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第十一話 守護者

「キャアァ!!」

 ホリーの大きな叫び声でみんな目を覚まし、急いで彼女のいる場所を探して駆け寄った。

「どうした!!」

 外の炊事場――。

 やっと太陽が昇ってきた朝焼けの下で、ホリーはフルフル……と手を震わせて指差した。その先にはキョトンとしたクレアがいる。

「……なに? ……ボク、おかしい?」

 そう問いかける彼女を見て、それぞれ顔を見合わせた。

 ……クレアの頭が濡れている。

 ホリーはクレアに近寄り、腕を掴んで真顔を近付けた。

「どうしたの!? 頭でも打った!? 何かに取り憑かれた!?」

 真剣に問いかけるホリーの様子に、クレアは顔をしかめた。

「……ボクはボクだよ」

「おかしいじゃないの! ……頭が濡れてる!!」

「ああ、うん。水浴びしてきた」

 笑顔で報告され、ホリーはクレアの腕を放してフラ……とよろめき、一歩後退した。

 ピートは慌ててホリーを支え、クレアを窺う。

「……大丈夫なんですかっ?」

「うん。平気だよ」

 クレアはニッコリと笑った。

「水浴びって、気持ちいいね。こんなに気持ちいいものだったなんて知らなかった。ボク、水浴び、大好きになりそう」

「……それは……、まぁ……」

「お腹空いたーっ。ホリー、何か作ってーっ」

 額を抑えるホリーの服をグイグイ引っ張る。

 元気いっぱいの彼女を見て、ブラッドはみんなの背後で腕を組み、少し考えこんだ。






「隙ありぃ!!」

「いてっ!!」

 ティモは容赦なくスネを蹴られてうずくまる。

 いつもより早い朝食を食べ終わり、クレアは「運動!」と、ティモを相手に体を動かす。相手に選ばれてしまったティモはたまったもンじゃない。相手がピートやカーシュならともかく、小さなクレアにどう対抗していいのか……。もうずっと蹴られ、殴られっぱなしだ。

「……、自暴自棄?」

 ピートが顔をしかめて言うとブラッドは頷いた。

 井戸の傍の芝生の上、ブラッドはジョージとピートとスコットを呼びつけた。

「そうとしか思えないんだ」

「確かに、いつもよりだいぶ元気ですし……」

 スコットは、ティモをいじめるクレアを目で追う。

「やんちゃすぎるとは思いますが……」

「クラウディア自身は気付いていないと思う。普通にやってるつもりなんだろうけどさ、ああいう……無意識な心境の変化が怖いんだ」

 ブラッドは真剣な表情で三人を窺い続けた。

「あの子は冥界との強い繋がりがある。弱さを見せて、まず、扉を開くなら……間違いなく冥界の扉が開く。そうなったら国王どころの問題じゃなくなるんだ。冥界の奴らの恐ろしさは半端じゃないんだぞ」

 ピートは訝しげに顎を触った。

「つまり、クレア様が挫けてしまうと?」

 ブラッドは頷いた。

「今、その一歩手前だと思う。必死で自分自身を支えてる、そんなところだな……」

「けど、クレア様はよくああやって感情を誤魔化すこともあったし」

「今はそれどこじゃない。その時はそれでも三人の傍にいただろ? 絶対離れなかったのに、……今はどうだ? 昨日の夜から三人には近寄らない。風呂も一人で入って、稽古だって違うヤツのトコに行ってる」

 ブラッドは、尚ティモを蹴るクレアを指差し、真剣に三人を見た。

「クラウディアの気持ちが荒れてしまうことは俺も予想していた。けど、三人がいるからなんとかなるんじゃないかって思ってたんだ。いつも傍にいて護ってくれていたから。……けど、全然駄目だ。クラウディアは一人だし、お前らは避けるし」

「避けていませんよ」

 スコットが訝しげに反論した。

「わたし達はいつものように」

「だったら、いつものようにあの男言葉を注意しろ。いつものようにくだらないことで喧嘩しろ。いつものように昼寝しろ」

 睨まれた三人は口を噤む。

 何も言い返せない彼らに、ブラッドは深く息を吐いた。

「……大事なことなんだ。このままにしておく訳にはいかないんだからさ……」

 ジョージは少し視線を落とし、ゆっくりと目を上げた。

「……クレア様は、冥界に戻ってしまうんですか?」

 囁くような問い掛けにピートとスコットはジョージからブラッドに目を向けた。

「……、ああ、戻るよ」

 スコットは寂しげに目を細め、ピートは深く息を吐いて額を抑える。やりきれない空気を感じたが、ブラッドはそれでも真顔で首を振った。

「戻らなくちゃいけないんだ。元の状態に戻す必要がある。……俺はここに、クラウディアは冥界に。それが自然の摂理で、世界の常識だ。崩してしまうわけにはいかない」

「……クレア様は納得したのですね」

「表面上はな。元気よく返事してたけど……平気なヤツなんかいるはずない。だから三人の力が必要なんだ」

「クレア様を冥界に帰してしまうためにですか?」

 スコットは悲しげに眉を寄せた。

「わたし達の力はクレア様をお護りするためにあるんです。クレア様を遠ざけるためにあるんじゃありません。いなくなるとわかって、わたし達も平気でいられるわけはないじゃないですか」

 息を震わせ、悔しげに歯を食いしばって俯くと、ピートも頷き、言葉に続いた。

「薄々、クレア様はあなたと入れ替わりにどこかに行ってしまうんじゃないかと思っていた。……けど、今はお二人揃ってここにいる。俺達はなんとかこの状況を維持したい。そのための方法を見つけ出す」

