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何をいまさら国内炭だ  作者: 赤間末広
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政策転換闘争篇(折衝)

 炭鉱労中央執行部では、北海道と九州の各ヤマでの全員大会で政策転換闘争の基本方針が承認されたので、署名用紙の原版作りを各ヤマに送ると、日本労働評議会の拠点がある日労評会館に向かった。

日本労働評議会の中央執行部に、ポスト八次石炭政策の政策転換闘争の一環で署名を集めるので、傘下の労働組合に署名集めの協力を要請するために。

中央執行委員長室の応接間に通されると、こちらが話をする前に、中央執行委員長が、

「ポスト八次石炭政策は、相当厳しい内容になるらしいと言う話を聞いたが、今日はその関係で?」

と、こちらの用件は知っているぞと言う。知っているのなら、前振りなしに本題に入る。

「はい。炭鉱労は、今回の政策転換闘争に背水の陣で挑むつもりです。ポスト八次石炭政策は、我々の功と誇りを否定し、貴重な国産エネルギーを投げ捨てる失策ですから、何としても引っ繰り返したい。しかし、炭鉱労単独では、熊に棒切れで挑む様なもので、効果がないどころか、逆襲されて仕舞いです。中央動員による決戦の前に、署名による前哨戦で突破口を開きたいと思っています」

 国民は燃料資源庁や産業界が考えているようには、考えていないぞと署名の数で見せつけられれば、完全に引っ繰り返せなかったとしても、好条件を引き出せるかもしれない。そのためにも、署名の数を集めなければならい。三十万炭鉱労と言われた時代なら、自力でもかなりの数を集められただろうが、今ではどれほどの数を集められるだろうか、考えただけでも悲しくなる。

「何万筆を目標に?」

「一千万筆だって!うちの組合員数の倍以上じゃないか……」

 日労評中央執行委員長は、炭鉱労中央執行委員長の署名の目標筆数を聞いて、驚いた。夫婦で組合に入っていないと言う前提で、組合員一人頭三筆集めないと、達成できない筆数だ。

 中央執行委員長は、日本労働同盟と言う中央組織の事を考えた。日本労働同盟に協力を仰がないと集められそうにないが、国策に翻弄された経験を持つ全日本海上交通運輸組合を除くと、あまり協力を望めそうにない。北海道では鉄道輸送からダンプ輸送に石炭輸送が切り替わってきているから、全日本運輸労連は、炭鉱とは無関係とは言い切れないが、地方や中小企業での組織率から考えると、我々には関係ないと突っぱねられるかもしれない。協力を得られても、大手の運輸会社か炭鉱会社のグループ会社でもなければ、労働組合を組織している可能性は低いので、焼け石に水かもしれないが……

 炭鉱労中央執行委員長は、筆数を集める腹案を話す。

「日本労働同盟全体の協力は得られないでしょが、加盟組織の全日本海上交通運輸組合と全日本運輸労連は、石炭政策の影響を全く受けないわけではないですから、協力を得られるかもしれません。それに、日本統一労働協議会も、この問題に関しては、独自で動くかもしれません。しかし、署名用紙の様式等に差異があるから、別の署名であると燃料資源庁に別物扱いされたら、我々としても痛い。政治思想的に協力要請が出来ないのなら、せめて署名用紙の様式のすり合わせだけでも……」

 この発言を聞いて、応接間に居る中央執行委員の一人が、血相を変えて言う。

「百歩譲って、同盟や傘下の組合に協力を要請するのは認めるが、統一労とすり合わせだけでもするだと!気は確かか?」

 炭鉱労中央執行副委員長は堪らず、発言する。

「こっちは、今回の政策転換闘争に背水の陣で挑んでるんだ。ヤマを残すためになら、悪魔に魂を売る覚悟だ。あんたらに、この覚悟がわかるか!」

 副委員長は、怒りを爆発させる。怒りを爆発させたせいか、奥底の眠っていたものが、音を立てて溢れ出してくる。

「俺達炭鉱マンは、戦前は川筋下罪人や唐津下罪人と言われて人の数に入れられず、戦時中は資材も人も不足する中で増産しろと発破をかけられた。掘れ掘れと発破をかけられたとおもったら、樺太や釧路の炭坑夫は、石炭を掘っても運べないから他の炭田に転用すると言われて家族と引き裂かれもした。戦後は、傾斜生産方式の頃は良かったが、石油の台頭後はジリ貧だ。最後は炭炭格差が大きいから、国内炭は要らないと、鼻をかみおえた鼻紙みたいにポイだ。馬鹿にされ、振り回され、誇りと功のみならず、仕事すら奪われるところまで来ている」

