第26話 それは徹夜っていうんだよ
ドンドンとドアを叩く音が聞こえた。
「開いているぞ」
作業を止めずに、ドアへ向かって声を上げる。
ドアが開いたせいで、少しだけ空気が流れるのを感じた。
スタスタと二つの足音が近づいてきたが、キリが悪いので作業を続けていると、手首を掴まれた。
同時に、オレの膝の上で丸くなっていたナツキが飛び降りて、サッチャンの頭へ乗った。
「ねえ総ちゃん。もしかして、寝てなかったりする?」
「何を言っているんだ。まだ、寝る時間じゃないだろ」
手首を掴んだサッチャンを見ると、目を細めて睨まれた。
ナツキも目を細め、尻尾を揺らす。
「おにいちゃん。今何時かわかる?」
「ん?何時だろうな。8時とかくらいか?」
首を巡らせるが、この部屋には時計がなかった。
胸ポケットからスマホを出そうとして、機材に繋いでいることを思い出した。
「芹佳、今何時だ?」
「マスター、8時になったところよ」
「ほら、まだ8時じゃないか」
サッチャンが目を見開き、声のした方へ首を向ける。
「だれ! 誰かいるの、総ちゃん」
「誰というか、オレのスマホだが」
「はぁ? 総ちゃんに渡したスマホにそんな機能ないよ!」
「昨日、書庫でいろいろしていたら、劇的にバージョンが上がった」
「何言ってるのよ」
サッチャンがオレの手を離し、声のした方へ歩いていく。
機器に繋がれたスマホを見つけると手に取って、しばらく眺めた後、何度かスイッチを押していた。
「総ちゃん、このスマホ、起動しないんだけど。どうやって喋ったのかな」
「それはオレにも分からん」
「聞きたいことが山ほどあるけど……まあ、今はいいわ。それより、総ちゃん。8時といっても、朝なのよ。朝の8時よ!わかっている?」
すごい剣幕で、サッチャンが近寄ってきた。
「ニャー!」
サッチャンの頭から、ナツキも身を乗り出して、鳴き声を上げた。
「そうなのか?この部屋、外からの明かりが入らないから、時間感覚がおかしくなるんだよな。理科の実験みたいで、ついつい夢中になって、夜更かししちゃったな」
「おにいちゃん。夜更かしじゃなくて、徹夜っていうんだよ」
星野が腰に手を当てて、呆れたような声を出す。
「私に休めとか寝ろとか言ったくせに、総ちゃんってば……。ちゃんと寝てよね」
「あー。……そうだな、気をつけるよ。ところで、二人とも何か用か?」
作業を止めて、近くにあった椅子を引き寄せ座ると、二人がオレの前に並んで立った。
ナツキはサッチャンの頭から、オレの頭へ飛び移って、頭をポンと叩いた。
「私たち、昼には中央へ向かうから挨拶に来たんだよ。部屋へ行ったらいないし、食堂にもいなかったから、ここかなって。そしたら、寝ないでなんかやってるし」
「おにいちゃん。私、西園寺さんと頑張ってくるね」
「ああ、ほどほどにな。授業はちゃんと受けるんだぞ。サッチャン、無理はするなよ」
「みどりちゃんがいるから、無理はできないよ。総ちゃんの狙い通りに」
「ところで、おまえたち朝飯は食ったか?」
「おにいちゃんを探していたから、これからだよ」
「食っていくか?」
食文化研究室の厨房の方を指さしながら二人に聞いた。
「総ちゃんが作るの?」
「冷食だけどな。調査が終わった分だとオムライスとかパンケーキもあるぞ」
「ほかには?」
「パスタにうどん、そば。そうだ、デザートにアイス食べてもいいぞ」
「「やったー!」」
頭の上から「グルル」とのどを鳴らす声が聞こえ、尻尾がオレの首に巻き付く。
「わかったって、ナツキ。肉も出してやるから、首を絞めるな」
冷蔵庫から程よい大きさの肉塊を2つ取り出して、ナツキに見せると、ナツキはサッチャンの隣の席へ駆けていった。
数人分の冷食を調理して、みんなで食べているうちに、だんだんと瞼が重くなってきた。
サッチャンと星野が話す行動予定が呪文のように聞こえてきて、オレはいつの間にか眠ってしまった。
目を覚ますと、奥のソファーに横たわっていた。
腹の上には、いつものようにナツキが気持ちよそうに丸まっていた。
上半身を起こして、ナツキを持ち上げようとすると、サッとよけて頭の上に乗ってきた。
ずっと、頭の上にナツキを乗せていたら、いつか禿げるんじゃないだろうか?
「芹佳、何時になった?」
「11時を過ぎたところよ」
「おまえ、AIなのに、ずいぶんとアバウトに時間を教えるよな。デジタルなんだから秒までで告げてきそうなものなのに」
「私は時間に縛られない存在だから、そんなものよ」
「ドローンも到着することだし、屋上へ上がるか――」
芹佳のところまで行って、繋いでいたケーブルを外していると、芹佳が震えた。
「マスター、歩から電話!」
「サッチャンと星野に朝飯をごちそうしたのがばれたかな?とりあえず、繋いでくれ」
『総一郎さん! 大変です!』
電話が繋がった途端に、歩の叫び声が聞こえた。




