↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、歩いてゆく  作者: 八代敬次
第1章 日常の終焉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/32

5:初めての地下世界

            「小さな魔法と帰還の道」





扉がない。


 それが、智が最初に抱いた感想だった。


 背後には、先ほど閉じた厚い石の隔壁がある。その向こうでは怪物が命を落としたはずだが、今いる通路には、行く手を塞ぐものも、道を選ぶための装置も見当たらない。ただ青白い苔に照らされた岩の道が、緩やかな上り坂となって続いている。


 結城智は壁に右手をつき、呼吸を整えた。左肩に刻まれた三本の傷はまだ疼き、腫れた右手にも、強く握れば鋭い痛みが走る。それでも、怪物との攻防を終えた直後に比べれば、身体は幾分軽くなっていた。


 ――Lv:1 → 2。


 あの表示を見たときの感覚が、まだ身体の奥に残っている。


 たった一つ数字が増えただけなのに、息が少し深く吸えるようになり、重かった脚も以前より動く。試しに右手を開閉してみると、指先の動きは滑らかになっていたが、拳を握り込んだ途端、腫れた部分が痛んだ。


「……便利だけど、治療じゃないな」


 思わず漏れた独り言が、岩壁に小さく反響する。


 身体能力が上がったからといって、傷が消えたわけではない。ここで無理を重ねれば、せっかく怪物から生き延びた意味がなくなる。智は左肩の動きを確かめてから、ポケットのスマートフォンを取り出した。


 電池残量は四割台。時刻は午後六時を少し回っている。


 地下に落ちてから、どれほど経ったのだろう。時計の上では数時間にすぎないはずなのに、怪物に追われ、暗闇をさまよい、石の装置を動かしていた時間は、一日にも二日にも感じられた。


 画面の上には、相変わらず「圏外」の文字がある。


 智は一度だけ電話の発信画面を開いた。通話できないと分かっていても、確かめずにはいられなかったのだ。しかし、表示は変わらず、発信を試みても呼び出し音は鳴らない。


「……駄目か」


 画面を閉じながら、母親の顔が浮かんだ。


 日曜日には父親の物置の扉を直しに行く約束をしている。兄の誠も来るはずで、母親は昼食を一緒に食べようと言っていた。いつもなら、そんな予定を忘れることはない。仕事が長引きそうなら電話の一本も入れられる。


 だが、今はそれすらできなかった。


 修司からも連絡が入っているかもしれない。あの男なら、智の携帯がつながらなければ、何度でもかけ直してきそうだ。


 そして、黒田や高瀬。


 二人は、智が道路の下へ落ちるところを見ていたはずだった。


 捜してくれているだろうか。


 そう考えた途端、胸の奥にわずかな期待が生まれる。しかし、仮に捜索が始まっていたとしても、地上の崩落地点からこの通路へたどり着ける保証はない。あの落下地点から歩いてきた距離も、途中で通った道の向きも、正確には把握できていなかった。


 まして、石の扉や経路を切り替える装置まで存在する場所だ。


 地上で考えるような距離や方向が、そのまま当てはまるとも限らない。


 智はスマートフォンをポケットへ戻した。


 待っているだけでは駄目だ。


 誰かが捜してくれていると信じることと、自分で出口を探すことは、別の話だった。


 壁から手を離し、上り坂へ足を踏み出す。傷の痛みは消えないが、立ち止まっていても状況は変わらない。


 今できることを、一つずつやるしかなかった。


     *


 上り坂を進んでしばらくすると、通路の空気が変わり始めた。


 これまでは乾いた岩と冷たい土の匂いが中心だったのに、鼻を通る空気に湿り気が混じっている。足元の苔も少しずつ濃くなり、壁の窪みには細かな水滴がついていた。


 智は歩みを止め、耳を澄ませた。


 かすかな水音が聞こえる。


 最初は、どこかで水滴が落ちているだけかと思った。しかし、静かにしていると、細い流れが岩を伝うような、途切れない音が混じっていることに気づく。


「……水か?」


 喉の渇きを意識した途端、口の中が急に乾いた気がした。


 地下へ落ちてから、何も飲んでいない。食事も取っておらず、持ち物の中に水や食料はない。仕事用の工具箱も車に置いたままで、手元にあるのはスマートフォン、財布、鍵、黒いマーカー、小さな折り畳み式のカッターくらいだった。


 智は水音のする方へ慎重に進んだ。


 やがて通路の幅が広がり、天井の高い洞窟へ出る。岩壁には青白い苔が群生し、その淡い光が、広間の中央にある小さな滝を照らしていた。


 高さは三メートルほどだろうか。


 岩の割れ目から流れ出した水が、細い白糸のように落ち、足元に浅い池を作っている。天井からは鍾乳石に似た細長い突起が垂れ下がり、水面には青い光がゆっくりと揺れていた。


