政策転換闘争篇(署名活動)
安岡春鳥炭砿労働組合の事務所では、自動孔版印刷機がフル稼働し、炭鉱労中央執行部が作成した原版を使って署名用紙を刷っていた。執行委員は、給紙と刷り上がった署名用紙の抜き取りに、てんてこ舞いしていた。
刷り上がった署名用紙を封筒に詰めて、近隣にある日本労働評議会加盟の労働組合がある事業所に届ける準備も並行して行われていた。
道内にある官公庁、民間企業の日労評系労組の組合員、日本労働同盟加盟の関係産業の組合員、日本統一労働協議会加盟の組合員、その家族から署名を集めても、道内での目標筆数である二百万筆を達成するのは困難だ。ヤマ元で署名集めをしても、数万筆は積み上げられるだろうが、二百万筆を集めるには全く足りない。札幌とその周辺の都市、旭川、函館、帯広、北見、網走で非組合員の署名集めをしなければ、中央動員団に持たせる署名の数が揃わず、闘わずにして負けてします。
常夏の暑さ、時には犬のように這いつくばっていかないと行け無いような高さしか無い場所、キャップランプと重要箇所に設置されている蛍光灯の灯りがなければ常闇の地底に、視察以上の時間を割いて入坑した燃料資源庁の官僚は、未だかつていない。そんな連中に、地域と暮らし、雇用を左右する政策を好き勝手に策定されないためにも、何としても一千万筆以上の署名を集めなければならない。
国民は石炭政策に無関心ではない、妙なものを世に出したら、タダじゃ済まないぞという威圧感を、燃料資源庁に与えなければならない。政策を引っ繰り返せられるのが一番ではあるが、引っ繰り返すのは困難であろうから、条件闘争で落伍していく炭鉱の炭鉱マンと地域住民の暮らしが立つような政策を引き出さねばならない。
全道キャラバンで署名の掘り起こしをするには準備が必要だから、今は、ヤマ元で手堅く集められる署名を集めるしか無い。
刷り上がった署名用紙を、画板に挟み、ボールペンを糸で画板の穴につなぎ、署名活動がすぐ出来るように準備を整えると、駅前やデパート、歓楽街、川向うの製紙工場の社宅街に人を向かわせた。
駅前に、安岡春鳥炭砿労働組合の組合員が到着すると、日労評傘下の労働組合の組合員が署名集めをしていた。
「釧路炭田最後の安岡春鳥炭砿を守るために、署名にご協力ください!」
駅から、出てくる人間や駅に入っていこうとする人間、駅前を通っている人間を巧みにつかまえて、署名を集めていく。署名が終わった人間には、ポケットティッシュを渡していた。ポケットティッシュの差し込みには、 『市民の総力を結集し、安岡春鳥炭砿を守り抜こう!』と書かれていた。日労評傘下の労働組合の組合員には、策士が居る。ただ署名させて返すだけではなく、何かしらの行動が現に行われていることを示す証拠の品を持たせて返しているから、会社の同僚や家族、友人がそれを見て、署名をしに現れれば、筆数を稼げる。
安岡春鳥炭砿労働組合も署名を集めるべく、声を発する。
「市民の皆様、我々は安岡春鳥炭砿労働組合です。市民の皆様にお願いが有って参りました。今、国内炭鉱は、危機に瀕しております。第八次石炭政策下で、辛うじて命脈をつないでいますが、燃料資源庁は石炭生産審議会で答申される今度のポスト八次政策で、国内炭は重荷だから、手を引けと宣告するつもりで居ます。地域と暮らし、雇用を守るために市民の皆様のお力を、是非ともお貸していただきたい」
安岡春鳥炭砿本体で常雇千三百人、安岡の系列会社で常雇三百人、下請け会社で常時千人以上、生産資機材の納入業者、石炭荷役業者、石炭ダンプ輸送従事業者で黙って三千人以上居るのは間違いないが、閉山すれば、その雇用が失われる。雇用のみならず、生産資機材の需要途絶、社宅周辺の小売店や飲食店、市街地中心部の繁華街の飲食店への購買力の途絶や減少で、地域経済への打撃を与える。
最盛期ほどの勢いはないとは言え、パルプ・漁業・炭鉱の三大産業があるから、他の産炭地ほど街が衰退していないとは言え、炭鉱が閉山すれば、雇用と購買力の喪失で他の産炭地のように寂れていくだろう。
安岡春鳥炭砿労働組合の発言を聞いた市民が、質問してきた。
「そんなに厳しい情勢なのか?」
心配そうに聞いてきた市民に、組合幹部は残酷なことを告げる。
「このまま、ポスト八次政策の答申を出されれば、今なんとか踏みとどまっている国内の炭鉱は壊滅します。壊滅すれば、地域経済も共倒れに……」
このままポスト八次政策を答申されれば、閉山は避けられない。あのヤマを除けば、どこもかしこも街が寂れる。ヤマを残せるかどうかが、地域経済の興廃にも関わってくる。何としても、切り捨て政策の返上を勝ち取らなければならないが……
組合幹部に残酷な予想を聞かされた市民は、沈黙した。石炭政策の内容が年々後退しているのは周知の事実で、知ってはいたが、国内炭が重荷だから、手を引けとまで言われるほどに、内容が厳しくなっているとは夢にも思っていなかった。
今、目の前に広がる街の喧騒が消え去り、歓楽街にはネオンが灯らない飲食店が現れ、炭鉱の炭住街には出入り口や窓に板が打ち付けられた空家が現れると言う、受け入れがたい未来が訪れるとは……
それも、掘れる石炭が尽きて、そうなるのであれば天命と受け入れられるだろうが、掘れる石炭が尽きわけではなく、国が国内炭の面倒は見れないと切り捨てる形で、そうなるのは断じて受け入れがたい。
石油を使い始めてから、石油価格が跳ね上がって阿鼻叫喚の地獄を味わったのは、つい最近のことだ。国は石炭も使う様にしようと、一度は切り捨てた石炭を持て囃したが、炭炭格差という壁にぶち当たり、石炭は海外からの輸入でという流れが定着していった。しかし、石炭も石油と同じ道を辿らない保証は、本当にあるのだろうか?