 力強く言い切るピートに、ブラッドは呆れるようなため息を吐いて首を振った。

「……根本的に理解してないよ」

 そう言って腰を上げた。

「……どっちか一つだ。このままの世界で暮らすのか、世界を再び平和に戻すのか。……俺は、世界を平和にするために戻ってきた。……ただそれだけだ」

 吐き捨てるだけ吐いて歩いていく。その背中を見送って、ピートは「……はぁ」と、再び息を吐いて肩を落とし、額を押さえた。

「どうしたらいいんだ……。何かいい案はないのかよ……」

 戸惑いながらも悔しさを滲ませて首を振るピートの隣で、スコットも寂しげに俯く。

 ジョージは視線を落としていたが、間を置いて立ち上がるとブラッドの後を追い、「……ブラッド様」と声をかけて足を止めさせ、前に回り込んだ。

「なんだ?」

「……ピートが言うように、お二人がここの残る方法はないのでしょうか?」

「……、なぁ、ジョージ」

 ブラッドは軽く鼻から息を吐いて真顔で腕を組んだ。

「わかっているだろ。……クラウディアは死んでいる」

「……それを言うならあなたも」

「俺は死んでない。フェルナゼクスに飛ばされてしまっただけだ」

「……しかし、クレア様は今は生きています。……新たな命を受けて、ここにいます」

「命を受けたんじゃない。……元々は肉体を持たない死者だったんだぞ。この世界に引っ張られて、偽りの肉体を得ているだけで、人間じゃない。……魔物同然だ」

「……。ブラッド様、それはあまりにも酷い言い方ですよ」

「事実だろ」

 睨んでくるジョージに負けることなく、それ以上の眼力で睨み返す。

「お前達がクラウディアをかわいがってたことは知っている。手放したくないと思う気持ちだってわかる。それは俺だって同じだ。……出来るならここに残したいし、ずっと一緒にいたい。けど、叶わないんだ。……冥界の者は冥界の者。クラウディアは冥界の扉を開ける確率を多く持っている。そんなあの子は常にこの世界に恐怖をもたらす存在でもあるんだぞ。なんの弾みで扉が開くのかわからないのに、どういう状況であの子を傷付けてしまうかわからないのに。……お前らは、あの子恋しさにこの世界の全てを賭けてしまおうとしてるんだ。わかってるのか?」

「……クレア様が扉を開けることのないよう、わたしが常に傍にいます」

「簡単に言うなよ。人の心の奥底がどうして他人にわかるんだ。それが出来ていたなら、国王だって心を乗っ取られなかったはずだろ」

「……」

「……クラウディアは混乱してる。けど、あの子はあの子なりに答えを出した。覚悟を決めた。……、今度はお前達の番だ」

 最後まで険しい表情で睨み上げ、横を通り過ぎて歩いていく。

 ジョージは振り返ることも出来ず、その場で視線を落とした――。






 ――ただ、じっと流れる水面を見つめる。青空を映し、太陽の光にキラキラと輝いて綺麗だ。だが……それを教えたい人はどこにもいない。

『ボクはここには残らないよ。冥界ってトコに帰るんだ』

『……キミは、ボクの大切な親友だ。……これからもずっと。……いつまでも、ボクの親友だよ』

『……この国に平和を取り戻すために……ボクはここに来たんだ。……ボクが……救世主なんだよ』

 昨夜の言葉が耳の奥で甦り、ずっと繰り返される。

『残らないよ』

『キミは、ボクの大切な親友だ』

 カーシュは抱える膝を抱きしめて悲しげに眉を寄せ、奥歯を噛み締めた。

 昨夜から、一言もクレアと言葉を交わしていない。何を言ったらいいのかもわからない。もう、このまま自然にいなくなってしまってもいいとさえ思っている。

 ……けど、消えない。無邪気な笑顔も、意地っ張りな怒り顔も、泣き出しそうな寂しい顔も、いろんな事が頭から離れない。苦しくて苦しくて、このまま石になって固まってしまいたいと願う。

「ああ、ここにも扉を開けそうな奴が一人いるよ……」

 背後からため息混じりの呆れ声。

 どこかに行ってくれ、と瞬時に思ったが、そう言えず。だが、精一杯、反発のつもりで振り返らず、声も出さずに無視をした。

「そんなに拗ねるなよ、女々しいヤツだな」

 カーシュはムッと眉を吊り上げて振り返った。

「俺は別に拗ねてなんかっ……!」

 言いかけて止めた。――ブラッドは苦笑しているだけ。でも、なんとなくその笑顔が寂しそう。……その顔を見ると、文句も言えない。

 カーシュはふてくされるようにフイッと顔を背けて川の方へと目を戻した。

 ブラッドは少し笑うと、近寄ることなく、少し離れたところの木に背もたれた。

「こんないい天気なのに、ボーっと川を見つめて何が楽しい?」

 問いかけるが、カーシュは何も答えない。

 丸めている背中を見つめ、ブラッドは腕を組んで鼻からため息を吐いた。

「おーい、いつまでそうしてるつもりなんだ? いつまでもイジイジしてるとクラウディアに振られるぞ?」

 悪戯っぽく声をかけてみたがカーシュは無反応。

 ブラッドは「……やれやれ」と、軽く頭を振って肩の力を抜いた。

「ったく……。わかったわかった、そうやって逃げてろよ。何もかもから目を逸らして、怖いモノには蓋をして、臆病者街道を歩いてろ」

 さすがのカーシュもこれにはカチンと来た。スックと立ち上がると、俯いたままズカズカとブラッドに近寄る。

 ブラッドは「……なんだ?」と、涼しげな顔でカーシュを見ていたが、ボグッ!! と予告無しに思い切り頬を殴られ、もたれていた木に背中を擦って尻餅付いた。

 「ってぇー」と顔を歪めて口元を拭うブラッドを、カーシュは息を荒くして睨み下した。

「知ったような口を利くな。……お前に何がわっ」

 ガツッ!! と、思い切りスネを蹴られ、カーシュは「!?」とうずくまって足を押さえた。

 ブラッドは「へっ……」と憎たらしく笑う。

「誰に向かって手ぇ挙げてんだよ」

「……、お前だ!!」

 カーシュは足を押さえながら険しい形相で睨んだが、「はぁ?」と、ブラッドは耳を向けて聞こえていないフリをする。ムカッ!! と顔を赤くして「……この野郎!!」と飛びついた。拳を振り上げ殴ろうとしたが、ヒョイッと避けられ、ブラッドもカーシュを押さえ、逆にいつでも殴れるように右手を拳にする。

