第13話
混沌の魔女・ミオに対峙する、キリエとアンジュリー、そして壁の裏に隠れて様子をうかがうオフェリア。執行者の力を奪い、破壊者の力を手に入れた羞明の魔女とその魔法少女。傭兵エレナを犠牲にして、形勢はアンジュリーたちに味方したかに見えた。高笑いを浮かべた女が扉の奥から現れるまでは。
「あら、アンナ=ユリアさぁん?」
この惨状の元凶たるマルチェリーナ・オスカールである。ミオが、安堵した表情で、マルチェリーナの影に文字通り収まるように消えていく。するとマルチェリーナは、紫色の魔法少女服へと姿を変えて、鈍器のようなおどろおどろしい杖を携えた。
マルチェリーナは小手調べとばかりに、アンジュリーに向かって魔弾を放つ。咄嗟にキリエが投げたエレナの剣・エレンディラを掴んだアンジュリーは、その剣で、魔弾をすべて撃ち落とす。
「マルチェリーナ・オスカール・・・。」
「そんな怖い顔をしないでほしいわ。あら、ルシアンヌはダメになっちゃったのね。ほんとこの子、口先とベッドの上でだけはうまい女だったわね。さ、気持ちを切り替えて、新しい玩具を探さないと。」
マルチェリーナが、傍らに転がっているルシアンヌの首を見て嘲った。
「あなた、仮にも仲間だったんじゃないの。」
「いいえ、利害関係と体の相性が一致しただけよ。」
紫の女は、目を細めながら舌なめずりする。
「それより、アンナ=ユリアさん、あなた、私と手を組まないかしら。そしたら、リーゼロッテ殿下は2晩に1回は貸してあげるわよ。」
「リーゼに何かしたの!?」
「ご自分で脱がせてたしかめてみたらぁ?」
「馬鹿にしないで!あんたを殺して、リーゼを取り戻すだけよ。」
「・・またまた。本当はもっと殿下とも私ともイイコトしたいくせに。邪魔な聴衆がいるから、そんなつれない返事しかできないのかしら?」
そういうと、マルチェリーナは、オフェリアに向かって槍のような鋭い魔光を撃つ。壁もろとも薙ぎ払うような攻撃を受けたらいくら運動神経がよかろうと生身では持つまい。アンジュリーは、純白の魔法少女服に身を包みながら、身を挺してそれを庇った。
「ッ・・・!」
「お嬢さん!?」
オフェリアの代わりに、立ちはだかったアンジュリーが、傷を負い、膝をつく
「大丈夫よ、オフェリアさん。」
アンジュリーは、エレンディラを杖替わりに立ち上がり、魔力で自らの傷を回復させると、口角を上げて微笑むマルチェリーナに向かい合う。
「・・・でも、この先、貴女を守り切れないし、もしかしたら私の攻撃で巻き込んでしまうかも。ここから離れて!」
「・・・いわれなくても、かわいそうな傭兵さんがああなってしまった以上、わたくしでは役者が不足しているってわかりますわ!スタコラサーですわ!」
商人らしき引き際で、オフェリアは撤退の体制に入った。
「でも、お嬢さん。あとでいろいろお代を請求しにきますからね!」
「ええ、利子をつけて待っててください。」
アンジュリーが、エレンディラの斬撃で後方の壁を爆破してやると、オフェリアはそこから去っていった。
マルチェリーナもそれ以上追おうとはしなかった。オフェリアのことを殺す価値すらないと思ったからからだろう。
「お優しいことねぇ。さあ、アンナ=ユリアさま、邪魔者は去りました。ここで貴女が私と手を組んだとて、咎める者はもういませんよ?さあ、私とこの帝国を牛耳って、毎晩あんなところやこんなところを舐め愛ませんこと?」
「あんたには、うちの家のバカな叔父がついているんじゃないの?私と手を組むということは、あいつを裏切ることになるわ。」
「まぁ・・・ノルトライン家との連携というビジネス的な観点なら、代表者はあの男でも、貴女でもどっちでもいいのよ。むしろ、魔女と契約していて、しかも可愛い女の子のほうがあんな何のとりえもないおっさんより良いじゃない。貴女にとては、叔父さんを排除できるいい機会よ?」
