第12話
ルシアンヌが笑いながら、エレナに距離を詰める。エレナは、床を踏みしめるように仁王立ちする。彼女の剣エレンディラが深緑色のオーラを纏わせて叫ぶ。
「鏡よ、煙吐き、蹴散らせ。」
エレナが口走るやいなや、アンジュリーと戦ったときに繰り出した激しい斬撃をルシアンヌに対して浴びせかける。金属すら端蹴飛ばすような、がつりという音が鳴り、あたりの調度品を吹き飛ばしていく。軽い竜巻のようなものが講堂の中に渦巻き、ルシアンヌを引き裂かんとする。
「傭兵・・いや、罪人風情が、私の刑罰を逃れようなどとこざかしい。」
しかし、エレナの剣は、ルシアンヌをかきけすどころか、逆にルシアンヌの一括によってエレナの斬撃を消し去り、押し勝った。それどころか、その力の全てを反射するかのようにエレナに叩き返す。
エレナは、目を見開き耐えようとするが、受け流せなかった。彼女は腹に深い傷を受けてよろめきながら血を吐き、彼女の翡翠色の衣装は赤く染まっていく。
「さすがに、きついわね・・。」
軽口をたたく余裕すら与えずに、さらにルシアンヌが追撃を加える。エレナも反撃の体制で迎え撃とうとするが、ことごとく剣先を弾き飛ばされ、ルシアンヌに与えようとしたエレナの力は、発散してあたりの家具を破壊する。飛び散る木片に構わずに、手を緩めないルシアンヌは、エレナを壁際へとじりじりと追い詰めていく。血を失いすぎたのか、エレナがとうとう膝をついて、青白く萎れた花のようにうなだれる。今にも手折られそうな白百合の花弁は、深紅へと様変わりし、赤色の雫を床に広げていく。
「エレナさん・・!」
「まだ、大丈夫・・。商人さん、お嬢さん、私から離れててね・・・」
「こいつを処刑したら、次は、偽アンナ=ユリア、あんただ。」
「エレナさん、なんでそこまで」
「傭兵のサガ、ですかね・・。依頼を受けてしまった以上は、完遂するか、死ぬまで止まれないから。」
「エレナ・ヴィジランテ。そうはいうがね、君は我々の依頼はまだ完遂していないのではないかね。」
そんなエレナを、ルシアンヌは見下ろしながら悪態をついた。彼女は、自らの依頼を、オフェリアに上書きされたことを根に持っているようだ。
エレナは、血に塗れた手で腹部を抑えながら、ルシアンヌをにらみ返す。
「そもそも、嘘つきの依頼は、無効でしょ。そんな依頼は、初めから無かったことになるのよ。警察官も兼ねる憲兵がまさかそんな法律知識が無いなんて言わないわよね。」
もはや目を開けているのもつらいであろう状態のエレナだが、ルシアンヌへの嘲笑を込めてつぶやいた。
「何だと?・・・いや、いい。お前は完遂することもなく、死んでここにとどまるのだ!」
ルシアンヌは、憤怒の表情を浮かべると、処刑人の剣を構え、一太刀にエレナの首を飛ばそうと、怒りに任せて大振りに構えた。エレナはまっすぐとルシアンヌを見据えながら、
「お嬢さん。あとは、よろしくね。」
と、アンジュリーに笑いかけたあと、なにか独り言をつぶやく。
「・・・我はウィシュトシワトル、生贄の花嫁。煙吐く鏡よ。この血と彼女の血を捧げん。」
すると、血漿がしみ込んだ箇所から、じわりじわりと彼女の装束が黒ずんで、そして全身を包んでいく。暗緑色というよりも、もっと暗い黒曜石のような輝きを放つ彼女は、漆黒に包まれたその体と赤い瞳を称えながら、エレンディラを高く掲げる。その構えはもはや剣というよりも、樹木を切り倒す斧のようで、直後に豹のように獰猛な、乱暴に振るった刃がルシアンヌに襲い掛かる。その衝撃で処刑人の剣を弾き飛ばす。
「なんだ、この魔力は・・・」
「血を。もっと血を。」
たしかにエレナの体のはずのそれは、饒舌で友好的だったエレナとうってかわり、暗く威圧的な声でささやく。その動きも、人間離れしたもので、なりふり構わず暴れ、ルシアンヌを今度は圧倒する。
「アンナ=ユリア様、影に隠れますわよ!」
「え、ええ!」
オフェリアとアンジュリーは、エレナのまさに『暴走』に巻き込まれないように、硬そうな大理石の柱の後ろに隠れる。エレナはなりふり構わず、あたりを薙ぎ払い、家具の破片を飛ばす。
