第30話 看病でおぼれかける
目を開けると、ぼんやりとしたオレンジ色の明かりが目に入る。
しばらくそれを眺めて、常夜灯だと理解した。
どうやら、オレは学舎の部屋で寝ているらしい。
首をめぐらすと、ベッドの横で椅子に座ったまま歩が居眠りをしていた。
その膝の上にはナツキも丸まって寝ていた。
時間が気になって部屋を見回し始めたところで、この部屋には時計が備え付けられていないことを思い出した。
「芹佳、何時だ」
「もうすぐ2時よ」
足元の方から声が聞こえた。
多分、テーブル乗せられているのだろう。
「お前、充電は大丈夫か?」
「歩が気を利かせて、充電ケーブルをつないでくれたわ」
「電源が入らないふりはしなかったんだな」
「学習したわ」
体を起こそうとするが、力を入れた瞬間に激痛が生じ、脱力する。
ベッドが軋んだせいか、ナツキと歩が目を開けた。
ナツキが胸の上に飛び乗り、しきりに顔を舐めてくる。
顔をやすりで擦られるような痛みに耐えかねて、ナツキを抱き上げようとするが、手が持ち上がらない。
ここまで、ボロボロになるのも久しぶりだな。良く生きていたものだ。
「総一郎さん。よかった、目が覚めたんですね」
「ああ、ひどい目にあった」
首だけは何とか動いたので、歩の方へ顔を向けた。
「総一郎さんが眠っている間に、X線とかCTやMRIの検査は終わらせました。強度の打撲が無数にありましたが、骨に異常は見つかりませんでした」
「そうか、ありがとう。サッチャンから連絡はあったか?」
「夕方に連絡があって、明日の昼過ぎには着くとのことでした」
「一安心だな。歩、悪いが腹が減った。何かないか?」
「お粥を作ってきましょうか?」
「病気ではないから、普通の飯にしてくれ……。いや、手を使わなくても食べられるもので頼む」
歩が少しだけ顔をゆがませて、じっと見つめてくる。
「もしかして、手が動かないんですか」
「体中が痛みで動かせない」
「動かないわけじゃないんですね。ほっ、よかった」
「良くはないんだけどな」
歩がベッド横のスイッチを押すと、ベッドの上半分が持ち上がり、上体が起きる。
胸に乗っていたナツキがコロコロ転がって、膝の上で止まった。「ニャン」
「食堂は閉まっていますし、学園のコンビニは深夜営業をやっていないんですよね」
「だったら、食文化研究室の冷凍庫から冷凍食品を適当に持ってきてくれ。二人前くらいは余裕で食べられるから、多めに頼む。ナツキ、案内してやれ」
「わかりました。冷凍食品なんかもあったんですね」
歩は立ち上がると、ナツキを抱えて出て行った。
体を修復したいが、タンパク質が足りないな。
食文化研究室にはプロテイン飲料なんてなかったしな。
肉を食うしかないか。
「芹佳、食文化研究室に鶏むね肉とかあったか?」
「あるけど、どうしたの急に」
「体を修復するのにタンパク質が足りない」
「だったら、食材から論理的かつ合理的なメニューを作りましょうか」
「そうだな、食堂のシェフにでも頼んでみるか」
芹佳が組み上げたレシピを聞いていると、余計に腹が減ってきた。
足の指先から順に関節を動かし、改めて動くところと、動かないところを確かめていく。
足首から先、手首から先については問題なく動いた。
首は痛むが、動くには動くな。
あとは、今のところ全滅か。
芹佳と岩が爆発したときの状況を確認していると、ドアがノックされ、歩が冷凍食品を抱えて戻って来た。
芹佳はノックと同時に音声を切っていた。
「総一郎さん、いくつか持ってきたんですけど。どれにします?」
歩がオレに見えるように、ベッドの上、オレの膝から太もものあたりに冷凍食品を並べてくれる。
「その、チキンステーキの弁当とタラスパを頼んでいいか」
「任せてください」
頑張るのは電子レンジだけどと思ったが、口には出さない。
冷凍食品が歩によってテーブルへ移動したので、開いた膝の上にナツキが陣取る。
静寂の中で電子レンジが動く低い音だけが聞こえ、やがて調理終了を伝える電子音が鳴った。
「総一郎さん、両方とも温めちゃっていいですか?」
「構わない、一緒にもってきてくれ」
歩はどこから持ってきたのか、横長の大きめのトレイに料理を載せて戻ってきた。
椅子をベッドの近くまで寄せて、トレイを自分の膝の上に載せて座る。
「総一郎さん、どっちから食べます?」
歩がフォークを片手に聞いてきた。
間抜けなことに、そう言われるまで自分で食べることができないのを忘れていた。
「タラスパからで、あっ、先に水をもらえるか。喉が渇いているんだ」
「そうですよね」
歩はペットボトルのふたを開けて、飲み口をオレの口に当てる。
ペットボトルが静かに傾けられ、ゆっくりと口の中が水で満たされる。
ゴクリと飲み込むと、また水が流れ込んでくる。
口から溢れないように慌てて飲み込むが、それでも容赦なく水が流れ込んでくる。
何とか動く手首から先をバタつかせて、ベッドマットを叩いた。
――頼む、気づいてくれ、歩!