「この期におよんで、どうしてそんな言葉が信じられるっていうのよ。貴女だって、お父様を殺した奴らの仲間なんだから。答えはナイン。拒否よ。」
「まあ、そういうと思ったわァ。」
マルチェリーナは笑いながら、魔杖をアンジュリーに向ける。
「そうやって断られることも織り込み済みなんですけれどねぇ。だって、あなたがいなくなれば、オスカール家だけじゃなくて、ノルトライン家ももうすぐ私のものにできるんですものねぇ。貴女のバカな叔父さんを篭絡すればそれでおしまい。」
「やはり、オスカール家は貴方が乗っ取ったのね・・。幼少期、親交があったけれど、貴女みたいなの会ったことないもの。」
「本家の娘・・・なんて言ったかしら・・・は、あまり体力的にも精神的にも耐久力は無かったわね。毎晩泣いて私に許しを請うてきたけど、ちょっと激しくしたら、ある日突然壊れちゃったから捨てちゃったわ。」
「まるで人を玩具みたいにッ!」
「そうよ。貴女みたいな女をオモチャにするのすきすき、だぁいすき。だから本当は、貴女もオモチャにして壊れていく様をみたかったのだけれど・・・もったないないけど今ここで壊しちゃいましょうね。ま、どうせいずれ壊れちゃうんだから、遅かれ早かれ変わりないし。」
「私は大っ嫌いよ。あんたみたいな軽薄な女。」
高笑いしながら、マルチェリーナは鋭い魔弾を飛ばす。アンジュリーは、エレンディラでその魔法攻撃を逸らしていく。ふとアンジュリーの脇にキリエが割って入る。
「・・アンジュリー、虚無の魔女は強力な魔女だけれど、今の貴女は、ヨハルとティアナ、そして私の分、3体の魔女の力が使えるわ。あんなやつは一瞬で消し炭にしてしまいましょう。」
キリエはそういうと、処刑人の剣をアンジュリーに渡した。2つの剣を両手に携えたアンジュリーは、その膨大な魔力をもってマルチェリーナの魔弾を容易く打ち返していく。そして、キリエはアンジュリーの耳元でささやいた。
「さ、アンジュリー。血の狂詩曲と洒落こみましょう。」
キリエの言葉を合図にして、白の少女と、紫の少女は、ただ互いの魔力をぶつけ合う死の舞踏を踏みしめた。議場はさながら華やかなダンスホールで、飛び散る互いの血は花吹雪のようにそのステージを彩っていく。
アンジュリーのそれは、異民族の力強い剣の舞といった迫力でマルチェリーナを圧倒する。ただ、魔力が与えてくれるままに、怒りと憎しみをマルチェリーナに振り下ろすだけでよかった。その力の差は歴然で、あっさりと決着はついた。エレンディラの剣圧に手元を狂わせたマルチェリーナの反応が遅れる。一瞬のスキを処刑人の剣は逃さず、魔杖を弾き飛ばした。
すかさずに、アンジュリーは、マルチェリーナの首筋に刃をあてがう。
「ま、待ちなさい・・・・待って・・・・・アンナ=ユリアさん。」
「待てない。まだ、貴女の首と胴が付いている・・・」
「わ、私が死んだら、殿下にかけた隷属の魔法の解除方法が永遠にわからなくなるわよ。」
「あんたを殺して、虚無の魔女の魔力を吸収すればいいだけ。」
そして、アンジュリーが、処刑人の剣をマルチェリーナの首へと振り下ろそうとした瞬間のことであった。
「・・・ソル・ニジェル。」
漆黒の閃光が剣の軌道を変え、宙を切る。ばちばちと迸る黒い光は、一時的にアンジュリーの腕をしびれさせた。
「この声は・・・」
「アリス!いいところに来たわ!」
マルチェリーナにアリスと呼ばれたのは、虚空を見つめる死んだ目をした喪服の少女。その頬には刀傷。見間違いようがない。アンジュリーは目を見開いた。彼女こそ・・
「黒の魔法少女・・・お父様の仇・・・」
「仇?何のことかしら。」
喪服少女・アリスはアンジュリーを訝し気な目で見る。何も知らぬといった表情のアリスを見て、アンジュリーは唇を噛む。
「・・・ッ!!」
アンジュリーがアリスをにらみつける。
「私は、私の大事なものを返してもらいにきただけ・・・。」
「奪われたのは私のほうだッ!」