 地上の観光洞窟で見かける景色に、どこか似ている。


 しかし、その美しさに見とれていられるほど、智には余裕がなかった。


「……水だ」


 思わず声が出た。


 喉が渇いている。唇も乾き、舌が口の中に張りつくようだった。目の前の水を両手ですくって飲めたら、どれほど楽になるだろう。


 それでも、池へ駆け寄ることはしなかった。


 ここは普通の洞窟ではない。見たこともない怪物が歩き回り、未知の装置が埋め込まれている場所だ。水が透明だからといって、人間にとって安全とは限らない。


 池の縁へ近づき、足場の安定した場所にしゃがみ込む。


 水底には小石が見え、その間で細い糸のようなものが揺れていた。水草にも見えるが、よく観察すると、水の流れとは違う方向へ動いているものもある。


 生き物なのだろうか。


 智は眉をひそめた。


 こういうときこそ、《解析《アナライズ》》の出番かもしれない。


 先ほどLvが上がったことで、能力には新しい機能が追加され、使用時の負担も一部軽くなった。ただし、負担が減ったことと、無制限に使えることは違う。これまでの経験から、智はその点だけは十分に理解していた。


 調べる対象を池全体ではなく、目の前の水に絞る。


「……解析」


 意識を向けると、視界の端に半透明の文字が浮かび上がった。


『対象:液体』


『主成分:水』


『微量成分:未特定』


『微生物:検出』


『飲用適性:判定不能』


「……やっぱりな」


 智は小さく息を吐き、《解析》を終えた。


 飲めるとも、飲めないとも書かれていない。


 分かったのは、水であることと、微生物が存在することだけだ。地上の川や池にも微生物はいるが、ここで検出されたものが人間に無害とは限らない。


 飲まずに進めば、いずれ脱水が進む。


 かといって、得体の知れない水を飲んで体調を崩せば、今の状況では治療を受けることもできない。


 智は滝の上部を見上げた。水は岩の割れ目から流れ出しているらしい。あそこまで登れば、池に溜まった水よりは汚れの少ないものを得られるかもしれないが、それでも安全の保証にはならなかった。


 ひとまず、飲むのは保留にしよう。


 そう決めて立ち上がりかけたとき、池の向こう側で乾いた音がした。


 ――カサッ。


 智は反射的に身体を低くする。


 苔の陰から現れたのは、黒い甲殻を持つ小さな生き物だった。体長は十センチほど。細い脚が何本も伸び、前方には短い触角のようなものが揺れている。


 これまで通路や石柱の周囲で何度も見かけた、多脚の生き物だ。


 それは池の縁まで近づくと、触角を動かしながら前脚を水へ浸した。しばらくして、その脚を口元へ運ぶ。同じ動作を数回繰り返したあと、何事もなかったように岩の隙間へ戻っていった。


 水を飲んでいたのかもしれない。


「……参考にはなるけどな」


 あの生き物に問題がないからといって、人間にも安全とは限らない。身体の仕組みも、必要とする栄養も、地上の生物とは違う可能性がある。


 ただ、一つだけ興味深いことがあった。


 あの小さな生き物は、何度も同じ場所で見かけている。石の溝をたどり、白い粒を運び、今は水辺で何かを摂取していた。行動には、少なくとも智の目に分かる範囲で一定の規則性がある。


 怪物ばかりがいるわけではないのだ。


 この場所には水があり、それを利用する生き物がいて、さらに別の生き物が何かを餌にしているのかもしれない。


 地上とは異なるとしても、まったく無秩序な世界ではない。


 智は池の水面へ視線を戻した。


 青白い光の下で、細長い影が一瞬だけ泳いだように見えた。


 見間違いだろうか。


 確かめようと目を凝らしたが、影はもう見えなくなっていた。


     *


 水を飲むことは諦め、まずは洞窟の構造を調べることにした。


 池の周囲をゆっくり歩いてみると、滝から流れ落ちた水は一か所に溜まり続けているわけではなく、反対側の岩の隙間へ流れ出している。その流れを追った先に、周囲の岩とは明らかに異なるものが埋まっていた。


 灰色の石板だった。


 幅は一メートルほど、長さは二メートル以上。表面は不自然なほど平らで、中央には細い線が何本も刻まれている。


「……また、これか」


 智は足を止めた。


 あの石柱や経路管理装置、怪物を閉じ込めた広間の構造に、どこか似ている。


 石板の一辺は池の流れ出す方向に沿っており、水はその脇の細い隙間から下へ吸い込まれているようだった。表面には水が薄く広がっているが、四隅の窪みは水路から少し離れているため、直接水をかぶってはいない。


