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恋するタイムリープ〜悲劇から始まる歪んだ恋物語〜  作者: VANRI


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近づく時

 智哉からのメッセージが画面に踊った。

 仕事が終わったから迎えに来てほしい、と。


 俺はハザードを点けたまま、会社の前で智哉を待った。雨脚は先ほどより少し小降りになっていたが、路面には深い水たまりがあちこちにできている。


 暗がりから、カッターシャツ一枚の智哉が走ってくるのが見えた。ジャケットを花音に預けたままだったから、雨に打たれて白いシャツが肌にへばりついている。仕事の鞄を大事そうに胸に抱え、バシャバシャと水しぶきをあげながらこちらへ駆けてくる。


「ごめーん海斗!  ありがとう!」


 息を切らせながら、智哉が助手席に勢いよく身体を滑り込ませてきた。冷えた雨の匂いと濡れた肌の熱気が、車内の狭い空間に一気に立ち込める。


 俺があらかじめ用意しておいた乾いたタオルを手渡すと、智哉は「助かる!」と言って髪や首筋の濡れた身体を拭き始めた。


 その時だった。


「ハハッ……」


 智哉が不意に、乾いた短い声を上げた。何事かと俺が視線を向けると、智哉は拭いていた手を止め、タオルを握りしめ、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


「まだあの子の匂い、残ってるね」


 その言葉が、車内の空気を瞬時に凍りつかせた。

智哉の顔には、いつもの無邪気な笑みが浮かんでいる。けれど、その瞳の奥には光がなく、ぞっとするほど冷ややかな暗闇が広がっていた。


 俺の喉が、引き攣るように絞まる。

花音が智哉のジャケットを脱ぎ、シートに残していったあの温もりと匂い。

 智哉はすべて分かっていて、俺の手から花音へ伸びる目に見えない糸を、確実に、じわじわと締め上げている。


「……智哉」


 俺の声はかすれ、ウインカーの乾いた点滅音だけが、二人の間に残酷なリズムを刻み続けていた。


 智哉が濡れた身体を拭き終え、ポツリと呟いたあの言葉の直後——車内の重苦しい沈黙を破るように、智哉が再び口を開いた。


「あの子、いい子だよな……」


 智哉の発言。それは同僚や後輩を無邪気に褒めるような喜びではなく、どこか遠くを見つめ、すべてを悟って諦めたような静かな声に聞こえた。

 ぞくりと背筋に冷たいものが走るのを隠しながら、俺は努めて平然を装って言葉を返した。


「ああ、高柳が助けられたってあれか」


「そうそう。俺が書類忘れててさ、それを高柳が会議室まで持っていこうとした時に受付で止められて。警備員に連れていかれそうだった高柳を、あの子が助けて、会議室まで連れてってくれたんだ」


「そうだったな……」


 前回の人生の記憶を辿り、完璧に仕組んだあの日の出来事。

 花音の才能と気配りを他部署の上層部に見せつけるため、俺が水面下で糸を引いて起こした演出だ。智哉を助け、高柳を助け、そして花音自身を光の当たる場所へと引っ張り上げたはずの「完璧な筋書き」。


 だが、智哉の口から語られるその「あの子の善意」は、まるで俺と花音を結びつける動かぬ証拠として、静かに告発されているかのように胸に重くのしかかった。


 智哉は知っているのだ。あの窮地に花音が現れたことも、それが巡り巡って誰の意図によるものなのかも、そして俺がどれほど執拗な視線を彼女に向けているかも。


 俺は答えを濁すように、ただ黙ってアクセルを深く踏み込んだ。ワイパーがけたたましくフロントガラスの水滴を弾き飛ばす。目線は前に向けたまま、決して隣の智哉と目を合わせようとはしなかった。


 前を見つめる俺の視線の先には、冷たい雨に濡れた漆黒の夜道と、二度と引き返せない暗闇だけが広がっていた。




 数日後の終業後。皆が帰路についた後の静まり返った夜のロビー。

 冷たくなった缶コーヒーを手に、何もない左手の薬指を寂しげに押し当てている花音の姿が見えた。ひんやりとした金属の残像が胸を刺す。立ち上がろうとする彼女へ、俺の足は吸い寄せられるように動いていた。


「花音ちゃん?」


 声に驚いて見上げる彼女のすぐ隣へ、滑り込むようにソファに腰を下ろす。一気に肩が触れそうな距離まで近づく。


「こないだもだったけど……なんかあったんじゃないか?  言いたくないならいいけどさ」


 押し黙る彼女の痛々しさに耐えかね、あえて明るいトーンを作って言葉を重ねた。


「そう言えばさ、同級生の谷山、覚えてる?」


「ああ、野球部でいつもフザケてた子?」


「そうそう!  あいつがさ、今は会社設立して、IT企業の社長やってんだよ!」


「え!?  ほんと!?  あんな、野球が本業、勉強は趣味程度しかしない!  って言い切ってたのに!?」


「あはは!  そうなんだよ!  本当、人生どうなるかわかんねえよなぁ〜」




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