「このクソ王子!!」

「なんだと庶民!!」

「お前なんかフェルナゼクスに戻っちまえ!!」

「お前こそ国王に殺されろ!!」

「お前なんか必要じゃなかったんだ!!」

「お前こそ元々必要ないだろ!!」

「なんだと!?」

 殴り殴られ、地面を転がり砂煙が上がる。

「女に振られたからってヤケになりやがって!!」

「誰が振られたんだ!!」

「お前だよ!! 女々しい庶民!!」

「お前こそ兄妹じゃないか!!」

「フェルナゼクスじゃ兄妹でも恋愛できるんだぜ! 残念だったな!!」

「ここはフェルナゼクスじゃない! ……お前なんか死んじまえ!!」

「お前こそ死ね!!」

 お互いやけくそ気味に髪の毛を引っ張ったり引っ掻いたりボコボコ殴り合う。――が、突然それぞれの襟首が引っ張られ、「……うっ!?」と二人は息苦しさに顔を歪めた。そのままズルズルと引き離され、お互い遠くから睨み合う。

 ブラッドは、襟首を掴み挙げる見えない何者かを振り返った。

「離せっ、こいつは気絶するまで殴る!」

「どっちがだ!!」

 カーシュも襟首を掴み挙げられたまま、突っかかろうとして腕を振った。だが、どんなに暴れても近付くことが適わない。

「お前なんかに負けるか!!」

「身のほど知らずの庶民のくせに!!」

「世間知らずの王子のくせに!!」

 互いに熱が冷めそうもない。

「……何を遊んでいるんですか」

 ふわ……と、上空からゆっくりと二人の間にセスが降り立った。そして、ドロドロに汚れ、口元や目元から血が微かに滲む二人を交互に見て、眉を吊り上げるブラッドに目を向けた。

「……暴力ですか?」

「暴力じゃないっ。ただの……ケンカだ!」

「……初めて見ました。そんな怪我」

「そいつは殺すって決めたっ」

 顎でしゃくられ、「お前を殺す!!」とカーシュも怒鳴る。

 セスは無表情に深く息を吐いた。

「……元気がお有りになって結構です。しかし……時間の猶予はありませんよ。……ベルナーガスの軍下にアンデッドがいました」

 その言葉にブラッドの顔色が一瞬にして変わり、愕然とした表情で目を見開いた。

「……なん、だって……?」

「……数は極わずか。ですが、この大地の人間を根絶やしにするには充分な数かと」

 冷静に報告するセスを見て、ブラッドは真顔で「くそっ」と舌を打ち、焦りを露わにした。

「移動はっ? してないのかっ?」

「……今はまだ、ベルナーガスに留まっているようです。おそらく、国王なる者が操っているのでしょう。……つまり、彼を支配してるのは……」

「……、冥界の、者――」

 愕然と呟くブラッドに、セスはやはり表情なく頷いた。

 遠くから見ていても様子のおかしい二人に、カーシュは顔をしかめた。

「……おい、……アンデッドって?」

「……冥界の亡者」

 セスは振り返って静かに答えた。

「……微かですが、冥界の扉が開いたため、そこから這い出てきたのです。……元から命はないので、殺す手段はありません」

「じゃあ……、どうやって倒すんだ?」

「……聖職者に協力して頂き、ご加護を得るか」

「ご加護?」

「……せめて一秒でも長生きが出来るようにお祈りを」

「……」

「……もしくは、冥界の扉を開けて送り返すか」

 カーシュは少し眉を動かした。

 セスは、形相を険しくどこかを睨むブラッドに目を戻した。

「……そろそろ、……私も危ういかもしれません」

 ブラッドは眉を動かしてセスを見た。少し戸惑うような表情に、セスは軽く首を振る。

「……時間の問題とは言え、このままではいずれ……」

「……、なんとか、……なんとか出来ないのか? まだ……そんなに時間は経っていないはずだろ?」

「……イリア達が踏ん張っているようですが……、ただでさえギーナレスが失われつつある中、そう、長くは保ちそうにありません……」

 無表情なセスの言葉に、ブラッドは悲しげに俯いた。

「……じゃあ、……イリア達……、……」

 呟いた言葉を途中で切らす、そんな彼をセスはじっと見て、ゆっくりと息を吐いた。

「……そう簡単に諦めるようなイリアではありませんよ。……けれど、その時は……いいですね?」

「……、……」

「……ブラッド?」

「……」

 返事をすることなく、グッと奥歯を噛み締めて地面を睨むブラッドに、セスはそれ以上何も言わなかった。そんな二人をじっと窺っていたカーシュは、未だ襟首を捕まれたまま顔をしかめて身を乗り出した。

「……なんだよ? どうした? ……アンデッドって奴のことか?」

 ブラッドは間を置いて、顔を上げることなく深く息を吐いた。

「……実際あいつらが動き出したらどんなことになるか、目にしたら恐ろしいほどわかるだろうが……、手の討ちようがなくなるんだ。……そのあいつらを、クラウディアは呼び寄せてしまった」

「……」

「……クラウディアは、いつでも冥界の扉を開けることが出来る。……だから、この世界にいちゃいけないんだ」

「けど!」

 カーシュは悲痛に眉を寄せてグッと身を乗り出した。

「扉が開くのは心を弱くするからだろ!? だったら!」

「危険と隣り合わせで、常に傍にいることは出来るか?」

 真剣な表情で真っ直ぐ見られてカーシュは息を詰まらせた。

「クラウディアが挫けないよう常に窺って、常に護ることが出来るか?」

 尚問いかけるブラッドに、カーシュは間を置いて小さく言った。

「……出来る」

「甘ったれんなよ」

 呆れるようにあしらうと、カーシュはまた身を乗り出して睨んだ。

「甘ったれじゃないじゃないか! そんなのやってみないと!」

「試しでみんなの命を賭けるのか!!」

 ブラッドの大声にカーシュは目を見開き、息を飲んだ。

「どっちか一つなんだ! 世界をこのままにしておくのか、平和を取り戻すのか! ……クラウディア一人の為に多くの命を犠牲には出来ないんだぞ!」

 カーシュはグッと拳を握りしめ、ブラッドを鋭い目で睨んだ。

「……それが兄貴の言うことかよっ」

「俺は世界を救うために戻ってきた!」

「そのためにはクレアを犠牲にするのか!」

「そうだ!」

「ふざけんな!!」

 殴りかかろうとするが、襟首を掴まれていては動けない。

「お前の判断でクレアをなくせるか!」

「これは俺だけの判断じゃない! 世界の望みだ!」

「違う! 俺達は望んでいない!!」

「お前ら少人数の意見なんかに誰が耳を貸すんだよ!」

「お前はクレアが大事じゃないのかよ!?」

「……大事だから仕方がないんだろ!!」

 ブラッドは顔を紅潮させて怒鳴りつけた。――その瞬間に、一気に目に涙があふれる。

「今はみんなにかわいがられてる!! 大事にしてもらってる!! ……けどもし冥界の扉が開いてみろ!! ……傷付くのは俺達じゃない! ……あの子が一番に傷付くんだぞ!! お前らのことが大好きなあの子が苦痛を背負わないとでも思っているのかァ!!」