「ヴィジランテ様に、夜風の魔女が乗り移りましたか・・。」
ミオは木片をかわしながらぼそりと口走ると、アンジュリーたちと同様に影に身を潜ませる。
「カカカケケケ・・・夜風は、今も鳴いておる。よい月夜じゃあないかね、混沌。どれ、一度、殺しあうか。」
「夜風の魔女ヨハル。あなたとわたしが敵対する必要は無いではありませんか。」
ミオが影からエレナの中の化け物に話しかける。エレナもといヨハルがそれに答える。
「ミオよ・・。我が望むは命を刈り取る混沌。お前も、我と戦い、混沌の命をぶつけようではないか。・・混沌こそお前の本懐だろう。」
「せっかくのお誘いですが、わたしは、混沌を体現させるための秩序であれば甘んじて受け入れる性質です。よりおおいなる混沌をもたらすため、今この時の混沌を楽しむわけにはいかないのです。」
「つまらんやつめ・・。ではお前は後回しだ。まずは、あいつだな。」
「しかし彼女もまた、わたしの混沌に必要な欠片。できれば見逃してほしいのですが。ここを退いてくれれば、さらなる戦いを貴女に用意しますがどうしますか。」
「知らんな。この血の昂ぶりは、今でなければ抑えられん。祭壇にもっと心臓を捧げよと、我が魂の底で望んでおる。もし我が邪魔だというのなら、我に剣で対峙せよ。」
エレナとは異なる口調でミオを挑発する。しかし、ミオはそれに乗ることは無かった。
「そうですか。わたしは、貴女と戦う気はございません。」
「では、まずは魔女ティアナの契約者ルシアンヌ・フルーリエ、あやつの心臓を食らうぞ。」
「そう、うまくいきますかね。ティアナの力を過小評価しないほうが良いでしょう。」
「フン、あやつの心臓を食ったら、次はマルチェリーナとかいうお前の契約者の心臓だ。」
不敵な笑い声をあげながら、ヨハルは体制を立て直したルシアンヌにものすごい速度でとびかかり、触れるだけで傷を負わせていく。
「我は敵意、我は支配。我こそはヨハル。ヨハルテポチトリ・クリアドール。貴様の心臓を食らう者だ!」
「なんなんだよこいつは・・!エレナ・ヴィジランテはどこにいったんんだよ!」
「エレナは、我の贄、我の血肉!」
「く・・くそが!」
ヨハルが一太刀振るうと、床が抉れ、大理石の破片が礫となってルシアンヌの肉をそいでいく。
「我の花嫁にしてやろう。血で着飾るがよい。」
「化け物ッ!」
「カカカ!そうだ。我を称えよ!」
人間の動きにとは到底思えぬほど、間接があらぬ方向に曲がり、鞭のようにしならせてエレンディラを回転させる。機械鋸に引き裂かれたような跡がそこら中に広がる。その重たい剣戟が、ルシアンヌの肩や右目を引き裂いて、抉っていく。
「美しい。死の匂いだ。」
「どうして・・どうしてこんなことが・・・」
劣勢と悟ったルシアンヌは、吹き飛ばされて、起き上がることができない。迫りくるヨハルを片目で目視すると、最後の頼みとして、彼女が契約する魔女、「極刑の魔女」と綽名されたティアナに祈りを捧げた。
「ティアナ様!あなたの全ての能力を私にくれ!あの暴虐なる不正義を正してくれ!」
“貴女が正義たらんことを望み、許可します。”
ルシアンヌの声にこたえるかのように、ルシアンヌの頭上から、法服姿の魔女が現れた。目隠しをして、剣と天秤を持つ彼女に対して、ルシアンヌが祈りを捧げると、その目隠しが外れていく。
「金のために殺人を繰り返した狂人に極刑を!罪なき者の心臓を食らう悪しき魔女に鉄槌を!」
「わかりました。その正義、執行しましょう。」
目を見開いたティアナは、剣を高く振り上げると、その剣が、ルシアンヌの持つ処刑人の剣と融合していく。
どこからともなく、あたりに判決の槌の音が鳴り響くと、ルシアンヌの傷はふさがり、じりじりとその力を増していく。
「秩序や法とは、我が生贄を食らい成立するのだ。公平だ、正義だ、とそんな思想に歪んだ貴様にはわかるまい。」
ヨハルは、冷たい表情を向けるティアナを一瞥し、吐き捨てる。ティアナは冷徹にその発言を否定する。
