第31話 間接キスとただの打ち身
口から水があふれだす寸前で、オレの必死の訴えに気づいた歩は慌ててペットボトルを持ち直し、蓋をした。
「ごめんなさい。なんか、のどぼとけの動きを見ていたらボーっとしてしまって……」
天井を見たまま、口の中の水をのどへ流し込んでいく。
「いや、大丈夫だ。それより、食べ物を頼む」
「タラスパからでいいですか?」
そういって、歩がフォークを器用に回し、スパゲティを巻き取る。
差し出されたフォークを口に入れ、歯を使ってスパゲティを抜き取った。
咀嚼するとたらこのプチプチした食感が楽しく、咀嚼するたびに磯の香りが口の中を満たす。
ただちょっと、薄味かな。
「歩、塩か醤油があれば少しだけかけてもらえないか」
「味が足りませんでしたか?」
歩は手に持ったフォークにスパゲティを巻き付けると、パクリと口に入れた。
あまりに美味しそうに食べるものだから、そのフォークがさっきオレが使っていたものだとは指摘できなかった。
「おいしいですけど、総一郎さんは汗をかいて塩分が不足しているのかもしれませんね」
歩は備え付けの冷蔵庫の上から醤油を持ってきて、スパゲティとチキンステーキにかけてくれた。
「このチキンステーキも美味しそうですよね」
一口大に切られたチキンが口の前に出される。
肉の端を歯で挟むようにして、肉を抜き取り口の中へ入れる。
「総一郎さん、そんなに熱々じゃないと思いますよ」
「うん。温かいですけど、熱いってほどじゃないです」
歩は肉の一切れをフォークにさし、パクリと食べる。
「そうじゃなくてな。今、歩が使ったフォークをだな――」
言い終わる前に歩は立ち上がり、フォークをもって洗面所の方へ逃げて行く。
フォークを二本持って戻ってきた歩の頬はほんのりと赤く、目がキョロキョロしていた。
座りなおした歩は何事もなかったように、スパゲティをまいたフォークを差し出した。
「なあ、歩。腹が減っているなら、自分の分も作っていいんだぞ」
「……総一郎さんと一緒に食べるのがいいんです。だめですか?」
「好きにしろ」
3つ目の冷凍食品を食べ終わると、歩はベッドを元のフラットの状態に戻し「ゆっくり休んでください」と言って部屋を出て行った。
胸の上に居場所を映したナツキの重さを感じながら、オレはまた眠りに入る。
♢♢
空腹で目を覚ますと、ナツキは見当たらなかった。
動く首だけを回して探してみるが、尻尾の先すら目に入らない。
「芹佳、ナツキがどこに行ったか分かるか?」
「少し前に歩が来て、一緒に出て行ったわよ。食文化研究室へ行ったみたいよ」
「そうか……今何時だ?」
「11時半になるところ」
「前から思っていたんだけど、芹佳ってAIなのに時間感覚がアバウトだよね」
「わたしは時計じゃないから、そんなものよ。正確な時間を教えろというなら言うわよ」
「いやいい」
歩は昼飯を準備するために、ナツキを連れて食文化研究室へ行ったんだろうな。
腹は減っているが、待つとするか。
いや、やっぱりタンパク質を確保して、体を修復しないとな。
「芹佳、歩に電話してくれ」
「はいはい、繋ぐわよ……応答が来たわ」
「はい、町田歩です。総一郎さん、何かありましたか? いま、お昼ご飯を物色中なんですが」
「昼飯なんだが、そこにある鶏肉を食堂のシェフに頼んで調理してもらえないだろうか」
「えっと、鶏肉ですか?」
「そうだ、できればムネ肉を2kgくらい」
「わかりました、食堂に頼んでみます。けど、鶏ムネ肉2kgってどれくらいですか?」
「ナツキも一緒にいるんだろ。ナツキに見せて確認するといいよ」
「わかりました」
「よろしくたのむ」
とりあえず、鶏肉の2kgも食えば、明日には動けるようになるだろう。
あとやることと言ったら。
「芹佳、昨日鹵獲したドローンはどうなっている」
「屋上に着陸したままよ。私が歩や玄川に指示を出すわけにもいかないでしょ」
「それはそうだな。玄川に連絡してくれ、メッセージでここに来るように」
「送ったわよ」
10分もするとドアが叩かれ、玄川が姿を現した。
「学園長、起きていて大丈夫なのか?」
「検査結果はお前も聞いているんだろ。ただの打ち身だ、問題ない」
「いや、ただの打ち身って! 背中も腕も足も内出血で紫色に染まって、ショック死してもおかしくなかったんだぞ」
「骨が折れたり、頭をやられていなかったから、大丈夫だ。明日には治るんじゃないかな」
「そんなわけないだろ」
「まあ、そうだな。でも、このとおりだ心配するな」
「それで、オレに何の用だ」
「屋上にドローンが4機あるから、メンテナンスして置いてくれないか。もちろん、充電もよろしくな」
「みどりを襲ったドローンか?」
「……説明は難しいが、オレの言うことを聞くように洗脳済みだから危険はない。そうだ、現場にも2機墜落していただろ? 持って帰ってきたか?」
「は? みどりを襲った奴だぞ、粉々に破壊するに決まっているだろ」
「まったく、もったいないことするよな……。まあいい、屋上にあるのは壊すなよ。メンテよろしくな」
玄川は何も言わず、部屋を出て行った。
「芹佳、玄川がドローンを壊そうとしたら、反撃していいからな」
「了解! マスター、実弾でいいかしら?」
「あいつなら、大丈夫じゃないか? 硬いし」




