閉ざされた頁 ~じいやとフルダーン~
ナターシャが魔法学校へ着くまでの間…………
校門を抜けると篝火が沢山置かれ、人々は祭りを楽しんでいた。彼を見つけるのはそれ程難しくは無かった。一際人が集まる群れの中心に彼は居た。私は音も無く彼の背中に忍び寄る―――
「―――っと、君は確か……」
私が声を掛ける前に、彼は気配に気付き振り向いた。一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔に戻る。
「ナターシャ殿の所で世話になっているじいやと申します」
「あ、ああ。で、彼女は?」
「残念ながら急用が出来ました故に、私が代わりにご挨拶に―――」
「ハッハッハ! これはこれはとんだ使いが来たものだな!」
彼は豪快に笑い、周囲もそれに賛同するように愛想笑いを浮かべた。
「ちと予定が狂ったが、まあいい。折角来たんだから君も遠慮無く飲むといい。君のことだから魔法学校は初めてだろう?」
ニタニタと私を品定めする群衆の視線が全てを物語る。どうやら本当にココは一癖も二癖もありそうだ……。
手渡された至極色の液体が入ったグラス。匂いを嗅ぐと何やら果物の匂いと発酵した何かの香りがした。
「その顔はさては初めての顔だな!?」
「クスクスクス」と群衆が笑う。どうやらこの飲み物にも階級や貧富が伴う様だ。
恐る恐る一口飲むと……そこには甘美な味わいが広がっていた!
「!」
「お味はどうかな?」
「あ、甘いです……」
「ハッハッハ! それは良かった!!」
彼と群衆は大声で笑い飛ばすが、私は構わずその甘美な味わいを一思いに飲み干した……!
「ほら、飲め飲め」
溢れんばかりに注がれたそれを、私はゆっくりと口へ運ぶ。口に広がる魅惑的な味わい。喉を潤す至極の癒し。私は味わったことの無い感動に打ち拉がれた。
「……顔が赤いが大丈夫か?」
自分で自分の顔を見ることは出来ないが、何やら頬が異様に熱く頭がボーッとしてきた。
(……しまった……毒だったか……!?)
毅然として冷静さを保とうとするが、頭がフラフラと動きグラスを握る手は口へと極楽を運び続ける。
「おいおい、どうやら弱いみたいだな。その辺にしておくがいい。酔っ払ってその辺で吐くなよ?」
群衆の笑い声が一際大きくなる。バカにされるのは馴れていたが、何故か私の中で何かが旗を振り下ろした。私のソレが信号に従い動き出す。本来止めるはずの者はクラクラと来て動かない。
「……だれが弱いって?」
「……どうやら酒に弱い上に酒癖も悪いらしい。困ったものだ」
冷ややかな奴等の群れが私を見下す。
私はグラスの酒とやらを一気に頬張り飲み込んだ。脳は痺れ言動に歯止めが効かなくなるのが自分でも分かる。四肢は熱くなり妙な強気が沸いてくる。どうやら毒では無さそうだがコレが何かは分からないままだ。まぁいいだろう……何でも。
「秘めたる物を持たぬ浅瀬の小魚共め……!」
私の発言に凍り付く群衆。唯一彼だけは眉一つ動かさず笑顔を崩さなかった。彼も同じ事を思っていたのか?