感情を迸らせるアンジュリー。対して、あの時と同じ冷めた表情で、アンジュリーを一瞥するアリスは、マルチェリーナが取り落とした魔杖を拾い上げる。
「ああ、アンナ=ユリア。教えてあげるわ。彼女はアリス・フュネーブル。魔女とはぐれた可哀そうなみなしごの術師。まあ、行ってみれば私の愛人・・・もとい配下よぉ。はあ、貴女が来てくれて助かったわ。さあ、あの女を早くやっちゃいましょうョ・・・」
「ニグレド」
「えっ・・・?」
マルチェリーナの魔杖に、アリスの脇で浮遊している黒いスフィアから発せられた黒い光が纏わりつき鋭い刃を形成した。
アリスはマルチェリーナの魔杖を握りしめ、そのまま勢いを緩めずに鋭利になった杖を、マルチェリーナの胸に突き刺し、ねじ込んだ。
「がっ・・・!?」
「さようなら。マルチェリーナ。」
「ど、どうして・・・」
「あなたが私の復讐のピースだから。」
「復讐・・・?」
アンジュリーもキリエも、突然の仲間割れに様子をうかがうしかない。
「なんで・・・どういうこと・・」
「マルチェリーナ。あなたは、私が従順なフリをしていれば、騙されてくれた。本当に単純で、御しやすい人間だった。」
「ば、ばかなことを・・二人なら、あのノルトラインの娘を・・・アンナ=ユリアを黙らせられたの・・・に・・」
「心配してくれなくていい。一人で十分だから。数か月前、あの子は私に何もできやしなかった。」
魔杖は、マルチェリーナの体から乱暴に抜かれ、打ち捨てられた。
「こんな・・ことって・・・」
彼女は、吹き出した自らの鮮血の中に仰向けに倒れ込むと、驚愕した顔のままで、動かなくなった。
依り代のマルチェリーナを失ったミオは、その様を見おろし、一瞬驚愕したかにみえたが、すこしばかし思考を逡巡し、すぐにアリスを見てにやりと微笑んだ。
「なるほど。アリス・フュネーブル様。面白いお方です。感服致しました。隙があれば殺す。まさに混沌にふさわしい振る舞い。もし貴女が、契約魔女を失い、孤児であるというのであれば、わたしと契約いたしませんか・・?わたしも今しがた、契約者を失ったばかりですもので。」
「その必要は無いわ・・・」
「あら・・・」
「だって、私の魔女様はただ一人だもの・・・。」
アリスは、キリエを見つめ、そしてアンジュリーをにらみつけて言い放った。
「白い魔法少女。返してもらうわ。我が敬愛なる契約者、深淵の闇の魔女、キリエ・フォン・ファウストゥス様を。」
アリスは、キリエを指さす。キリエは否定することも肯定することもなく、ただアリスとアンジュリーを遠目で見守るのみで、絶えない微笑みを浮かべるだけだった。
「ほう、なるほど、羞明の魔女。貴女も隅にはおけませんね。」
ミオが妙に納得したような表情を浮かべて、キリエに話しかけた。一方で納得できていないのはアンジュリーである。
「どういうことなの・・?」
「どういうことも、見ての通りよ。アンジュリー。」
「あいつも、貴女の魔法少女なの?」
「そうよ。」
「嘘をついていたの?」
「私は、あなたに、私の魔法少女が一人だけとは一言も言っていないわ。もしあなたが、私に対する独占欲を持って契約したのだとしたら、その点は、優良誤認といえるかもしれないわね。それはごめんなさい。」
「父の仇は、貴女の契約者だって、わかっていて私と契約を結んだの・・?」
「私は、私を必要とする少女の前にはいつだって現れるのです。たとえそれが、自らの魔法少女を殺すという願いであっても、それを成すための力を与えるのが光に愛されなかった私の存在意義。」
「あなたは、私の味方なの?」
アンジュリーは両手の剣をキリエに向ける。
「私は、私と契約したすべての魔法少女の味方よ。平等にその機会を与える。そのチャンスを生かせるかどうかは、その魔法少女次第だけれどね。」
「ではキリエ様。私が、その女よりも強いと証明できたら、私の元に帰ってきてくれるのですか?」
すかさず、アリスが割って入ると、キリエは笑顔でそれに答えた。
