倒れたクレアは「……ゲホッ……」と咳をして虚ろに目を開けた。
――ヴィアイドが周りにたくさん咲いている。……綺麗な花びらを広げて……。
それを見つめる目から涙がこぼれた。
「……ボクの傍は、いい、って……、言った、のに……」
震える声で言い、数回深く呼吸すると、踏ん張るように体に力を入れて起き上がった。その姿を見てブラッドは小さく息を吐き、国王を睨む。
国王は息を切らしながらも笑みを浮かべた。
「……形勢逆転か?」
愉快そうに言った、その直後。足下がぐらつき「!?」と体制を整えようとした国王の目に、鋭い目つきで剣を振り上げたジョージの姿が映った。
ザシュッ……!! と、胸元に剣が滑り、国王は顔を歪めて数歩、よろめき後退した。
フラ……とセスの体が揺れた。それと同時にカーシュとティモも、そして兵士達とアンデッドも動けるようになり、再びアンデッド達が兵士に襲いかかる、その中――
「セス!!」
カーシュが倒れたセスの体を抱き起こし、ティモは二人の盾になるように剣を構えた。
「セス!! ……セス!!」
大きく名前を呼んで体を揺すると、セスはゆっくりと目を開けてカーシュを見た。唇が震え、何かを喋る。カーシュはその口元に耳を寄せた。
「……ブラッドを、……頼みます。……あの子は……弱い……子、なんです……」
微かな声に目を見開いて彼女をすがり見つめた。
「駄目だ!! そんなの駄目だ!! ……キミ以外に誰がブラッドを護れるって言うんだ!!」
セスは小さく微笑み、ゆっくりと目を閉じる――。
カーシュは抱き支える彼女の体の服をギュッと握り締めて顔を歪めた。
「セス!! ……死ぬなぁ!!」
ジョージは深く息を吐いて剣を下ろした。カラン……と、その手から剣が落ち、よろける国王を見つめていたが、ゆっくりとクレアを振り返り、そして優しく微笑んだ。
クレアは「……ヤダ」と顔を歪めて目に一杯の涙を浮かべ、立ち上がると懸命に走り寄り腕を伸ばした。
「ジョージィ!!」
ジョージは目を閉じると、穏やかな表情のままドサッと床に倒れ、クレアはその傍に座り込んで彼の体を激しく揺すった。
「ジョージ!! ジョージ!! ……ジョージ!!」
ポロポロと涙がこぼれ落ち、それがジョージの服に染み込んでいく。
クレアは「うっ……」と息を詰まらせた。
「……やだよ!! やだ!! ……死なないでぇ!!」
大きく叫ぶが、その声にジョージはもう反応しない。ピートとスコットも動かないまま――。
クレアは何度も息を詰まらせると、顔を歪めたままピクリとも動かないジョージを見つめ、そっと頭を撫でた。
「……この……若造が……」
国王の怒り震える声――。その声を耳に留めながら、クレアは俯いたままゆっくりと立ち上がって、涙の乾かない冷静な目で傷を押さえる国王を睨み上げた。
国王は痛みで顔を歪めながらも笑った。
「……さぁ、残るはお前とブラッドのみ。……どうしてやろうか?」
「……、……ボクは……」
「……なんだ?」
「……ボクは……」
クレアはグッ! と拳を作って足を踏ん張り国王を睨み付けた。
「ボクは負けない!!」
国王は少し眉を動かした。
「……負けぬだと?」
「ボクは負けない!! ボクは……ボクはこの国を救うためにここに来たんだ!! だから負けない!!」
「お前の敗北は必至だ!! 小娘!!」
「ボクは騎士だ!!」
クレアは大きく言い切るとジョージの剣を掴み上げてそれを構えた。
