第24話 芹佳にも教育が必要だ
屋上にいることを告げると、大きなリュックを背負ったサッチャンが姿を見せた。
少しやつれた感じがして、目の下には隈が出来ている。
「なんかすごく疲れているようだけど、大丈夫か?」
「ちょっとね。小松を逃がしちゃったの、私のせいだし」
「何言ってるんだ、あんなの誰のせいでもないだろ」
サッチャンが唇を噛み、視線を下へ向ける。
「そうだね、総ちゃんが悪い」
「そうそう、オレが全部悪い……。えっ?」
「私は一足先に中央へ戻るよ。いろいろと調べなくちゃならないから。あいつの足取りを追うにはここじゃ情報が足りないんだ。いいよね」
意志のこもった目で見つめられ、止めるのは無理であることを理解する。
「わかったが、2つ条件がある」
「えー! 見てよ、もう出かける準備は万端だよ」
サッチャンが背中のリュックをこっちへ向けてくる。
「そんな疲れたままで働いたって、いい成果なんて出ないからな。今日一日はゆっくり何もせずに休むこと。これが一つ目」
人差し指を立てて、念を押す。
「二つ目は誰かを一緒に連れていくこと。人選はサッチャンに任せる。あ、ナツキはダメだぞ」
ナツキがポンポンと前脚でオレの頭を叩く。
「総ちゃん、私一人で大丈夫だよ。今までだって、そうだったんだから」
目を見開き、声は抑えているが怒ったように告げてくる。
「ダメだ。リスク管理もオレの仕事のうちだろ。これは命令だ」
静かな声で諭すように話しかける。
「サッチャンが失敗するとか思っていないぞ。ただな、不測の事態でサッチャンが傷ついたら後悔するのはオレなんだ。わかるだろ」
「……わかったよ」
サッチャンはしばらくオレを見つめてから、小さな声で頷いた。
「誰を連れていく? 玄川とかいいんじゃないか」
「あんなでっかいの連れて、隠密活動なんかできないよ!」
「ははは、あいつの陰に隠れて動いてりゃいいだろ」
オレがからかうように言うと、サッチャンは一瞬、呆れたように、だけど嬉しそうにふっと笑った。
それから、オレの尻に軽めの回し蹴りを入れて、階段を駆け下りていった。
少しは元気が出たようで何よりだ。
「マスター、話は終わったようなので続けますか?」
胸ポケットに入れたスマホから芹佳の声がする。
「ああ、どこまで進んだっけ? ああ、芹佳の自慢話を聞いていたところだったな」
「自慢じゃないわよ! 事実を教えてあげていたのよ!」
怒りの表現なのか、スマホが激しく振動する。
「わかったって。なんにしろドローンがないと図面が使えるかどうか精査できないってことだな」
「そうね、心当たりがあって? 私が知る限り、この学舎にはないわよ」
「ここにはなくても、ドローンに来てもらえばいいだろ。今から頼んだら、明日には着くんじゃないかな」
「なるほど。歩へメッセージを送ればいいわね。確認して」
ポケットからスマホを出すと、すでにメッセージアプリが起動していて、メッセージが流れるように自動で入力されていく。
これ、便利だな。メッセージを確認して送信ボタンを押した。
しばらくして、歩からメッセージが返ってくる。
『手配できました。明日の昼頃には到着する予定です』
さすが歩だ、行動が早い。
歩への返信メッセージが勝手に入力されていく。
『さすが歩だ。頼りになるな。愛してるぞ』
――って、おい! 余計なメッセージを勝手に盛り込むな!
オレは冷や汗をかきながら、慌ててバックスペースを連打して「愛してるぞ」を消去し、改めて送信ボタンを押した。
便利なだけじゃなかった。芹佳にも教育が必要だな。
「さて、ここで出来ることもなくなったし、戻るか」
「そうね、お昼だし食堂へ行くの?」
「うーん、食文化研究室の食材を調べるかな」
オレは階段を下りて、食文化研究室へ足を向ける。
テーブルの一つに置きっぱなしにしていたパソコンを起動して、サッチャンとまとめた食材リストを表示させる。
多いんだよな、食材の種類。
サンプリングして、毒物やら薬やらの混入を調べるにしても時間がかかる。
そもそも、調査手段が無いんだよな。
結局、オレが試食して安全性を確認することにしたのだけど。
「芹佳さ、食材の安全性を確認することなんてできないよな? 毒とか薬の混入とか」
「出来るわよ。例えば――」
その後、小一時間ほど芹佳の自慢話を聞くことになった。
腹がペコペコだ。
「よし、わかった。それじゃあ、倉庫に行って必要な機材を探すか」
芹佳が言うには、理科室にあるような計測装置さえあれば解析が可能だから、それと繋いでくれってことだった。
古い機材なら倉庫にあるってことだったので、使わせてもらうことにした。
「あっ、昼飯が先だな」
大きな冷凍庫から、電子レンジで温めるだけで出来上がるラーメンを取り出した。
高級食材ばかりがあると思っていたが、このような冷凍食品も大量に保管されていた。
「マスター、調査する前に食べても大丈夫なの?」
「オレはよほどの毒じゃないと効かないんだよ。それに、オレの予想では冷凍食品には問題ない。冷凍と加熱で毒物が役立たずになる可能性があるだろ」
「なるほど。冷凍された肉へ毒を仕込むのも難しいわね」
久しぶりに食べる醤油ラーメンは懐かしい味がした。
スープまでしっかり飲み干して、オレは足早に倉庫へ向かった。