「私は、最後まで諦めない魔法少女は大好きよ。」
アンジュリーは、この魔女に対する怒りで塗れていた。しかし、今キリエと敵対した場合、この能力が失われるかもしれない。それよりも、まずは目の前の仇を殺すことに集中せねばならないだろう。そんな冷静な判断ができる自分に驚いた。ひとえに、そんな貴族教育を施してくれた父に感謝せねばならない。
二人の魔法少女が対峙する。キリエは、身をひそめながら、そっと後ずさりする。アンジュリーが、先手を打ち、剣を掲げてアリスに挑み、剣戟を魔力障壁で受け流すアリスに対して疑問を投げかける。
「ひとつ聞きたいのだけどアリス。貴女が私の父を殺したのも、復讐なの・・・?」
「そうよ。ノルトライン公爵ゲルハルトは、血盟団という非合法研究機関で、フロギストンの実験をしていた。」
「聞いたことないわ・・。」
「そうでしょう。そもそもどうしてノルトライン領で多くのフロギストンが取れるか知らないのでしょうから。」
「埋蔵資源を採掘しているだけじゃないの・・・!」
無知なアンジュリーに苛立ちを覚えたのか、アリスの魔力が強まり、黒い雷撃が、正確さを増してアンジュリーを掠めていく。
「ッ!!」
「フロギストンはただの燃料用鉱石じゃないのよ。地脈に流れる生命のエネルギーが凝固してできた魔石なの。」
「魔石・・!?」
「貴女、キリエ様に選ばれておきながら、そんなことも知らないというの!?」
アンジュリーは、アリスの言う通りだと思った。何の疑いも無く、魔法なるものを受け入れていたが、これがどこからくるものなのか考えたことも無かった。生命エネルギーを使っていたということか。
「ノルトライン領は豊かな森や河川が多く、生命エネルギーが溢れていて、他の地域より多く取れたのだけれど、資源には限りがある。より効率よく流通させる手段をあなたの父親が考え付いた。」
「お父様が、何を・・?」
「人工的に、生命力を凝固させる・・・すなわち、人間の生命力を錬金術で集める方法・・・。」
「人間の・・どういうこと?」
アリスの話を聞いて、アンジュリーの剣気が若干衰える。アリスはその隙に、自らの魔力を回復している様子だ。お互いの応酬が、一旦やんだ。
「数年前、ある冬の日。私の故郷、隣国ルテティニアとの国境付近の小さな農村に、公爵の遣いが現れた。彼は『税金を免除する代わりに、ある実験に協力してほしい』と。村人たちは二つ返事でその要請を受け入れたの。」
「その実験って・・」
アリスは、忌々しいといった素振りで話を続ける。
「それからしばらくして、公爵家から血盟団と呼ばれる怪しげな集団が送られてきて、石に人工的に生命エネルギーを移し替える実験が村で行われたの。最初は、村の木々や野生動物たちが対象だったようだけれど、動物たちが干からびて次々と死んでいくことに不気味に思ったある村人が抗議の声を上げると、ある日その者が死体で見つかった。動物たちと同じような死にざまで!」
「それは・・!」
「それからはすぐだった。彼らは、村全体をその実験の対象に変えたのは。そうして、私の家族は、私の村は、私を残して人工フロギストンの材料にされて死に絶えた。キリエ様に救われなければ、私もきっとそうなっていたのでしょうね・・。」
「そんなの、その血盟団とかいう奴が勝手にやっただけだわ!その怒りをお父様に向けるのは間違いよ!」
「その血盟団を指揮していたのは、公爵とその弟のノルトライン兄弟よ。最後は弟に組織を乗っ取られて命を狙われてたらしいけれど。」
「じゃあ、真に悪いのは叔父様なのではないの!?」
「・・・貴女だって聞いたでしょ。私が公爵を殺したあの日、公爵は『誰に雇われた?血盟団か?審判者か?』って。それに、私のソル・ニジェルを見て、『魔術』であることを言い当てた。魔術を知らない人間はそんなこと言わないでしょ?それに、『審判者か?』って発言は、教会の異端審査機関である『審判者』に狙われるようなことを裏でしていたという自白に他ならない」
