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恋するタイムリープ〜悲劇から始まる歪んだ恋物語〜  作者: VANRI


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海斗の策略

 俺は即座に高柳へ返信を打った。


『今すぐうちの1階の受付に行って、そこにいる女の子に事情を話して上に通してもらえ。あの子なら手際いいから絶対間に合う』


 さらに俺は、会議室の隅でノートPCを開いていた議事録担当の若い女の子――大学の後輩でもある派遣の女子社員へ歩み寄った。


「なあ、今日の会議、スタートがかなり押してるだろ?  就業時間を大きくオーバーするのは確実だと思うよ」


「えっ……本当ですか?  どうしよう、今日予定が……」


「事務部って今、残業管理が厳しくて無断残業見つかったら結構ヤバいらしいからさ。定時になったら気にせず帰った方がいいよ」


「で、でも……それじゃあ今日の議事録はどうしたら……」


 動揺してオロオロする後輩の肩を、俺は優しく笑って見せた。


「大丈夫。いざとなったら俺が代わりに打っておくから。うちの部署は残業に寛大だし、気にすんな」


「本当ですか……!?  ありがとうございます、助かります……!」


 ホッとした表情で胸を撫で下ろす後輩を見送り、俺は静かに席に戻った。


 すべては、俺の描いた筋書き通りだ。

 会議が始まっても、智哉はまだ手元の資料が足りないことに気づいていない。

 やがて定時のチャイムが鳴ると、アドバイス通り後輩の女子社員は申し訳なさそうに、だが速やかに退室していった。土壇場で議事録担当を失い、あからさまに動揺し始める総務部長。


 その時だった。

 重い会議室の扉が勢いよく開き、息を切らした高柳が、智哉の資料をしっかりと抱えた花音と飛び込んできた。


「失礼します!  受付の者ですが、資料をお届けに参りました!」


 凛とした声が室内に響き渡る。


 窮地を救われた総務部長が弾かれたように花音へ駆け寄り、そのまま縋るような思いで彼女に議事録の代行を頼み込んだ。


 花音は一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに真剣な表情で頷き、テキパキとPCを立ち上げて席についた。その無駄のない鮮やかな立ち回りに、室内の役員たちが感心したように頷いている。


 思わず、口元に小さな笑みがこぼれ落ちた。

 完璧だ。俺の仕掛けた仕掛け糸が、見事に花音を光の当たる場所へと引っ張り上げた。

 これであの惨劇の芽は摘み取られ、彼女は自分の力で希望する綺麗な未来へと歩き出すことができる。


 俺は、キーボードを叩く花音の横顔へ、隠すことも忘れて執拗なまでの視線を送り続けていた。


「良かったな、花音」


 胸の奥で、自分でも気づかないほど歪んだ全能感が、静かに疼いていた。


 当初の予定から実に2時間遅れで、ようやく会議の全日程が終了した。

 智哉と高柳の背中を少し離れた位置から追いかけるようにして、俺はロビーへと向かった。


 オフィスビルのロビーはすっかり夜の静けさに包まれ、街灯の明かりがガラス越しに薄暗く落ちている。

その空間で、肩を落とし、見るからに疲弊した様子で帰路につこうとしている花音の姿を見つけた。


 カツ、カツと、無機質な床に俺の靴音が響く。


 音に気づいた花音が、ぱっと顔を上げた。

視線がまっすぐに絡み合う。

 だが――まだだ。言葉を交わすのは今じゃない。

俺には、この目ですぐに確かめなければならないことがあった。


 薄暗いロビーの明かりの中、彼女の力なく下ろされた左手へと素早く視線を走らせる。その薬指の根元を、穴が開くほど見つめた。


 指輪は――ない。


 やはり、彼女はまだ誰の妻にもなっていない。


(結婚前に、会えていたらよかったのに……)


 タイムリープ前、あのホテルのベッドの上で、俺の胸に顔をうずめて泣き崩れていた花音の悲痛な声と温度が、まるで昨日のことのように鮮烈に脳裏に蘇る。

あの日、彼女が流した涙。奪い切ることができなかった悔恨。


 そのすべてが今、まっさらな現実となって俺の目の前に広がっていた。


「……海斗?  どうしたの?」


 前を歩いていた智哉がふと立ち止まり、振り返って俺を不思議そうに見つめた。


 ハッと我に返った俺は、心臓の鼓動を悟られないよう小さく息を吐き出し、すぐさま智哉と高柳の後を追って足早に歩き出した。


 首の後ろに冷たい汗が伝うのを感じながら。

 指輪のない彼女の指の残像が、焼きついたように瞼の裏から離れなかった。



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