――重いと思っていたのに、とても軽い。
クレアは柄を握りしめて国王を睨み付けた。
「……ボクは一人じゃない。だから……負けない!!」
吐き捨てると同時に斬りかかる。振り上げた剣の動きを見ながら国王はそれをギリギリで避け、そして手の平を向けたが、背後に何かの気配を感じると舌を打ってそこを飛び退いた。剣が床に突き刺さり、ブラッドはそれを引き抜いて息を切らす国王を振り返り睨んだ。
「……俺達は諦めないぞ」
クレアはそう言うブラッドに並んで剣を構える。
国王は「ふふ……、……ふふふ……」と胸の傷を押さえながら不敵に笑った。
「……クラウディア! わたしに平伏し、わたしのために冥界の扉を開けろ!!」
「そこに飛び込むのはお前の方だぜ!」
クレアは目を見開いて振り返った。ピートとスコットが辛そうな顔をしながらも立ち上がって剣を構えている。
「ピート! ……スコット!!」
二人は息を切らしながら倒れているジョージを見、そしてゆっくりと、目を細める国王を睨んだ。
「……敵討ちってガラじゃねぇが……、このままじゃ済まさねぇ……」
剣を構えるピートに続き、スコットも「……覚悟しろ……」と、剣を向ける。
クレアは俄然やる気を出して国王を睨み付けた。
ブラッドは深く息を吐くと、キッ……と目を見開いた。
「行くぞ!!」
彼の言葉と同時に、四人が一斉に国王に向かって襲いかかる。
国王は「チッ……」と舌を打った。胸に深手を負った状態では思うような力が発揮出来ないのだろう、彼らの攻撃を避けることで精一杯のようだ。
ピートとスコットの同時攻撃に続いてブラッドが剣を振り下ろし、それを避けるとクレアが勢いよく剣を突きつける。国王はただそれを避けるだけ。攻撃というものは何もしない。ただひたすら、傷をかばい、逃げ続ける。
ピートは「このヤロウ!!」と素早く遠退く国王を追った。
「チョロチョロ逃げやがって!!」
怒鳴るようにして言う。だがその時、――国王の顔色が変わった。焦りしかなかった彼の顔に、次第に余裕の笑みが浮かぶ。
「……逃げていただけだと思うか? ……やはり、吠えるだけよのぉ?」
そう言って手を軽く動かした。顔をしかめたピートは不意に何かの気配を感じて「……!!」と振り返ったが、次の瞬間、胸に痛みが走り、彼は顔を歪めてひざまづいた。
「ピート!!」
クレアが愕然と目を見開いて駆け寄ろうとしたが、「動くな!!」と言うブラッドの声に足を止めた。息を切らしながらゆっくりと視線を動かすと……目の前にとても細くて薄い、蜘蛛の糸のようなものが見える。
国王は「ふ……」と鼻で笑った。
「……罠に飛び込むか? ……痛いぞ? ……簡単に斬られてしまうぞ?」
含み笑いで告げる国王を、クレアはギリッと歯を噛み締めて睨み付けた。そんな彼女の睨みなど気に留めることなく、国王は尚も腕を広げた。
「さあ、クラウディア。冥界の扉を開けるのだ」
「……イヤだ」
「クラウディアよ、この状況がわからぬのか? お前らには為す術などない。お前らの負けだ」
悔しげに眉を寄せるクレアに、国王は笑いかけた。
「冥界の扉を開ければ……、そうだ、ジョージもお前と同じようにして生き返るぞ?」
「……」
「共に生活をしたいのだろう? わたしの言うことを聞けば、お前らは生かしてやろう。どうだ? 永遠にお前達は共に生きられる。それが望みだろう?」
ブラッドは小さく舌を打って、方々に張られている糸を睨んだ。……なんとかここから脱しないと……!