「ええ、わかりません。罪刑法定主義とは、新しき道しるべ。あなたのように、むき出しの野性に従う、旧時代の魔女の戯言など、情状酌量はありません。」
「我は、そのような、命の輝きを忘れた畜生どものための、くだらぬ経典には縛られぬ。」
「ですが、影の歴史において、貴女はそのくだらぬ経典の民に負けた。」
「我がしもべ、モンテスマを誑かしおって。」
ヨハルが苦虫をつぶしたような表情を浮かべて、ティアナをにらみつける。ルシアンヌの背後で、冷徹な面持ちのティアナがヨハルに話しかける。
「被告、エレナ・ヴィジランテいえ、夜風の魔女ヨハル・クレアドール。あなたは命をもてあそばんがために、人を殺めようとしました。」
「それがどうしたというのだ。」
「それは、罪です。相応の罰を受けていた抱く必要があります。」
それまで、悪態をついていたヨハルの顔色が変わった。
「・・・何をした・・・!」
ヨハルの動きがぴたりと止まる。手錠や拘束器具で抑えられたかのような魔術がかけられ、ヨハルは暴れることすらできない。あたりは法廷のごとく、静粛が流れる。アンジュリーもその輪の中へと入ることは許されぬ。
「被告人は、前へ」
「・・・デ・モンロイのおぞましき末裔めが!」
「あなたの身勝手な振る舞いは、やはり、更生がのぞまれるものではありません。」
冷たい表情のティアナが、天秤を傾けると、大きく傾いた。
「死をもって償うほかありません。」
カツンと、判決が下される槌の音が鳴り響く。
「・・・貴様もいずれ、ミクトランに引きずりおとしてくれる・・!」
ヨハルが目を見開くと、ティアナの剣が、ルシアンヌの振るう剣とシンクロし、その刃が振り下ろされた。
「我は、死なぬ。生贄を捧げる者ある限り、再び相まみえるであろう・・・。」
ヨハルの首が落ちる。首だけになってもなお、ヨハルは悪態をつきながら呪詛めいた暴言を吐いていたが、しばらくして、霧散してしまった。霊魂が抜けた抜け殻になったようなエレナの体が、冷たい床に転がり落ちた。
アンジュリーが、駆け寄って、エレナの体を確かめるが、その冷たい体はぴくりとも動く気配はなかった。
「息をしていない・・・。そんな!?」
「正義はなされました。」
ティアナは、暗い面持ちのまま、ルシアンヌの後ろに控える。ルシアンヌは、アンジュリーに向き直ると、たった今、魔女を消し去った処刑人の剣をアンジュリーへと向ける。彼女には、もはやルシアンヌに抵抗する術はのこされていない。
「いや、まだなされてないね。次は、偽アンナ=ユリア、君の番だ。もはや、きみには極刑しかあるまい。」
ルシアンヌが、ティアナの口調を真似るかのように笑いながら口走る。もはや、なにも言い返すこともなくアンジュリーは言いよどんでいる。
「それは、どんな法律に基づいて?」
意外にも、それに反論したのは、ほかでもないティアナであった。
「法律?何をいうんだ、ティアナ様。それは私が決めるものだろう?」
「貴女がきめる?つまり?」
「つまり、主文は後回しってことだッ!!」
ルシアンヌは、ティアナの怪訝そうな顔を、気にも留めずに、アンジュリーへと襲い掛かった。
「そうですか。被告人、それ以上、陳述はありませんか。」
ティアナが一言、言い放つと、アンジュリーの首を吹き飛ばそうとしたルシアンヌの処刑人の剣がぴたりととまる。ティアナが、その剣の振りを止めたのだ。
「何・・?!」
「被告人ルシアンヌ。貴女は、エクイティにもプリンシパルにも自ら反する、その意志を、今、認めました。」
「ティアナ様・・何をいっているんです・・被告人は私ではなく、奴です。アンナ=ユリアです。」
ティアナは、厳しい面持ちで、ルシアンヌを見て、そしてキリエから取り返した天秤を高く掲げた。
「この天秤は、在任の罪と罰の重さを測り、処刑人の剣で首落とすに値するかどうかを決める正義の天秤。」
「何を言ってるんですか・・・?」
あきれたような顔で、ティアナはルシアンヌを見つめる。
「あなたは、私が天秤を失っている間、罪と罰の均衡を考えずに力を行使しました。つまりそれは正義を損ねる行為です。即ち、処刑人の剣を振るい、罰を執行する法の番人にふさわしくない行いです。」