 涙をこぼしながら睨み怒鳴るブラッドに、カーシュは目を見開き、息を止めた。

「冥界の扉が開けばみんなが次々に命を奪われる!! そうなればみんながあの子を恨んでしまう!! ……その時お前達はどうする!! 何をしたらいいと思う!! ……お前らは扉を閉めるためにあの子を殺さなくちゃいけなくなるんだぞ!!」

 暴れもがく度に大粒の涙が頬を伝う。傍に立つセスはゆっくりと視線を落とした。

「可能性に賭けることは出来る!! けど……どちらか一つなんだ!! 冥界の住人のあの子をこの世界に残せば全ての扉はまだ繋がったまま!! いつ誰が開けてしまうかもわからなくなる!! ……この世界を、全ての世界を元に戻すには何もかもを元の形に収めるしかないんだァ!!」

 ブラッドは顔を紅潮させると、息を詰まらし、それでも懸命に言葉を続けた。

「クラウディアが嫌いな訳じゃない! ……大事なんだ! ……本当に大事な妹なんだっ……! でもっ……どうすることもできないんだ……。俺には……あの子一人だけを選ぶことは出来ないんだ……。……許されないんだ……」

 項垂れて肩を震わせる――。カーシュはブラッドから目を逸らし、俯いた。

 セスは間を置いてパチンッ、と指を鳴らした。すると、襟首を掴んでいた力がなくなり、二人は地面に座り込む。

「……全てには意味がある」

 セスは言いながら、背中を丸めて地面の土を握りしめるブラッドに近寄った。

「……何かを得ようなら何かが犠牲になる。……全てが積もり積もっていくわけではない。……時に捨て、時になくすことも必要。……そこから生まれるものもある」

 セスはゆっくり腰を下ろすと、ブラッドの頭にそ……と手を添えた。

「……強さの裏には必ず弱さがあり、弱さの裏には必ず強さがある。……選ぶ勇気は大きな力。……私は共に歩みましょう」

 ブラッドの頭を静かに抱き寄せて優しく撫でる。

 そんな二人を見て、カーシュはふと思った。……まるで、クレアとジョージを見ているようだ――。

 ブラッドは鼻をすすると、間を置いて「……悪い」と小さく謝った。セスはゆっくりと頭を左右に振る。

「……被害を最小限に抑えよう。……なんとかしないと……」

 セスから離れ、俯いたまま目元を拭い、深く息を吐く。そして間を置いて赤いままの顔を上げた。

「……ヴィヴィールを大勢呼ぶことは出来るか?」

「……どれだけ残っているかわかりませんが……やってみましょう」

「至急頼む。ベルナーガスに近い街から順番に置いてくれ。……少しの間ならなんとか護ってくれるだろ」

 言いながら立ち上がる彼の後に、セスもゆっくり立ち上がった。

「……すでに廃墟と化したところも数カ所ありましたが……、そこにも?」

「ああ、……生きている人が隠れているかもしれない。出来るだけ助けるんだ」

「……わかりました」

「俺も状況を確認する」

「……国王の様子が不気味です」

「だろうな。アンデッドを手に入れりゃそうなる」

 歩き出したブラッドを見て、カーシュは立ち上がり「……おいっ」と声をかけて近寄った。

「……俺も力になる。……出来ることがあるなら言ってくれ」

 真剣な表情のカーシュを見てブラッドは少し微笑み、「……行こう」と小屋の方へと戻る。――ズタボロなままの二人に、「襲撃ですか!?」と、みんなが慌てふためいてしまった。






「……つまり、アンデッドが通った道には……」

「死骸が残るだけだ」

 ロバートの言葉にブラッドが続いて答えると、それぞれが困惑げに顔を見合わせた。

 傷の手当てをしてもらい、木陰の下に座り、みんなを集めて話し合っている。

「……民はまだ何も気付いていません」

 ブラッドの斜め後ろに立つセスが静かに口を開くと、みんなが彼女を見上げた。

「……未だ偽りの平和の中で生活を営んでます。……しかし、壊滅も時間の問題でしょう」

「フェルナゼクスから加護の妖精達を呼んでみるつもりだけど、それも一時しのぎ程度のものだ。……一刻も早く手を打たないと」

 真剣な顔で考え込むブラッドに、ジョージはゆっくりと目を向けた。

「……国王の元に?」

 その問いかけにみんなの視線がブラッドに注がれる。

 ブラッドは「……ああ」と頷いてクレアを見た。

「……、やることはわかっているな?」

 クレアは真顔で大きく頷いた。

「アンデッドを連れて冥界に戻る。ボクに任せろ」

 そうはっきりと言った彼女にみんなが悲しげな目を向けた。ピートもスコットも、ゆっくりと視線を落としていく。

 誰も何も言えず、その場をやり過ごすつもりでいたが……

「……調子に乗るな」

 みんなの視線がカーシュに向いた。

 カーシュは小さく息を吐いて、キョトンとするクレアを冷めた目で見返した。

「任せろって? ……お前みたいなチビっこいのは、ブラッドの力がないとどうせ何も出来ないんだろ」

 馬鹿にしたような言い方に、クレアはムッと眉を吊り上げた。

「ボクは救世主なんだぞっ」

「へぇ、そう。ま、名ばかりにならないように精々がんばれよ」

 軽くあしらうと、クレアは頬を膨らませた。

「ボクより弱いくせに! 生意気だ!」

「そっちこそ生意気だっ」

 ジョージを間に互いに睨み合う。そんな二人のいつもの様子に、みんなは顔を見合わせ、肩の力を抜いた。

 ブラッドは少し口元に笑みを浮かべていたが、気を取り直してセスを振り返り見上げた。

「ヴィヴィールを呼んでくれ」

「……わかりました」

 セスは無表情で返事をすると、「……何をするんだ?」と目を向けるみんなから離れ、少し広い場所に立った。ゆっくりと深呼吸をして、ぐるりと回りながら左手で何かを描く。空で描かれた印にほのかな明かりが灯り、セスの立っている足下がじんわりと光を放ちだした。