クレアは笑みを浮かべる国王を冷静な表情で睨み、ゆっくりと瞬きをした。
「ボクは……こんな世界でみんなと生きていたくはない……」
国王は少し眉を動かした。
「……なんだと?」
「……ボクは……こんな世界じゃ、みんなと生きられない。この世界はボクの好きな世界じゃない……。……ボクは、楽しい世界でみんなと会いたいんだ……」
国王は目を細めて不快さを露わにする。
「……まだ……負けちゃいねぇよ……」
震える声に、クレアもブラッドも、スコットも振り返る。
ピートは膝を震わせながら立ち上がると、うっすらと口元に笑みを浮かべて国王を見た。その体はすでに赤く染まっている――。
「残念だったな……、……クレア様は俺達が育てたんだぜ? ……お前みたいなヤツの言うことを聞くようにゃあ……育てちゃいねぇんだよ……」
国王は不愉快げに目を細めたが、また鼻で笑って見せた。
「フッ……。ピートよ、満身創痍だな。その体で何が出来る?」
「……、……ああ、……悪あがきってヤツなら……なんとかな」
そう言ってゆっくりと胸の前で剣を構え、スコットを見た。
「……行くぜ」
スコットは間を置き真顔で頷くと、同じように剣を構えた。その二人の行動にクレアは顔をしかめる。
「……ピート……? ……スコットっ?」
戸惑うような声に、二人は彼女の方を見ることなく、国王を直視したまま言った。
「……楽しかったですよ、クレア様」
「……いつまでも、わたし達はあなたを見守っています」
クレアは目を見開いた。そして「やめて!!」とそう大きく叫ぼうと身を乗り出したその時、二人は「ウオォォ!!」と腹の底から声を振り絞り叫んで国王に向かい突進した。彼らの体当たりで、糸がプツンプツンと切れていく。
クレアは「やめてぇ!!」と、涙をこぼして二人を追いかけた。
体中血を吹き出しながらピートとスコットは、目を見開き怯みながらも両手を向ける国王に迫り、そして……
「ブラッド……!!」
「……今だ!!」
言葉が終わるか終わらないか、それと同時に二人はそのまま背後に吹き飛ばされ、追いかけてきたクレアの横を通り過ぎた。
クレアは息を止め、走り寄っていた足のスピードを緩めて虚ろな目で目の前を見た。――国王の方を。……背後からブラッドが剣を喉元に回して構える、その気配に恐れる国王を。
ブラッドは息を切らしながら、国王の後ろから彼を睨んだ。
「……不思議だよな、人間って」
「……」
「ギーナレスみたいな力はないのにな……。なのに……、……信じられない力を持ってるんだ。……あんたも、それは知っているはずだ」
「……、……」
「……愛する者を失くした痛みは……永遠に消えない。……それは、みんな同じなんだ。……あんただけじゃないんだ。……あの時、……彼女以外にもたくさんの犠牲があった。……みんなが愛する者を失ったんだ」
「……」
「……呪いたい気持ちはわかる。……でも、……でも彼女はそれを望んでいない。……呪いなんて望んでいない。……彼女は俺を助けてくれた。……助けてくれたんだぞ」
訴えるように言葉を続けるブラッドに、国王は息を切らしながら冷や汗を流した。そして、震える腕を動かし、自分の喉元に剣を回しているブラッドの腕を掴んだ。
「……ブ、ブラッ、ド……。……お、お前は……間違って、いる、んだ……」
ブラッドは力強く腕を掴まれながら顔をしかめた。
「……お、俺、が……言い、たかっ、たのは……違う。……も、戻る、んだ……。……もっと……もっ……」
言葉が途切れると、国王はカッと目を見開いて体を震わせた。そして、何事かわからず戸惑うクレアの目の前、掴んでいたブラッドの腕を引っ張り、「なっ……!?」と、愕然と彼が抵抗するのを無視して強引に自らの首を切り裂いた――。
血飛沫が飛び、それを浴びながらクレアは呆然とした。
「父さん!!」
一気に力の抜けた国王をブラッドは背後から抱き留め、彼の体を横たえて首からあふれる血を止めようと剣を捨てるように置いて手を押し当てた。
何事かわからず困惑していると、国王は痙攣を起こしながらもうっすらと目を開け、虚ろな瞳で、愕然と覗き込むブラッドを見つめた。
「……ブ、……ブラッ、ド……」
息を詰まらせる国王に、ブラッドは焦りながらもなんとか笑みを取り繕い、顔を覗き込んだ。
「……戻ってきました。……父さん……」
国王は顔を歪め、息を絶え絶えにしながらも小さく笑みをこぼした。
「す、すまない、な……、……すま、ない……、……」
「……」
ブラッドは少し視線を落としかけ、それでも顔を上げる。
国王は息を震わせながら、目尻から涙をこぼした。
「か、……勝、てた……ぞ。……あ、悪夢、に。……か、……」
「……、はい。……そう……、そうです。父さんは、……闇の力に勝った。……勝ちました」
「……ゆ……、許し、て、くれ……、……ブラッ、ド……」
「……」
「……わたし、を……、……」
「……許しています。……あなたは、俺の父さんだから」
「……、……」
「……見守っていてください。この国を……みんなを。……昔のように……」
「……」
国王は安心したような笑みを浮かべて涙がこぼすと、そのまま脱力し、ピクリとも動かなくなってしまった――。
ブラッドは悲しげに目を閉じ、まだ血があふれる彼の首からそっと手を離すと、俯いて、グッと拳を握った。歯を食い縛り、爆発しそうな感情を耐えて深く息を吐くと、間を置いて目を開け、悲しげに見守り続けたクレアへと目を向けた。
「……、……クラウディア。……、……ありがとう……」
クレアは悲しみに顔を歪め、涙をこぼして目を閉じた――。
カーシュは涙を浮かべた目で顔を上げた。
――アンデッド達の様子がおかしい。好き放題暴れていたのに、突然、苦しむように呻き声を上げて床に倒れていく。
アンデッド達に食われてたまるかと、ヴィヴィールに護られ剣を奮っていたティモは訳がわからず辺りを見回した。
アンデッド達だけじゃない。兵士達も頭を抱え込んでうずくまっている。
苦しむ様を見続けていたカーシュは、ゆっくりと階段の方を見た。
……、……まさか……!!