「でもさっきは、魔女と傭兵を殺すのを手伝ってくれたじゃないか。」
「かの魔女らは、この世の法に従わぬ治外の行為で行動していました。それは必罰に値します。しかし、アンナ・ユリア・フォン・ノルトラインにそのような罪は認められないか、酌量の余地があるものと認めました。」
「は?同じ穴のなんとやらだろ?第一、そいつは、ほんとうのアンナ・ユリアじゃなくて・・・」
「もし仮に人が違うというのであれば、手続き上の欠缺もあるということになりますが?それを無視して、刑を執行しようとするなど言語道断では?」
「治安維持の観点からして・・・・・」
「法を預かるものは、人の命を軽んじるものにはつとまりません。」
ルシアンヌは抗弁するが、ティアナはそれをことごとく却下した。
「よって、当法廷は、正義の魔女の名に於いて、契約を解除、貴女がこれまでふるった過剰な罰を、その身であがなっていただくほかないと断じます。」
「ま、待ってくれ・・知らなかったんだ・・天秤を失っていたなら、正しく罪と罰を判断することなんてできないじゃないか。それはあなたの落ち度でもあるのじゃないか?」
「なるほど、法が正しく執行されないことに正当性がある例外状態が生じていたと。確かに、それは、考慮に値する事情です。貴女の主張も一理あります。」
ティアナが少し考えるような素振りをする。
「だから・・・。」
「ですが、先ほど、貴女は、なんと仰いましたか?『法律は私が決める』と。」
「それは・・。」
「つまり、私が天秤を失っていた時にも、意図して、断罪の力を私利私欲で捻じ曲げて行使する意志があったと考えられる。正当性があったとは到底言えません。」
ティアナは、冷酷な目でルシアンヌに向き直る。
「わが法廷は、もはや貴女に処刑人の剣を振るう力は不要と判断するものである。」
「ちゃんと話せば、わかるから・・」
「討議は十分に行われ、当法廷における論は決しました。」
ティアナがいつのまにか処刑人の剣を取り上げて、ルシアンヌに向けて振るった。彼女の右腕が、肩から切り離されて、はるか後方に吹き飛ばされて動かなくなった。
「あああ・・・・ッ!!!!!」
ルシアンヌが、腕をもがれた痛みに悶え、崩れ落ちる。
「う・・ご、ごめんなさい、ちょっと、勘違いをしていただけなのです・・。これから、あ、改めます・・ですから・・」
「当法廷は、貴女は、罪を償わねばならないと言い述べる。」
「魔女様・・あなたと私の仲です。情状酌量の余地を・・。元に戻してくれれば、魔道具だってなんだって渡すし、邪魔になった魔女だって消せる・・ミオ様・・」
「すみません、ルシアンヌ様・・・魔女と契約者間の契約の問題は、契約当事者以外の魔女は一切手出しをできない決まりなのですよ・・。」
「そんな・・・」
ミオとティアナの間には、見えない障壁があり、それによって阻まれており、それは何人もそこに介入することを許さなかった。ミオが、してやられたといった顔で、二人のやり取りを見守るしかなかった。ルシアンヌが落胆した顔でティアナをにらむ。
「この期に及んで、そんな言葉が出てくると思いませんでした。つまり、私を『泣き落そう』ということですね。」
「な、泣き落そうだなんて・・そんな・・もう、これ以上は・・」
「・・・均衡すら守れぬなら、天秤を持つ腕も、やはり不要と認定せざるを得ない。」
ティアナが言い放つと、ルシアンヌの左腕も引き裂かれて、吹き飛んだ
「うぐ・・あああああああ・・・!?畜生・・・畜生・・・どうして私がこんな・・・こんな・・・!」
「当然の罰と知りなさい・・・。」
「今まではうまく殺せてたのに、どうしていまさら・・・う・・うう・・」
「反省も後悔も無いということですか。被告人に情状酌量の余地は認められない。」
「そ、そんな・・・」
「主文、被告人ルシアンヌ・フルーリエに・・・」
「やめろ、いや・・・やめてください・・・!!」
「死刑を宣告する他に、無い。」
「いやああああああああああああ!!」
