第6話 違約金なんて聞いていないって!
「どこ見ているんですか! と言うか、見れば女だって、女だってわかりますよね?」
涙目で歩が訴えながら近寄ってくるので、一歩下がる。
「まあ、確かに見ればわかるからさ、前を隠せよ」
「また見ましたよね? そうじゃなくて、顔を見たら女ってわかりますよねって言っているんです!」
目のやり場に困り、なにより頭の上のナツキが唸っているので、オレはスーツの上着を脱いで彼女に渡した。
「あ、ありがとうございます」
頭を深く下げるものだから、胸の谷間が……ナツキのシッポで遮られた。
「話しにくいから、名前を教えてくれ。知っているかもしれないが、オレは御子柴総一郎だ」
「私は町田歩です」
話し始めようとすると背後から気配を感じた。
振り向くと、全速力で走ってきているサッチャンが見えたので、少し待つことにした。
「ナツキ、小さくなってくれる?」
「シュッ」
一瞬で子猫サイズになったナツキは、歩とオレの間を三角飛びで飛び跳ね、オレの頭の上に着地して「ニャゴ」と一声鳴いた。
少し頭を振ってみたが、ナツキは器用にバランスをとって落ちることはなかった。
頭の中を整理していると、サッチャンが息を切らせて辿り着き、オレの横に並んだ。
オレは彼女の肩を掴み、歩の方へと押し出した。
「サッチャンはそっち側だろ?」
「なっ……なんで……?」
「だっておかしいだろ? オレの到着する場所は予測できたとしても、到着時間がわかるか?」
「落下した位置を観測していたら予測できるよ」
「オレたちって、泉に寄り道しているよな? それにオレは『朝になってから出発しよう』って言ったぞ」
「……ずっと待っていたかもしれないじゃん」
「そうかもしれないな。まあ、それはいいとして。本当はオレを殺す気もなかったみたいだし」
サッチャンと歩を見ると、二人とも気まずそうに目をそらした。
「あの自爆型のドローンって、殺傷能力ないだろ? 音と煙は派手だったけど、人を殺せるような衝撃じゃないんだ。せいぜい気絶させるくらいじゃないか? オレをかばったナツキの毛だって、きれいなものだったしな」
「ニャーゴ!」
「ナツキもそう言っているぞ。それで、オレは合格か? オレを試すために仕組んだ作戦なんだろ?」
「総ちゃん、いつからわかっていたの?」
「サッチャンが夜間強行するって言ったあたりから怪しんでいたよ」
「うそ!」
「確信したのは森を飛び出した時だな。ドローンの配置が上空すぎる。本当に殺しにくる自爆型なら、オレの頭の高さに配置するだろ? サッチャンが援護しているように見せかけるために、わざと上空へ配置したんじゃないか?」
「もしかして、総ちゃんって頭いい人なの?」
「サッチャンは失礼だな! ただ、歩。おまえと対峙したときの一発目の狙撃は実弾だったぞ。おまえ、危なかったんだからな」
オレは歩に、刃先にひびの入ったサバイバルナイフを見せた。
「う、うそ! 人選はちゃんとしたはずです!」
サバイバルナイフを見た歩が、青い顔をして声を上げた。
「ちなみに、サッチャン。森の中で木の幹に撃ち込まれた矢のあとの、乾いた銃声。あれも本物の実弾だ」
「私も狙われていたってこと?」
「それは狙撃したヤツに聞いてくれ。オレを狙ったのか、お前たちを狙ったのかは判別できないけどな」
「あ、あの。もしかして、御子柴さんが飛び出してきたのって、私を助けるためですか?」
「『御子柴』って長いから『総一郎』でも『総ちゃん』でも好きに呼んでくれ」
「総ちゃん、『そういちろう』のほうが『みこしば』より長いからね」
頭の上のナツキにシッポでペシペシと叩かれる。
「ちょっとしたアメリカンジョークだよ」
「アメリカに謝れ!」
「まあ、オレは歩を助けるために飛び出したんじゃないよ。どっちかって言うと、サッチャンを助けるためかな。その時はまだ男だと思っていたしね」
「ほんと? 総ちゃんってば、そんなに私のこと――」
そこまで言いかけたサッチャンの顔に、ナツキが飛びついて物理的に黙らせた。
本当に嫉妬深いな、このデレ猫は。
「せっかくオレが助けてあげたのに、サッチャンは『オレ側』とか言うからさ」
「だ、だって……。泉で総ちゃんが体を張って助けてくれようとしたから、その……そうなるじゃん」
「総一郎さんは、泉で何をしたんですか? それに、このネコっていうかトラって、泉のボスですよね?」
「その話はサッチャンから聞いてよ。めんどくさい」
話していると、門から救護班らしき車が出てきた。
車から降りてきた人の中から、一人がこちらへ駆けてくる。
「会長、倒れている四人は回収して医療施設へ搬送します。会長も乗っていきますか?」
「私は別に車を呼ぶから結構です。四役の搬送を優先してください」
歩がテキパキと指示を出す。
「なあ、オレも中へ入っていいんだよな? できれば、そのまま飛行場へ連れて行ってもらって、速攻で帰りたいんだけど」
「待ってください! 総一郎さんには学園長になってもらわないと困ります!」
「だって、こんな危険な仕事だって知らなかったし……」
「総ちゃんって、契約書にサインしたんだよね? このまま帰ったら契約不履行だよ。違約金が発生するよ」
「マジかよ? 違約金っていくらくらいだろ……」
「契約書読んでいないの? バカじゃない!」
「契約年収と同額程度のはずですよ」
「オレ、給料額も聞いていないんだけど……」
「例年通りだと100万米ドルと出来高報酬のはずですよ。ええと、日本円で1.6億円くらいです」
空を見上げると、雲一つない真っ青な空が見えた。
おかしいな。オレの心の中は土砂降りどころか、台風の真っ只中なのに。
「……さて、学園長の部屋と住処に案内してもらおうかな」
先々の不安を感じながら、オレは門に向かって重い一歩を踏み出した。
腹減ったな。




