瞳の奥に映るもの
愛想笑いを浮かべながら二人の後ろを追いかけていたが、ふと隣を歩く花音に目をやって、俺はハッと息を飲んだ。
――私服だ。
いつも学校で見ている制服姿じゃない。私服の花音を見るなんて、一体いつ以来だろう。
少し大人っぽい落ち着いた色合いの服に、綺麗に整えられた髪。どこか私服を着慣れていないような、気恥ずかしそうな仕草で服の裾をそっと掴んでいる。
(……可愛い)
制服の時とは全く違う、一人の「女の子」としての花音の姿が急にリアルに迫ってきて、俺の心臓は再び激しく暴れ出しそうになった。
さっきまで黒木たちのやり取りでうやむやになっていたけれど、俺は今日、花音と『休日』に『私服』で会っているのだ。
その事実を改めて突きつけられ、俺は急激に耳の奥が熱くなっていくのを感じていた。
チケットを買い終え、薄暗い水族館の館内へと足を踏み入れる。
冷んやりとした空気の中、青い光に包まれながらふと思う。そういえば、友達と休日に水族館に来るなんて初めてだ。
ふと周囲を見渡すと、視界に入るのは家族連れか、仲睦まじいカップルばかり。
(……もしかして俺たち、周りからはカップルに見えてたりするのかな)
そんな想像が頭をよぎり、胸の奥がむず痒いような、密かな嬉しさに満たされる。
隣を歩く花音に目を向けると、彼女は俺の視線など全く気にすることなく、真剣な眼差しで大きな水槽を見つめていた。
水槽から漏れる青白い光のせいだろうか。メガネの奥にある瞳がキラキラと輝いて見えて、俺はその美しい横顔から目が離せなくなってしまう。
あまりにもじっと見つめすぎていたせいだろう。
ハッと気づいたように花音がパッとこちらを振り返り、バッチリと目が合ってしまった。
(っ……!!)
心臓が止まるかと思うほど飛び跳ねる。
「……海斗君? どうしたの?」
不思議そうに首をかしげて見上げてくる花音に、俺は慌てて口を開いた。
「あ、いや! そこにさ、見たことない珍しい魚がいたから……つい目が離せなくなっちゃって!」
「へえ、そうなの? どこどこ?」
咄嗟についた嘘を花音は素直に信じ、嬉しそうに再び水槽の奥へと視線を戻した。
(あー……びっくりした。心臓に悪い……)
冷や汗をかきながら安堵し、俺は花音の歩幅に合わせてゆっくりと水槽を見て回ることにした。
しばらく進んだところで、突然花音が「あ!!」と声を上げ、周りをキョロキョロと見回し始めた。
「海斗君、大変……! 二人とはぐれちゃった!」
気づけば、黒木と結菜さんの姿がどこにもない。館内はいつの間にか人が増えていて、すれ違う人と肩が当たりそうなほどの混雑になっていた。しかも館内が薄暗いため、探すのも困難そうだ。
「大丈夫だよ、スマホもあるし連絡は取れるから。それに……あんまり探すと、二人の邪魔になっちゃうしね」
強がるようにそう口にしながら、俺の本音は違っていた。
(……本当は、このまま花音と二人きりで過ごしたい)
「あ……そうだね。私たち、ついて行ったらお邪魔だもんね」
花音も察したように苦笑いを浮かべた。
その時だった。ツアー団体なのか、大勢の人の波が急に俺たちの間に割り込んできた。押し寄せる人波に押され、花音の身体が少しずつ離れていく。
(離れたくない――!!)
はぐれてもスマホがあるから大丈夫だと、さっき自分で言ったばかりなのに。
俺は反射的に手を伸ばし、花音の小さくて柔らかい手をギュッと握りしめていた。
花音も驚いたように目を見張ったが、すぐにその手をぎゅっと握り返してくれた。
そのまま俺たちは、解けない手と手の温もりを感じながら、人混みから抜け出すように暗がりの中をゆっくりと歩き出した。
はぐれても連絡が取れるなんて、ただの綺麗事だった。
俺はただ、この手から伝わる温度を、一瞬たりとも手放したくなかったのだ。
人混みを抜け、少し人がまばらになった通路へ出たところで、俺はハッと正気に戻ってパッと手を離した。
「ごめん……! 痛くなかった?」
焦って強く掴みすぎてしまったかもしれない。
けれど、手をつないだことそのものを謝る気にはなれなかった。ここで「つないでごめん」と言ってしまったら、花音に触れたいと願った自分の衝動や、あの瞬間の温もりすべてを否定してしまう気がしたからだ。
「ううん、大丈夫だよ。すごい人だったもんね……離れそうで不安だったから、すごく助かっちゃった」
花音は嫌がる風もなく、ほっとしたように微笑んだ。
「そっか……なら、良かった」
胸を撫でおろし、二人で並んで歩き出したその時、お互いのポケットでスマホが同時に震えた。メッセージの受信音だ。
「あ、結菜からだ。……え? あ……」
スマホの画面を覗き込んだ花音が一瞬言葉を詰まらせ、何か言いたげな、複雑な視線をこちらに向けてくる。
「俺も……黒木からだ」
首をかしげながら自分のスマホに目を落とすと、そこには雑な文章が踊っていた。
『俺ら別の場所に行くことにしたから! あとは若い二人で楽しんで〜笑』
「……『若い二人』って、お前らも同じ高校生だろ!」
思わず画面に向かって突っ込みを入れそうになる。
だが次の瞬間、文面が意味する本当の状況が脳内に追いついて、一気に全身の血が引いていくのを感じた。
(え……? これって……これから、花音と二人きりってこと……!?)
これじゃあ、どう言い訳したって「普通にデート」じゃないか……!!
あまりの衝撃に驚いた顔のまま隣の花音を見やると、彼女も同じ内容を送られていたらしく、丸くしたメガネの奥の目をパチパチとさせて戸惑っていた。