「ッ・・それは・・」
「ねえ、アンナ=ユリア。私は、血盟団を知らなかった貴女までを殺そうとは思ってない。だから、魔法少女の契約を解除して、キリエ様を私に引き渡して。そうすれば、あなたの叔父さんを殺してあげる。私の復讐はそれで完成するし、貴女は公爵家を継ぐことができる。」
アンジュリーは、これまでの自分の行いを全否定されるようなアリスの言葉によって、自らの存在意義が揺らいでいた。膝をつき絶望的な顔のまま、アンジュリーはキリエの顔を見る。彼女は、悪意なくアンジュリーに微笑みかけた。
ああ、そうだ。この魔女は、魔法少女がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。絶望してくれれば魂を自らのものにできる。生き残れば、自分の手ごまとして使える。じゃあ、こいつの思い通りになってなってやらない。私は私のやりたいように生きる・・。
「どんな理由があれ、どんな物語があれ、私の感情は、貴女を殺すことでしか晴れることはない・・。」
「そう・・ですか・・残念です。立ちはだかるのであれば、ノルトライン家を滅ぼすしかないですね。」
立ち上がったアンジュリーは、両手の剣を併せ持って高く掲げる。その剣は一つに混ざり合い、ノルトライン家の宝剣暁の剣の形へと変わっていく。
アリスも、魔法の宝玉を鋭い槍の形への変化させ、戦闘態勢をとる。
ただ、自分の激情に突き動かされ、止まることを知らずに切り結びあう、ゴシックな少女たち。その様子を二人の魔女が眺めている。
「羞明の魔女。良いですね。こんな混沌楽しい限りじゃないですか。でも、これではわたしは蚊帳の外ですね。」
「何が言いたいの・・?」
「いまのうちに私が貴女を倒して従えておけば、あの輝かしい魔法少女のどちらか一人をわたしのものにできるということですね。」
ミオが、突然「人食いの斧槍」と呼ばれる武器を手にし、キリエに切りかかった。
「あなたが?わたしを?従えるですって?」
キリエは、「黄金郷天使」と言う名の剣で切り返す。キリエは、ミオの一撃をとても迷惑そうにあしらった。それにしても、どうして魔女というのは、武器に駄洒落のような名前を付けたがるのか・・・。
「今、とてもいいところなんだから、邪魔しないでくれるかしら。」
「邪魔じゃないですよ。これも混沌、あれも混沌!」
「はぁ・・だから、話の通じない魔女って嫌いなのよ。」
薬物中毒者のように興奮するミオの攻撃を、少し冷めた表情のキリエがいなしている。
「あんまり使いたくないけど、仕方がないわね。」
キリエはそう言うと、乱暴に銀の鍵をミオへと投げつけた。すると、唐突に銀の扉が開き、ミオの霊体が吸い込まれていく。
「貴女一体何を・・」
「あの教会で、カミラの奴からこれをくすねておいてよかったわ。」
「カミラ・・銀翼の魔女・・?」
「そう。それは、銀翼の魔女が作った異界へつながる鍵。中はどうなってるか知らないけれど、しばらく、そちらの世界に転送してあげる。しばらくはかえって来れないでしょうね。」
「そういうことですか、仕方がありませんが今回はこれまで。・・・いつかわからせてやりましょう・・」
不敵な笑みを浮かべながら、ミオは宇宙へと飲み込まれ、銀の扉が閉じた。キリエは、残された血まみれの魔杖を掴む。ミオの魔力の残滓が込められたそれを我がものとしてにやりと笑った。
魔女の戦いが呆気なく終わり、魔法少女たちの戦いも大方決着がついた。
「貴女を殺すためにここまで来たのに、どうして、晴れないの・・」
暁の剣は、アリスの胸に深く突き刺さり、彼女の命を奪うとともに折れた。すべてが終わったはずのアンジュリーは、達成感も何も得られないまま、倒れ行くアリスの死体をそっと、受け止めた。なぜだろうか、憎き仇のはずのアリスの見開かれた瞼を見て、そっと閉じてやった。きっと彼女も、復讐の犠牲者なのだ。私と同じように・・・。