 智はしゃがみ、石板の縁へ指先を近づけた。


 わずかな段差がある。


 そこから、冷たい空気が漏れていた。


「……風?」


 手をかざすと、確かに空気が動いている。


 水だけではない。石板の下には、空気が流れるだけの空間があるのかもしれなかった。


 智は耳を近づける。


 水が細い場所を流れる音に混じって、低い風のような響きが聞こえた。


「……通気してるのか」


 建物の換気設備を思い出す。


 空気が流れるには、どこかに通り道が必要だ。自然の洞窟でも風は生じるが、これほど整った石板の下から冷気が漏れているとなると、偶然とは考えにくい。


 下に通路があるのだろうか。


 智は石板の四隅を調べ始めた。


 それぞれに小さな円形の窪みがあり、一つには黒い塊が詰まっている。乾いた泥のようにも見えたが、正体を確かめるまでは不用意に指を入れたくなかった。


 ポケットから折り畳み式のカッターを取り出し、刃先で軽く触れてみる。


 黒い塊は崩れ、細かな石粒が落ちた。


 乾いた泥と砂が固まったものらしい。


 智は右手に負担をかけないよう、カッターを左手でも支えながら、少しずつ汚れを削り取っていった。刃を深く差し込まず、部品に当たったところで力を止める。仕事でも、錆や砂を落とす際に無理をして金物を傷めることがあるため、こういう作業には慎重になる癖がついていた。


 やがて、窪みの底に小さな金属片のようなものが現れる。


 ほかの三か所も確認すると、二つには同じような金属片が残り、最後の一つは空になっていた。


 しかも、残っている金属片はすべて同じ向きではない。


 一つは縦。


 もう一つは横。


 泥を取り除いたものは、斜めに傾いている。


 智は石板の中央へ視線を移した。


 もし、これが固定金具なら。


 向きを揃えることで、石板を開けられるのかもしれない。


 普通の点検口なら取っ手や蝶番があるはずだが、ここには見当たらない。ただ、四隅に固定部材があるという構造は、点検用の蓋として考えれば理解できる部分もあった。


 もちろん、下に何があるのかは分からない。


 開けた途端に水が流れ込むかもしれないし、危険な生き物が潜んでいる可能性もある。石板自体が何かの装置の一部なら、勝手に動かすことで別の仕組みが作動する恐れもあった。


 智はカッターを畳み、ポケットへ戻した。


 来た道へ戻るか。


 この石板を調べるか。


 洞窟の壁を見回しても、ほかに人が通れそうな出口は見当たらない。


「……やってみるか」


 そう呟き、再びしゃがもうとした瞬間だった。


 背筋に冷たいものが走る。


 理由は分からない。


 ただ、何かがおかしい。


 智は反射的に身体を低くした。


 直後、頭上を黒い影が横切った。


 ――バサッ!


 風が頬を叩き、髪が揺れる。


「うわっ……!」


 振り返ると、天井近くを何かが飛んでいた。


 翼を広げた大きさはカラスほど。しかし、鳥とは明らかに姿が違う。細長い身体の左右に膜のような翼が伸び、顔の中央には、不釣り合いなほど大きな口が開いていた。


「……今度は、空かよ」


 黒い生き物は洞窟の天井付近を旋回しながら、甲高い鳴き声を上げた。


 キィィッ!


 耳の奥に刺さるような音だった。


 智は顔をしかめ、壁際へ下がろうとする。しかし、その動きに反応したのか、生き物が急に高度を落とした。


 速い。


 智は横へ身を投げる。


 黒い影がすぐ脇を通り過ぎ、前肢の爪が岩を引っかいた。乾いた音が響くと同時に、左肩の傷が強く疼いた。


「……くそっ」


 床に手をついた右腕にも痛みが走る。


 それでも、ここで倒れているわけにはいかない。


 智は立ち上がり、岩壁を背にして飛行生物を見上げた。少なくとも、背後から回り込まれる危険は減る。だが、正面から飛び込んでこられれば、今の身体で避け続けるのは難しかった。