 ヤマを残せるか残せないかも重大だが、炭鉱マンの尊厳の問題でもある。尊厳の問題でもあるのに、政治的思想で待ったをかけられ、副委員長は、堪らず……

「統一労と署名用紙のすり合わせすらしないというのなら、日労評で……」

 執行委員長は、副委員長が何を言おうとしているのか、察し、制止する。

「これ以上は言うな」 

 副委員長は、最後まで言わせてほしいと、執行委員長に目で訴える。駄目だと執行委員長は、副委員長に目で言う。

「中央執行委員長、政策転換闘争は、炭鉱労だけの問題じゃない、ヤマがある地域全体の問題なんだよ。日労評は、日労評全体で炭鉱労を支援すれば政策転換闘争に勝てると思っているのなら、自惚れも甚だしい」

炭鉱労にも力があった時の有明炭砿指名解雇撤回闘争は、日労評の支援だけではなく、労組以外の支援もあったのに負けて、指名解雇を呑んだのと同じ結果になった。ついこないだのユーパロ新鉱再建闘争も、東京でデモをやり、日労評の統一候補を当選させて、道庁の切れ者が産業大臣の発言を逆手に取り、赤字補填の妙案まで捻りだしたのに、これも負けた。今回の闘争は、燃料資源庁の国策を引っ繰り返す闘いだが、日労評の支援がありながら、労使紛争にも勝利できず、ヤマ一つ守り切れなかったことを考えれば、日労評の支援だけでは勝てない。

「日労評は、政策転換闘争を、何だと思っているのか?直近のユーパロ新鉱再建闘争よりさらに厚く高い壁を、乗り越えないといけない闘いだぞ!日労評だけで、闘えるのか?日本労働同盟や日本統一労働協議会と共同戦線を張れとは言わない。署名用紙の形式のすり合わせをしてくれと言っている」

 執行委員長は、日労評の政策転換闘争に対する認識と署名用紙の形式のすり合わせ程度のことも拒絶するのかと、質す。

 炭鉱労中央執行委員長の勢いに呑まれた日労評の執行委員は、黙ってしまった。

「まず、うちの者の無礼をお詫びする。非公式で、日本統一労働協議会に、署名用紙の形式のすり合わせを要請し、全日本海上交通運輸組合と全日本運輸労連には、日本労働同盟を通して、署名の協力を要請する。炭鉱労は、署名への協力を要請するまでに、国内炭が必要だと端的に示す資料を作成してもらいたい」

日労評中央執行委員長が、日労評の執行委員の非礼を詫びると同時に、非公式で日本統一労働協議会に署名用紙の形式のすり合わせを、日本労働同盟を通して、全日本海上交通運輸組合と全日本運輸労連に協力を要請すると明言した。

「委員長、本気ですか?」

 統一労と署名用紙の形式のすり合わせをしてくれと言う発言に噛み付いた執行委員は、委員長に本気かと、問う。

「お前は、炭鉱労の執行委員長の話を聞いていなかったのか!今残っている炭鉱がどこにあるか、地図を見てみろ。日労評に加盟している労働組合を組織している組合員が勤めている企業があるか?あるのは、有明炭砿と春鳥炭砿がある所以外は、地方公務員以外の労働組合と炭鉱労だけだぞ。炭鉱会社の企業城下町で、炭鉱が閉山したら、どうなる?」

 委員長は執行員に、まだわからないのか、炭鉱労だけの問題ではなく、地域経済を巻き込んだ問題だぞと言う。炭鉱労の執行委員長が言うように、ユーパロ新鉱再建闘争を日労評も支援したが、燃料資源庁に敗北しヤマを守れなかった。燃料資源庁の発言を利用しても、ヤマ一つ守れなかったのだから、ヤマの存続に利用できるような発言もなく、確実に国内炭鉱を葬り去りに来ている以上、今回のポスト八次の中身が固まる前に動いても、引っ繰り返せないだろう。しかし、何もしないで、無条件で閉山の日を迎えたのでは、影響が大きすぎる。

「しかし、相手は共産主義政党の幹部が挨拶に来る統一労です。そんな奴らと手を結ぶのですか!」

と、執行委員は、執行委員長の話をまともに理解ているフシがなく、非公式手とは言え共産主義政党の幹部が挨拶に来る統一労との署名用紙の形式のすり合わせすらも拒絶する。

「仲間を救うことより、政治思想の差異が重要か!」

 執行委員長は、聞き分けが悪い執行委員を一喝する。この世に、仲間を救うことより、政治思想の差異を問題視する輩が増えたら、世も末だろう。執行委員はさらに続ける。

「苦境に陥った仲間を救えず、職場を守れず、暮らしを支えられず、地域守れなければ、日労評の存在意義は失われるだろう。束になってかからないと負ける強敵を目の前に、政治思想に拘り、対立を続けたら、誰が得をするのか考えろ!起ち上がる時に起ち上がれる胆力を持たず、小異を捨てて大同につくべき時に大同につく器量を持たない中央組織に、存在意義があるか!」

 執行委員は、執行委員長の熱弁に翻意した。

「わかりました」

「それでいい。何かあれば、俺の首を差し出す。大将の首で納まりがつくのなら本望だ。統一労に、署名用紙の形式のすり合せに行くということは、ここに居る面子の胸のうちに秘めておいてくれ。同盟の連中に漏れたら、何を言い出すかわからんからな……」