 セスは足下を見下ろし、腕を大きく広げた。

「……聖なる地、キュラレラを支配するヴィヴィール。……私の声が聞こえるなら姿を現し答えよ……。我は求める……。……あなたの聖なる加護を」

 言葉が終わるとほぼ同時に、足下からたくさんの光の粒が出てきて、それらは小さな虫のように飛び回り、みんなを驚かせた。

 太陽の下だというのに眩い光を放っている、たくさんの粒。ブラッドはそれらを見上げながら、笑顔で声をかけた。

「ヴィヴィール」

 光の粒達はピタッと動きを止め、一斉に彼の元に集まった。まとわりつく光の粒に、ブラッドは苦笑して「や、やめろってっ、くすぐったいからっ」と笑い声を上げる。その様子を対面側から眺めてピートは顔をしかめた。

「その……“虫”は?」

 光の粒達はピタッと止まった。と、次の瞬間、ピートにまとわりつき、彼はブラッドとは違う声を上げ始めた。

「いたい痛いイタイ!!」

 ピートは追い払おうと慌てて腕を振り回す。ピートの左右にいたスコットとティモは、自分に害がないようにと身を引いて彼から離れた。

 ドタバタと暴れるピートを見て、ブラッドは少し苦笑した。

「ヴィヴィール、やめるんだよ。みんな味方なんだ」

 彼の言葉に光の粒達はピートいじめを素直にやめ、散り散りに解散。開放されたピートは服が乱れ、髪はボサボサ、額には微かな傷まである。

 ジョージは、飛び交う光の粒達を見回すブラッドに目を向けた。

「……どのような……方々ですか?」

 問い掛けると、光の粒達のいくつかがジョージの回りをくるくると飛び、中には頭の上に居着いたり、肩の上に乗ったり、頬ずりするように動いたり。だが、ジョージは無表情。

 ブラッドは少し笑った。

「気に入られたみたいだな。ヴィヴィールはいい男に目がないんだ」

「……自分で自分がいい男だって言ってるのか」

 カーシュは呆れるようにため息を吐くが、自身の元にもいくつかやって来たのを見てキョトンとし、恥ずかしそうに顔を赤くした。その様子に、ブラッドは少し笑って肩をすくめる。

「悪い気はしないだろ?」

「……」

「ヴィヴィールは聖なる地に住んでいる妖精。彼女達が一人でも付いていたら、かなりの力を借りることが出来る」

「こんなに小さいのにですか?」

 自分の周りを飛ぶヴィヴィールを目で追いながらスコットが訝しげな表情をすると、ブラッドは頷いた。

「見た目が問題じゃないし。大きくなることは可能だけど、なったらなったで大変なんだ」

「……つまり?」

 ロバートが問うと、ブラッドは戸惑い、それでも間を置いて言った。

「……ヴィヴィール、……オレイル」

 光の粒達がクルクルと回転しだした。そしてパッ! と一瞬光り輝いたかと思うと……

「ちょっと離れて!」

「やーん!!」

「私のものなんだから!!」

「邪魔よ!!」

 似たような少女達がたくさん現れ、ギュウギュウに押し合いながら喧嘩を始める。

 ブラッドは大勢の少女達に囲まれ、引っ張られ、抱き付かれながら「まっ、待て……!」と困惑げに、一人の少女にしがみつかれ「独り占め!」と言われて硬直しているロバートを見た。

「こ、こういう事になるっ!」

「もー!! 私のものだってば!!」

「離しなさいよ!!」

「いやん!!」

「ブラッドこっちー!!」

 騒々しさの中、男性陣達は彼女達に囲まれて嬉しそうやら恥ずかしそうやら。……クレア達女性陣は目を据わらせた。

 ジョージは抱き付かれ引っ張られながら、押し倒されて「や、やめろっ!」と悲痛な声を上げるブラッドを見た。

「……それで。……どうしたら元に戻るんでしょうか?」

「いやー!! 離れたくないー!!」

「ヴィ、ヴィヴィールエグラ!!」

 ブラッドの悲鳴に近い声と同時に少女達はパッ! と小さな光の粒に戻る。

 ブラッドは息を切らしながら、乱れた格好をそのままに体を起こした。その彼の周りで光の粒達がグルグルと飛び回っている。まるで文句でも言っているようだ。

「わ、悪い子達じゃないんだけど……、積極的すぎて手に負えない」

「……なるほど」

 と、まんざらでもなさそうな感じのピートは大きく頷いた。

 ホリーは呆れるように大きく息を吐いて腕を組んだ。

「……で。この小娘達が何?」

 その言葉にヴィヴィール達は止まり、ホリーの目の前に何か文字らしき言葉を浮かべるように並んだ。

 ホリーは顔をしかめてブラッドを窺った。

「何これ?」

「……フェルナゼクスの文字だけど……気にすることないよ」

「……。なんて言ってるんです?」

 ブラッドは口を噤んで微妙に笑い、話しを逸らそうとしたが、セスが無表情に答えた。

「……年増の性悪女」

「殺虫剤はどこ!!」

 怒鳴りながら辺りを見回すホリーを「まぁまぁ……」とティモが落ち着かせる。

 ブラッドは苦笑して、再び飛び回るヴィヴィールを見、言葉を続けた。

「聖なる地に住む彼女達には特別な力が備わっているんだ。……絶対的な加護の力。彼女達は、闇の生き物や、悪いと判断した者に対して徹底して対抗する。攻撃をする訳じゃなく……その周囲のもの全てを護りの対象として力を発揮するんだ。つまり、俺が何者かに攻撃を受けそうな時、彼女達が俺の身代わりになる」

 エレインは少し悲しげに眉を寄せた。

「……身代わりなんて……」

「それが彼女達の役目なんだ」

 ブラッドはそう言うと立ち上がり、目の前を飛ぶヴィヴィールを一人、そっと捕まえた。そして、「……ゴメンな」、そう謝ると力一杯ギュッと握り潰してしまった。エレインと女中達が「キャッ……」と小さな悲鳴を上げ、みんなも彼の行動に目を見開く。