 黒い生き物は天井付近を大きく回っている。


 その飛び方を見ているうちに、智は一つの癖に気づいた。


 急降下する直前、翼を大きく広げる。


 そして、攻撃へ移る瞬間だけ、ほんのわずかに速度が落ちる。


 それが飛行の仕組みによるものなのか、獲物を狙うためなのかは分からない。ただ、動きに一定の順序があることは見て取れた。


 先ほど感じた背筋の冷たさが、ふと頭をよぎる。


 ――《危機察知《センス・デンジャー》》。


 怪物を倒したあと、新たに獲得した能力だ。


 あの不快な予感は、もしかすると《危機察知》が働いた結果なのかもしれない。しかし、表示が出たわけではなく、ただ驚いて身体が反応しただけという可能性もある。


 確信は持てなかった。


 智は飛行生物へ意識を集中させる。


 せめて、相手の身体の特徴だけでも把握しておきたい。


「……解析」


 視界に文字が浮かぶ。


『対象:未分類生物』


『飛行方式:膜翼』


『推定体長:約四十センチメートル』


『攻撃部位:口部・前肢』


『飛行速度:測定不能』


『詳細情報:不足』


 智はすぐに《解析》を終えた。


 頭痛は以前より軽い。それでも、こめかみにはわずかな圧迫感が残っている。


 得られた情報だけでは、どう倒せばいいのか分からない。


 当然だ。


 能力は相手を調べるためのもので、戦い方を教えてくれるわけではない。


 考えるのは、自分自身だった。


 智は周囲を見回した。


 水。


 岩。


 石板。


 そして、青白い苔。


 武器になりそうなものは見当たらない。仮に石を投げても、あの速さで飛ぶ相手に命中させられるとは思えなかった。


 そのとき、飛行生物が再び急降下してきた。


 智は身体を横へ捻り、岩壁に沿って身をかわす。


 生き物の爪が壁を引っかき、そのまま上昇しようとした瞬間、天井から垂れ下がる細い岩に翼の端が触れた。


 飛行が乱れる。


 ほんの一瞬だったが、生き物は大きく身体を傾け、慌てて翼を打ち直した。


 智は目を見開いた。


 翼だ。


 あの膜のような翼を広げられなければ、自由に飛べない。


 それなら、狭い場所へ入ればいい。


 池の反対側に、岩が大きく張り出した場所がある。高さは一メートル半ほどで、人間なら腰をかがめれば入れそうだった。


 智はそこへ向かって走った。


 背後で、甲高い鳴き声が響く。


 追ってきた。


 岩の張り出しまで、あと数歩。


 智は身体を低くし、その下へ滑り込むように身を寄せた。


 直後、黒い影が入口付近へ突っ込んでくる。


 ――バサッ!


