初めてのデート
駅前での待ち合わせだったので、俺は少し早めに家を出た。
九月も終わりに近づき、ようやく厳しい暑さが和らいできている。心地よい秋風が、前髪を優しくすり抜けていった。
日曜日ということもあり、通りには家族連れや仲睦まじいカップル、散歩を楽しむ老夫婦など、実にさまざまな人々が行き交っていた。通り過ぎる彼らの楽しそうな姿を眺めながら、俺はぼんやりと思う。
……俺ももうすぐ、あのカップルたちの仲間入りをするんだな。
どこか他人事のように、自分のこれからを客観的に眺めている自分がいた。
秋風の爽やかさとは裏腹に、俺の足取りだけが、どこか現実味のないフワフワとした感覚に包まれていた。
駅に着いたのは、約束の十五分前だった。
まだ宮崎さんの姿は見当たらない。俺はポケットからスマホを取り出し、昨日届いていたメッセージを確認しようとした。
その時、遠くの方から微かに俺を呼ぶ声が聞こえた。
「――海斗君!」
はっとして顔を上げると、少し離れた人混みの中に宮崎さんの姿を見つけた。
私服姿の彼女は、俺と目が合うとぱっと表情を輝かせ、大きく手を振りながら小走りで近づいてくる。
約束の時間よりずっと早い。宮崎さんも、俺と同じように待ちきれずに早めに来ていたのかもしれない。
手を振りながら駆けてくる彼女の姿を見つめながら、俺の初デートが、静かに走り出したのだ。
俺はそれに応えるように、軽く手を上げた。
俺の目の前まで駆け寄ってきた彼女は、「ふぅ」と息を整えている。
私服姿の宮崎さんは、学校の制服姿とはまったく雰囲気が違っていた。清楚な白いワンピースを着ているせいか、どこか全体的に柔らかくおしとやかな印象を受ける。
「海斗君、結構待った……?」
「ううん、俺も今来たところ。……宮……」
そこまで言って、俺は慌てて口を閉じた。
――そうだ。昨日メッセージで、「これからは名字じゃなくて、名前で呼んでほしいな」と言われていたんだった。
喉まで出かかった名字を必死に飲み込み、言い直す。
「……ほのかちゃんは、行きたいところある?」
急に名前で呼ばれた宮崎――ほのかちゃんは、一瞬「えっ」と目を見開いて驚いた顔をした。けれどすぐに察したようで、真っ赤になりながら恥ずかしそうに笑い、そっと目を逸らす。
「……映画、がいいかなって……思って」
上目遣いでそう答える彼女の反応が、どこからどう見ても可憐で可愛らしかった。
映画館には、これまで親としか来たことがなかった。チケットの買い方すらよく分かっていなかったので、念のため事前にネットで調べておいて本当に良かったと思う。
本当は心の中では落ち着かなかったけれど、ほのかちゃんの前だったから、あえて堂々とした態度でエスコートするよう心がけた。ほのかちゃんも親としか来たことがなかったらしく、俺が券売機でチケットを買う様子を、後ろからどこか心配そうに見つめているのがまた可愛らしかった。
ポップコーンを一つと、ドリンクを二つ買って、二人で指定された席へと向かう。
隣同士に座り、上映が始まるまで軽く談笑した。やがて館内が暗くなり、予告編が始まる。
予告の最中はチラチラと横に座るほのかちゃんを盗み見ていたけれど、本編が始まると、俺は隣に彼女がいることすら忘れて完全に画面に引き込まれてしまった。
内容は、よくある恋愛ものだった。
俺がほのかちゃんの存在を思い出したのは、物語の終盤、主人公の恋人が亡くなるシーンだった。横から微かに「ズズッ」と小さな鼻をすする音が聞こえて、ハッとさせられたのだ。
スクリーンを見つめたまま涙を流す彼女の姿に、俺は思わず、そっと頭を撫でた。ほのかちゃんは嫌がる風もなく、その手を素直に受け入れてくれた。
映画が終わって明かりがついても、ほのかちゃんの涙はまだ止まらないようだった。
他のお客さんが退場して周囲が静かになるまで、俺たちは座席に座って彼女が落ち着くのを待った。観客が残り数人になったところで、俺は優しく声をかける。
「……そろそろ、行こっか」
「……うん」
ほのかちゃんは小さく頷き、目元を拭いながら立ち上がった。
ふと手元を見ると、ポップコーンが半分くらい余ってしまっていた。今度来る時は、もう一つ小さなサイズにしようと心の中でメモする。
これからレストランに行く予定だったから、残ったポップコーンを捨てようとゴミ箱へ向かおうとした。
けれど、ほのかちゃんが「もったいないから」と言って、袋の口を小さく折りたたむと、自分のバッグに大切そうに仕舞い込んだ。
……きっと、お父さんやお母さんの育て方がいいんだろうな。
そんなことが、頭の片隅にふっと浮かんだ。




