ダブルデート
黒木に水族館へ行こうと誘われた。もちろん、俺と黒木の二人で行くわけではない。
「結菜と行くからさ。花音ちゃんも呼ぶし、大勢の方が楽しいだろ!」
というのがあいつの言い分だった。
花音と休日に会える。その事実だけで胸が跳ね上がり、俺は二つ返事で即座に了承した。
当日、俺と黒木は途中の駅で合流し、二人で電車に乗って現地へ向かうことにした。結菜さんと花音とは現地集合だ。なんでも、どちらかの親に車で送ってもらうらしい。
……もしかして結菜さん、彼氏ができたことをまだ親に言えなくて、花音と遊びに行くって嘘をついて出てくるのかな……?
なんて、自分には関係のない余計な詮索までしてしまう。それくらい、俺の心は朝からずっと落ち着かなくて、浮き足立っていた。
電車に乗り込み、俺と黒木は並んで座席に腰を下ろした。日曜日ということもあって車内にはそこそこ人が乗っていたが、座れないほどではない。
しばらくは学校の課題や最近ハマっているゲームの話をしていたのだが、ふっと会話が途切れ、静かな沈黙が訪れた。
黒木が何か言いたそうにソワソワしている。何か重い話でも切り出す気だろうかと思い、俺は敢えて口を開かずに、あいつの次の言葉を待つことにした。
電車のガタゴトという振動だけが響く中、黒木がポツリとつぶやいた。
「海斗さ……。お前、花音さんのこと好きなのか?」
「っ……え!?」
『花音』という名前を不意に口にされただけで、ドクンと胸が痛いほど跳ね上がった。
黒木は真剣な眼差しで、俺の顔をじっと見つめて離さない。その視線に耐えきれなくなった俺は、思わず目をそらして自分の足元に視線を落とした。
「……どうかな。自分でもよくわからなくて。ただ……ずっと気になっては、いるんだけど……」
「そっかそっか。まあ、会う回数が増えれば、そのうち自分の気持ちもわかるかもしれないしな……」
黒木は自分自身に言い聞かせるように、うんうんと何度も頷いていた。
……本当に、自分でも分からないんだ。
女の子とは付き合えないし、触れ合うことすら無理だと分かったはずなのに。この胸の痛みや執着の正体は何なのだろう。
「それに……花音さんは俺のことなんて、何とも思ってないだろうしね」
自嘲気味にそう呟くと、黒木はあからさまに慌てた様子で視線を泳がせた。
「あ……ああ……。えっと……まあ、それは……その、まだ分からないけどさ……っ!」
嘘をつくのが下手すぎる。黒木のその分かりやすすぎる動揺を見て、俺は察してしまった。
(やっぱり……そうなんだ。花音にとって俺は、ただの『小学校の同級生』でしかないんだな)
黒木の不器用な気遣いが、かえって俺の胸を静かに締め付けた。
電車を降りて水族館へ到着すると、すでに二人が先に来て待っていた。休日とあって周辺は家族連れやカップルで賑わっていたが、入り口付近に並んで立っている二人の姿はすぐに目に入った。
先に気づいた結菜さんが、こちらに向かって軽く手を振ってくれる。それを見た黒木がパッと顔を輝かせて駆け出したので、俺も慌ててその後に続いた。隣に立つ花音はどこか居心地が悪いような、恥ずかしそうな表情を浮かべて俯いている。
黒木が距離を詰めながら結菜さんに声をかけた。
「ごめんごめん! 待たせたか?」
「ううん、私たちもさっき着いたところだから。奏介くん、朝ちゃんと起きられた〜?」
……奏介。
結菜さんの問いかけに応じながら、黒木は自分の名前を呼ばれたことに照れたのか、俺の目の前で頬を少し赤く染めていた。いつもはぶっきらぼうな黒木のそんな姿があまりにも微笑ましくて、思わず口元が緩んでしまう。
黒木にとって初めての彼女だ。嬉しくてたまらないのも頷ける。
「海斗くんも朝大丈夫だった〜?」
結菜さんが俺にも明るく声をかけてくれた。
「うん、俺は黒木と違って朝強いから」
「あはは、だからちゃんと奏介くんを連れてきてくれて遅刻しなかったんだね〜」
「いやいや結菜ちゃん! 俺、今日はちゃん自力で起きられたんだよ!?」
焦って弁解する黒木を見て、花音が「くすくす」と小さく声を立てて笑った。
その柔らかい笑顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと痛いほど締め付けられる。
……と、俺たちの雰囲気に気づいたのか、黒木は結菜さんの腕を取ると「さ、行こうぜ!」とさっさと水族館のチケット売り場へ向かって歩き出してしまった。
(……あれ?)
置き去りにされた俺の頭に、ふと疑問が浮かぶ。
(これ……俺たち、ついてきた意味あるのかな?)
最初から二人だけでデートすれば良かったんじゃないだろうか。俺たちがいたら、かえって邪魔なんじゃないのか……?
少し戸惑いながら隣の花音を見やると、同じことを考えていたのか、彼女もこちらを見上げていてバッチリと目が合った。
けれどお互いに何も言い出せず、俺は曖昧な愛想笑いを浮かべながら、先行するカップルの後ろを追いかけるしかなかった。