 翼の端が岩に触れ、生き物の身体が大きく傾いた。


 地面へ落ちかけたものの、すぐに羽ばたいて離れていく。智は岩の下で息を詰め、相手の動きを見守った。


 追っては来ない。


 少なくとも、翼を広げたままでは入りにくいらしい。


 智はようやく息を吐いた。


 ここなら、簡単には襲われない。


 だが、いつまでも隠れているわけにはいかなかった。


 水も食料もなく、出口も見つかっていない。あの生き物が居座れば、身動きが取れなくなる。


 岩陰からそっと顔を出すと、飛行生物は洞窟の中央を旋回していた。やがて池の上へ移動し、水面近くまで高度を下げていく。


 水を飲むのだろうか。


 そう思った次の瞬間、生き物が水面をかすめた。


 細い脚が水へ触れ、何かを掴み上げる。


 青白い光を反射して、小さな銀色のものが跳ねた。


 魚のような生き物だった。


 黒い飛行生物はそれを口元へ運び、再び高度を上げる。


 智は息を呑んだ。


 あいつは、自分だけを狙っているわけではない。


 水辺で獲物を探していたのだ。


 人間を見つけたから襲ったのか、動くものなら何でも狙うのかは分からない。しかし、少なくとも今は、こちらよりも池の魚に注意を向けている。


 ならば、無理に戦う必要はない。


 智は岩陰で待つことにした。


 数分ほど経っただろうか。


 飛行生物は池の上を何度か旋回し、やがて天井の暗い穴へ飛び去っていった。


 すぐには動かず、しばらく耳を澄ませる。羽ばたく音も、あの甲高い鳴き声も聞こえてこない。


 智は慎重に岩陰から出た。


「……全部倒す必要は、ないんだよな」


 怪物を倒せば経験値が得られる。


 それは、先ほどの戦いで分かった。


 だが、命を懸けてまで戦う理由はない。勝てない相手からは逃げる。戦わずに済むなら、戦わない。


 それも、生き残るための判断だ。


 智は飛行生物が消えた穴をもう一度見上げ、それから石板のある場所へ戻っていった。


     *


 石板の前へ戻ると、先ほどまでとは少し考えが変わっていた。


 この迷宮では、いつ何に襲われるか分からない。出口を探すだけでなく、身を守る方法も必要だ。そして、できることなら安全な水を確保する手段も欲しい。


 池の水は相変わらず澄んでいる。


 だが、《解析》は飲用適性を判定できなかった。


 もし火が使えれば、煮沸という方法も考えられる。しかし、鍋も燃料もない。仮に火を起こせたとしても、それだけではどうにもならなかった。


「……道具がないってのは、不便だな」


 苦笑した、そのときだった。


 視界に半透明の文字が浮かび上がる。


『行動履歴を確認しました』


 智は顔を上げた。


 自分で《解析》を使ったわけではない。共通のステータスからの通知だった。


『危険回避行動を確認』


『環境利用による生存行動を確認』


『経験値を取得しました』


「……戦わなくても?」


 思わず声が漏れた。


 あの飛行生物を倒してはいない。ただ逃げ、隠れ、相手が去るまで待っていただけだ。それでも、経験値が得られたらしい。


 智は表示を読み返した。


 怪物を倒すことだけが、成長につながるわけではないのだろうか。


 危険を避けたこと。


 周囲の環境を利用したこと。


 そうした行動も、何らかの形で評価されているのかもしれない。


 ただし、何をすればどれだけ経験値が入るのかまでは分からない。通知に数値はなく、仕組みを確かめる方法も見当たらなかった。


 智はステータスを開いた。


 半透明の画面には、名前、年齢、Lv、技能情報など、これまで見てきた項目が並んでいる。Lvは二のままで、階位は未解放、称号も未取得。先ほど経験値を得たからといって、すぐにレベルが上がるわけではないらしい。