セスの体をヴィアイドの上に寝かせると、「カーシュ!!」と手を伸ばすティモの声を背後に走り出した。
カーシュは、息を切らしながら距離のある王間まで懸命に走った。心の中で「……行くな!! ……行くな!!」と、何度も何度も呪文のように繰り返しながら――。
やっと王間のドアが見え、スピードを緩めることなく走り寄り、何が起こっているのかわからないドアの向こうのことなど考える余裕もなくそこを目一杯押して開け放った。
「……!」
息を切らしながら見回す目が、真っ先に捉えた。
……遠く、黒い渦にクレアが片足を突っ込んでいる。その周りに黒い影が飛び交い、奥に吸い込まれるように消えていく――。
「……クレア!!」
目を見開いて大きく呼び、急いで走り寄ると同時にブラッドとクレアが振り返った。
「行くな!! ……行くなァ!!」
語尾を震わせて大きく言う、その声が室内に響き渡る。
「行かないでくれ!! ……駄目だァ!!」
走りながら叫ぶ、その声が段々と涙声になり、カーシュは思わず息を詰まらせた。
クレアは目にうっすらと涙を浮かべ、穏やかに微笑んだだけ――。
「……クレア!! ……駄目だァ!! まだっ……まだ駄目だ、まだ!!」
走りながら手を伸ばすが、クレアは不意に笑顔を消して目に一杯の涙を浮かべ、何も言わずにくるりと背を向けて、渦に入り、そのまま奥に歩いていった。一度も振り返ることなく、小さな背中が闇に包まれていく。
そして……――
「……クレアァ!!」
触れることも出来ないまま渦は消え、カーシュは届かなかった手を縮め、そのまま躓くようにひざまづいて四つん這いになった。
――向かい合った大理石の床に、歪んだ自分の顔が映っている。
現実を直視することを恐れた脳裏が顔を上げることを止め、肩を、息を震わせた。
ポト……ポト……と、床に向けた顔から涙がこぼれ落ち、グッと拳を握りしめると同時に顔が紅潮して更に息が震えた。急激に、哀しみと、そして怒りが押し寄せてきて、もう気持ちを抑えることができなくなった。
「なんで……、なんでなんだ……。なんでなんだよ!!」
大きく叫びながら床を拳で殴った。目一杯、何度も、何度も。
「こんなのってあるかよォ!! こんな……!! ……さよならも言えてないだろォ!!」
ドンッ!! と力一杯床を殴った後、「うっ……」と息を詰まらせ、丸まるように体を縮めて床におでこを付けた。
――頭の中は空っぽだ。何も思い浮かばない。これからどうしたらいいのかもわからない。
ただ、止まらない涙に引っ張られて出てきた言葉は……
「……う、……っ……クレア……ごめ、ん……、……ごめん……。……、……ごめん……」
体を震わせながら何度も何度も繰り返す。そんなカーシュから目を逸らしたブラッドは、どこか遠くを見つめ、ゆっくりと目を閉じた……――。