 日本労働評議会の内部で、日本統一労働協議会に非公式かつ共闘でもない、署名用紙の形式のすり合わせの要請ですら揉めたのに、日本労働同盟に日本統一労働協議会との非公式とはいえ接触したことが漏れれば、旋毛を曲げて会談パーになるのは、火を見るより明らかだ。

 委員長の杞憂に終わって欲しいが、気は抜けない。日労評内部には、統一労には敵対的な派閥が多い。隠密に事を進めたほうが良いのは、間違いのない事実だ。

「日本労働同盟の執行委員長に、火急の要件があるから至急会いたいと、連絡してくれ。協力してくれるのか、わからんのに、炭鉱労に準備をさせるわけに行かないからな。統一労への接触は、個人的にやるから、何も構わなくていいからな」

と、執行委員長が言うと、執行委員に、日本労働同盟に連絡させる。

 統一労に先に会おうものなら、破談するのは目に見えている。後に会ったとしても、統一労と何かしていると露呈したら、何を言われるかわからない。産炭地で危機突破住民大会が開かれたのなら、中央組織は文句は言わないだろうし、大同団結出来るのだろう。

 執行委員が、日本労働同盟に連絡した結果、明日の午後からなら会える。丁度関係する労働組合の執行委員長が本部に来ているから、炭鉱労の方から、石炭政策に関する現在の情勢を説明してほしいと言われた。

 翌日、日本労働同盟の本部で、ポスト八次石炭政策が原案どおりに答申された場合の影響を説明した。

「このままでは国内炭関連産業従事者は、事業所の廃止や縮小に伴う整理解雇や配置転換に遭うことになるだろうし、関連産業従事者の転出に伴い人口が減れば地域経済も萎み、悪影響を受けるのは石炭関連産業従事者のみでは済まないだろう」

 日本労働同盟加盟の全日本海上交通運輸組合と全日本運輸労連は、炭鉱労の説明を聞いて、所見を述べた。

 まず最初に、全海運の執行委員長が所見を述べた。

「海外炭が多くなれば、内航船での石炭輸送が減るのか増えるのかは、需要家がコールセンター経由で海外炭を受け入れるのか、外航船で直接需要家の貯炭場に受け入れるか次第なので不明である。しかし、現在国内炭の積出港で働いている港湾荷役労働者に影響が出るのは間違いないだろう」

 次に、全運輸の執行委員長が所見を述べた。

「国内炭のダンプ輸送は、炭鉱近傍地への輸送、石狩炭田の坑内掘り炭鉱と露天掘り炭鉱が石狩川沿いの石炭火力発電所への輸送で行われているが、坑内掘り炭鉱の輸送需要が皆無になれば、余ったダンプと運転手の手当をしないといけない。しかし、建設業の掘削土運搬に転業できる運送会社が何社あるのか、同一事業者内の別事業で吸収できるかは、地域ごとの需要次第なので、道内での事業所所在地外への出稼ぎ、道外への出稼ぎが必要なることもありうる。道内での事業所所在地外への出稼ぎは日帰り圏内であれば、極端に労働条件を悪化させないだろうが、飯場生活をしないといけない距離になると、影響が出てくる」

 日本労働同盟の執行委員長が、全海運と全運輸の執行委員長の所見を聞き、閉山に伴う影響は、甚大かどうか尋ねる。

「語弊があるが、影響は許容できる範囲で済みそうなのか?」

 全海運と全運輸の執行委員長は、示し合わせたわけではないのだが、同時に同じことを言う。

「こればかりは、即答しかねる。ポスト八次石炭政策が、石炭切り捨てに転じなければ、どこかで緩やかに均衡点に達するだろうから、影響を最小限度に抑えられるかもしれないが……」

 日本労働同盟の執行委員長は、全海運と全運輸の執行委員長の話を聞いて、決断する。

「署名活動に協力しましょう。加盟組合に影響が出るような政策は受容できない」

 全運輸の執行委員長が、

「中小零細の運輸会社は、組織率が低いので、ダンプ・トラック協会にも署名の協力を要請したほうが良いだろう」

 日労評と炭鉱労の執行委員長が、日本労働同盟、全海運と全運輸の執行委員長に頭を下げる。

 これで、少しは、燃料資源庁に肉薄できるかもしれない。あとは、統一労と署名用紙のすり合わせを済ませるだけだ。

 後日、人目をはばかりこっそりと行われた、統一労との署名用紙のすり合わせは、拍子抜けするほど、すんなり済んだ。統一労もポスト八次に関する情報は掴んでいたようで、炭鉱労が非公式に協力を要請してくるだろうから、政治思想の差異は置いておいて、同じ労働者として協力しようと、統一労内部で調整が行われていた。

 政策転換闘争の前哨戦である、署名活動の準備の第一段階は済んだ。あとは、目標の伊一千万筆を集め、国民の意志を燃料資源庁に示すのみ。

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