 項目を追っているうちに、見慣れない文字が目に留まった。


『魔法適性』


「……魔法?」


 智は眉をひそめた。


 これまで、こんな項目があっただろうか。


 新しく表示されるようになったのか、それとも以前は見落としていたのか。今となっては確かめようがないが、少なくとも自分の目で意識して見るのは初めてだった。


 項目を選ぶと、表示が切り替わる。


『魔法適性:未判定』


『魔力操作:未習得』


『魔法技能:未習得』


 智はしばらく黙っていた。


 魔法。


 その言葉自体は、すでにニュースで聞いている。


 フランスでは、氷を操って怪物の動きを封じた女性がいた。日本でも、これまでの常識では説明できない現象が各地で報告されている。


 しかし、それと自分が魔法を使えるかどうかは、別の話だ。


 智は右手を見つめた。


 四十七年間、扉や窓を修理する仕事をしてきた。金物の調整や建具の構造なら多少は分かるが、魔力の扱い方など、教わったこともなければ考えたこともない。


 そもそも、魔力とは何なのだろう。


 身体の中にあるものなのか。


 それとも、周囲の空気から取り込むようなものなのか。


 考えても答えは出ない。


 再びステータスへ目を向けると、魔法適性の項目の下に小さな文字が現れていた。


『初期魔力感知:実行可能』


 智は目を細めた。


 実行可能。


 つまり、何かを試すことはできるらしい。


 ただし、実行した結果、何が起きるのかは分からない。


 智は周囲を見回した。


 黒い飛行生物は戻ってきていない。池の周囲にも、大きな生き物の姿は見当たらない。洞窟の奥からは水音だけが聞こえている。


 安全とまでは言えないが、少なくとも今は落ち着いて試せそうだった。


 智は先ほど身を隠した岩陰へ戻り、壁を背にして腰を下ろした。何かあればすぐ立ち上がれるよう、足元の石を避け、通路側へ逃げられる位置を選ぶ。


 それから、ステータス画面の項目に意識を向けた。


『初期魔力感知を開始しますか?』


 智は少し迷った。


 未知のものに手を出す危険はある。それでも、この先を生き延びるためには、使える手段を一つでも増やしておきたい。


「……開始」


 その瞬間、身体の奥に奇妙な感覚が生まれた。


 熱いわけでも、冷たいわけでもない。胸の中心に、ごく小さな何かが存在しているような感覚だった。


 智は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。


 胸の奥へ意識を向けると、そこに淡い光のようなものを感じた。


 もちろん、実際に見えているわけではない。


 目を閉じているのだから、色も形も分からない。ただ、普段は意識しない身体の内側に、何かがあるという感覚だけが、不思議なほどはっきりしていた。


 息を吸うと、わずかに広がる。


 吐くと、静かに縮む。


 まるで、身体の中にもう一つの呼吸があるようだった。


「……これが、魔力?」


 答えは返ってこない。


 智はその感覚をしばらく確かめたあと、右手へ移せないかと考えた。


 胸の奥から肩へ。


 肩から腕へ。


 腕から手のひらへ。


 そう意識してみるが、何も起きなかった。


 もう一度試しても同じだ。


 智は目を開け、小さく息を吐いた。


「……簡単じゃないな」


 当然だった。


 魔法の訓練など受けたことがない。そもそも、何をどうすればいいのかも分からないのだ。


 ただ、胸の奥に何かを感じる。


 今のところ、分かっているのはそれだけだった。


 智は右手を軽く握った。


 指が動く。


 足を曲げれば、膝が動く。


 身体を動かすとき、いちいち筋肉の仕組みを考えるわけではない。それでも、思ったとおりに動かせる。


 では、魔力はどうだろう。


 無理に押し出そうとするから、うまくいかないのかもしれない。


 智は再び目を閉じた。


 胸の奥にある感覚を、今度は力で動かそうとはせず、ゆっくり流れていく様子を思い浮かべる。


 水が細い管を通るように。


 胸から肩へ、腕へ、手首へ。


 そして、指先へ。


 その瞬間、右手のひらがわずかに温かくなった。


「……お?」


 目を開けると、手のひらに薄い光が浮かんでいた。


 白に近い、淡い光。


 あまりにも小さく、周囲を照らすほどの明るさはない。それでも、確かに自分の手の上で光っている。


 しかし、智が見つめているうちに、その光はすぐに消えてしまった。


 しばらく、手のひらから目を離せなかった。


 今のは何だったのだろう。


 青白い苔の光が反射しただけではない。右手を動かしても、同じ場所に光は現れなかった。


 もう一度、試してみる。


 胸の奥から右手へ。


 ゆっくりと流す。


 今度は指先に小さな光の粒が浮かび、弾けるように消えた。


 智は思わず笑った。


「……できるじゃないか」


 ほんの小さな光だ。


 何かを照らせるほどでもなければ、怪物を倒せるようなものでもない。


 それでも、自分の意思で、これまで経験したことのない現象を起こせた。


 その事実が、妙に嬉しかった。


 智は三度目を試した。


 今度は、胸の奥にある感覚を少しだけ強く意識し、右手のひらへ集める。


 呼吸を止めず、無理に力を込めすぎないようにする。


 すると、手のひらの上に淡い光が生まれた。


 直径は一センチほど。


 小さな蛍が、指先のすぐ上に浮かんでいるようだった。


 智は息を呑む。


 光は数秒間だけ留まり、それから静かに薄れていった。


 同時に、身体から力が抜ける。


「……うわっ」


 智は慌てて壁へ背を預けた。


 軽いめまいがする。


 胸の奥が、急に空っぽになったような感覚だった。


 しばらく呼吸を整えていると、めまいは少しずつ治まっていく。しかし、疲労が消えたわけではない。むしろ、何かを使い切ったような重さが残っていた。