ティアナが目を閉じる同時に剣が振りぬかれると、ルシアンヌの胴体から首が分離して、スパークリングワインのコルク栓のように、きらきらとした炭酸を吹き出しながらきれいな放物線を描いて爆ぜ、球体のそれが、ころんと地面に転がった。
「やはり、人間に正義を振るわせるのは難しいですね。おやすみなさい。ルシアンヌ。」
ルシアンヌを処刑したティアナは、ルシアンヌだったものに別れの挨拶をした。
その刹那、誰かの声が叫んだ。
「血の革命」
ティアナの身に何かが起きた。ティアナの天秤が、どす黒い泥を吐き出し始めた。
「えっ・・・」
ティアナがその異変に気が付いた時には、すでに遅かった。ティアナの腕をそのどす黒い粘液を包み込み、全身に広がっていったのだ。
「これは一体・・・?」
「貴女を司るものは法。これはなかなかに覆すのは難しい。では、法を否定するためには、どうすればよいか。そもそもその法体系が成り立つ体制を無くしてしまえばいいのよ。」
ティアナは、触手のような黒い物体に拘束されながら振り返ると、そこにはやけに白く不吉なドレスを身にまとった羞明の魔女、キリエが立っていた。咄嗟にアンジュリーが叫ぶ。
「キリエ!?あなた、無事だったのね?一体どこから・・!」
「ごめんなさいね、アンジュリー、待たせてしまったわね。」
キリエは、アンジュリー向かってにっこりと会釈して返す。
「羞明の魔女・・・悪意の市場、そして我らの敵・・!」
「敵?私はむしろ契約は守るほうだわ。告知義務だって果たしているし、なんなら、錯誤無効だって認めたりもするわ。」
「・・・それより、一体、私に何をしたのですか・・!そもそも、貴方は、混沌の魔女に捕らえられていたはずでは・・」
「わざと捕まったの。この世界が法律に縛られて回っている以上、正面からあなたの能力に敵う魔女は少ない。だから、あなたの天秤に、少し細工をさせてもらって、それを持って混沌の魔女に捕まったのよ。案の定、混沌は、あなたにその天秤を返したわね。」
「細工・・?」
体の半分以上を侵食されながらも、まだ凛とした態度を崩そうとしないティアナに、キリエは薄ら笑みを浮かべながら、近づいて、その頬に触れる。
「血の革命よ。革命の術式を発動させたの。革命は、旧体制の法体系を無効化する。たとえば、国家転覆罪が極刑だとして、既遂になったら英雄として無罪放免でしょ?」
「そんな、妄想を・・」
「これはね、貴女の法によってルシアンヌとエレナ、すなわち皇帝と革命家、双方の血が流れることによって発動する術式。発動によって、貴女の法は執行し、つまり魔力を失うということ。」
「♪Вы жертвою пали в борьбе роковой, любви беззаветной к народу(仮訳:貴方は闘争の犠牲となった。人民に対する無償の愛のため、すべてをなげうった)」
キリエは、ロシア語で革命の葬送歌を歌いあげる。尤も、この場に居る誰もこの歌のことを知らず、呆気にとられていたが、キリエの歌に連動するかのように、黒い渦が激しく波打ちティアナを包み込み、やがて、溶けていった。
「・・・剣無き秤は・・・無力・・・」
「До свидания、同志。地獄でヴィシンスキーによろしく。」
主を失い、床に落ちた処刑人の剣と天秤、そしてエレンディラを回収するキリエ。
「うまくいったわね。正義の魔女・・怒れる女神、法廷のさび付いた頭脳・・・。本当にお馬鹿さん。」
キリエが満面の笑を浮かべて、さきほどまでティアナが居た場所に佇んでいた。ティアナの魔力障壁により阻まれていたミオが、ティアナが消滅してやっとその場にやってきて、悔しそうな表情で、キリエをにらみつける。
「羞明の魔女・・まさか、正義の天秤を彼女に返したら、彼女が正気を取り戻して、ルシアンヌを処断するであろうことまで見越して・・」
「ちょっとしたパズルよ。やはり、混沌だけに、あなたはパズルが苦手なのかしらね。」
「さあ。ただ、わたしは、人がくみ上げたパズルを台無しにすることこそ醍醐味と感じています。」
「・・・さて、これでお互いに、魔女1人、魔法少女1人なったわね。」