 ホリーは「ちょっと!」と眉を吊り上げて睨んだ。

「なんて酷いことをするの! いくらうっとうしいからって!」

 ブラッドは、非難するようなみんなの様子を無視し、握った手をゆっくりと広げ、そ……と地面に黒い塊を落とした。黒い塊は地面に落ちると次第に芽を出し、葉を広げ、真っ白い花びらを開かせた。

 著しい成長に、みんなはそれを無言で見つめた。……とても綺麗な花だ。

「……ヴィアイド」

 ブラッドは花を見下ろして言う。

「ヴィヴィールは、死んだらこのヴィアイドになって生まれ変わる。……永遠に枯れることのない花だ」

 みんなは彼を見上げた。

「……フェルナゼクスでは、ヴィアイドが多く咲き乱れた場所で平和を願う。……ヴィヴィールが何かを護るために傷付き倒れた場所だから。ヴィアイドが咲く場所は戦いや何か不幸があった場所なんだとみんな認識して、決して忘れることはなくなる。……逆に、ヴィアイドが全くないような所は安心して住める場所なんだと、みんなが集う」

 ブラッドは飛び回るヴィヴィール達を見回して、手のひらを上げた。

「無闇にヴィヴィールを殺した。それでも彼女達は俺に対して決して怒りを露わにすることはない。……なぜなら、俺が弱いと知っているから」

 どこか悲しげな声にみんなはじっと彼を見つめる。

「……俺のために命を捧げられるなら、来てくれ」

 ヴィヴィール達は一斉にブラッドの手のひらに集まり、大きな光の玉となった。……彼女達の忠実な意志に、みんなは少し戸惑いさえ感じた。だが、ブラッドは小さく微笑み、「ありがとう、もういいよ」と彼女達を空に飛ばした。

「……ヴィヴィール達は自分の役割を把握している。彼女達にしか出来ないことがあることをわかっている。……だから、何が起こっても犠牲だなんて思わない。……弱い者を護ること、それが彼女達の役目なんだ。……その先に幸せがあると、強く信じているから」

 ブラッドは深く息を吐いてみんなを見回した。

「ヴィヴィールの力を借りてベルナーガスに行く。近隣の街もヴィヴィールに護ってもらう。アンデッドに対抗するにはこの子達の力が不可欠だ」

 ピートはため息を吐いて少し笑い、立ち上がった。

「んじゃあ……、準備でもするか」

「……そうですね」

 スコットも立ち上がると、みんなも次々に立ち上がり、そんな彼らにヴィヴィール達がまとわりついた。

 クレアは飛び回るヴィヴィールを見回していたが、その目をブラッドに向けた。

「この子達が一緒にくっつくって事?」

「ああ、そうだよ」

「……。ボク、いらない」

 苦笑して断るクレアをみんなが振り返る中、ブラッドは「……なぜ?」と顔をしかめた。

「ヴィヴィールに護ってもらった方がいい。遠慮はするな。この子達はキミを護るのが役目なんだから。突き放すと悲しがる」

 クレアの傍を飛んでいたヴィヴィール達が次第に地面に向かう。落ち込んでいるかのような姿にクレアは笑った。

「突き放してるんじゃないよ。ボクの傍にいるより、みんなの傍に一人でも多く付いて欲しいんだ」

 笑顔で答えるクレアを見てブラッドはため息を吐いた。だが、

「……ま、ヴィヴィール如きにクレア様を護れるとは思えないし」

 ピートがため息混じりに苦笑して肩をすくめると、ヴィヴィール達は「なんですって!?」と言わんばかりに彼の髪の毛を引っ張りだした。「痛い痛い!!」と、大声を上げて背中を丸めるピートをクレアはキョトンと見ていたが、