 どうやら、魔法にも負担があるらしい。


 そのとき、ステータス画面に新しい文字が現れた。


『魔力操作の成立を確認』


『魔法適性:判定完了』


『魔力操作:初級』


『初級魔法《微光》を習得しました』


「……微光」


 智は小さく呟いた。


 名前のとおりだった。


 小さな光。


 今のところ、それ以上でも、それ以下でもない。


 ただ、暗い迷宮では、わずかな光でも役に立つ場面があるかもしれない。スマートフォンの電池を節約できる可能性もある。


 もっとも、今は数秒しか維持できず、明るさも足りない。


「……まだ懐中電灯の代わりにはならないな」


 苦笑しながら、右手を見つめる。


 四十七歳。


 昨日まで、扉や窓の修理をしていた男が、今は地下迷宮で魔法を覚えている。


 あまりにも現実離れしていて、笑うしかなかった。


 それでも、手のひらに残る微かな温かさは、本物だった。


 智はゆっくりと指を閉じた。


 今は、これで十分だ。


 使えることが分かっただけでも、大きな前進だった。


     *


 しばらく休んでから、智は再び石板の前へ戻った。


 今度は、四隅にある金属片を慎重に調べる。


 先ほどの観察では、三か所に部品が残り、一か所は欠けていた。残っている部品の向きも揃っていない。これが固定金具なら、回転させることで石板を開けられる可能性がある。


 智は一つの金属片に意識を向けた。


「……解析」


 視界に文字が現れる。


『対象:固定部材』


『状態:固定』


『可動方式:回転』


『可動範囲:約九十度』


 智は小さく頷いた。


 やはり、回転する部品らしい。


 ただし、どちらへ回せば固定が外れるのかまでは分からない。


 智はカッターを取り出し、刃ではなく背の部分を金属片に当てた。右手の痛みをかばいながら軽く押してみるが、動かない。


 反対方向へ、少しだけ力を加える。


 今度は、わずかな手応えがあった。


 智は慎重に回していく。


 カチッ。


 金属片が九十度回転した。


 同時に、石板の端から小さな音が響く。何かの固定が外れたようだった。


「……なるほど」


 残りの部品も同じように確認する。


 一つは欠けているため、動かすことができない。だが、周囲の金具を見る限り、その場所では固定が効いていないようにも見えた。


 もう一つは泥が固まっていた。


 智は刃先で少しずつ汚れを取り除き、金属片の周囲に隙間を作る。無理に回せば折れてしまうかもしれないため、動く範囲を確かめながら作業を続けた。


 最後の部品を回した瞬間、石板の中央に細い隙間が現れた。


「……開いた」


 智は思わず息を呑んだ。


 石板は一枚ではなく、中央で二つに分かれる構造らしい。継ぎ目がわずかに広がり、そこから冷たい空気が流れ出している。


 指を差し込もうとして、すぐに手を止めた。


 重い石板に指を挟まれれば、骨折しかねない。まして、右手はまだ負傷している。


 智は周囲から細長い石片を拾い、隙間へ差し込んだ。


 てこの原理を利用し、少しずつ持ち上げる。


 石板は予想よりも重かったが、内部に何らかの補助機構があるのか、一定の位置まで上げると急に動きが軽くなった。


 隙間が広がるにつれ、下から冷たい風が流れ出してくる。


 智は一度手を止め、暗い内部を覗いた。


 何かが動く気配はない。


 水の音だけが聞こえている。


 さらに石板を持ち上げると、内側に金属製らしい細い支えが現れた。開いた石板を途中で固定するための部品らしく、自動車のボンネットを支える棒に少し似ている。


 智はその構造を確かめ、慎重に支えをかけた。


 石板は、そこで止まった。


 軽く揺すってみても、すぐには落ちてこない。


 ただし、いつまで安全に支えられるかは分からない。長居は避けた方がよさそうだった。


 智はスマートフォンのライトを点け、開いた石板の下を照らした。


 そこには、縦穴があった。


 深さは三メートルほど。


 壁には足場となる小さな突起が並び、底には細い水路が流れている。水路の横には、人が一人通れる程度の通路も見えた。


「……本当に、道があった」


 思わず声が漏れる。


 ただし、下へ続く道だ。


 地上へ近づくどころか、さらに深く潜ることになる。


 智は顔をしかめた。


 ここまで来た道を戻っても、出口は見つかっていない。ほかに進める場所もない以上、この縦穴を調べる価値はあるだろう。


 智はスマートフォンで縦穴の写真を撮り、ライトを一度消した。


 それから、石板の近くの岩壁に黒いマーカーで数字を書く。


 五。


 その横に、戻る方向を示す矢印を添えた。


 落下地点から続けてきた目印の、五つ目だった。


 智は縦穴を見下ろした。


 足場は狭く、右手と左肩の負傷を考えると、簡単には降りられそうにない。途中で滑れば、三メートルの高さでも大怪我につながる。


 智は壁の突起を一つずつ目で追い、足を置けそうな場所を確かめた。


 それから、深く息を吸う。


「……焦るなよ」


 自分に言い聞かせ、慎重に身体を縦穴へ入れた。


 まず右足を一段下へ置き、体重を移す前に滑らないか確かめる。左手は肩の痛みが強くならない高さに留め、右手にはできるだけ大きな負担をかけないようにした。


 ゆっくり。


 一段ずつ。


 途中で小さな石粒が落ち、足元の水路へ吸い込まれていく。智は動きを止め、足場が崩れていないことを確かめてから、再び降り始めた。


 数分かけて、ようやく底へたどり着く。


 足が地面についた瞬間、全身から力が抜けそうになった。


「……ふう」


 大きく息を吐き、壁に背を預ける。


 水路の水が、足元を静かに流れていた。


 その横には幅一メートルほどの通路が続き、壁には平らな石材が規則正しく積まれている。天井もほぼ水平で、自然にできた洞窟というより、誰かが通路として整えた場所に見えた。