燃料資源庁が今までに描いた画は、実現性というか、冷酷なまでに現実を直視したものかと言えば、結果を見れば、言うまでもなかろう。固体から流体エネルギーへの転換を図り、石炭を切り捨てていったところで、石油危機が起こり、石炭の再導入というおマヌケをやらかした前科がある。それが石炭でも起きない保証は、果たしてあるのだろうか?
炭炭格差を理由に、海外からの輸入炭一辺倒な石炭の利用を計画して、石油危機の時の悪夢が、石炭で蘇らない保証はあるのだろうか?
鉄鋼需要が伸びれば原料炭、セメントや電力需要が伸びれば一般炭の供給が逼迫し、今輸出国である中華人民共和国が、海外から原料炭や一般炭を買い集めるようなことになれば、投機資金も流れ込んで、凄まじいことになるだろう……
投機資金も流れ込み、石炭価格が暴騰したら、長期契約の価格で安定調達せずに、先物やスポット市場で調達をしている事業者は地獄を見るだろう。
組合幹部に質問をした市民が、発言する。
「市民の皆様、私は旧制小学校の高等科を卒業してから、安岡春鳥炭砿一筋で働いてきました。戦時中の乱掘的増産に人員と資機材の急速転換、戦後の傾斜生産と行き当りばったりな国策に翻弄されてきました。戦後の混乱期が落ち着いた頃には、石炭から石油へのエネルギー革命下で、石炭余りや高炭価対策で、非能率の小ヤマを買い潰して石炭余りの解決を図っていきましたが、大手や独立系のヤマは息を吹き返しましたか?」
言っている本人も、街頭で話すようなことではないなと話を切り上げる。これでは、演説だ。署名への協力を扇動するような話ではない。
「市民の皆様、赤裸々な一人の元炭鉱マンとして言いたいことは山のようにありますが、またの機会を得られた時に、詳しい話をいたします。お集まりの市民の皆様、安岡春鳥炭砿、日本の炭鉱を守るために、どうか署名にご協力ください!小学校や中学校の学友の仲を引き裂かないためにも、どうかお願いいたします」
安岡春鳥炭砿一筋で来たが、その間に、国策で元々居たヤマを追われ、春鳥に流れてくる炭鉱マンを何人も見てきた。その中でも、一番胸に突き刺さたのは、二月の末日に引っ越してきた一家だ。
失業保険や炭住の入居期限の絡みなのだろうか、二月の末日に引っ越してきた一家の中に、目を腫れ上げらせた小学校六年生くらいの子供が居た。社宅前に停まっているトラックから荷物を運ぶのを手伝うでも、部屋で荷解きを手伝うでもなく、外で泣いていたので理由を尋ねると、想像も絶する答えが返ってきた。
その子供が言うには、父親が勤める炭鉱が採掘条件の悪化や人員不足で閉山し、引っ越すことになったのだが、後もう少しで友達と一緒に卒業式に出られるはずだったのだと言う。人員不足は、主力坑の採掘条件の悪化、代替坑の開発失敗、石炭需要の先行き不安により離山ムードが高まり、退職者が続発したためだと、その子の父親から後に聞いた。
皮肉にも、閉山後に石油の台頭で需要が落ちていた一般炭産出炭鉱への梃入れが行われた。一年早く梃入れが行われていれば離山ムードが高まり、人員不足による閉山もなかったかもしれない……
石油台頭後の一般炭需要の梃入れが、早い時期に十分に行われていたのなら、閉山を免れ、その子供は見ず知らず後に引っ越すことはなく、友達と一緒に卒業式を迎えられたかもしれない。
大人の都合に、子供が巻き込まれるところを見るのは、懲り懲りだ。炭鉱を定年退職し、時間は有り余っている。大人の都合に子供が巻き込まれることが、安岡春鳥でも起きかねないというのなら、老骨に鞭打とう。
炭鉱労が総力を上げて幾度となく、数次に渡る石炭政策に対抗してきたが、石炭政策がその数次を重ねるたびに、ヤマと仲間の数は減っていった。今度の闘いが最後の闘いになる。今度の闘いで、石炭政策を引っ繰り返せなければ、ヤマは残せない。残せなければ、安岡春鳥の社宅街からトラックが荷台に荷物を満載し、走り去っていく番になる。そうなれば、若かりし日に見た子供と同じような境遇の子供が、安岡春鳥の社宅街から出ることになる。
