鼓動の高まり
「……ねえ、結菜さん」
「ん?」
「……花音さんも、知ってるのかな。俺がほのかちゃんと別れたこと」
思わず口をついて出た問いかけに、結菜さんはあっけらかんと頷いた。
「知ってるよ? ほのちゃんが泣いてた時、一緒にいたし」
「そっか……」
やっぱりそうか、と胸の奥がズキリと痛む。花音にまで自分の無様な失敗を知られてしまったショックで、俺は露骨に肩を落とした。
そんな俺の反応をじっと見ていた結菜さんが、ふとニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「……なに? もしかして海斗、花音のこと気になってたりする?」
「っ……! んなわけないだろ!!」
心臓が跳ね上がり、俺は即座に声を荒らげて否定した。結菜さんは「はいはい」と苦笑しながら肩をすくめる。
「まあね。小学生の時のあの事件のことがあるから、気になっちゃうのも仕方ないと思うけどさ」
結菜さんはそう言い残すと、「じゃあねー」とひらひら手を振って自分の席へ戻っていった。
一人残された俺は、深く息を吐き出す。
……俺の、この気持ちは何なんだろう。
女の子と付き合うことも、キスすることすら無理だと分かったはずなのに。どうして俺は、昔からずっと花音のことばかり気にしているのだろう。
一方で、あんなに胸を焦がしていた悠真に対する気持ちは――彼から「同性同士で付き合うなんて気持ち悪い」という言葉を聞いた瞬間、自分でも驚くほどあっさりと冷めてしまっていた。
俺って案外、単純で身勝手な奴なんだなと冷めた頭で思う。
男が好きなんじゃないのか? 女は無理なんじゃないのか?
それなのに、どうして花音だけは、何年経っても俺の頭の中から消えてくれないんだろう。
――結局、その答えは出ないままだった。
ただ、救いだったのは黒木の対応だった。
ほのかちゃんと別れたと知ったら、絶対にデリカシーなく、からかってくるだろうと覚悟していたのだ。けれど黒木は、俺が自分から何も話そうとしない様子を見て、よほどショックを受けているのだと察してくれたらしい。
「元気出せよ」と一言だけ言って、それ以上は何も聞いてこなかった。
普段は何でもズバズバ言ってくる奴なのに、そんな気遣いをしてくるなんて珍しいこともあるものだ。親友の不器用な優しさに、俺は少しだけ救われた気がした。
それから月日は流れ、俺たちは高校の受験日になった。
花音の志望校がどこなのかを知らなかった俺は、受験当日の朝、会場となる高校の敷地内で偶然彼女の姿を見かけることになる。
中学生になってからというもの、俺と花音はほとんど会話らしい会話をしてこなかった。
他校の生徒でごった返す受験会場は独特の緊張感に包まれていて、誰もが落ち着かない様子で固くなっている。そんな孤独感の中で顔見知りに会うと、暗闇で仲間を見つけたような安心感から、思わずテンションが上がってしまうものだ。
人混みの向こうに花音の横顔を見つけた瞬間、ドクンと胸が強く脈打った。
思わず目で追いかける。他の受験生たちの波に見失ってしまわないよう、俺は吸い寄せられるように足早に近づいていった。すぐ隣に黒木が並んで歩いていたことすら、完全に頭から消し飛んでいた。
「花音……さん!」
後ろから声をかけると、花音はびくっと肩を小さく跳ねさせて振り返った。けれど、相手が俺だと分かると、すぐにいつもの柔らかい笑顔を咲かせる。
「あぁ……! びっくりしたぁ。海斗君! ここ受験だったんだね!」
「うん。……お互い、頑張ろうね」
「ふふ……知ってる人に会えると、やっぱりすごく落ち着くね」
はにかみながら少し上目遣いでそう言われ、俺の鼓動はますます激しく跳ね上がった。
「おい海斗! なんでいきなり走り出すんだよ! 人混みかき分けて追いかけてくるの大変だったんだぞ!」
後ろからガシッと肩を掴まれ、黒木に文句を言われた。
その声で、俺はハッと我に返る。自分でも無意識のうちに、花音の後ろ姿だけを必死に追いかけていたのだと気づかされた。
「あ……ごめん。知ってる顔が見えたから、なんか無性に話しかけたくなっちゃって……」
「へえ〜……」
黒木はニヤニヤと、どこか意味深な目つきで俺の顔を覗き込んでくる。
「お前、もしかして……」
何かを言いかけた黒木だったが、俺の強張った表情を見たからか、「……いや、なんでもねえや! さあ行こうぜ、試験会場へ!」と勢いよく俺の背中を叩いた。
「おう……」
黒木に促されるまま足早に歩き出しながらも、俺の胸の鼓動は激しい速さのまま、一向に収まりそうになかった。