彼女が魔女に魅入られなかったら、私が魔女に出会わなかったら、こんな結末は迎えなかったのだろう。
「アンジュリー、おめでとう。貴女は成し遂げたわ。」
「黙ってッ!」
無神経に話しかける魔女に苛立ちを覚える。だが結局、この魔女の力を借りてでしか、目的を果たせなかったのは確かだ。その事実にまた苛立つ。
「魔女キリエ・・・結局貴女は、これで何を得たの。」
「かけがえのない、貴女という存在を。」
アンジュリーの魔法少女衣装は、どす黒く変色し、まるで喪服のようないでたちへと変貌した。
「さ、アンジュリー。これは混沌の魔女が残していったマルチェリーナの魔杖よ。お姫様の洗脳を解けるわ。」
キリエは、別室に囚われていた、操り人形状態のリーゼロッテをその場に連れてきた。アンジュリーは、魔杖を受け取ると、優しく微笑んだ。アンジュリーがリーゼロッテの洗脳を解くことは無かった。
「リーゼロッテ。あなたの幸せは、私がきっと作り出すわ。」
アンジュリーが念じると、リーゼロッテは思うがままに動き出した。
「はい、アンジュリー、わたしのただひとりの親友。」
「でも、リーゼロッテの邪魔になるものは排除しないといけないわね。」
***
現・ノルトライン公爵は、宮殿での戦闘を避けて、秘密裏に国王と王子を自国領に避難させていた。マルチェリーナの術が浅かったのか、洗脳から抜け出して、優れない体調を、ノルトライン本邸で回復させていた。
急遽、王族を迎え入れることになったため、ノルトライン公爵は、彼らの世話をする人材を急いでかき集めなければならなかった。
「陛下。入ります。」
一人のメイドが国王の寝室へと食事を運んできた。彼女もそんな人材の一人で、国教会勤めのシスターである。シスターであれば、粗相をする心配も少ないだろうし、怪しい人物が紛れ込んでいることもないだろう。
しかし、その判断が間違いだった。そのメイドの名前は、ラヴィニア・オネスト。操られた国王の命によって、無実の父親を処刑された少女。
「アンジュリーさん。こんな機会をくれて、本当にありがとう・・・!」
***
「そう。陛下も殿下も、それにあの忌々しい叔父も、みんな死んだのね。」
「公式には行方不明よ。屋敷も燃えてしまったから、何があったのか、ラヴィニアしか知らないけれど。そのラヴィニアも、今頃国境を越えているでしょうね。でも、あれは、貴女の生まれ育った屋敷でしょう?」
「ええ。もう必要ないもの。私には、この王宮があるし。」
王宮、王女の部屋。天蓋付きのベッドの上、アンジュリーは開けた薄いシルクのローブ姿で、傍らに裸のリーゼロッテを侍らせている。上気したリーゼロッテのその華奢な肢体にそっと指を這わせながら、満足そうに、ブランデーを傾ける。枕元に座っているのは羞明の魔女。魔女もまた、妖艶な手つきでアンジュリーの頭を撫で、彼女の髪を自らの指で弄んでている。
「リーゼ。これで、貴女は晴れて女王。私は宰相として貴女をささえていくわ。」
「すてきね。アンジュリー。」
生気の抜けた目をしたリーゼロッテは、アンジュリーが自分の胸元にわざとこぼした蒸留酒を愛おしそうに舐めている。
「それにしても、まだ、私とキリエの魔術を知っている人たちがいたわね・・。」
魔力が迸り赤く染まってしまったアンジュリーの瞳は、暗い部屋に一層映えていた。
「寝首をかかれないようにしないと。オフェリアとか、ヴェロニカとか・・・。どうしようかしら。」
「じゃあ、お姫様と同じように、思考を奪って貴女の妾にしてしまえばいいじゃない。」
「それはいいわね。キリエ。あなたは、私の最高の魔女様。」
アンジュリーもまた、リーゼロッテと同じような光に嫌われたような表情で、キリエを愛おしそうな眼差しで見つめると、縋るよう、求めるように、その唇に口づけた。
「ええ、そうね。アンジュリー。私のかわいい奴隷人形。」