立ち上がろう、そして、再びあの惨めで悲しい境遇の子供を生み出さないためにも、国内炭鉱を追い詰めていった連中に、目にものを見せよう。
覚悟を決めた市民が、組合幹部に近寄る。
「安岡春鳥の坑内で、長いこと飯を食ってきた。そのヤマを潰すわけには行かない。手伝えることがあったら、何でも言ってくれ」
そう言われた組合幹部は、猫の手でも借りたいとおもっていたので、この市民の素性を知りたく、自分の氏名と役職を名乗った。
「安岡春鳥炭砿労働組合教宣部長の滝口悟です。あなた様は?安岡春鳥で働いていらしゃったそうですが」
そう尋ねられた市民は、氏名と安岡春鳥時代の役職を知りたいのだろうと思い、名乗った。退職して数年が経つから、覚えている人間は少ないだろうが……
「南益之浦で沿層掘進をしていた松島武志です。労組で保安部長を一時期やってました。数年前に定年退職して、体も時間も空いているので、都合が付けば毎日手伝えます」
南益之浦で一緒に仕事をしていた仲間で、ヤマに残っているのは後山連中だろうが、組合で幹部を張っているのは居るだろうか?居なければ、居ないでも大丈夫なのだが……
「ぜひ、お願いします」
滝口は、安岡春鳥炭砿の退職者が手伝ってくれると申し出たのを聞いて、お願いしますと即答した。退職者の家族、親族、友人、知人から署名を集められれば、それ相応の筆数を集められるだろう。
炭鉱労としては、署名の筆数がどうしても欲しい。炭鉱労や他労組の現役の組合員では、掘り起こせない層が居るし、活動が出来る日も限られてくるから、退職者と言う活動の自由度が高く、労組の看板を背負っていない人が署名活動に加わってくれるのは、心強い。
個人の遊撃で動いてもらうより、ある程度組織だった全市民的な運動の組織の一員として動いてもらえれば、燃料資源庁も職を失う炭鉱労のみが国内炭鉱の現状維持を訴えていると言われても、地域一丸で国内炭鉱の現状維持を訴えていると反論できる。
関係企業、官公庁、市民、労組で協議し、行動する組織を起ち上げて、燃料資源庁の筋書きを狂わせ、石炭生産審議会の審議委員に答申内容で生活や人生が狂わせられる人間が大勢いるのだと自覚させられれば、今まで破れなかった高く厚い壁を、もしかしたら……
今この場で、全力を注ぐべきは、署名活動だ。署名を集められなければ、共闘できても、燃料資源庁に対する脅威、石炭生産審議会に対する牽制になりえない。
「安岡春鳥炭砿、石狩と九州の仲間、地域を守るために、どうか署名にご協力ください」
滝口は、駅前で声を上げ続けた。
デパート、歓楽街、川向うの製紙工場の社宅街に向かった仲間も、声を上げ続けていた。
集めた署名の筆数が力になると信じて、通りゆく人々に頭を垂れ、署名への協力を要請した。炭砿を、街を、暮らしを崩壊させないために、どうか協力してくださいと……
出勤者で、日勤の一番方の炭鉱マンは、昇坑後に組合幹部に渡された署名用紙、定形封筒封筒、切手を受け取った。帰宅後、親戚に署名に協力してくれるようしたためた手紙を添え、返信用封筒を同封し、封筒に必要なものを入れると、封をして近所の郵便ポストに投函していった。夜勤である二番方の炭鉱マンは、入坑前なので物を受け取ると、帰宅後に宛名や添え状を書くので、とりあえず受け取ったものをロッカーにしまった。深夜勤の三番方には、一番方同様に昇坑後にわたした。
どれくらいが記入されて、返ってくるのかは、不明だが、何もせずに居ないよりは、良い結果がもたらされると信じている。結果次第では、これからも年賀状や電話でのやり取りがある親族に、送り続けるつもりだ。
署名者の住所に、産炭地や旧産炭地以外のものが相応にあれば、燃料資源庁に、国民全体が、この問題に注視しているぞと、圧力をかけ、牽制できるのだが……