「ヴィヴィールがいなくても、わたし達で充分。クレア様をお護りするのがわたし達の役目ですからね」

 近寄ってきたスコットが笑顔で頭を撫でると、

「……傍にいますよ、ずっと」

 と、ジョージも笑みを浮かべて続いた。

「……クレア様はわたし達が護ります。……今までと同じように」

 クレアは微笑むジョージを見て逃げるピートを目で追い、頭を撫でるスコットを見上げた。

 ――なんとなく鼻の奥が熱くなるが、ニッコリと笑って頷いた。

「うん! ボク、ジョージ達に傍にいてもらう! その方がいい!」

 元気よく返事をすると、ジョージとスコットの手を握る。その姿を見てエレインは微笑んだ。

 ブラッドも少し笑みを浮かべ、息を吐いて気を取り直し、セスを振り返った。

「ヴィヴィールを街に配置しよう。遠映はできるか?」

 頷いたセスが腕を上げて数カ所に円を描くと、そこにボンヤリと靄が浮かび、みんなが見つめる前でそれぞれ映像が浮かび出した。

「すごい!」

 個々に違う映像を見せる霞に、クレアは驚きを隠せず、目を見開いてセスを見上げた。

「なんでも出来るんだね! 呪い士さん!?」

「……出来て普通ですが?」

「すごいなーっ!!」

 感心しながらボンヤリとした映像を見つめる。

 賑やかな街の様子が映し出されていれば、別の所では人っ子一人いない。……街によって随分と雰囲気が違うようだ。

「……極秘裏に壊滅させられたところもあるようです」

 セスが静かに告げると、映像を見ていたみんなは少し愕然とした表情で彼女を振り返った。

「……街人達はベルナーガスに派遣され、職に就いたのだと、別の街でそう話しを聞きましたが……」

「……なんて酷いことっ……」

 エレインは顔を歪めて胸元の服を握った。

「どうして、なんの罪もない人達を……」

「……アンデッドのエサが必要ですから」

「……」

 悲しげに視線を落とすエレインを見て女中達が心配げに彼女の肩を抱く。

 ロバートはふと、目を止めた。訝しげながらも、どこか悲しげに見開かれた目に気付いたティモはその視線を追って、大きく目を見開いた。

「……、そんなっ……」

 ティモの困惑げな声に、みんなが彼らの見ている映像へと目を向けた。

 映し出されているのはウェルターだ。……誰もいない、廃墟と化した街がそこにある――。

 クレアは目を見開いてセスを見上げた。

「ここは!? みんなは!?」

「……私が行った時にはすでに街人はいませんでした。……誰一人として」

「嘘! だってここにはたくさん!!」

「……人間も家畜も、生き物はまったく存在しておりませんでした」

 クレアはボー然としていたが、焦るように振り返るとジョージを見上げて彼の服を引っ張った。

「行こう!! ウェルター!! 行かなくちゃ!!」

「……」

「ナナが!! ……ナナが待ってる!! ボク、行かなくちゃ!!」

 戸惑いと悲しみを交えて服を引っ張るクレアに、ジョージは腰を下ろして彼女を真っ直ぐ見つめた。

「……人が住んでいる様子はありません。……罠かも知れないのですよ」

「……、ナナが」

「……クレア様」

 ジョージは、今にも泣き出しそうに俯くクレアの腕を軽く掴み、顔を覗き込んだ。

「……信じましょう」

「……」

「……ナナもみんなも、きっとどこかで生きていると。……みんな逃げて、どこかに隠れていると。……そうだろう、カーシュ?」

 カーシュは、こちらに目を向けるジョージを見て、間を置き頷いた。

「……、はい。みんなきっと、……きっとどこかに逃げている。……ナナも絶対。絶対生きてる。……ベルナーガスに連れ去られたのかも知れないし……。きっとどこかで待ってる。俺達のことを待ってる」