 智はスマートフォンのライトを点け、奥へ光を向けた。


 そこで、思わず目を見開く。


 金属製の梯子のようなものがあった。


 いや、正確には梯子ではない。


 壁に埋め込まれた昇降用の足場だ。


 その先には、上へ続く縦穴が見える。


「……上り?」


 ここへ降りてきたばかりなのに、今度は上へ続いている。


 しかも、こちらの縦穴は先ほどのものよりずっと高かった。ライトを向けても上端が見えず、暗闇の奥へ消えている。


 智は足元を見た。


 水路は縦穴の下を通り、さらに奥へ続いている。壁には細い溝が刻まれ、その近くには、見覚えのある幾何学模様があった。


 あの灰色の扉。


 石柱。


 経路管理装置。


 それらと、よく似ている。


 智は壁へ近づいた。


 模様の中央には小さな円形の窪みがあり、周囲へ細い線が伸びている。何らかの操作部かもしれないが、今は触れない方がよさそうだった。


 まずは、構造だけを確かめる。


 智は縦穴の壁に意識を集中させた。


「……解析」


 文字が浮かび上がる。


『対象:昇降経路構造』


『材質:不明』


『接続方向:上方』


『経路状態:一部損傷』


『接続先情報:取得不能』


 智は眉をひそめ、《解析》を終えた。


 上へ続いていることは分かった。


 だが、どこへつながるのかは分からない。


 ライトを向けると、壁に埋め込まれた足場がいくつも並んでいる。その一部は欠けており、途中には大きな間隔が空いている場所もあった。


 登るのは危険だ。


 それでも、上へ続く道を見つけたことに、智の胸はわずかに高鳴った。


 もしかすると。


 この先は、地上へつながっているのではないか。


 智は壁に手をついた。


 その瞬間、冷たい風が頬を撫でた。


 上からだ。


 智は顔を上げる。


 風には、かすかな匂いが混じっていた。


 湿った土。


 粉塵。


 そして、何かが焦げたような匂い。


 どこかで嗅いだことがある。


 地上の道路が崩れたとき。


 建物の一部が壊れ、怪物が暴れていた現場。


 あの場所に漂っていた匂いと、少し似ている気がした。


「……まさか」


 智は縦穴を見上げた。


 もちろん、同じ匂いだからといって、地上へつながっているとは限らない。地下でも土や粉塵の匂いはするだろうし、焦げたような臭気の原因も分からない。


 それでも、期待せずにはいられなかった。


 もし、この先が地上へつながっているなら。


 帰れるかもしれない。


 母親との約束も守れる。


 日曜日には父親の物置の扉を直し、兄の誠と一緒に昼飯を食べられるかもしれない。


 智は唇を噛んだ。


 まだ、何一つ確かめられていない。


 それでも、ここまで来て初めて、地上へ戻る道が見えたような気がした。


 智は壁の足場へ手を伸ばす。


 そのときだった。


 上の暗闇から、声が聞こえた。


「……誰か、いるのか!」


 智は動きを止めた。


 人の声だった。


 日本語。


 しかも、男の声。


 一瞬、幻聴かと思った。


 長い間、一人で地下をさまよっていたせいで、聞こえるはずのない声を聞いたのではないか。そう疑ったほどだった。


 だが、次の声は、先ほどよりもはっきり聞こえた。


「おーい! 下に誰かいるなら返事してくれ!」


 智は顔を上げた。


 胸が激しく打っている。


 地上からの声だろうか。


 それとも、自分と同じように地下へ迷い込んだ人間なのか。


 分からない。


 だが、確かに人がいる。


 この迷宮の中に、自分以外の人間がいるのだ。


 智は大きく息を吸った。


「いる! ここにいるぞ!」


 声が縦穴に反響する。


 しばらく沈黙があった。


 そして、上から声が返ってきた。


「生きてるのか!?」


「ああ! 生きてる!」


 智は思わず笑った。


 喉が痛い。


 声も掠れている。


 それでも、叫ばずにはいられなかった。


「そっちは地上か!?」


 返事は、すぐには来なかった。


 上で、何かを話している気配がある。


 複数の人間がいるのかもしれない。


 やがて、男の声が響いた。


「いや! 俺たちも地下だ!」


 智の表情が変わった。


 地上ではない。


 だが、人間がいる。


 男は続けた。


「そっちは一人か!?」


「ああ! 一人だ!」


「怪我は!?」


「してる! でも動ける!」


 上で、短い会話が交わされた。


 智には聞き取れなかった。


 しばらくして、男の声が戻ってきた。


「分かった! そこを動くな! 今、そっちへ行く!」


 智は縦穴を見上げた。


 胸の奥に、久しぶりに温かいものが広がった。


 誰かが来る。


 自分を助けようとしている。


 それだけで、こんなにも安心するものなのか。


 智は壁に背を預けた。


 全身の力が抜けそうだった。


 だが、そのとき、別の声が聞こえた。


 最初の男とは違う、少し若い声だった。


「待て! 下に何かいるぞ!」


 智は顔を上げた。


 上で、慌ただしい足音が響いた。


 続いて、何かが金属にぶつかる音。


 そして、短い悲鳴。


「うわっ!」


 智は息を呑んだ。


「おい! どうした!?」


 返事はなかった。


 代わりに、上から低い唸り声が聞こえた。


 人間のものではない。


 智は身体を強張らせた。


 怪物だ。


 上にいる人たちが、何かに襲われている。


 智は縦穴を見上げた。


 足場は欠けている。


 右手はまだ痛む。


 左肩にも傷がある。


 登って助けに行くには、危険すぎる。


 だが、このまま何もしなければ。


 上にいる人たちは、殺されるかもしれない。


 智は奥歯を噛んだ。


 そのとき、視界の端に小さな光が浮かんだ。


 ステータス画面ではない。


 自分の右手のひらだった。


 さっき覚えたばかりの《微光》。


 無意識に魔力が集まりかけていた。


 智は目を見開いた。


 光。


 あの小さな光なら、何かに使えるかもしれない。


 怪物を倒す力はない。


 だが、注意を逸らすことくらいはできるかもしれない。


 智は右手を見つめた。


 魔法は、まだ数秒しか維持できない。


 明るさも弱い。


 それでも、使い方次第では。


 智は縦穴を見上げた。


 上では、再び悲鳴が響いていた。


 考えている時間はない。


 智は右手を握り、胸の奥にある魔力へ意識を向けた。


 そして、初めて自分の意思で、戦いのために魔法を使おうとした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。