「な、何を!!」
「待て」
威勢の良い小魚が一匹声を上げるも彼が制止する。
「ここは歴史ある【グレイト魔道校】。ココに居る者達はどれも優秀であり誇り高きダーンの教えを受けた者ばかりである!」
「色の違う小魚が何事を言うかと思えば…………」
「貴様!! フルダーン様に向かって何たる言葉!!」
「待て待て落ち着け……」
再び小魚同士がじゃれ合う。
「君はナターシャの所に居るならば、当然魔法は使えるんだよな?」
「……【魔法】とは、どれの事だ?」
私は指先に大きな魔法陣を作り出した。放てば小さな火が出る簡単な魔法陣だ。
「これの事か?」
「プッ……!」
私の魔法陣を見て小魚共が吹き出した。笑い声が上がり彼は深くため息をついた。
「そんな子どもですら扱える物……魔法とは実に奥深く底の見えない物なのだよ?」
やれやれと言った感じで彼は私を見た。
次に私は地面から伸びる分厚い魔法陣を作り肘をついた。一瞬の出来事に小魚共の声が止まる。
「これの事か?」
幾多の魔法陣を重ねてあり、もはやその模様を読み取ることは出来なくなっている。
「……中々やるではないか。見たところ20程の魔法陣重ねてあるようだが、殆どカモフラージュだろう?」
「全部で350。全て個別の魔法を仕込んである。放てば楽しい祭りが始まるだろう」
「なっ!……ウソは良くないな。100を超える魔法陣を同時に放てる訳がないぞ?」
小魚共が響めき始める。こんな物は魔法ですらないのに…………。
そして私は指を鳴らし、奴等の後ろに見える校舎の一部を砂に変え巨大な龍の姿を形作った!
「ふ、フルダーン様!!」
「な、何だ!?」
小魚共が気付いた時にはもう遅い。龍は此方へ猛スピードで向かい襲い掛かってきた!
「何だアレは!!!!」
「ヒャーッ!!!!」
龍は群衆を薙ぎ払い彼にも襲い掛かる!
「くっ! 貴様の仕業か!?」
「……いいえ? 私の魔法陣が見えましたかな?」
彼は急いで地面に魔法陣を展開し、綺麗な水色の液体で出来た龍がその身を現した!
「行け水龍! 奴を流し尽くせ!!」
水を滴らせながら魔法陣から巨大な水龍が口を開け砂の巨龍にぶつかった!!
巨龍は水を含み重みで地面へとボタボタと落ち始める。
「ふん、見かけ倒しも良い所だな……」
私はニヤリと笑い指を一つ鳴らした。やはり魔法とはこうでなくては!
──ググ……
落ちた砂が熱を帯びその身に含んだ水を全て蒸発させる。そして乾いた砂は再び巨龍へと姿を変え上空を泳ぎ始めた!
「貴様!! 何をした!?」
「これが魔法だよ。それもまだ浅い魔法……。そんな物を使わないと使えない魔法とやらは実に情けなくて児戯に等しい物だ。浅瀬の小魚が海の深さを物語る程に愚かな行為だな!」
何とも言えない高揚感と目障りな金持ち共をしてやった感で私はすっかり良い気分だ!
(はて……何か忘れているような…………? ま、いいだろう!)
私は全てを忘れ奴をボコボコにする事に心血を注いだ。慌てて魔法陣を作り出す彼を巨龍が体当たりで止める。
「―――グハッ!!」
「フルダーン様!!!!」
小憎たらしい小魚がコロコロと地面を転がる姿は実に滑稽だ。
「この!! 高貴な俺様をよくも!!!!」
小魚が怒りで口をパクパクしている。
「喰らえ!!!!」
──キィィィィ……
特大の魔法陣が彼の足下に光り出す。面倒だから止めておくか。
──パチンッ
指を鳴らし、魔法陣はその光を失い消えた。
「は!? え!? ええ!?」
「言った筈だ。『児戯』だと……その玩具は危ないから没収させてもらったよ」
「なっ!? 貴様!! 何者なのだ!? 何なのだ!?」
「ククク……!!」
すっかり狼狽える彼に笑いを禁じ得ない。実に愉快だ。最後に決めゼリフでも放ってやろう。
「唯のじいやでございますぞ?」
指先一つ。巨龍は奴を飲み込み校舎へと姿を戻した。地面に倒れた奴の記憶をちょちょいと改竄する。
(ついでに小魚共も軽く改竄しないとな……)
指を鳴らし小魚共の記憶を消す。彼等は何も知らず祭りを楽しんでいた事にしておこう……。
(……何か眠くなってきたぞ?)
フラフラと酩酊した千鳥足でその辺にあったテーブルに突っ伏し、私はそのまま眠ってしまった…………。