 ロバートは強く言うカーシュを見て「……そうだな」と頷いた。

「……皆は強い。そう簡単に屈するはずはない。……わたしもそう信じよう」

 そう言うロバートの傍、ティモはやりきれない表情で、それでもなんとか笑みを作った。

「……俺も信じる。……みんなを助けないとな」

 三人の様子を見回してクレアは視線を落とし、そっとジョージを窺うと、彼は優しい笑みで頷いた。

「……助けましょう、みんなを」

 クレアは俯き掛けた顔を上げて、「……うん」と、なんとか強く気を保って返事をする。

 それぞれを窺っていたブラッドは、セスに目を向けた。

「……人のいない廃墟もヴィヴィールに護ってもらおう」

「……わかりました」

「街の大きさに対してヴィヴィールを。あと、ここにいるみんなにも振り分けてくれ」

 セスは「……ヴィヴィール」と彼女達を呼び、「……この街に」と指示を出していく。その姿から、ブラッドはみんなを振り返った。

「……ベルナーガスには誰が行く?」

 ジョージは腰を伸ばすと、自らを指した。

「……クレア様と、わたし達三人が」

「俺も行きます」

 と、ティモも一歩前に出て申し出た。

「兵士の気を逸らすことくらいならなんとか出来るだろうから」

 ブラッドは「……わかった」と頷いた。

「……俺も」と、カーシュも前に出るが、クレアは彼を見てフルフルと頭を振った。

「やめておいた方がいいぞ、カーシュ。すぐ殺されちゃいそうだから」

「お前と一緒にするなっ」

「ボクにはジョージ達がいるモン」

 ツンと顎を上げられ、「俺にはっ……、……」と言葉を詰まらせるとヴィヴィール達が集まってくる。カーシュは彼女達を見回して小さく微笑んだ。

「……そっか、……俺にはキミ達がいるんだな」

「女の子に護られるなんて、情けないヤツだ」

「……。なんだと?」

「やるのか?」

 ギリギリと睨み合う、そんな二人の傍、エレインは不安げにブラッドを窺った。

「……私に出来ることは? ……何かないかしら?」

 ブラッドは苦笑気味に頭を振った。

「ここに残っていて」

「でも」

「ベルナーガスに来てもらっても、足手まといになって邪魔なだけなんだ」

「……」

 エレインは悲しげに視線を落とす。そんな彼女に声をかけることなく、ブラッドはホリーとロバートを振り返った。

「……ここを頼む」

 真っ直ぐな目に、二人は間を置いて強く頷く。

 ブラッドは「……よし」と、みんなを見回し、遠くを見つめた。

「……準備が出来次第向かう。……ベルナーガスへ」






「……あの子達をお願いします」

 エレインは戸惑いを露わに、剣を磨き終え、帯刀するジョージとピートとスコットに近寄った。

「……あの子達を……」

「任せてください」

 すがるような、悲しい表情で訴えるエレインにピートは微笑んだ。

「あまり心配しすぎると、体に毒ですよ」

「そう、余裕でいてくださらないと」

 スコットも同意するように続く。

「エレイン様が元気よく応援してくだされば、わたし達はそれを励みにがんばります」

 エレインは悲しげな笑みを浮かべ、剣の位置を整えるジョージを見上げた。

「気を付けて。……必ず戻ってきてください」

「……あなたも気を付けるように。……ここには何も起こらないとは思いますが……」

「……何が起こっても、私は決して屈しません」

 エレインは首を振ると、強い眼差しで彼らを見た。

「もう逃げません。あなた達を信じて付いていきます。……だから、必ず戻ってきてください。……ここに」

 告げ終わると、三人を交互に抱きしめる。

 クレアは服装を整え「……よしっ」と満足げに頷くと、傍で窺っているだけのホリーを見上げた。

「ボク、ホリーと一緒にお風呂に入りたかったなー」

「本心じゃないことを言わないの」

 じっとりと見下ろされて、クレアは「へへっ」と悪戯っぽく笑った。

「ばれた?」

「バレバレよ」

 ホリーは舌を出すクレアを見てため息を吐き、微笑んだ。

「……がんばりなさいよ、……王子サマ」

「ボクは王子じゃないよ」

「ううん、……私には王子サマよ」

 ホリーはそう首を振ると腰を下ろしてクレアの頭を抱えるように抱きしめた。

「……がんばれ。……ここで応援してるから」

「……。……ホリー、……たくさんありがとう」

 ホリーは目を閉じ、深く息を吐いて笑顔でクレアを離した。

「平和を取り戻せなかったら恨むわよ?」

「ボクに任せろ!」

 ドンッと自分の胸を叩き、「……あ」と背伸びをしてホリーの耳に口を近付ける。

「……ピートにがんばってって、言わないの?」

 ホリーは少し顔を赤くすると目を据わらせた。

 クレアは「ヒヒヒッ」と愉快げに笑ってホリーから離れ、帯刀するカーシュに近寄った。

「よぉっ、弱虫っ」

 いきなりの悪口にカーシュはゆっくりと彼女を振り返って目を据わらせた。

「……お前な。いつまでもそんなこと言ってると」

「悔しかったらボクより強くなってみろ」

 ふふん、と試すように方眉を上げて笑い、別の所に行こうとしたが、腕を掴み取られて「?」と振り返った。

 カーシュは小首を傾げるクレアをしばらく見て、腕を離し、笑みをこぼした。

「……、がんばろうな」

 クレアは「うん!」と笑顔で大きく頷き、タタタッとジョージ達の元に走っていく。その背中を見送るカーシュの傍に、ロバートは歩み寄った。

「……お前は強くなったな」

 カーシュはロバートに目を向けることなく、三人に笑顔で話しかけるクレアを見つめたまま苦笑した。

「……全然そんなことないよ。……必死なだけだから」

「それができる、強い証拠だ」

「……」

「……クレアちゃんもお前の強さをわかっている。あの子のために何が出来るかはわからないが……、その時まであの子を護ってやれ」

「……わかってるよ」

 小さく頷き、楽しげに話すクレアを見つめた。

 ……、わかってる。……最後の最後まで、俺は絶対……傍にいる――。

「ねぇねぇ」

 クレアはエレインとジョージを交互に見た。

「ボク、やっぱりお母さんとジョージの子どもだと思うんだけど、ホントに違うの?」

 ピートは「……何を言い出すんですか……」と呆れ気味に額を抑え、エレインは苦笑した。

「……残念ね、クレア」

「でも、ホントはそう?」

「……。違うわよ?」

「けど、実はそう?」

 しつこく訊くクレアにジョージは少し笑った。

「……どうしてですか? ……わたしの子になりたいですか?」

「なりたい!!」

 見上げながら元気よく腕を振った。

「だってね! お母さんみたく綺麗になって、ジョージみたいに強くて賢くなりたいから!」

 スコットは軽く笑った。

「クレア様が賢くなるのは無理ですね」

 ゲシッ! と足を蹴られてうずくまる。

 ジョージは苦笑して、「あっかんべ!」と唸るスコットに舌を出すクレアの頭を撫でた。

「……クレア様は充分綺麗ですし、強くて賢いですよ」

「……、ほんと?」

 上目遣いで訊くと、ジョージは優しく頷いた。クレアは嬉しそうに「へへへっ」と笑う。

 ブラッドはセスと話しをしていたが、頷き「……頼むな」と小さく言うと、クレア達の元に近寄った。

「……そろそろ行こうか。準備はいいか?」

 声をかけてきた彼に、みんな、真顔に戻って頷いた。

 エレインは笑みをこぼすブラッドの傍に寄り、心配そうに窺った。

「……ブラッド、……気を付けて」

 小さな声に、ブラッドはただ頷いただけ。そのまま何も言わずにセスの元に歩いていく。

 ピートは「……よっしゃ!」と、腕を振り回して気合いを入れた。

「行くか!」

「久し振りに競争します? 何人倒せるか」

 スコットが挑戦的な笑みを浮かべると、「やってやるぜ!」と、ピートは更に意気込む。

 エレインは、セスと話しをしているブラッドを見つめ、クレアへと目を向けた。

「……クレア」

 クレアは、腰を下ろして抱きしめてきたエレインを抱き返し、笑みをこぼした。

「大丈夫だよ、お母さん。ボクにはジョージ達が付いてるからね。……心配ないよ」

「……必ず戻ってきて」

「……」

「必ず……。……もう一度抱きしめさせて。……お願い……」

「……」

 震える声を耳に留めながら、クレアは優しくエレインの背中を撫でた。

「……わかった。……戻ってくるよ、お母さん……。……待っててね」

「……、……気を付けて……」

「……うん」

 二人同時に体を離すと、エレインは涙を拭って、微笑みながらクレアの柔らかい頬を撫でた。

「……私のかわいい娘……、……あなたの無事を祈っているわ……」

「……うん!」

 クレアは元気よく頷くと、「じゃーね!」と手を振ってピート達の後を追った。

 エレインはその背中を見送りながら立ち上がり、傍に立つジョージを見上げた。

「……、お願いします」

「……わかりました」

「あなたも……、……必ず戻ってきて」

「……」

 ジョージは目に涙を浮かべるエレインを見つめ、そっと抱き寄せた。エレインも同じく彼の背中に腕を回す。

「……わたしは、遅すぎた出逢いを悔やみません」

「……」

「……遠くあなたを見守るだけでしたが、わたしはそれだけでも充分でした……。……あなたに出逢い、お傍で仕えることが出来た。……幸せでした……」

 ジョージの言葉にエレインは目を閉じた。その目尻から涙が伝い落ちる。

 それ以上何も言わず、何もすることなく二人は離れ、ジョージはクレアの後を追う。エレインは手で口を覆い、顔を歪めて大粒の涙をこぼした――。

 ブラッドは、集うみんなをゆっくりと窺い、クレアを見下ろした。

「……いいか?」

「……いいぞ」

「……、男言葉はやめろって」

「そのスカートもやめろ」

「……」

 ブラッドはため息を吐いてセスに目を向け、真顔で頷いた。

「……、ベルナーガス領地まで」

 その言葉に、セスは彼らに向かって手を向けた。すると、次の瞬間には残像すら残さず姿が消えてしまった。

 エレインが愕然と目を見開き慌てて駆け寄るが、もう、彼らが現れることはない――。

 セスは、泣き崩れるエレインと、そんな彼女を支える女中達を見て、悲しげに佇むロバートとホリーに目を向けた。

「……未来を託しました」

 静かな声に、ホリーは顔をしかめた。

「……なんですって?」

「……旅立った者達……、誰が最後まで生き残るか、私にも予測は出来ません。……しかし、それで終わりではない。……ベルナーガスの未来は、あなた方に託します」

「な、何言ってるのよ! そんなっ……恐ろしいことを!!」

 眉をつり上げ、怒りを露わに突っかかろうとしたが、セスはそのままフッと消え去ってしまった。

 ホリーは踏み出した足を止め、ボー然と辺りを見回した。――残されたのは自分達、そしてわずかなヴィヴィールだけ。

 ……託すですって……?

 ホリーは拳を握りしめて震わせ、遠くを睨み付けた。

「……ふざけるんじゃないわよ!! ……戻ってこなかったら承知しないからね!!」

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