確信
花音から結婚報告を受けた日の夜。俺は重い足取りで家へと帰りついた。
すべては順調で、思惑通りにうまくいっているはずなのに、胸の奥を締め付ける嫌な吐き気とざわめきが消えてくれない。玄関のドアを開けると、出迎えてくれたのは温かな部屋の明かりと、智哉の優しい笑顔だった。
「お帰り、海斗! ちょうどご飯できたよ」
食卓には俺の好物がずらりと並べられていた。落ち込んでいる俺の微妙な変化に気づいたのか、智哉は食後、「最近仕事頑張りすぎじゃない?」と言って、俺をベッドに促すと丁寧に肩や背中をほぐしてくれた。
智哉の温かい手、耳元で聞こえる愛おしい声。そのまま流れるように身体を重ねた。自分の中に渦巻く正体不明のモヤモヤを消し去りたい一心で、俺はいつも以上に激しく、求められるままに智哉を抱いた。智哉もまた、そんな俺の焦燥感ごと包み込むように優しく受け止めてくれた。
行為の後、まったりとした静けさの中で、智哉が俺の胸に顔を埋めながら嬉しそうに呟いた。
「ねえ、今度の休日、久しぶりに2人でお出かけしない?」
「……ああ、いいね。行こう」
こうして迎えた休日。俺たちは大人な雰囲気が漂うインテリアショップやセレクトショップを巡った。そこで智哉が見つけてくれたのは、シンプルで上質なペアのマグカップだった。
「これ、うちのテーブルに絶対合うよ! 朝のコーヒー、これで飲もう?」
無邪気に笑う智哉の顔を見ているうちに、俺の胸にまとわりついていた暗い影が、嘘のように薄れていくのを感じた。
買い物を終え、落ち着いたカフェでひと休みしながら、智哉が愛おしそうに新しいマグカップの箱を撫でる。
「ペアのものが増えると嬉しいな……今度はまた、二人でゆっくり旅行にも行きたいね」
「そうだな。どこでも智哉の行きたいところに連れていくよ」
指輪がはめられた智哉の手の上に、俺は自分の手を静かに重ねた。
(そうだ……俺には智哉がいる。この優しさと、この温もりこそが俺の全てなんだ)
花音の言葉に揺らいでいた自分が馬鹿らしく思えた。俺が愛しているのは、今目の前で幸せそうに微笑んでいる智哉なのだと、心の底から強く、深く確信していた。
智哉への愛を再確認した俺の心は、とても穏やかだった。あれほど胸を締め付けていたあの嫌な吐き気も、花音に対する得体の知れないモヤモヤも、綺麗な水で洗い流されたように薄れていっていた。
俺の隣にいるべきなのは智哉で、花音の隣にいるべきなのは優真なのだ。当たり前の事実が、ようやく正しい位置に収まったような気がしていた。
そんなある日の終業後、花音が申し訳なさそうな顔で俺のデスクへとやってきた。
「ねえ海斗……ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ん? 何?」
「実はね、結婚式で優真にサプライズを仕掛けたくて……何かアイディアないかなって。それで、女友達だけじゃちょっと難しそうな力仕事があるのと、やっぱり男性目線の意見も欲しくてさ。……海斗に準備を手伝ってもらえないかな?」
「ああ、別にいいよ」
断る理由はなかった。智哉への気持ちが揺るぎないものになったおかげか、彼女の口から出た「結婚式」という言葉を聞いても、以前のように胸が痛むことは驚くほどなかった。
自分の心が以前よりもずっと穏やかで、固く揺るぎないものになっているのをはっきりと実感していた。これなら、二人で残って作業をしたところで何も起きるはずがない。
こうして、連日のように仕事が終わった後のオフィスで、二人きりの結婚式サプライズの準備が始まった。
「はい、これ差し入れ! 今日もお疲れ様」
花音が近くのコンビニで買ってきた温かい缶コーヒーと、サンドイッチなどの軽食をデスクに広げる。
「サンキュ。……で、このウェルカムボードの土台の組み立てだけどさ」
「あ、うん! こっちの木枠を固定したいんだけど、結構重くてさ……」
かつては恐れていた「二人きりの残業」というシチュエーション。だが今の俺たちは、かつての惨劇の記憶や過去の情動に惑わされることもなく、純粋な友人として、そして結婚を控えた仲間として、穏やかな時間を共有していた。
香水の香りに惑わされることも、理性が揺らぐこともない。すべてが完璧にコントロールされ、正しく、安全な日常が続いていた。




